5.魔女の引っ越し
ここ1年間くらい、ずっと引っ越しのことを考えている。
わたしは約5年前に魔女業を開業してから、ずっと自宅を事務所にしてきた。
ちなみに自宅は1Kのアパート。
8畳のお部屋にキッチンそれからユニットバスが付いているコンパクト物件。
ちょうど10年前、大学に進学し一人暮らしを始めてからずっとここに住んでいる。
正直、すごく住みやすい。ちょうどわたしが入居した頃にリノベーションされたお部屋は、築年数の割に綺麗で清潔。
京都出身だという大家さんも、上品ではんなりした老マダムですごく優しい。
女子学生専用物件だから変な入居者もいない。
このまま終の棲家にしてもいいと思っていたが、引っ越しを考え始めたことには理由がある。
料理ができないのだ。
別に本格的な料理がしたいわけじゃない。
だけど、魔女の仕事の一つである魔女薬の精製には、このキッチンを使わざるを得ない。
カエルやらヘビやらヤモリやらを煮込んだコンロで料理をする気なんてなれないし、換気扇をガンガン回してもしばらく匂いが残ってしまう。
こう見えてユキちゃんは意外と繊細なのだ。
だから、自宅で料理はせず、ずっと外食かデリバリーで済ませてきた。
うちの周りには、ガストもジョナサンもデニーズもある。
王将も吉野家も日高屋もある。カレーが食べたければココイチもある。
個人経営の定食屋にも通い詰めていて、最近では自然とご飯が大盛りにされるようになった。
ただ、こうなると逆に行きづらいんだけど…。
だけど春が近づくにつれて、こんな生活でいいのか不安になって来る。近くに大学があるせいか、わたしが行く店はやたら学生が多い。しかも毎年、さらに若い学生に入れ替わっていく。
おばさんが無理して若者に寄せてるなんて思われてないだろうか?
そもそもわたしが住んでいるアパートは女子学生専用物件なのだ。
大学を卒業して6年にもなるわたしが住み続けていいんだろうか?
優しい大家さんは何も言わないけど、年々肩身が狭くなってきてる気がする。
だから今年こそ引っ越しをしようと物件探しを始めてみた。
しかし、これがなかなか難しいのだ。そもそも魔女OKという物件が少ない。
部屋の中で変な薬とか作ってるとか思われてるのだろうか?作ってるけどさ!
この間も不動産屋に行って書類を書いている時に、職業を「自営業」って書いただけで、「魔女じゃないでしょうね?」と言われて不動産屋さんに睨まれてしまい、用事を思い出したフリをして逃げるように飛び出した覚えがある。
ただ、色々と苦労してやっとよさそうな物件が見つかった。ちょっと駅から離れてるけど、もともと飲食店だった一軒家だから、魔女薬を作る場所と料理を作る場所を分けることができる。
大家さんも魔女に理解があるみたいで、蝙蝠とかフクロウはダメだけど、黒猫だったら飼ってもいいって言ってくれてる。
家賃も何とか払えそう。もうここに決めちゃおうかな…。でも……。
決めきれず悩んでいたある日、ゴミ置き場で掃除をしている大家さんとバッタリ出会った。
学生用アパートにずっと住み続けている負い目があって、最近は大家さんに対して勝手に気まずく想っているから、「おはようございま~す」と言ってそそくさと立ち去ろうとしたら、大家さんにぽつりと言われた。
「えらいうちのアパート気に入ってくれたみたいやね~。他は若い子ばっかりで、働き始めたらすぐに次の所に移ってしまうやろ~。ユキちゃんみたいな子珍しいわ~」
そう言って大家さんは箒を反対向きに立てかけて部屋に入っていった。
その瞬間。わたしの目の前の霧が晴れた気がした。大家さん、そんな風に想ってくれてたんだ!
長居するわたしのことを疎ましく思ってるわけじゃない!むしろ喜んでくれる!
そういえば前にお部屋に遊びに行った時も、お茶とかお茶漬けとかたくさん出してくれてたし!
なんだ、大家さんに好かれてるじゃん、わたし!
じゃあもう少しここで頑張ろう!!
そう決意して、ユキちゃんのコーポ山本での11年目が始まったのだった…。




