番外編
作者の息抜き
最近影の薄い天魔さんが主体だよー
各地の様々な幻想が集まる幻想郷。そこには妖怪の山と呼ばれ人妖問わずに恐れられ、あるいは一目おかれている山がある。
ふもとの樹海にある家の住人まで含めれば、そこに住まう者たちは多種多様。神に饕餮、九尾にスキマ妖怪、さらには鬼に天狗といずれも強大な種族。
これだけ強大な者たちが一所で暮らしているのは、特に鬼の好戦的な性質上あり得ない話だ。
この共存に貢献しているのは饕餮である青が鬼子母神こと葵を妾にしていることが大きな要因に上げられるだろう。
だがもう一人、我が身を削りながらこの秩序を保っている者がいるのを忘れてはいけない――――
妖怪の山の頂きに近い場所にあるのは天狗の里。
そこには人間の里と同じように天狗たちが住む家が建っている。
「はあ……」
そして今、ため息が漏れでたのは一際威容を誇る大きな屋敷の一室。
そこには天狗の長である天魔がいた。よく見なくとも疲れが顔に出ているのが分かる。
彼女がいる部屋は屋敷の中でも大きなもので、天狗が百人ほど入っても問題が無いものだ。
彼女がため息をつくのは先ほどこの部屋で行われていたことが原因だ。
別に鬼が殴り込んできた訳でも酒宴を開いた訳でもない。
先ほどまで行われていたこと、それは授業だ。
辺りには最近やっと手に入りやすくなった紙が散乱しており、目の前に広がる光景を眺めて改めてがっくりと肩を落とす天魔。
そもそもなぜ天狗が寺子屋の真似事をしているのか?
天狗という種族はもともと縄張り意識が他に比べて強い妖怪だ。大きな力を持つ天狗はまだ大人の余裕のようなものを持ってはいるが、年若い天狗は種族としての性に忠実で、少しでも領域を侵す者がいれば誰であろうと攻撃しようとする。
そう誰であろうと。
以前、太陽の丘と呼ばれるようになった場所に住み着いている幽香が珍しくそこを離れ、妖怪の山にやって来たことがある。
理由は青と闘うためで、最初の邂逅以来二人は闘っていなかったために幽香の方から青を探しに来たのだった。
ところが幽香は青たちの詳しい住居を知らない。
よって二人が飛んでいった方角に飛び続けた結果、妖怪の山の中腹に到着。
それを見た若い天狗たちがいきり立ち幽香に一斉に襲い掛かったが幽香はそれを苦もなく捻り潰した。
妖力を感じて駆けつけた天魔の目の前に広がった光景は、地面には瀕死の若い天狗たちが倒れ伏し、その中央に立つなにやら不満げな顔をした幽香。明らかに物足りないと言った感じの顔つきである。
ところが青はたまたま留守にしており、急遽幽香のストレス発散に付き合う羽目になったしまったのは天魔。
結局なんとか幽香を満足させて帰ってもらったが、天魔の体力と平穏が犠牲になったのだった。
以上の一連の流れがあり、若い天狗たちにも分別というものを叩き込むべきだという声が上がったためにこのような場が設けられたのだ。
しかし、天狗の中で一番学があるのは青や藍の教育を受けた天魔であるから彼女が教師役となり、結局は彼女の時間は削れていくのだった。
一応天魔が言うことには若い天狗たちは熱心に耳を傾けるだけまだ良いのだが、ただでさえ仕事の多い天魔にはかなりの負担だ。
「あの子たちは後片付けもしないし……」
その上若い天狗たちはじっとしていることが苦手で、授業が終われば片付けそっちのけで出ていってしまう。
「これだから若い子は……」
思わず天魔は今日何度目かのため息をつくが、言っていることが年寄り臭い。
「……いや、大丈夫、私の姿も若いままだから心は若いはず。大天狗の人達みたいなおじちゃんにはなってない……」
自分でもそう思ったのか、はっとした顔をして慌てて言い訳を始める天魔。
誰もいないので変な天狗にしか見えない。ちなみに天魔がおじちゃんと呼んだ大天狗たちは天魔より若かったりする。
「まあ、あの子たちも鬼たちに比べればまし―――」
―――ズドォン
「―――はあ……」
屋敷の外から聞こえてくる大きな物音を捉えて天魔が外に出てみれば、そこには笑顔で殴り合う鬼が二人。
周りは鬼たちの輪で囲まれており、闘うには十分な広さではあるが野次が煩くて仕方がない。
「そこだっ! 腹にきめてやれ!」
「おおー、今のははいったねぇ」
「立ってくれ! 俺はお前に樽一杯酒を賭けてたんだぞ!」
なぜわざわざ天狗の里の屋敷の前で拳闘紛いのものが行われているのか。
ただ単に山で一番広い平らな土地だからだそうだ。
「私はお前みたいな根性なしに育てた覚えはないよ!」
「葵まで……何をやっているんですか……」
子供たちの殴り合いを見ながら酒を飲んで囃し立てている葵に天魔は頭を抱える。
「仕方ないじゃないか。
青と藍はどこぞに行っちまって帰らない、優は青がいない今こそとばかりに彩音に家事を教えてもらってるから邪魔できないし、弥彦は旅の最中。
さっきまで庭でじゃれ合う碧と橙を見てたんだけど、やっぱり私は喧嘩を見ているほうが楽しいねえ」
「ずっと碧たちを眺めていてくれれば良いものを……」
私は鬼の喧嘩なんかより碧たちを見ているほうがよっぽど癒されるのに、と呟く天魔。
「とにかく、ここは天狗の里でまだ若い子たちもいるんです。彼らが鬼の闘いなんかに巻き込まれたらどうするんですか?」
「だからこうやって輪を作ってるんじゃないか」
「……この前乱闘騒ぎになったのを忘れましたか?」
天魔の言う乱闘騒ぎとは、以前も同様に鬼たちは屋敷前で喧嘩をしていたのだが興奮の余り輪を崩して入り乱れ、天狗たちには被害はなかったものの屋敷が半壊するという被害が出た。
「大丈夫、大丈夫。
今度からその辺の頃合いを“見極めて”おくから」
葵の能力なら乱闘騒ぎになるタイミングを見極めて、そうなる前に鬼たちを止めることは可能だ。
「なんかあなたが喧嘩を止めるとは思えないんですけど……」
天魔のジト目を受けて思わず目を逸らす葵。
おそらく天魔の推測は正しく、葵が乱闘騒ぎなどという彼女にとって最高に楽しいことを止めるはずがないのだった。
「とにかく彼らをまとめて他の場所でやってきてくださいよ」
「無理だねぇ、ここまで盛り上がったらもうあたしにも止められそうにないよ」
「早速前言撤回じゃないですか。鬼は嘘をつかないんじゃないですか?」
「あたしは見極めるとは言ったけど止めるとは言ってないよ」
「はぁ……」
鬼の母である葵も他の鬼同様嘘はつかないが、言葉遊び程度のことはする。青との一番最初の会話のように、逆に言葉尻を捉えられたら素直に受け入れるのが鬼らしいが。
「いいです、私が止めますから……」
そう天魔は言うと、騒ぎの中央に向かって手を向け精神を集中させる。
次の瞬間には輪の真ん中を中心として嵐が吹く。なるべく周りの建物には風がいかないように制御しながら嵐を操り、近くにいた鬼たちを枯れ葉のように吹き飛ばした。
「おおう、こりゃ楽しいなあ!」
「なんだか楽しそうだな、私も飛ばしてくれよ!」
「うぅ……」
「あははは、まあそういうこともあるさね」
飛ばされながらも楽しそうに笑う鬼たちとそれを見て我も我もとせがんでくる他の鬼たちに思わず呻く天魔。
天魔の行為は残念ながら鬼たちには新たな娯楽を提供しただけだったらしい。
結局天魔が鬼たちから解放されたのは半刻後だった。
「ただいま……」
疲れきった様子で八雲家に帰宅する天魔。
ちなみに天狗の里にある屋敷には寝室はなく、もっぱら集まりを開いたり仕事をしたりするために使われている。
居間に入れば青、藍、弥彦に紫以外の全員が揃っており、既に食卓に座っていた。
「天魔も来ましたね。じゃあいただきましょう」
彩音の一言で一同が食事をし始める。葵を見る天魔の目が若干ジト目だが、いつものことだと皆気にしない。葵も全然気にしない。
もしこの場に青がいれば何か言ったかもしれないが、別段関係が悪くなったという訳でもないから基本的にはこういうやり取りは放置されている。
「ごちそうさまでした」
食事を終えた天魔はそのまま床にはつかず、再び天狗の里に戻る。
屋敷に入って燭台に火を入れ、たまってきた報告書をまとめる。
授業をするようになってから天狗の中で文字を扱えるものが増えたためにその場その場で直接報告しなくてよい報告書が使えるようになったのだが、わざわざ紙に書いて報告しなくていいものまで報告してくる場合があるので整理が必要なのだ。
それが終わるのはもう真夜中すぎ、寝静まった八雲家に天魔は再び帰宅して風呂で疲れを取ると自分の部屋に下がる。
布団に潜りこんで考えるのは両親のこと。
「父上に母上は大丈夫でしょうか……
あの人の発案だから不安ですね……」
青と藍なら大概のことは大丈夫だろうが、紫発案という一点が引っ掛かっているらしい。もちろん二人に危害を加えるとは思えないが、厄介事くらいは持ってきそうである。
「早く帰ってきてください……」
結局天魔も軽度のファザコン、マザコンである。
幸い感じているのは親愛であるが、もしこれが恋愛だったりしたら青が首を吊ったかもしれない。
こうして二人の無事を祈りながら天魔は眠りにつくのだった。
番外編投稿でした。
日付変わってますね……遅れてすいません(汗)
この番外編は青と藍が白澤云々でごちゃごちゃやってる最中という時系列です。
ちなみに今天魔が一番危惧しているのは鬼と幽香の接触。
もし会わせたら幻想郷がなくなるまで戦いそうだと、必死に遭遇しないように細工してます。
まあ霧になった萃香経由でばれてますがね(笑)
本編も書けたらあげますね。
感想があると泣いて喜んだりします。
感想待ってますね。