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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

今 ーいまー

作者: 楓
掲載日:2026/03/16

 仕事帰りに(ゆう)に拉致された。


 いつものようにマネージャーにマンションの近くで降ろしてもらって、エントランスまでの道をぷらぷらと歩いていると、突然車に横付けされてびくりと体が跳ねた。


 うわっ、なに?? 文○??


 と身に覚えのないスキャンダルで突撃取材を受けたのではと警戒しつ、おそるおそる車に目をやる。


 ん?


 よく見ると見覚えのある車だった。そう思うと同時に、静かに助手席の窓が開いて、恋人が顔を覗かせる。


「ユウ?」

「乗って」

「え? だけど……」

「いいから、乗って」


 わけも分からず、とりあえず言われた通りに助手席に体を滑り込ませた。ゆっくりと車が走り出す。


「なあ、何? どうしたの?」

「ドライブしよ」

「は?」


 (けい)はちらっと車内のナビに表示されている時刻を確認した。日付もとっくの昔に変わり、丑三つ時に差し掛かる時間だった。


「今から?」

「うん」

「いや、でも、明日仕事……」

「明日はお前も俺も午後からだろ? マネージャーに聞いた。だからいいじゃん」

「だけど……」

「久しぶりだし」

「…………」


 悠の有無を言わせぬ物言いに、ムッとする。眉を潜めて不機嫌な顔を全開にしながら、慧はプイッと前を向いた。


 なんだよ、急に。


 最近はほとんど放ったらかしだったくせに。気まぐれに突然会いに来て、我儘に付き合わされるこちらの身にもなって欲しい。


 そりゃあ、十年ほど別れと復縁を繰り返している関係なので、新鮮味なんてものはないのは分かってはいる。お互い俳優業での仕事が忙し過ぎて、スケジュールがなかなか合わないのも。


 だからって、二ヶ月も電話どころかメール一つもないって、どういうことだよ。


 ムスッと唇をへの字に曲げて、慧がじっとフロントガラスの向こうを見つめていると、悠がちらっとこちらを伺うのが分かった。あ、なんか言う気だな、と思ったら、悠が予想通り口を開いた。


「お前、静かじゃん、今日」

「……いつもこんなんだろ?」

「……だけど、今日、なんか頑なじゃん」

「頑な?」

「うん。頑なに喋らんどこって思ってるだろ」

「……別に」


 すると、悠の左手がすっと伸びてきて慧の右手に重なった。その手を乱暴に振り払う。


「……なんか、怒ってる?」


 その悪びれもしない言い方にカッと頭に血が上った。


「当たり前だろっ。お前、なんで二ヶ月も連絡なかったんだよ。こっちからしても、返事もねぇし」

「ごめん。ちょっと色々あって」

「色々ってなんだよ! 忙しくたって、連絡ぐらいできるだろ!」

「……ごめん」

「…………」


 その強引とも思える謝罪に押し黙る。これ以上は踏み込ませまいとする空気があった。


 本当に勝手なやつだ。


 どさっと勢いよくシートにもたれて、前方を睨み付けた。


 慧も付き合う相手に対して放任主義ではあるので、悠の好き勝手な行動もある程度容認してきた。別れを切り出すのもいつも悠だったし、ふらふらと戻ってきて復縁を迫るのも悠だった。どんな悠も全て受け入れてきた。


 ところが、悠は慧に輪を掛けるくらいの放任主義者だった。


 慧が急のスケジュール変更で二人の逢瀬をキャンセルしようと、仕事の付き合いで悠との時間を削って飲み会ばかり駆り出されていようと、女性タレントとの記事が出てしまったとしても(潔白だけど)、悠は文句のひとつも嫉妬もなかった。いつもの冷めた感じの態度で、ふーん、と呟いて、何事もなかったかのように振る舞った。


 慧に対しては驚くほど淡泊だったのだ。


 十年こんな調子だったから、二ヶ月連絡がないことも有り得るかもしれない。でも。


 鞄の前ポケットに入れたままになっている携帯電話を、鞄越しにぐっと掴んだ。


 ()()()()()があったタイミングだから、いつもみたいに割り切れなかった。


 これはもしかして自然消滅してんのか?


 そう疑い始めたのは連絡が取れなくなって一ヶ月過ぎた辺りだった。今までは別れる時は必ず悠から話があった。だから自分は付き合っているつもりでいたが、よく考えてみたらプライベートで二ヶ月近くも会うどころか連絡も何もなかったことは過去にない。


 だとしたら、悠はとっくに終わっていると思っているのではないだろうか。


 それとも、これから別れ話が始まるのだろうか。


 いつもより思考が悪い方向へ引きづられる。


 長過ぎたのかもしれない。先が見えないまま、ふらふらと綱渡りするかのように続いているこの関係が。


 今までみたいに、なるようになるだろうと強気でいられるほど、もう若くないのだ。


 沈黙が広がる車内に、ステレオから音楽が流れてくる。少し前まで悠がお気に入りだと聞いていた曲ではなかった。


 こうやって。少しずつ、知らないことが増えていくんだろう。会ってないのだから、話すらしてないのだから、お互いのことを知る手段なんてない。


★★★★★


 どれくらい走ったのか。車は東京郊外へ出たようだった。ビルや飲食店などの派手な電飾が減り、家々の小さな灯りが多くなっていく。どこに行くのかと疑問には思ったが、尋ねる気にはなれなかった。


 悠がステレオのボリュームを絞りながら、二人の間に広がっていた沈黙を破った。


「……今日、会ったんだろ?」

「…………」


 誰に? と聞かなくても分かった。


「仕事だからな」


 会いたくて会ったわけじゃない。


「そうか……」

「…………」

「……ケイちゃん」

「…………」


 狡い。なんでこんな時にそんな風に呼ぶんだよ。


 付き合い当初によく悠が呼んでいた慧の愛称。悠しか呼ばない、ちゃん付け呼び。


「そんなの……やめろよ」

「なんで?」

「ほんと、お前は狡い」

「ケイちゃんのためだったら狡くていいよ、俺」

「…………」


 優しい声で、再び呼ばれる。


「ケイちゃん」

「……何だよ」

「もう、関係ないから」

「……嘘だ」

「嘘じゃない。別れてから一度も会ってない」


 そんなことを言われても、簡単に信じられるわけがない。


 今日の収録で会った「彼女」が浮かび上がる。華奢な体に、女らしい仕草。清楚な衣装に身を包んで、控えめなメイクをしているのに。なぜか口紅のダークレッドの色だけが生々しくて、慧の頭から離れない。その唇が、慧しか見ていない瞬間に大きく横に広がり、ひっそりと笑う。慧にだけ。慧に見せつけるように。本当は、「元カノ」なんて陳腐な言葉に収まりたくない女の挑戦的な笑み。


 彼女から二週間くらい前に唐突にSNSのDMで送られてきた画像。そこには、どこかのマンションの前でキスをする悠と彼女が写っていた。


 その画像が週刊誌を通して世間に出回ったのが先週のことだった。


「だったら、あの写真はなんなんだよ」

「あれは昔のやつ。付き合ってたころの……」

「そんなの、信じられるか!」


 思わず声を荒げて、悠の言葉を遮った。


「説明してくれたらよかっただろ! なんで今まで黙ってたんだよ!」

「……ごめん」


 また、それかよ。


 都合が悪くなると、そうやって謝って済ませようとする。


 慧の体中を、黒くて苦々しい何かが蝕んでいく。


 こんなにも苦しいのに。腹が立って仕方がないのに。


 一番許せないのは、そこで訴えることを諦めてしまう、素直に気持ちを伝えられない自分自身だ。


「とにかく、本当になんにもないから。より戻したいって迫られたけど、きっぱり断った」

「本当に?」

「本当に。ただ、相手が納得してなかったんだろうな。写真リークは嫌がらせだな」

「そうか……」


 ちらっと悠の横顔を盗み見る。いつもの余裕のある飄々とした顔だ。嘘をついたり、誤魔化したりしている感じはしない。


「なあ。ここずっと連絡なかったのと、この件は全く関係ないわけ?」

「関係ないよ。たまたま重なっただけで」


 そうなるとまた疑問が残る。悠はいったいなんのために連絡を断っていたのだろう。それに。


「今日はなんで会いにきたんだよ?」

「ケイちゃんに会いたかったから」

「それだけ?」

「まあ……ケイちゃん、考え過ぎてるだろうなと思ったから」


 そうさせてんのは、誰だよ。


 そう言いたい気持ちをいつもの癖でぐっと抑える。


「『そうさせてんのは、誰だよ』って思っただろ?」

「…………」

「ほんと、お前は素直じゃないよな」


 俺に対して。そう続けながら、悠が車をどこかの駐車場の中で停めた。


「着いた」

「ここ……どこ?」

「公園」

「は?」

「降りて」


 乗った時と同じように半強制的に促されて車から降りる。ここはおそらく、どこか東京郊外の住宅地にある公園だろう。ところどころに申し訳なさ程度に電灯が設けてある。住宅地にあるにしては、なかなか大きい公園のようだ。かなり奥まで木々が広がっているのが暗闇の中でも分かる。


「ちょっと待って」


 悠が後部座席にある鞄をゴソゴソと探っているのをぼんやりと眺めていた。携帯電話と一緒に何かをジャケットのポケットに入れている。お待たせ、と車を施錠して、慧に並んだ。


「何すんの?」

「いいこと」

「…………」


 一瞬、慧の頭の中で、公園の草むらの影でセックスをする悠と自分が浮かび上がった。焦った声で悠に訴える。


「ちょっと、ユウ。それはダメだろ。いくら夜中で人気がなくても、万が一ってことを考えたら……」

「何言ってんの?」


 いぶかしげな顔で見る悠に、あ、違ったのか、と慧はホッとするような、ちょっと残念なような気持ちになった。悠が口角を少し上げていやらしく微笑んだ。


「ケイ、何考えてたわけ?」

「……なんでもない」

「エロいな、ケイ」

「もういいからっ。説明してくれっ」

「そんなに顔赤くして。暗くても分かるし」

「その顔やめろっ」


 相変わらずいやらしい笑顔で見ている悠の頭を軽く叩く。いたっ、と小さく呟いて、はいはい分かった、と悠が渋々といやらしい笑顔を引っ込めた。


「桜、見ようと思って」

「え? 桜?」

「うん。夜中でもライトアップされてる桜ないかなと思って調べた」

「……だけど、ここ、どう見ても桜の名所じゃないだろ。人もいないし、電灯もちょこちょこしかないし」

「そうなんだけど。ここ、穴場中の穴場なんだって。地元民しか知らない、みたいな」

「よく調べたな」

「ケイちゃんのためだから」

「もういいから……」


『ケイちゃん』を連発しないでくれ、と思いながら恥ずかしくなって下を向く。ふわりと悠の手が慧の頭に乗った。ぽんぽん、と軽く叩かれる。


「行こ」

「……うん」


 悠に連れられるがまま、携帯電話のライトを頼りに公園の遊歩道を奥へと進んでいく。途中に遊具らしきものが数点見えたが、それ以外は永遠と木々が連なっているだけだった。


「あとちょっとだと思うんだけど」


 そう悠が呟いた時、前方から水の流れるような音が小さく聞こえてきた。目を向けると、その一角だけぼんやりと明るいのが分かる。


「あそこだわ、きっと」


 悠が歩を早めた。それに合わせて慧も後に続く。近づいてみると、そこには慧の背丈ぐらいの草むらに囲まれた小さな池があった。真ん中が通れるように整備された石造りの歩道を見つけ、二人で進んでいく。道が開けたな、と思った瞬間。慧は目に映った光景にはっと息を呑んだ。


 池から数メートル離れた場所に、たった一本だけ、桜の木が立っていた。ちょうどその木の傍に電灯があり、それがライトアップの役割を果たしていて、桜を上からぼんやりと照らし出していた。都内などにある観賞用にライトアップされた桜たちよりは迫力はないはずなのに。


 綺麗だなぁ。


 とても美しく見えた。ピンクというよりは、白に近い花びらが、微かな電灯に反射して輝いている。時より吹く風がさわさわと枝を揺らし、その度に白く光る花びらが散って、池の表面へと舞い落ちた。


 二人とも言葉を失ったまま、ゆっくりと木の下へと歩いていく。傍で見上げると、悠々と佇む姿が圧倒的な強さで目の前に現われた。自然の美しさと強さには叶わない。そう思わせる風景だった。慧の顔に自然と笑みが零れる。


 悠がポケットから小さな箱を取り出した。何をしているのだろうと悠を眺めていると、悠が箱をそっと開けた。ハッとして、慧は目を見開いた。


 箱の中身が何かを理解すると同時に、慧の笑顔が崩れていく。それを悠に悟られたくなくて、慌てて俯いた。体が熱くなっていく感覚を自覚する。


「なんなんだよ、お前……こんなの……もう、ほんとに……」


 自分でも何を言っているのか、何を言いたいのか分からず言葉に詰まる。


「いいじゃん。プレゼント」

「プレゼントって……。どういうつもりだよ」

「別に。気持ちを形にしたかっただけ」

「形……?」

「だから、これからずっと――」

「ユウ」


 悠の言葉の続きを静かに遮った。ゆっくりと悠の顔を見上げる。


「言わなくていい」

「だけど……」

「先の約束なんて、しないでいい」

「ケイ……」

「先なんて考えなくていい。俺は、俺が望んでんのは、今、ユウと一緒にいることだから」

「…………」

「今、ユウと笑ったり泣いたり、色んなこと一緒に経験して、それで……」


 軽く微笑んで悠を真っ直ぐ見た。


「今を生きたい。ユウと」


 しばらく何も言わずに見つめ合っていた。慧の瞳をじっと見返していた悠が、やがて静かな微笑みを浮かべた。


「分かった」

「ユウ……」

「ケイ」

「ん?」

「きっとそれは俺の望むことと一緒なんだと思う」

「………」

「だって。今がずっと重なったらそれは未来になるだろ?」


 自信たっぷりにそう答える悠を見つめた。心の中で苦笑いする。本当にこの男は。都合よく考える天才だ。


「……そうかもな」

「そうだろ」


 まあ、俺も自分の望むことに気づくのに十年くらいかかったけどな。と言いながら、悠が慧の左手を取った。


「これ、持っといて、ケイ」

「だけど……」

「先の約束じゃなくて、今一緒にいることへの誓いの印」

「…………」

「それだったら、いいだろ?」

「……うん」


 悠が慧の薬指にゆっくりと指輪をはめていく。シンプルなデザインのプラチナリング。

 怖いくらいにピタリと慧の指に収まった。


「ケイ、やっと言ってくれたな」

「何を?」

「我儘」

「どういう意味?」

「お前、全然言わないじゃん? 会いたいとか。自分のしたいこととか。別れたいって言っても、より戻したいって言っても、なんにも文句言わないし。だからちょっと距離置いて待ってみたんだけど。我慢できなくなって自分の気持ち正直に言ってくれるかなと思って」

「ユウ……」

「結局、俺が我慢できなくなって、お前を拉致したけどな」


 悠がふっと笑った。慧も微笑み返す。


 本当は知っている。今日、悠は気まぐれに慧のところへ来たわけじゃない。慧が「彼女」と会うことを知っていて、どんな気持ちになるかも分かっていて、慧のことを想って、こうして会いに来てくれたのだ。プレゼントまで用意して。誓いの言葉まで考えて。


 悠を抱き締めたい衝動に駆られる。その衝動に動かされるまま悠に近づき、抱きついた。


「ありがとう、ユウ」

「……ん」


 悠の両腕が慧の背中に回り力が込められた。しばらくその温かい熱に包まれていた。


 ふと、悠が力を緩めた。腕の中で悠を見上げると、視線が合った。悠の瞳が近づいてくる。


 慧はそっと目を閉じた。重なり合う唇の感触を覚えながら、心に誓う。


 今を生きよう。


 悠と一緒に。


★★★★★


 おまけ


「ちょ、おい、ユウ、何してんの」

「ん? あれ、ケイ、したいんでしょ? 野外エッチ」

「は?? いやいや、違うって、そんなんじゃないって、ちょっ、ユウっ、押し倒すなって!」

「いいじゃん。これ、めっちゃエロくない? 桜の木の下でエッチとか」

「人来たらどうすんだよっ!!」

「夜中の三時に来ないだろ」

「ダメだって! 万が一があるかもって言ったじゃんっ。 まだ寒いしっ、おまっ、手ぇ入れんなって! 冷たっ」

「ああ、確かに外で裸は寒いか。じゃあ、車でしよ」

「はぁ?? ダメだって。車もリスク高すぎるだろっ。ヤってる途中で気づかれて覗かれたら終わりだろ俺ら。てか、もう桜の下関係なくなってるしっ」

「えー、だって、我慢できないし。久しぶりだし」

「じゃあ、せめてどっか入ろ。ホテルとか」

「その方が怪しくないか? 男二人で真夜中にホテルって」

「ラブホだったら見られないだろ」

「こんな住宅街の近くにないって。行くまで時間かかるし、待てないって言ってんじゃん」

「ちょっ、ユウっ、舌使うなっ。あっ……んっ、ちょ、ダメだってぇ!」



【完】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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