二十八話
第一歩の巻
やっと家に帰る目処がつきました。詳しくは活動報告に書きましたが、今日の夜にはもう一度更新出来そうです。
八意永琳との邂逅から数ヶ月が経過した。
あの後碧と橙は藍と二人できつく叱り、その後は四人で抱き合った。
あの事件には本当にひやひやしたものだ。そう言えばどうもあれ以来藍が二人に対して過保護になってきた。
どこに行くにしても連絡用の札と式をつけるのだ。
考えてみてもくれ。忘れがちだが橙は“式”だ。式に式をつけるとは何事かと思うが、心配なのは俺も一緒なのでそのままにしておいた。
他に変わったことと言えば、とうとう弥彦が萃香たちに付いて諸国をまわるようになったということだ。
一度帰ってきたが、お土産に都でぶんどってきた酒だとか、旅の途中で襲ってきた陰陽師たちを叩きのめしたさいに手に入ったお札なんかを持ってきてくれた。
お札に関しては昔とった杵柄だ。大いに興味を引かれたので藍と一緒に解析していじくり回している。
酒は…ある一人の女性が全て消費したとだけ言っておこうか。
なんだかんだで弥彦も楽しくやっているみたいだし、あの鬼の集団ならば滅多なことはないだろうから今はやりたいようにやらせている。
次に帰ってくるのが待ち遠しいが、葵も同じ気持ちのようだ。
と言っても葵の場合は弥彦だけが対象ではなく、鬼の子たち全員に関する感情だ。
件の諸国漫遊の風潮のせいで、最近はめっきり山の鬼の数が減った。
いくら豪快な性格をしている葵と言えども自分の子供たちが次々といなくなれば寂しい気分に囚われるのが自然だ。たまにあらぬ方向を向いて盃を傾けている時の表情は物憂げなものだ。
まぁ、新しい子供を作ろうとここぞとばかりに迫ってはきたがな。これ以上増えたら面倒が見切れない気がしたので必死に押し止めたが。
おそらく葵の加護がなければいたしても子を授かることはないだろうが、加護があるかは葵にかかっている。鬼は嘘を嫌うが、明言をしなければ嘘ではない。
下手をすればそれくらいはやりかねないので最近は葵とご無沙汰だったのだが、半年を過ぎた辺りで我慢出来なくなったのか鬼の名にかけて明言してもらったのでよしとする。
……まぁ今の子たちがみんな一人立ち出来るようになれば子をつくるのも吝かではないし、それもちゃんと言い含めてはある。
後は以前と変わりない生活をおくる毎日。
今は膝の上に優、さらにその上に碧をのせて二人の頭を交互になで回している。優の髪は彩音に似て綺麗な緑でさらさらで撫で心地は最高だし、碧は頭を撫でると頭の狐耳がピクピク動いてとても可愛らしい反応を返してくれる。
「いつきてもここはほのぼのしてるわよね……」
二人を思う存分可愛がっていると背後から紫が声をかけてきた。娘たちを見て顔をほころばせている。
「あ、紫おばさん!来てたんですか?」
優の言葉を聞いて微妙に顔がひきつる紫。この呼び名でもう何百年もたっているわけだが、いちいち“おばさん”と呼ばれる度に顔がひきつるのだけは変わらない。
一度弥彦が“ばあさん”と呼んだ時などは3日間落ち込み続け、挙げ句の果てにはふて寝からそのまま冬眠を始めてしまったのだ。起きた時にはその時のことは忘れていたようで機嫌は良かったが、それ以来我が家ではばあさんは禁句となった。
ちなみにばあさん呼ばわりされて落ち込むのは弥彦たちに限るようで、からかい半分に禁句を口走った鬼は目も当てられない惨劇にみまわれた。
……あれを口にだすのは憚られるな。女性に出来ることじゃない気がする。
「……何か失礼なことを考えてないかしら?」
「いや、そんなことはない。
それよりそろそろ慣れろ。やり過ぎるとしわが増えるぞ」
「し、しわっ……」
何か烈火のようなものが紫の後ろに現れたが気にしない。
「せっかくの顔が台無しだぞ?」
俺の言葉に烈火がすっと収まる。
「……はぁ。なんで私は妻子持ちにしか縁がないのかしらね……
いっそ私も妾にしてくれないかしら?」
「全く……その気もないのに言うんじゃない」
「そうは言ってもねぇ、あなたたちのせいで独り身も辛くなってきたのよ。
あなたたちに会う前はそんなことなかったのにねえ……」
そう言ってため息をつく紫。
俺と紫の関係は友以上恋人未満というやつを何千年も貫き通している。
こいつはある一線までは例の胡散臭い雰囲気で固めてはいるが、それよりも近い者に対しては素の表情を見せてくれる。
この表情を知らないやつらにはかなり意外だろうが、紫は寂しがりやだ。
だから夜にやって来ては我が家で寝ていくし、最近は晩酌に付き合うことも多い。
もし、もし俺たちのような関係の友人がいなかったら紫は一人で何もかも背負いこんだだろう。
紫には目指すべき世界の形がある。ずっと前、俺と藍と紫、三人の出会いの原点でもあるあの時に語ってくれた計画。
それは一人で背負うには大きすぎるもの。
それでも紫にとって譲れないもの。
まぁでも現実は―――
「はぁ、こんなことを話している場合じゃなかったわ。相談したいことがあるのだけどいいかしら?」
―――俺たちという“友”がいるから大丈夫だろう。
何やら真剣な面持ちの紫が娘たちを見てこちらに目配せをしてきたので、おそらくは娘たちには聞かせたくない類いの話なのだろうと当たりをつけ、うとうとし始めた二人を寝室に横にしてから自分の部屋に紫と入る。
「で、相談というのは?」
「……以前話した計画のうち、外界との隔離について覚えているかしら?」
「ああ、もちろん。
やはり紫の推測は正しかったな。ここ最近の人間の進歩には目を見張るし、陰陽師のような者の中には人間だったころの俺以上の術者も混じり始めた。おちおちしていると大妖怪級でも簡単にやられかねない」
「そう、人間は確実に私たちに抗する力を蓄えつつある。でも今はまだましよ。陰陽師が使うような力はむしろ私たちのような存在側の力。彼らがそれを使う限り逆説的に私たちの存在は保証されている。
問題は以前の推測通りにかつて月へと渡った輩と同等の“技術”によって私たち妖怪に抗することが可能になった時、その時こそ妖怪は破滅への道を歩きだすわ。
そして今のままならそれは妖怪にとっては遠くない将来の話でしょうね……
それで話を戻すけど、この辺り一帯は強力な霊地であることは知ってるわよね?」
「もちろん。以前そのせいで一騒動あったからな……」
あの迷いの竹林。あれはこの辺りでも格段に霊気が強い場所であり、つまり逆に言えばこの辺りは程度の差があっても霊地になりうる程度の格があるのだ。
「あぁ、あの時はすまなかったわね。私も手伝えれば良かったんだけど……」
「気にするな。連絡を忘れていた俺たちが悪かったのだし。
それで続きは?」
「そう言ってくれると助かるわ。
それでね、これだけの霊地なら以前話した結界を作る基盤としてもどうにかなりそうなのよ。
他の国を旅して候補地はあるにはあったのだけど、やっぱりあなたたちが定住しているここで始めた方が色々と楽でしょうと思ってね」
「と言うことは…」
「ええ、ここで、この土地から私は私の計画を実行に移すつもりよ」
「私?私“たち”だろ?
遠慮なんかするなよ。それに俺たちは家族だろ?」
「……そうだったわね、頼りにしてるわよ」
「ああ、思う存分頼りにしてくれるといい」
「ふふふっ」
俺の言葉に嬉しげに微笑む紫。
……全く、この微笑みならどんな男だって落とせるだろうに。
「じゃあ早速頼みをしてもいいかしら?」
「ああ」
「そう、じゃあ―――」
―――龍神を説得するのを手伝ってくれないかしら。
紫の言葉は俺の思考を白に染め上げるのに十分な威力を持っていた。
第二十八話投稿でした。
突然更新停止して心配をおかけしてしまった人もいるようですが、今日中になんとかなりそうです。
周辺被害を見れば仙台にいた割りに自分が非常に幸運だったのだと今になって痛感してます。まあその辺りは活動報告にて。
今回は幻想郷への第一歩(への前置き)です。紫がなぜかヒロインしている……まあ気にしないで下さい(汗)
次回は龍神様のおなりですが、色々と捏造を含むので大変ですかね。
龍について調べると色々資料が出てきて楽しかったのですが、まとめるのがえらい苦労しました(汗)
どうも地元近くも余震の影響を受けているし、これからも当分は予断を許さない状況のようですので、数日はストック投稿で乗り切ります。
なんとか再び連日投稿出来るように努力しますのでこれからもよろしくお願いします。
皆さんも余震の場所はどこでも起きうるらしいので気をつけて。
感想待ってます。