三十七話
最初甘いかと思ったら後半はちょっとシリアスです。
「ん……」
山から昇る朝日を見て思わず伸びをしてしまう。保名と一晩飲み明かしたが、この身体のおかげか二日酔いにはならない。
酒臭いと娘たちに言われたことはあったが……
保名は夜が明けきる前に帰っていった。これから普段の日常をこなしていくのかと思うと、いやはや貴族というのも大変だ。
物思いに耽っていると背後から近づく感じ慣れた気配。
「ふぁ……おふぁよう青……」
「おはよう、藍」
寝ぼけた声と顔の藍。昨日は遅くまで葛の葉と喋っていたし、久しぶりにしっかりした寝床で寝たからまだ眠気がとれていないのだろう。春眠暁を覚えずとはよく言ったものだが、春も半ばの今の季節なら尚更か。
そんなように考えているといつの間にか俺の前に回っていた藍がぎゅっと抱きついてきた。肩の辺りに顔を擦り付け、俺の背後に回った手には力が込められていた。
「どうした?」
藍の耳にちょうど被さるように出来ている帽子をとって頭を撫でてやりながら聞いてみる。
すると藍は擦り付けていた頭をこちらを見上げるようにしてきた。その表情はいつもと変わらないようにも見えるが、どことなく迷子のような表情をしている気もする。
「いや、昨日葛の葉殿の夫自慢を聞いて……無性に青の温もりを補給したくなったのだ……」
「……それだけか?」
俺が再度問い直すと再び肩に顔を埋める藍。仕方がないのでしばらく頭を撫で続けるとぽつりぽつりと喋り出す。
「……葛の葉殿が昨日言っていたんだ、保名殿との寿命の違いについて……」
「あぁ、俺も保名殿から聞いたよ」
「私とお前はどちらも不老に近いから、寿命による別れとは無縁だ。
無縁なのだが……彼女の話を聞いていて無性に怖くなってしまったんだ……」
藍はそこまで語って腕にこめる力を強くしてくる。
相変わらず心配性だな……
「大丈夫、俺達はいつまでも一緒さ。この腕輪だってあるだろう」
いつか藍との繋がりに着けた腕輪を見せる。腕輪は朝日を受けて鈍く、しかし美しく輝いていた。
それを藍はしばらく見て、再びこちらに顔を向けた時には先ほどの迷子のような表情はなくなっていた。
「……そうだな。これがあったな。いつも一緒だからついつい忘れてしまうよ。
……これからも一緒だからな」
「ああ……」
そのまま俺も藍の背に手を回してきつく抱き締める。
この後現れた妹紅が真っ赤になって文字通り火を吹くまでこのやり取りは続いた。
「お世話になりました」
俺と藍、妹紅と慧音で揃って頭を葛の葉たちに下げる。野宿のはずが随分とくつろがせてもらったし、何かきちんとお礼がしたかったがなにせ今は旅の身、今度紫に頼んでお礼の品を届けてもらうとして礼儀だけでもきちんとするべきだろう。
「いえいえ、元はと言えば私が招きましたし、いつでもいらして下さいな」
「そうだな。他はともかく妹紅、お前のような熱心な生徒は久しぶりだからいつでも来るといいぞ」
「晴明……あなたはもう少し普段の振る舞いをよくすれば良いのです」
「な、母上! 私だって都では隠密頭として―――」
昨日今日ですっかり慣れてしまったやり取りをする二人に俺達は笑い声をあげる。
この後二人に見送られて小屋を後にした俺達は、一旦旅支度を整えるために都に寄ることにした。
都の中は相変わらず酷い場所はとことん酷いが、探せば商いをしている場所もあるし賑わいもある。
そう言った場所では他ではお目にかかれない珍品、例えば規制のかかっている唐物の壺などもあるし、旅に必要な諸々も一挙に揃えられる。
「ふむ、割と早く支度が出来たな」
「さすがに腐っても都、探せば物はあるんだ。それでも民にはそれを購うことが出来ない……」
「こら、そう暗くなるな」
ふとした会話で沈みだす慧音に喝をいれる。
「ほら、二人共これを」
そう言って妹紅と慧音に銭の入った巾着を渡す。
「? 銭?」
「それを自由に使っていいから少し都を回ってきたらどうだ? いい気分転換にもなるだろう」
「え? いいの? 結構あるけど……」
「気にするな、散々俺達の旅に付き合わせたんだ。
好きな簪の一つでも買って来い。今日はこのあたりで宿をとるから夕暮れ時にここに集合だ」
「ありがとう! 行こう、慧音」
「あ、ああ、すまない」
行ったか……
慧音の手を引いて走り去る妹紅。
二人の後ろ姿が見えなくなったところで、藍と共に人通りのない通りに入る。
「さて……紫、どうした」
「……青、藍」
何もない空間に声をかけると、前触れもなく空間が裂けて紫が姿を現す。
相変わらず便利な能力だ。かすかに漂う感じ慣れた妖気がなければ居場所は分からなかっただろう。
紫の表情はいつになく強張っており、明らかに余裕のない顔をしている。
「お願い、力を貸して……」
紫のスキマを通った俺達の目の前には立派な構えの屋敷、そして満開になって見事に咲き誇る大きな桜がある。
時期が時期なだけに桜が咲き誇っているだけなら普通のことだろう。
しかしこの桜、美しすぎるほどに美しい。
―――魂まで引き寄せられるほどに。
「これは西行妖。かつてのこの屋敷の主を慕って死んでいった者たちの成れの果て。生けるものを死に誘う花の大妖、そして」
桜に気をとられていた俺達だったが紫が西行妖の根元を指し示すのを見て初めて気づいた。
そこには一人の女性が西行妖にもたれ掛かかっている。
そして―――死んでいた。
彼女の手と胸元は真っ赤にそまっている。
自刃か……
「あの子がこの屋敷の主、西行寺幽々子よ。西行妖となった屋敷の主の娘」
「彼女はなぜ……やはり西行妖か?」
俺の問いに首を振る紫。
「確かにそれもあったかもしれないわ。だけどそれだけじゃないの。
彼女には能力があった。
しかも『死に誘う程度の能力』なんていう規格外のね」
「「!?」」
それは……あまりにも人の身に余る能力だ。
いや、人でなくても持て余すに違いない。
そして余りにも……孤独だ。
「ごめんなさい、ちゃんと説明したいんだけど時間がないのよ。
今から私は西行妖を封印するわ。これが周囲に与える影響は計りしれない。
ただ私だけの妖力じゃ数十年単位でしか持たない封印しかかけられないわ。だからあなたたちの妖力を貸して欲しいの」
「それは一向に構わないが、紫は一体こことどういう関係が―――」
「時間がないのよ!
……お願い、今は聞かないで……」
ふと気になったことを尋ねた瞬間に予想もしなかった勢いで紫に叫ばれた。
最後に消え入るように呟いた言葉に、詳しい事情は判らないが今はおいておこうと藍と目配せで確認を取り合う。
「分かった、それじゃあ私たちは支援に回るから封印は任せる。その手のことは紫が得手だろ?」
「……そうね。お願いするわ」
「あの幽々子とかいう娘はどうするんだ?」
俺の問いに紫の表情が一瞬歪んだ気がしたが、その一瞬だけだったので何とも言えなかった。
「封印の土台の役割を果たして貰うわ。あの子の体を基点として封印を施すのよ。能力的にも相性はいいでしょうし、それに……」
「紫?」
「いえ、なんでもないわ……さ、早く終わらせてしまいましょう」
途中でぼうっとする紫を心配して声をかけてはみたがはぐらかされてしまった。
紫も気にはなるがとにかく今はこの目の前の西行妖をなんとかするか。
確かにこの西行妖が周りに与える影響は計りしれない。放って置けば周辺の生き物は死に絶え、新たなる犠牲者を呼び込むだろう。
しかし、幽々子とか言う娘を基点にすると言っていたが何が起きるか俺にも判らんぞ……まあこの手のことは能力的に紫の方が長けてはいるし、間違いはないと思うが。
俺と藍は紫の肩に手を置いて妖力を注ぎこめるように準備する。簡単に注ぎこむと言っても量を調整したりと割と繊細な作業だから目を閉じて集中する。
「いいかしら?」
「ああ」
「いつでも」
紫の確認に短く答える。
「じゃあ始めるわ」
次の瞬間に紫の妖力が減退していくのがありありと感じられるようになり、俺は藍と合わせてちょうど減った分を補えるように妖力を注ぎ込む。
半刻ほど経っただろうか。
突然紫の妖力の減退が終わった。さすがに疲れを感じ、目をあける。
するとそこには花びらを散らした西行妖、そして以前と変わらずそれに寄りかかる幽々子がいた。
失敗か? いや、西行妖の異様な魅了のようなものは収まっている。
ならばなぜ幽々子が未だに……よく見てみれば、先ほどまであった血の跡もない。
「紫、これは成功なのか?」
「ええ……成功よ」
「ならば彼女はどうして―――」
「幽々子様っ!!」
俺が幽々子に起きたことを紫に問い詰めようとしたその時、背後から突然少年の声が聞こえた。
振り返ってみれば一振りの刀を差した銀髪の少年。彼はすぐさま幽々子の側に駆け寄っていく。
「紫、彼は一体……紫?」
再び増えた疑問に紫の方に振り向くと胸元に軽い衝撃。見れば顔を俺の胸に押し当てている紫がいた。顔が押し当てられた部分が湿っていくのがわかる。
「ごめんなさい……少しの間、このままで……」
これは涙を見せまいとする紫の最後の意地なのだろうか。藍に目線を送るとうなずいている。
複雑化する事態に頭を悩ませながらも、取り敢えず俺は紫が離れるまで彼女の頭を撫で続けたのだった……
第三十七話投稿でした。
ちょっと短いけど切りが良かったのでこれで投稿です。
人の家でイチャイチャする青と藍、さすがです……
西行妖に関しては色々と分かりづらかったんですが四苦八苦して製作。
っていうか晴明を出してから西行妖との年代のずれに気づいた。
確か実際は晴明11世紀初頭で死んじゃうし、西行の死んだ時から考えて幽々子の死んだエピソードは12世紀くらいになる。
……あれ?
仕方がないのでそこはつつかんでください;;
まさかの盲点だった……
次回は説明会になりのかな? 原作をよく知ってる人にはつまらんかも。
感想待ってまーす。