ロト7が当たったら親友が女装してきた。
最高傑作
ロト7で七億円が当たった。
俺こと佐伯悠真は二十八歳、独身である。都内のIT企業に勤める、ごくごく普通の会社員だ。
七億円という数字を初めて見たときは、何かの間違いだと思った。何度確認しても当選番号は一致しているし、銀行で手続きを済ませたあとも、しばらく現実感が湧かなかった。
だがしかし、とりあえず会社を辞めることにした。会社員の生涯賃金は二億ちょっとということなので、もう俺は勝ち組である。後は国債なり投信などで適当に積み立てれば、贅沢しなければ暮らせるだろう。
とはいえ、引き継ぎもあるし会社に迷惑をかけるほど切羽詰まってもない。すぐに退職できるわけではないので当面はこれまでどおり働くつもりだった。
そんな俺が当選を報告したのは、大学時代からの親友である藤宮春樹だった。
「七億円? マジで?」
「ああ。マジで」
「……すげえな」
春樹はしばらく黙り込んだあと、妙に真剣な顔で俺を見つめてきた。
「なあ、悠真。俺たちって親友だよな?」
「いきなり何だよ」
「いや、ちょっと確認したくなってさ」
春樹は照れくさそうに笑った。
昔から中性的な顔立ちをしている男だった。身長は百六十五センチほどで、俺より頭一つ低い。大学時代は女子に間違われることもあったが、最近は少し肉付きがよくなって、以前より柔らかな印象になっていた。
「お前が金持ちになっても、俺たちは親友だからな」
「何言ってんだ、当然だろ」
「……そっか」
春樹は嬉しそうに目を細めた。
そのときの俺はあいつが何を考えていたのか、まるで理解していなかった。
◇
三日後の土曜日。
インターホンが鳴ったのでモニターを確認すると、見知らぬ女性が立っていた。
肩まで伸びた栗色の髪に、淡いピンクのカーディガン。膝丈のフレアスカートから覗く脚は細すぎず、ほどよく肉がついている。
年齢は二十代後半くらいだろうか。
どこか見覚えのある顔だった。
『……悠真、いる?』
「え?」
聞き覚えのある声に、俺は思わずモニターへ顔を近づけた。
『私だよ。春樹』
「……は?」
慌てて玄関を開けると、そこには確かに春樹がいた。
いや、正確には、春樹の顔をした女性が立っていた。
「……お前、何してんの?」
「えへへ。びっくりした?」
春樹は恥ずかしそうに笑い、スカートの裾を摘まんで小さく回った。
ふわりと広がる布地。控えめな化粧。頬にかかった髪を耳へかける仕草まで、妙に自然だった。
「……女装?」
「うん。頑張ったんだよ?」
「いや、似合ってるけど……」
「ほんと?」
春樹の顔がぱっと明るくなった。
俺が頷くと、あいつは嬉しそうに胸の前で両手を合わせた。それから、少しためらうように俺の袖を摘まむ。
「ねえ、悠真」
「なんだ?」
「私のこと、養ってよ♡」
……なるほど、そういうことか。
「七億円が目当てだろ!」
「えへへ♡」
春樹は悪びれる様子もなく笑った。
「だって七億円だよ? 私一人くらい養ってくれてもいいじゃん」
「いや、お前も働いてるだろ」
「もう働きたくないの。毎日、悠真のお帰りを待ってる生活がしたいなぁ♡」
そう言いながら、春樹は俺の腕に両腕を絡ませた。
柔らかな身体が密着する。ふわりとした香水の香りが鼻腔をくすぐった。こいつ、本当にあの春樹なのか?
男だとわかっているのに、なぜだか妙に意識してしまう。
「……とりあえず、上がれよ」
「やったぁ♡」
春樹は嬉しそうに笑い、俺の腕に抱きついたまま玄関へ入ってきた。
◇
リビングへ案内すると、春樹はソファに腰を下ろした。
昔から何度も遊びに来ている部屋だ。普段なら勝手に冷蔵庫を開け、ビールを取り出しているところだが、今日は妙におとなしい。
俺がコーヒーを淹れて戻ると、春樹は膝を揃えて座っていた。
「……なんか、変な感じだな」
「何が?」
「お前が女装してること」
「……似合わない?」
「いや……似合い過ぎてて逆に怖い。だから変なんだよ」
春樹は嬉しそうに微笑んだ。
そして、俺が隣に腰を下ろすと、するりと距離を詰めてきた。
「ねえ、悠真。私、可愛い?」
「……正直、ものすごく可愛いと思う」
「ふふっ。じゃあ、もっと近くに行ってもいい?」
返事をする前に、春樹が俺の膝へ横向きに腰を下ろした。
思わず両手で腰を支えるとムニっとした感触に手のひらが包まれた。
「重くない?」
「いや、重くはないけど……」
……柔らかい。
大学時代はもう少し痩せていた気がするが、今の春樹は全体的にふっくらしている。カーディガン越しに触れた腰には適度な丸みがあり、腹部にも柔らかな肉がついていた。
決して太っているわけではない。むしろ中肉中背の女性を思わせる、健康的な肉付きだった。
「……悠真、どうしたの?」
「あ、悪い!」
慌てて手を離そうとすると、春樹が俺の手首を掴んだ。
「……いいよ♡」
「え?」
「もっといっぱい触ってても、いいよ……♡」
春樹は俯いたまま、小さな声で呟いた。
俺は少しためらってから、もう一度その腰に手を添えた。
手のひらが柔らかな肉に沈む。
思わず指先を動かすと、春樹が小さく身じろぎした。
「んっ……あんまりお腹は触らないで」
「嫌だったか?」
「そうじゃなくて……」
春樹はカーディガンの裾を引っ張った。
「最近ちょっと太っちゃったから。運動もしてない中年のだらしない身体だし、悠真に見せるの恥ずかしいよ……」
そう言いながらも、俺の膝から降りようとはしない。
むしろ俺の肩へ額を押しつけ、顔を隠してしまった。
俺は思わず笑った。
「別にいいじゃん……ていうか、柔らかくて気持ちいい。この程よい肉付きが逆に女の子みたいで可愛いよ」
「……ほんと?」
「ああ。抱き心地もいい。あと……すっげえエロい」
春樹は顔を上げた。
化粧をした頬が、さらに赤く染まっている。
「……悠真って、そういうの好きなの?」
「まあ、好きかと言われたら大好きだな」
「……そっか。嬉しい……」
春樹は微笑んで、それから俺の手を自分のお腹へそっと押し当てた。
「……じゃあ、もう少しだけ」
柔らかな感触が、手いっぱいに広がる。服の下に腕を滑らせたくなったが、その一線だけは越えないよう、生唾を飲み込んで耐える。
そしてカーディガンの上からゆっくり撫で回した。春樹がくすぐったそうに身を捩る度に、カーディガンとスカートの擦れる音がする。服を着てる方が逆にエロいかもしれない。
「あっ、そこ気持ちいい……。悠真ぁ……もっと触ってぇ」
そう言いながら俺の首に腕を回してくる。
吐息がかかった。ミントの香りがする。こいつ、こんな所にまで気を回しやがって、これじゃあ本当に女みたいじゃないか。
昔から知っている親友の顔なのに、今は妙に艶かしく、綺麗に見えた。
「……悠真ぁ」
「悪い、触り過ぎたか?」
ハッとして顔を離す。春樹の顔は紅潮していた。少し涙目になっているのか、瞳が潤んでいる。
「私……今日、、すっごく頑張ったんだよ」
「女装のこと?」
「うん。お化粧も練習したし、お洋服もいっぱい選んだんだぁ……」
春樹は俺の胸元に頬を寄せた。
「悠真に可愛いって思ってほしくて、頑張ったんだよ?」
その声があまりにも真剣だったので、俺は何も言えなくなった。
◇
「なあ、春樹」
「なあに?」
「……お前、本当に七億円が目当てなのか? 正直に言ってくれ。お前が金のためにここまでするとは、やっぱりどうしても思えなくてさ」
春樹の身体がぴくりと動いた。
しばらく沈黙が続く。
やがて、春樹は俺の膝から降りようとした。
「……ごめん。やっぱり、変だよね」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「男なのに女装して、親友に養ってほしいなんて……気持ち悪いよね」
春樹は笑おうとしたのか唇を歪ませたが、その口元は震えていた。
俺は春樹の腰を抱いたまま、離さなかった。むしろ少しだけ、さっきよりも力を込めた。
「……別に気持ち悪くなんかねえよ」
「……ほんと?」
「ああ。ただどうして俺にここまでしてくれるのか、気になっただけだ」
春樹は俯いた。
長い髪が頬にかかり、表情を隠す。
「……七億円って聞いて、チャンスだと思ったんだ」
「チャンス?」
春樹は俺のシャツをぎゅっと掴んだ。
「……俺さ、実は悠真のこと、ずっと好きだったから」
息を呑んだ。
「大学のときから、ずっと……」
声が震えていた。
「でも、男同士だし。お前は俺の事、親友だと思ってくれてるし……告白したら、全部、壊れちゃうかもしれないって」
顔を上げた春樹の目に涙が滲んでいた。
「だから七億円が当たったって聞いて、思ったんだ」
「……何を?」
「金目当てってことにすれば…………勇気を出せるかもって」
春樹は小さく笑った。
「そうすればもし振られても、七億円が欲しかっただけだって笑えるだろ?」
俺は何も言えなかった。
距離感の近いやつだとは昔から思ってた。
だけどこいつは六年間も、そんな気持ちを抱えていたのか。
「……でもさ、本当は金なんてどうでもいいんだ」
春樹は俺の胸に顔を埋めた。
震える声がシャツ越しに伝わってくる。
「お前と一緒にいたい。朝起きたら隣にいてほしいし、仕事から帰ってきたらお帰りって言いたい。飯も一緒に食いたいし、休みの日はずっとくっついていたい……」
春樹の腕が、俺の背中へ回った。
「……ずっと、そうしたかったんだ」
俺は春樹を抱きしめた。
柔らかな身体が腕の中に収まる。
春樹は少し驚いたように息を呑んだあと、ゆっくりと俺の背中へ腕を回してきた。
「……悠真?」
「ごめん。俺、全然気づいてやれなかった」
「……いいよ」
「俺さ。お前のこと、ずっと親友だと思ってた」
「……知ってる」
「でも今、こうやってお前が告白してくれて……それに、今のお前を見てると……なんか、変な感じがしてるんだよな」
春樹が顔を上げた。
「……変?」
「ああ。可愛いと思うし、こうしてずっと触っていたいって思っちゃうんだ。後さ……分かるだろ。その……男同士……なんだからさ」
春樹の頬が赤くなった。
「……本当に? 俺で良いの?」
「うん。俺も……お前が良い」
俺は春樹の頬に手を添えた。
柔らかな肌。ほんのり甘い化粧品の香り。
昔から知っている男なのに、今は目を離せなかった。
「……ってかさ、ごめん」
思わず呟いた。
「もう我慢できないかも……」
春樹は目を見開いた。
それから、嬉しそうに微笑んだ。
「……いいよ。来て」
春樹の指が、俺のシャツを掴む。
「俺、ずっと待ってたから……」
俺はゆっくり顔を近づけた。
春樹は目を閉じた。
唇が重なる。
ほんの短いキスだった。
けれど、春樹は俺の首に腕を回し、離れようとしなかった。
「……もう一回、してって言っても良い?」
小さな声でねだられた。
俺は笑って、もう一度キスをした。今度はさっきよりも長く、さっきよりも気持ちを込めて。
俺の頬を春樹の涙が伝った。
ほんの十数秒の事だったと思う。
「……えへへっ」
それでも顔を離すと、あいつは幸せそうに笑っていた。
◇
一か月後。
春樹は俺の家に住み着いた。
会社も辞めた。当面は七億円の当選金から生活費を出すことになったが、春樹は思いのほか家事が得意だった。
毎朝、俺より早く起きて朝食を作り、洗濯を済ませ、部屋を掃除してくれる。
そして俺が帰宅すると、必ず玄関まで迎えに来る。
「悠真、お帰り」
今日も春樹は、淡い色のワンピースを着ていた。
俺の顔を見るなり嬉しそうに駆け寄ってきて、そのまま胸に飛び込んでくる。
俺は慣れた手つきで腰を抱き寄せた。
「ただいま。今日も可愛いな」
「……へへ。ありがと」
春樹は照れくさそうに笑い、俺の頬にキスをした。
最近はこういうことが日常になっている。
俺もすっかり慣れてしまった。
夕食を済ませソファでくつろいでいると、春樹が隣へやってきた。
そして何も言わず、俺の膝に腰を下ろす。
「……重くないか?」
「全然」
「本当か?」
「ああ。むしろこのくらいが丁度いい」
春樹は安心したように微笑んだ。
俺はその腰へ手を回し、柔らかなお腹を撫でた。
「ふふ。本当お前、俺のお腹好きだよな」
「ああ、好きだよ。悪いか?」
春樹はくすぐったそうに身じろぎしながら、俺の肩へ頬を寄せてくる。
「……なあ、悠真」
「なんだ?」
「俺、幸せだよ」
「……そっか」
「ああ……すっげえ幸せ」
春樹は俺の手に自分の手を重ねた。
「ずっと、こうしたかったんだ」
俺はその手を握った。
指を絡めると、春樹は嬉しそうに目を細めた。
「……なあ」
「ん?」
「俺、お前のペットになってもいいか?」
「……はい?」
春樹は少し恥ずかしそうに笑った。
「だって、養ってもらってるんだし。飼ってもらってるってことだろ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「俺さ、お前にいっぱい甘やかされたいんだよ」
春樹は俺の胸に頬を擦り寄せた。
「頭撫でてもらったり、抱っこしてもらったり……毎日、可愛いって言ってほしい」
不覚にも想像してしまった。ペットとなった春樹を。朝起きたら布団に潜り込んでいたり、可愛い犬耳を付けて、頭を撫でたらお腹を見せてゴロゴロする。
そんなの、そんなの……最高じゃないか。
「悪くないかも……」
「……本当?」
「ああ。でもペットにしてくれなんて、とんでもない変態だな。養う代わりにお前の可愛いとこ、もっと色々見せてくれるんだろ?」
「……えっち」
そう言って、春樹は少し顔を赤くした。
それから、俺の膝の上で身体を丸めるようにして、ぎゅっと抱きついてくる。
「……じゃあ、もっといっぱい撫でてよ」
俺は春樹の髪を撫でた。
さらさらとした感触が指の間を流れる。
春樹は目を閉じ、気持ちよさそうに頬を緩めた。
「……へへ」
まるで本当のわんこみたいだった。
俺はしばらくその頭を撫で続けた。
すると春樹は、ふと思い出したように顔を上げた。
「……なあ、悠真」
「なんだ?」
「今度、一緒に服買いに行きたいんだけど」
「いいぞ」
「……マジで?」
「ああ。好きなの選べよ」
春樹は嬉しそうに笑った。
「へへ。じゃあ、ちょっと高いのでもいいか?」
「どのくらい?」
「……三十万円くらい?」
「高えな!」
春樹はくすくす笑った。
そして俺の首に腕を回し、耳元へ唇を寄せた。
「……頼むよ、悠真」
甘い声が耳をくすぐる。
「俺、もっと可愛くなりたいんだ。お前にもっと好きになってほしいから……」
俺は思わず目を閉じた。
春樹はそんな俺の反応を楽しむように、耳元で小さく笑った。
「……駄目? ご主人様♡♡♡」
「…………」
俺は深くため息をついた。
「……今のもっかいやってくれたら、いいぞ」
「やった! ご主人様♡ 大好き♡♡♡」
春樹は満面の笑みを浮かべ、俺に抱きついた。髪の毛からは柔らかくて良い匂いがした。
六年間、親友として隣にいた男が今は俺の腕の中で幸せそうに笑っている。
七億円が当たらなければ、きっとこんな未来は訪れなかった。
春樹は一生、気持ちを隠したままだったかもしれない。
俺もあいつの気持ちに、気づかないままだったかもしれない。
「春樹。今俺……七億当たって良かったって思った」
春樹は少し驚いたように俺を見つめた。
それから、ゆっくり微笑んだ。
「今更かよ」
そして、俺の胸に顔をうずめて腕の中で小さく呟いた。
「でも、そうだな……。うん、俺も……愛してる……」
もたれかかってきたその重さは、俺にとって七億円とは比べ物にならないくらい価値があるものだった。
fin
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