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東方饕餮記  作者: 待ち人
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三十六話

あるぇー 何故にこんな晴明編が長引くのだろうか……

「いやあ、面目なかった」


今俺たちの目の前には砕けた様子で笑いながら謝罪してくる男がいる。


名を安倍晴明と言う。

俺たちは知らなかったが、慧音や妹紅などに聞いてみれば稀代の陰陽師なのだそうだ。


「何言ってるんですか!

全く晴明、あなたはいつになっても……」


「は、母上、もう勘弁して下さいよぉ」


……稀代?


母親に小言を言われて途端に弱音を吐く目の前の晴明はとても稀代だとか最強だとかいう称号は似合いそうもない。貴族らしい格好をすれば変わるのだろうが、今は庶民服を着ているので多少こざっぱりはしていてもやはり威厳はない。出会した時には多少はあった気品も今はどこへやら、である。


大体だ。

先ほどから晴明が母上と呼んでいる葛の葉という人物、いや人物というのは適切ではないか。


何故なら彼女は人間ではない。化け狐だ。

しかも白狐という神の遣い。どうやら先の予想通り伏見大社縁のものらしい。


しかしいくら神の遣いと言っても神ではないから、必然的に晴明は妖獣の子ということになる。


それが稀代の陰陽師とはどういう皮肉だ。


「あ、あのぉちょっと良いですか?」


「あ、すいませんうちの息子が迷惑をかけたてしまったようで」


妹紅が恐る恐るといった感じで葛の葉に話しかけると、彼女はすぐさまこちらに向き直って手をついて謝ってきた。


「いや、それは気になさらないよう。お互い不幸な行き違いでしょう」


「……そう言って頂けると助かります」


俺の言葉で多少は気が和らいだらしく顔を上げてくれた。

改めてみると整った容姿をしている。艶やかな黒髪を持ち、全体的に細めだ。

まあすらっとしているからこの時代のここの人間たちの趣向には合わないだろうが、大陸に渡れば引く手あまただろう。


「失礼な言い方かもしれませんが、陰陽師である晴明殿の母が妖獣と言うのはどういうことでしょうか? それに何故このような場所に?」


慧音が皆の疑問を代表して答えると困ったような顔をして答え始める葛の葉。


「話せば長くなるんですが―――」


この後本当に長い話が続いた


要するにだ。

葛の葉は狐の姿でいるときに人間の罠にかかってしまうが、それを夫、安倍保名に助けてもらったらしい。


その恩返しのために保名の元に人間の女性の姿で現れたはいいが、いつの間にか二人は恋におちて結ばれ、晴明が生まれたと。


これだけの事を言うのに一刻かかったもんだからたまったもんじゃない。

大方惚気話だったからなぁ……藍も若干疲れた様子だった。


ちなみに妹紅と慧音から不穏な視線を感じたが、そんなものは知らない。


「それにしても良く子を授かることが出来ましたね」


「ちょっと神様にお願い(脅し)したのです」


なるほど、神力を使った訳か。まあ葵などと違って神力の燃費は悪いだろうが出来ないことはないだろう。


……お願いと言ったはずなのに何故か違う言葉が聞こえてしまった。


「で、私が生まれた訳だ」


「なるほど、しかしなぜ陰陽師に?わざわざ危険の中へ飛び込むようなものではないか?」


「そもそも私の正体を夫も息子も最初は知らなかったのですよ。

それ故、都で息子が地位を得るためにどうしたらと夫が考えた結果、息子の霊力に目をつけて陰陽師にしたという訳です。


私の正体が二人にばれてしまった時は足手まといにならぬようわざわざ置き文までして別れを告げようとしたのですが……」


そこで軽くため息をついて晴明を見やる葛の葉。


「この子は隠れていた森までやって来てわめき散らした挙げ句、強引にこの小屋まで引っ張りだしてきたんですよ。

『母上は私が守る』って」


愚痴のような言い方ではあるが確かに葛の葉の顔には喜色が浮かんでいた。

親としてそこまで想われれば本望だろう。


俺も言われてみたいし。


「母上、それでは私が親離れ出来ていないみたいではないですか。

言っておくが私はその時元服もしていない十ほどの童だったのだからな」


顔を赤らめて晴明はそう言うが皆の視線は生暖かいもので、俺も例にもれないだろう。


「まあ、息子の我が儘のおかげでこうして皆さまとお話出来ているのですし」


「母上!」


葛の葉と晴明の会話に、はははっと皆の笑い声が上がる。この日都の外れの小屋は久方ぶりに賑やかな様相を呈したのだった。




その後藍と葛の葉は同族のよしみで、残りの俺たちと晴明は都の様子や陰陽道談義で盛り上がった。


やはり稀代の陰陽師の名は伊達ではなく、術の理解や組み立てはずば抜けたものを持っていた。

例えばこの小屋にかかっている術式、これは招かれた相手以外にはこの小屋を見つけることが叶わなくなるらしい。

ところが本来陰陽道にこのようなものはない。使っているのは五行思想だけでも神道だけでもなく、彼が独自に組み立てた隠匿術だ。ただ霊力があるだけではこうはならないし、やはり才能があったのだろう。


これを機に妹紅にも人間から陰陽道を習わせてみようかと思っていたが、これは予想以上だった。

葛の葉が藍と親しそうにしているからか妹紅に陰陽道について教えてやってくれと晴明に頼むと快諾してくれた。


第一印象があれだったので最初は妹紅は晴明を胡乱気に見ていたが、陰陽道について語る晴明は先ほどの砕けた感じはなりを潜めて威厳のようなものが感じられ、今は真剣に彼の話を聞き入っている。


「それにしても随分な変わりようだな……」


「仕方ないだろう」


思わず口に出すといつの間にか慧音が横に来ていた。


「宮中は魔窟だ。地位があればあるほど自分を殺して他者に隙を見せないようにしなければならないからな。聞けば彼は陰陽頭(おんみょうがしら)、陰陽師を統括する立場だそうじゃないか。

恐らく彼の地位を狙う輩も多いだろうから、あんな砕けた態度はここでしか出来ないのだろうな」


「なるほどな」


自分も経験したのだろう、慧音の説明には説得力があった。敵に成りうる陰陽師は超常を操る者、恐らく都にあるであろう屋敷にいても完全に気を休めることは出来ないのだろう。そんな彼にとって唯一の憩いの場がここ、葛の葉という母がいる家ということか。


「それにしても妹紅は随分と熱心だな」


そう言う慧音の視線の先には晴明の言葉を一言も聞き逃すまいとする妹紅の姿。


「青たちに師事するようになってからだ、あんな妹紅を見るようになったのは。

なんでそんなに頑張るのかと聞くといつもはぐらかされてしまうし……」


うーん、と考え込む慧音。

俺も何度か聞いてみたことがあるが、本心からの答えを貰えたことはおそらくない。


慧音を守るため、と言ってはいるがおそらくそれが全てではないだろう。

俺としては気になるところなのだが、慧音を守りたいという想いも嘘ではないだろうし、最近の様子ならいつかは向こうから話してくれるだろうと踏んでいる。


「いつか話してくれるだろう。それまでは待ってようじゃないか」


「……そうだな」


ふと外を見やれば既に日は暮れつつあり辺りは夕焼けで赤く染まっている。

今晩はどうしようかと思案を巡らせていると、話し込んでいた藍と葛の葉がやって来た。


「青殿、もうすでに日も暮れかかっていますし今晩は我が家に泊まっていかませんか? 夜になれば夫も参りますし」


「いや、しかし我々は妖怪なのでそのように心遣いをしてもらわなくても……」


「お連れの方には人間の方だっているじゃないですか。このような何もない場所で野宿というのは女の子にはつらいはず、是非泊まっていってください」


「葛の葉殿もこう言ってるし、泊めてもらったらどうだ?」


確かに妹紅たちもいるしな……

散々旅の途中で野宿をしたは言え、彼女たちも野宿よりは家で夜を明かせたほうが嬉しいだろう。

それにここまで言われて断るのも失礼か。


「ではお言葉に甘えて」


「そうですか。では寝床の準備をしてきますね」


嬉々とした表情で姿を消す葛の葉。こんな辺鄙な場所にいるのだから余程話し相手に飢えていたのだろう。


「彼女はどうだった、藍?」


「とても気立てのいい方だったよ。途中からは夫自慢合戦になってしまったが」


「そ、そうか」


さすがに面と向かって自慢だとか言われると照れるな……


慧音に何を今更、という視線を向けられてしまったが。








「さっ、青殿、もう一杯どうぞ」


「これはどうも。保名殿も如何か」


「おっ、すいませんなぁ」


今俺は晴明の父保名と月を見ながら酒を酌み交わしている。

あの後、葛の葉が手料理を振る舞ってくれ、その旨さに舌鼓を打っていると保名が現れたのだ。


俺たちが人外の集まりだと言っても笑って済ます豪快(?)な性格なのだが、なんだかんだで意気統合してしまった。

今は藍と葛の葉は夕食前の話の続きのようなものをしているし、妹紅と晴明は相変わらず陰陽道の授業で慧音はそれの見学だ。


「しかし、このような場所に来ては怪しまれるのでは?」


「ああ、心配はいらないですよ。どうせ周りの連中はどこかの女性と逢瀬に出掛けたと思うでしょうし、この―――」


そこまで言って保名は懐から札を一枚取り出す。


「息子からもらった札があれば夜中でも都から簡単に出れますからね」


「本当に多才な息子さんで……」


「ええ、自慢の息子ですよ」


そう言って嬉しそうに笑う保名。


「ただ息子には負担をかけてしまってますね。息子には政敵が多い。息子の陰陽の師には跡継ぎがいましたが、息子が秘伝の一部を譲り受けたために恨みをかっています。

これは別人ですがこの間は私が殺されかけました。正確には殺されて息子のおかげで生き返ったのですが、そのような生活をするきっかけを作ってしまったのは私ですからね」


自嘲気に保名は笑うが、俺の意識はある言葉に反応していた。


「ちょっと待ってください、もしかして彼は死者を蘇らせることが出来るのですか?」


「私には仕組みはさっぱりですけどね。もしかして誰か親しい人を亡くされたので?」


「いえ、そういう訳では……」


死者を蘇らせるとは……

反魂の術か? いや、どちらにせよ間違いなく彼は神の世界に片足を突っ込んでいるようだ。

死者蘇生は閻魔に何を言われるか分からないから可能でも控えたほうが良いのだが……

後で注意しておくか。


「話を遮って申し訳ない、続きをどうぞ」


「結局息子に陰陽師として生きさせたのが正しかったのかは私にはわからないのですよ。宮中の政争の渦中にいて、息子の安らげる場所はここだけになってしまった。

それに私は息子や妻といつまでも一緒にいることは出来ない。何とも無責任な父ですよ……」


「……」


保名の言葉に何と返したらいいのか迷ってしまう。


白狐である葛の葉とその血を半分譲り受けた晴明では保名とは寿命の桁が違うだろう。息子より先に死ぬのが親の宿命と言ってしまえばそれまでだが、そうはいかないのが親心というもの。やはり妻子を残して逝ってしまうのが決まっているのは複雑なのか。


「息子は私などより余程強いですが、やはり心配なのには変わりないのですよ……」


「そうでしょうね……」



この後俺たちは明け方まで言葉少なに酒を飲み交わした。


妖怪になって久しく忘れていた残す者と残される者について考えながら……



第三十六話投稿でした。


晴明については色々と捏造。っていうか逸話が多すぎて掘り進めるのは断念。

今回名前は出しませんでしたが、跡継ぎ関係で恨みを買ったのが賀茂光栄で、父親のくだりが道満導師の仕業ですね。



最後はちょっとしんみりしましたが、たまには青に人間らしくしてもらうために。

なんだか最近完全に思考が妖怪だったからなあ……



感想待ってまーす。

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