二十九話
龍神さまとの対話の巻
やっと家に帰れた……
龍。
それは様々な謂れをもった存在だ。
例えば大陸において高位の龍とはすなわち帝王を意味している。皇帝の身の回りの装飾は龍で溢れているくらいだ。言い伝えによれば始祖は伏儀と女禍であり、彼らは半身が龍だったらしい。
何百年か前に大陸に新王朝をたてたやつがいたが、たしか自分は赤龍の子であるとか言っていた。
無論本当なら人間の寿命に収まるわけがないのでただの権威づけだろうが。
また守護神としての側面もあり、四霊、つまり麒麟・鳳凰・龜・龍の一つであり四神が一柱の青龍に中央の守護神黄龍も龍だ。
さらに大方の龍は水神であって河や湖の神である。
ここで更に西の地へと向かうと竜とはすなわち悪となる。
以前クレタにいた時に話に聞いたデュポーンというすべての怪物の父と呼ばれるものは下半身が大蛇、上半身は男、そして頭部は百にも分かれた竜だったそうで、また雷や炎を撒き散らした災厄の神とされている。
少し東に戻るとヴリトラという悪龍がいる国がある。そこではインドラという神とヴリトラは何度も何度も戦いを繰り広げ、それは今でも続いている。
さてここまで長々と思考してきて共通して言えること。
それはとんでもなく強大な存在だということだ。
俺はかつて人間の頃に河の神として現れた龍を見たことがあるが、正直重圧感だけで死にそうになった。
また藍と旅をしていた時にヴリトラとインドラの戦いを遠くから見たことがあるが、あれは戦いなどと呼べるようなものではなかった。
インドラのもつ神具が豪雷を放ちヴリトラが極炎を放つ。それだけで辺りは焦土と変わり、生き物は死に絶える。あれは正しく天災だった。
俺も間合いの関係から龍の姿をとることはあるが、おそらく龍神級なら本来の半分も力を使えていないだろう。
また龍は非常に長命で長い時をかけて位を上げる。
一番位の低いものを蟠と呼び、最高位である龍と呼ばれるまでにはおよそ四千年かかる。
つまり俺たちの誰よりも強くて長生きということだ。
それを説得?一体どういうことだ。
「龍が水神であり、河の神であることは知っているわよね?」
「ああ。何回か実際に見ているからな」
「河、つまり“流れ”ある場所に宿り、土地を豊かにも貧弱にもするのが龍よ。そして私が今回指している龍神はただの河の神じゃない。
この地を走る霊脈の流れを司る龍神よ」
「霊脈……なるほどな……」
霊脈を司る龍神、確かにこれは一度対話をしなければならないだろう。
最終的に紫の計画では霊地の霊力を大量に消費する。これで龍神との対話を済ませなければいらない怒りを買うだろう。
例えば河からむやみやたらに引水をし、その結果水量を減らして河に生きる生き物が減ったら、河の神である龍は怒り狂う。そしてこの場合は洪水という形でその怒りを示す。
これが霊脈を司る龍神なら……最悪生き物の住めない土地になる。
霊脈というのは当然大地に関わるから地震の類いは起こるだろうし、大きすぎる霊気の乱れは天候を崩し作物は不作になる。
しかし最大の災害は霊脈からの霊気の氾濫。そこに込められた力は水による洪水などとは比べものにならないだろう。
過去にこのような例はないが、十分あり得る話だ。
「そう、これは私たちの避けて通れない関門のようなものね。龍神との対話は不可欠よ。
でもさすがの私も面と向かって龍神と対話したことはないわ。そこで以前神事をやったこともあるあなたの意見を聞きたかったのよ。どうすれば龍神の機嫌を損ねず力を借りられるかをね」
「そういうことか、なら―――」
確かに龍神とよんでも差し支えない位の河の神と相対したこともあるが、基本的に下手下手に出るのが肝要だった。
そこにややこしい儀式などはいらない。
なぜなら“来させる”のではなく“来ていただく”のであって、例えいかに儀式を行おうとも来るか来ないかは龍次第。
また、呼び出した後は絶対に機嫌を損ねさせてはいけない。
損ねた場合は当事者のみの問題にとどまらず、付近住民を全て巻き込むからだ。“逆鱗に触れる”という表現があるが、そんなものに触らなくても機嫌を損ねさせれば終わりだ。
これを防ぐために酒を供えたりもする。龍は酒を好む場合が多く、こうしておけば多少の無理を言っても聞いてくれることが多い。
今回のように多大な力を借りるならば必須だろう。
霊脈の龍神であるから河の神に対する場合とは勝手は違うだろうが、共通して言えるのはこれくらいだろう。
「―――っとまあこんな感じか」
「なるほどね、下手に出るって苦手なんだけど……
計画のためならなんでもするわよ。
さて、そしたら―――」
一通り説明をして紫も概要については理解したようだ。些か苦い顔をしているが、すぐさま次にどうするかを考えはじめた。
この後途中でやって来た藍も加えて俺たちは夜遅くまで話し合った。
翌日、俺と紫は山の東南に位置する霊脈の始点に向かっていた。今朝がたに葵から貰ってきた(紫が泣き落としてきた)取って置きの酒を持って。
今いるのが俺と紫だけなのには理由がある。
単純にあまり大勢で押し掛けて警戒されないためだ。紫は計画の発案者として龍神を説得する役割があるし、俺は神であり妖怪である身とかつての経験から龍神と紫の橋渡しをしなければいけない。
藍も一緒について行きたかったようだが、今回は察してついてくるとは言わなかった。
心配させてしまったかな……
「ここね」
紫の声で我にかえる。
どうやらいつの間にか目的地についていたようだ。
「わかった。酒はその辺りにおいといてくれ」
紫にそう言ってここ最近増えてきた神力を発する。
これは人間には出来ないやり方だろう。
基本的に神と言うのは自分の領域にいる他の神に対しては敏感だ。こうしていれば何事かと見に来る可能性が高い。
まあ龍神が霊脈の神だと考えると遥か昔に既に俺の存在に気づいていたはずだから、特に自分の領域に他の神がいることで不機嫌にはなったりしないだろう。
そう考えれば意外と寛容な性格をしている可能性が高いかもしれない。
「妖怪の神に賢者が揃って我に何のようだ?」
「「!?」」
そのまましばらく待っていると突如として白銀の体を持つ龍が現れた。
……これが龍神か。
妖怪であり神となった今の俺でもこの重圧感はかなりきつい。
紫も表情こそ崩さないがうっすら汗をかいている。
こちらの流儀に則って平伏し、顔を伏せたまま喋る。
「龍神さま、此度はお願いしとうことがございます。是非お聞き入れて頂きたいのですが、説明をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「ふむ、神力を感じてわざわざ現界したのだ。今さら多少ここにとどまってお前たちの話を聞いても変わりはあるまい」
「ありがたき幸せ。
ではこちらにある酒などを飲みながらお聞き下さい」
「酒か……なるほどいい酒だ。よし説明しろ。そのままでは説明しづらいだろうから楽にしてよい」
「はっ、では説明はこちらにいる紫から」
幸いなことに割とすんなりと紫の説明までもってくることが出来たな。
あとは紫次第だな。
「それでは私、八雲紫がご説明させて頂きますわ。
まずは私たちのしようとしている事。その大元から説明させていただきましょう―――」
紫が龍神に説明を始めてからおよそ半刻(一時間)がたとうとしている。
龍神も酒を飲みながらじっと説明を聞いており、紫も説明が進めば進むほど言葉に熱が籠るようになってきた。
「―――という訳で龍神様のお力をお貸しいただけないかと」
「ふむ……」
やっと紫が全てを語り終えた。
紫の説明を聞いて何やら考えている様子の龍神。二人で固唾をのんでその考えがまとまるのを待つ。
「……今すぐという訳ではないのだな?」
「はい、今すぐ外界と切り離してしまうのではなく、内側だけの世界で全てが回るようにしてからになります。
それに結界を張れる術者も必要ですから」
「そうか……
あいわかった、好きに使うがよい」
「本当ですか!?」
「うむ、我も幻想の存在。お前たちが幻想の者を救わんとする想い、しかと我が身に響いたでな。
力を貸すのも吝かではないということよ」
「あ、ありがとうございます」
紫が涙ぐむなんてまた珍しい場面が見れたな。よほど嬉しかったんだろう。
「結界の術者だがここで育てるがよい」
「「ここで?」」
龍神の思わぬ言葉に俺たちは揃って頭に疑問符を浮かべる。
「ここには龍穴がある。古来龍穴のある場所には社を建てるもの。
その社で霊力のあるものを育てればよい。
龍穴の影響を受けて力を増し、いずれはお前たちの望むような術者も現れることだろう」
「……わかりました。そのように取り計らいましょう」
「うむ」
まさか龍神から積極的に助言をくれるとは思いもしなかった。紫も一瞬呆気にとられたようだが、すぐに利益ありと判断したらしい。
「さて、我にも役割というものがある。まだ何かあるか?」
「いえ、何から何までありがとうございます」
「気にするな。我もお前たちの創る世を見て楽しませてもらう。
そうだな、その世に名前をくれてやろう。
全ての幻想の憩いの地となるよう、幻想郷とでも名付けるがよい」
それだけ言うと発光と共に龍神は俺たちの前から姿を消してしまった。
残ったのは半ば呆然とする俺たちと中身のない酒瓶。
こうしてここに幻想郷と呼ばれる幻想の楽園が生まれることになった。
第二十九話投稿でした。
……あ、後書き書いてたら日付変わっちまったよ……orz
幸い我が家は被害もなくライフラインも無事。良かった良かった。
さて今回は龍神登場でしたがなかなか扱いが難しいキャラ故に妄想を膨らませることの出来るやつでした。wikiの説明もなんだかようわからんかったし……
ま、書いてあることはwikiで分かる・あるいは推測出来るような話ばかりですが。
霊脈や龍穴の辺りは捏造です。龍穴には社をおくのは事実ですがそれで霊感が持てる訳ではないので(汗)
色々と問題作なので後日修正が入るかもしれませんが、これにて幻想郷作成の第一歩となりました。
感想待ってまーす。