四十話
最近難産ばっかり……そして一番長くなった話。
場面はいきなり変わる上に、久しぶりの三人称です。
第一次月面戦争。
後にこのような名前をつけられることとなる戦いの発端は幻想郷に住まう妖怪の賢者、八雲紫。彼女が幻想郷に住まう妖怪たちの一部を引き連れ月へと攻め入ったのがそもそもの始まりだった。
ところでこの戦いの表面上の理由は進んだ技術を持つ月人に痛手を与えること、及びその技術の奪還ということになってはいたが、紫の真意はそこにはなかった。彼女にとって月人に勝つか勝たないかというのはさほど重要ではなく、戦いの相手が月人であることすらも重要ではなかった。
彼女の目的は幻想郷の妖怪の間引き。
幻想郷における人と妖怪の勢力比重、それがいま大きく妖怪に傾いている。
以前から妖怪の勢力が優位ではあったが、度々訪れる陰陽師や管理者の紫の脅しによって好戦的な妖怪も人里に手を出すのは控えていた。ところが最近は陰陽師がやってくることもないし、以前から里を守っていた陰陽師も老いに負けて土へと還っていくものが出始めている。
功名を求めて妖怪を余さず殲滅しようとした陰陽師は管理者に葬られ、純粋に人助けをしようとするものは人里に残り帰らない。都から見れば幻想郷は赴いたら最後、二度と帰れぬ死地でしかない。わざわざ死地に赴くのも愚かな話、と都の者は幻想郷について考えることをやめ、しまいには忘れ去った。
こうなると勢いづいた妖怪たちが人里に手を出してもおかしくない。紫とて数で押し切られたらどうなるかわからない。だからこそ先手を打ったのだ。
月には強い奴がいて、勝てばそいつらを喰ってもいい。
好戦的な妖怪にとっては人里を襲うよりは、より彼らの欲求を満たす内容であった。同時に好戦的な妖怪にしか魅力的ではなく、結果紫の提案に乗ったのもそういった妖怪のみ。
全てを受け入れることをうたっている幻想郷で排除を行うために紫が考えた苦肉の策であった。
この策の欠点は紫も月に赴かなくてはならないこと。提案者が乗り気ではない提案などに乗るものはいない。指揮官として戦場に身を投じなければ説得力がなかったのだ。
そして今
「八雲紫、この月に攻めいった罪を償ってもらいましょう」
紫は崖っぷちまで追い込まれていた。
辺りには戦いに破れた妖怪たちが倒れ伏している。もはや戦う力のあるものはなく、この場に立つのは紫と武装した玉兎、そして月の軍事を統括する綿月家姉妹の妹、綿月依姫だけであった。
紫自身はさしてダメージを受けてはいないのだが、よく見れば微妙に額に汗を浮かべて表情には焦りが見てとれる。
もともと紫は妖怪の敗北が決定的になったらスキマで逃げる予定であった。
ところが紫にとって誤算であったのは、いくら地球へとスキマを繋いで潜っても再び月面へと戻ってしまうという理解し難いことが起きたこと。
紫は知るよしもないがこれは依姫の姉、豊姫によるものであり、引くことも進むことも出来なくなった紫は打つ手をなくしていた。
「あら、私があなたに勝つかもしれませんわ」
「無理ですね。私とあなたの差くらい分かると思いますが?」
「……っ」
依姫の言葉に返答できない紫。紫の能力は強力だが力の差がありすぎる相手には作用できない。紫は大妖怪とは言え依姫はそれを遥かに上回る月日を生きてきた月人、純粋に積み上げられる時間が違う。
さらに携えている刀から分かるように依姫は接近戦に長けていることが分かるが、紫に接近戦の心得はない。
かと言って距離を離せばいいかと言うとそういう話でもない。距離を離して時間を与えれば、依姫の能力でもある最大の“力”を解放させる余裕を生ませてしまう。
紫はその“力”が妖怪の過半数を葬ってきたのを見ている。故に距離をとっても勝てない。
分が悪すぎると言わざるを得ないだろう。
「まずは何故月に攻めいったかを吐いてもらいましょうか」
「くっ……」
差していた刀を突きつけて問いただす依姫。周りには包囲するように広がる玉兔たち。なんとか打開策を、と頭を回転させる紫。
この戦いは間違いなく終わりを迎えようとしていた―――
はずだった。
「!?くっ」
「えっ」
突然大きく後ろに跳んで紫から距離をとる依姫。思考を続けていた紫は突然の依姫の行動に一瞬呆気にとられていたが、依姫が退くと同時に目の前を一筋の光が走るのが彼女には見えた。
思わず光のやってきた方に顔を向ければそこにはおびえながら紫と依姫を見ている玉兔たち。彼らに手にあるのは月の技術であるレーザー銃。先ほど紫の前を通り過ぎた光はこのレーザー銃から放たれたものに間違いない、でもなぜ……
そこまで紫が考えたところで依姫の怒号がとぶ。
「これはどういうことです! 誰が発砲したんですか!?」
依姫の詰問にただただ自分はやっていないとばかりに首を振る玉兔たち。元来臆病な彼らが他者のことなど気にするはずがなく、自分は無実だとアピールすることしか頭にないのだ。恐慌状態に陥り、包囲陣を崩して逃げ出すものが何匹も出始める始末。
そんな玉兔たちの様子を見て苦り切った表情を浮かべる依姫。このままでは一向に埒が明かない、と。
「自分たちのことではなく一体誰が、くっ!!」
玉兔たちに新たに指示をとばそうとした依姫だったが、今度は背後に危険を感じて大きく横へと飛ぶ。すると、またしても先ほどまで依姫がいた場所をレーザー銃の光が貫いていた。二度の奇襲、しかも別方向から。
もしこれが依姫ほどの実力者でなければ一回目、ないし二回目の発砲で傷を負っていただろう。レーザーなど認知してから避けられる代物ではないし、横や背後などといった死角から放たれたのでは目で確認してから避けられるようなものではない。一重に彼女の剣士としての勘のおかげであろう。
しかし依姫も内心穏やかではなかった。ここまでくれば玉兔たちの中に裏切り者がいるのは確定、いや、あるいは玉兔に扮した暗殺者でも紛れ込んでいる可能性もある。月の軍事統括という立場上どちらもありえるが、いずれにしてもこのまま放置するのはまずい、と。
「仕方ない……後は私が片付けるからあなたたちは先に帰還しなさい!」
結果的にいつ背後から撃たれるかわからない状態で紫と戦うことにでもなったら危険だと判断した依姫は玉兔に撤退の指示を出し、それを聞いた玉兔たちはわれ先にと逃げ出す。紫に注意を払いつつつも
その様子を油断なく眺める依姫。紫もここは下手に手出しをせず事態の推移を見守ろうとする。
そして一つの玉兔の集団が依姫のすぐそばを過ぎ去ろうとした時―――
「はっ!」
「ふっ!」
「っ!!」
一つの影がその集団から飛び出し、気合いとともに依姫とぶつかった。
「……いやはや、さっきから驚かされっぱなしだな」
影が感嘆したかのように依姫に話しかけるが、次に言葉を発したのは依姫ではなく紫だった。
「なぜここにいるの―――青!」
紫の叫ぶような問いを受けて、しかし影、八雲青はあくまで冷静に返す。
「落ち着け紫。詳しい事情は省くが、家に帰ってみればお前が月に戦争しに行ったまま帰ってこないと聞いてな。お前に化けてスキマで駆けつけたのさ」
紫を恐れる妖怪などは幻想郷を探せば割と簡単に見つかる。あとは青の能力を使えば紫に化けられるし、紫の能力も使うことが出来る。
「なるほど、では先ほどの奇襲も化けて行っていたのですか」
二人の会話を聞いていた依姫は合点がいったかのように頷く。
しかし次に自分の刀に目をやり
「ですが、これは化けてどうこうなるとは思えないんですが……」
ぼそりと呟く。
彼女の刀は先ほどのぶつかり合いで青に向かってふりおろされた。ところが、青は彼女の刀を自分の腕で受け止めたのだ。
籠手なども着けていない腕で。今も上段から押さえつけるように刀に体重をのせる依姫に対して、青は片膝を着きながらも腕を交差して受け止めている。
「なに、素手の戦いを主体にしていればこれくらい出来るようになるさ」
そんな依姫の呟きに対してなんということもない様子で答える青。
彼が行っているのは腕を妖力で覆うという単純なこと。障壁を身に纏うようなものだ。
それなのに依姫ほどの実力者の刀を正面から止められるのは、青の妖力自体が強力であり、さらに妖力の操作に長けていたからであった。
彼は衝突の瞬間、刀と接触する部分に妖力を集中した。これによって通常よりも強力な防御力を生み出しているのだ。
しかし、ただ妖力を集中しただけではそうはならない。
表面張力のようなものを考えるといい。基本的に妖力を身に纏えば、どの部分においても障壁の厚さは等しくなる。一部分に妖力を集中しても、すぐに元の形に戻ってしまうのだ。
ならばどうするか、答えは圧縮だ。妖力の密度を上げ、同じ厚さでも強度を段違いにする。ただ口で言うほど簡単ではない。妖力操作を誤れば圧力に耐えかねた障壁が弾け、その部分に直接敵の攻撃が入るのだから。
また敵の攻撃との接触箇所からずれれば、薄くなった障壁に攻撃が当たってしまう。驚異的な身体能力と、長い年月を生きて研鑽を続けてきた青だからこその技だった。
「……しかし、地力は私の方が上のようですね」
だがその技をもってしても依姫が押していた。見れば徐々に、ほんの僅かづづではあるが刀が障壁に食い込み始めている。
「そのようだな。全く、化け物より化け物染みているぞ……はっ!」
このままではじり貧なのを悟ってか、青は交差していた腕で刀を弾いて一旦距離をとる。
「青、あなたまで来てしまってどうするつもりなのよ!? スキマじゃ地球には帰れないのよ!?」
距離をとった青に紫が近寄ってきてまくし立てる。普段からは予想出来ない様子だが、自らのせいで大事な者を巻き込んで命の危険にさらしてしまっていることに、紫は自分自身に対して怒りと不甲斐なさを感じていたのだ。
「ああ、さっき紫に化けたまま確認した。気にするな、解決策はある」
「本当なの!?」
取り乱す紫を落ち着かせようとするようにゆっくりと語る青。そして解決策があると青が言ったことで思わず声をあげる紫。
「ある。あるにはあるが……」
そこまで言って刀を正眼に構えている目の前の依姫を見据える。
「まずはあれを倒してからだ」
次の瞬間青の姿は変わっていた。紫は彼の能力発動の素早さに驚き、依姫はその姿に驚く。
「なっ! 八意様!?」
先ほどまで青がいた場所には、赤と青の服を着て手には弓矢を携えた銀髪の女性、八意永琳がたたずんでいた。
「八意様を知っているんですか!?」
「……知らないな。だが、なるほど、この女性はお前の師匠で月からの逃走者という訳か」
もちろん青は永琳と面識はあるのだが、永琳に化けたことによってわかった知識から彼女の言っていた追っ手が月人だと理解して嘘をついた。
「ではなぜ?」
「さて、わざわざそこまで敵に教える必要はあるまい?」
口調こそそのままだが、姿形や声質まで自らの中の永琳のままであることに戸惑う依姫。口調もその気になれば寸分違わず真似られるが、戦闘には無関係なので今はしていない。
やはり女口調で喋るのは抵抗があるようで。
「さて、一つ言っておくがお前ではこの体には勝てないぞ?」
虚勢でもなんでもなく、ただ純然たる事実として告げる青。対する依姫もどうするべきか考え始める。もし戦闘技術まで化けきっているとしたら、はったりでもなんでもなく負けかねない……と。
彼女の中で八意永琳とはそれほどの存在だった。
ゆえに―――
「ならば私以外から力を借りるまで!」
彼女は能力を発動して、自分以外の力を借りることにした。
「まずいわ!」
既に彼女のその力を目にしていた紫はすぐさま弾幕を依姫に向かって放つがかわされてしまう。
そして何やら呟いていた依姫は最後に大きな声で叫ぶ。
「―――天照大御神様」
途端にあたりに凄まじい神力が満ち始める。
それは『神霊の依り代となる程度の能力』によって天照大御神をその身におろした依姫から発せられるものだった。
「これは……神の力をその身に宿したか」
「そうです。あなたたちの穢れ、天照様の力で祓いましょう!」
依姫の宣言と共に彼女から白色の閃光が走る。天照大御神。伊邪那岐命が禊を行い左目を洗ったときに生まれ落ちた神であり、宇宙全体を治めている太陽の女神。
彼女の放つ光はすなわち太陽の光であり、天照の名の通り天すらもあまねく照す光だ。夜の闇と月の光によって力を増す妖怪にとっては天敵とも言える。
現に魔除けの神であり、現在は永琳に化けている青はまだしも、紫はこの光に脅威を感じていた。境界を操り、結界まで張って防いではいるが持ちこたえる自信が彼女にはなかった。
青も放たれる光に込められた神力の量を感じて顔をしかめていた。
「あなたたち妖怪が天照様に叶う道理はありません! 諦めなさい!」
依姫は完全に紫たちを滅するつもりはなかった。何を思って月へと攻め込んだのか、それを問いただすには生きたまま捕らえなければいけない。
だから天照の光を全力で放っているわけでもない依姫は余裕をもっていた。この状況では油断とも慢心とも言えない確固たる自信あの様子なら直に力を使い果たして捕らえられるだろう、と。
ところが次の瞬間にその余裕は消し飛んだ。
「なら対抗出来るだけの存在になればいい」
「なにを……!?」
静かに青が言い放った言葉に疑問を浮かべる依姫。しかし続いて青が新たに変化した姿に驚愕する。
今度の姿は男。黒い髪と蓄えられた髭に簡素な衣服ながらも威厳が漂う。腰には一振りの剣がさげられ、手には巨大な矛を持っている。
そしてその身から発せられるのは天照を上回る強烈な神力。
その正体に依姫、いや正確には依姫を依代として降りてきている天照が気づく。
「い、伊邪那岐命……」
伊邪那岐命。天照の生みの親であり、神世七代といわれる創世の時代の最後の神にして最初の男神。天照のみならず様々な神の父であり、彼から生まれた神の中にはこの月の守護神である月読命までいる。
その手に握られた矛は天沼矛といい、その矛で混沌をかき混ぜて日本列島を産み出したと言われている。
その腰にさげられた剣は十拳の剣といい、かつてカグツチという火の神を殺したと言われている。
「なぜ、妖怪が始まりの神の一人に化けられるのですか……」
「さてな。さっきも言ったが、それを教えてやるほど俺も親切ではないんでな」
「くっ……」
先ほどまでとは一転して状況は圧倒的に依姫が不利。
天照はともかく、月の守護神である月読命すらも伊邪那岐命より下の存在。加護を期待することは出来ない。
「それでも私は退けません! この身と天照様の御力で月を守ってみせます!」
太陽の神とその父。
依姫の言葉を皮切りに、かつてない戦いが月面で開始された。
第四十話投稿でした。
いつの間にか6000文字こえてました。戦闘はともかく説明が多かったからなぁ……三人称は某所のための練習も兼ねてたりしますが、普段の青の一人称とさして変化がなかったのでちょっと悩む;
実はこの話三回最初から書き直してます。とりあえず永琳に化けるのは必要だったので、それをいれながら不自然のないようにしていくと――
主人公が騙し討ちをしやがった……
まあよっちゃん相手に贅沢言ってられる余裕はなかったんですよ。
そして相変わらず紫のがヒロインだなぁ……
どうしてこうなった/(^o^)\
ちなみに永琳はともかくイザナギなんていうとんでもない存在に化けられるのは、ちゃんと原理があります。
まあその辺は次回で。
また説明か………
感想待ってまーす。