二十三話
命名の巻
紫があまりの扱いに絶叫したあと場は混乱を極めていた。
紫の絶叫などなかったかのように振る舞う青と、同じように青に構いっぱなしの藍、葵、彩音の三人。絶叫すらも流されたスキマ妖怪はやるせなさからその場でふて寝をしようとして本当に就寝。
一人天魔だけが常識をもつ立場で頭を抱えていた。
「すまなかったな、紫。ちょっとはしゃぎすぎたようだ」
「ちょっと…あれがちょっとだ「はいはい、紫殿落ち着いて」…ふぅ、どうにも熱くなりすぎたようね。まぁいいわ、いつものことだし」
今この場には先ほどのメンバー+葵の話を聞いてやって来た萃香と勇儀の二人がいる。
この二人、家に上がって居間の状況を見るなり腹を抱えて笑い続けていたので、余計に場の混沌さを増やして天魔の頭痛をひどくした。そのせいで頭におおきなたんこぶを一つずつつけている。もちろん天魔謹製の。萃香はともかく勇儀は見た目的に成人女性なので奇妙な光景だ。
「そう言ってくれると助かる。さて今日集まってもらったのには理由がある」
「あら、ちゃんとあったのね。それを先に言いなさいよ」
「すまなかったな、少し興奮していたんだ。で、その肝心の理由はな、君たちに子供の名前を付けて欲しいんだ!」
固まる紫。
「私帰らせてもらっていいか「私を置いていかないで下さい!」……ちっ。あまり重要度変わらないじゃないの…」
「まぁそういうな、紫。私たちも妖怪の賢者と名高いお前ならいい案が出せるのじゃないかと思ったのさ」
「…まぁ頼りにしてくれるのはいいんだけど。はぁ、分かったわよ、考えればいいんでしょ」
「助かるよ、ありがとう紫」
真正面から頼りにしているとかありがとうとか言われるのに慣れていない紫は、若干頬を染めてそっぽを向く。それを見て鬼の三人がにやにやしていると、三人の頭上にスキマが開いて岩が落ち、ごつんっと鈍い音がして三人がうずくまる。
これで葵が1、萃香と勇儀は二段のたんこぶをこさえた。
「馬鹿はほっといて考えましょう。まずは青と藍の子供の名前ね。二人とも名前が色なのよね。でも子供も名前が色なのは安直かしら…」
「俺はそれでも構わないかと思うが。そういえば紫も色の名前だな」
「そういえばそうね。うーん…そうねじゃあ男なら碧、女なら碧と言うのはどうかしら?どちらも同じ字よ」
「どうしてだ?」
「虹の色からとったのよ、内側から紫、藍、青と続いて次は緑。でもそのままの字じゃひねりがないから文字を変えて碧よ」
「碧ね…うん、いいんじゃないか?藍はどうだ?」
「そうだな、私も良いと思う」
「然り気無く自分の名前を由縁に入れるあたり、紫も寂しがりやだねぇ、あいたっ!」
紫の命名に頷く二人をよそに茶々を入れた萃香は、またしても頭上に現れたスキマから、今度は青の作った鉄の塊が落ちてきて大きなたんこぶを増やした。もはや二本角ではなく三本角の鬼だ。
「さ、藍との子供はこれでいいでしょ。次は彩音と青の子供ね。これはどうしましょうかね…彩音って特徴がないのよねぇ」
「どういうことですか!?」
「いやぁあれだ、ある意味それが個せ、いたぁい!
なんで私だけ! 紫だって、うっ!」
彩音によって勇儀の頭にたんこぶが加算され、何かを言おうとした紫がスキマを通して勇儀の尻をつねった。
どうやら今日は目の前で惚気られた紫の鬱憤の矛先が鬼の二人に向いているらしい。
「そうね、彩音は自分の子にこう育って欲しいとかないの?」
ジト目の勇儀をさらっと流して話題を進める紫。
「え、まぁ優しく礼儀正しい子に育ってくれさえすればいいです」
「優しくねぇ…」
「なら単純に優と書いて〈ゆう〉か〈まさる〉でいいじゃないか。あんまり考え込んでも出ないと思うよ?」
「うーん…なんだか負けた気がするけど萃香の言う通りかもしれないわね」
「私はいいですよ優で。優しそうな子になりそうです」
「俺も異論はないな、萃香」
そう言って青は萃香の頭をたんこぶに触れないように撫でる。
「ふふん、もっと誉めてくれ」
撫でられて自慢気に胸を張る萃香を微笑ましいものを見る表情で見つめる一同。
「さて、最後は葵の子供ね」
「あー、その事なんだけどねぇ。もうあたしは考えてあるんだよ」
「え? そうなの、なんて名前?」
「弥彦だ」
いつまでも男名だけを言ったままで女名を言わないことに一同は不審がり、代表して彩音が尋ねる。
「あれ、男名だけなんですか?」
「あたしをなめてもらっちゃ困るね。仮にも子宝の神だ、生まれてくる子供の性別くらい分かるのさ。最近女続きだったからちょうどよかったよ」
「そんなことが出来るんですか…ちなみに由来は?」
「直感だ」
「は?」
「今まで沢山子を産んできたからねぇ。いちいち由来とか考えてたら大変だから、その時直感で浮かんだ名前をつけるようにしてるのさ」
「な、なんですかそれ」
色々と型破りな葵に頭が痛くなる一同。確かに考えてみれば何十と鬼を産めば名前の由来なんか考えるのは大変かもしれないが…
「萃香、あたしたちの名前って直感らしいよ…」
「あの母さんだから薄々そんな気はしてたけどね…」
地味に落ち込む二人。そんな心情を察してか、彩音が二人の前に新しいお茶とお茶うけを置き、肩をたたく。
「まぁ理由はどうあれ葵が納得しているなら俺はいいぞ」
「さすがあたしの旦那。細かいことを気にする奴はこれだからいけないねぇ」
そう言って豪快に笑い、萃香と勇儀の背中をばしばしとたたく葵。
それを見た天魔が哀れに思い、あとで二人に旨い酒でも奢ってやろうと決意する。
「ま、何はともあれこれで全員ね。結局一人しか名付けてない気がするけど、決まったのだからよしとしましょう」
「わざわざすまなかったな、紫」
「もういいのよ」
おめでたが分かった時より若干冷静になった青が改めて紫に謝罪し、紫も呼び出したことに対して余り根に持っている訳ではないので(のろけは別だが)軽く流す。
「あ、そういえば家って家名がないですよね。ついでに今決めてしまったらどうですか?」
そんな時、彩音が思い出したかのように言う。
「家名か…出身地にその風習がなかったからな、気にしていなかったよ」
「しかし青、生まれてくる子たちはこの土地で育つのだから、この土地の風習に従って名字を作った方がいいんじゃないか?」
「ふむ、そうだな…」
この場合家長にあたる青がその家名を決める権限を持つので、どうしたものかと考えこむ。
本当なら彩音の名字である東風谷を使えればいいのだが、あれは諏訪子のとこに仕える巫女が受け継ぐ名字だ。今や彩音もその名字を名乗らない。
となると藍は名字があるはずないから、葵は名字が無いのかと青が聞くと
「元夫を捨てた時に名字も捨てちまったねぇ。せっかくだからこの機会に新しい名字でも付けるとするよ」
と言われてしまった。
いやはや、哀れな元夫である。
まぁ妾が家名を名乗るのも妙な話だが、皆家族という認識なのでここにいる者たちに違和感はない。
そこで青が何かを思い付いたような顔をする。
「なぁ、紫」
「なに?」
「紫の名字の八雲、名乗らせてもらっていいか?」
「え!?いや、構わないけど、どうして?」
「いや、うちの家族で名字を持ってるのは紫だけだったからな。流石に娘の伊吹やら星熊やらは名乗れないだろ?」
「そう、そういうことなら別に構わないわよ………それにしても家族ね。ふふっ、いつの間にか私も貴方の大家族に仲間入りしていたのね」
「またまたぁ、嬉しそうな顔しちゃってー。自分の名字使って貰えて嬉しいんだ、痛いっ!もういいじゃないか!」
「そうすると紫の立場はどうなるんだい?年齢的に親父殿達に近いから、私らにとってはおばさ、うっ!」
扇を開いて顔を隠すが顔の赤みを隠しきれていない紫を、萃香がからかい勇儀が逆鱗に触れたため、二人とも新たにたんこぶを増やすことになった。
こうして無事にこれから生まれてくる子供たちの名前は決まり、八雲一家が誕生したのだった。
第二十三話投稿でした。
紫さんの苛立ちはなぜか萃香たちに…今回二人は殴られ役w
ごめんよ、許してくれぃ…
名前ですが由来があるので碧と弥彦は早めに決まったんですが、彩音の子供がなかなか決まらなかったんで変に名前に由来を持たせるのをやめてしまいました。
許してくれぃ…
そして八雲一家。
これは始めたときから考えてました。やっぱり“八雲藍”でいきたかったので、藍が式にならずに八雲姓を名乗るならと考えた結果。
色々とこじつけてますが許してくれぃ…
ま、何はともあれ次回出産です。
感想待ってまーす。