2.魔女の婚活
「ユキちゃん、魔女なんかやってて結婚できるの?おばちゃん心配だわ〜」
今年のお正月に会った叔母さんから言われた言葉が、2月になっても引っかかっている。
たしかにわたしは結婚できるのだろうか?
公認魔女協会の機関誌『黒猫と箒』に掲載されたアンケート結果によると、公認魔女の結婚率は全世代で約70%。
意外と高いぞ!!……と思いきや、これは会社員や公務員をしている魔女を含んだ数字。
魔女業を専業にしていると結婚率は一気に20%以下になるらしい。
わたしみたいな魔女専業は、5人中4人は結婚できないってこと?
それは焦る。
そういえば思い当たる節がある。
大学卒業間際に、ちょっと憧れていた男子から「魔女になるんだ~。なんか浮気したらすぐに占いで見抜かれそう」「浮気相手もろとも呪われそう」とか言われていっぺんに冷めたことがある。
魔女という仕事は誤解を受けやすいのだ。
そもそもイメージが悪い。
現代社会では呪うことなんてできないと言ってもわかってもらえない。
占いにしたって、そんな千里眼みたいにはっきり見えるわけじゃない。
はっきりいって、ノーヒントだったら、ちょっと敏感な女の勘と大差ない。というか、なんでそもそも浮気すること前提なんだ?
しかも、魔女になってから後はまったく出会いがない。
もともと人との関わりをミニマムにしたいから魔女になったのだ。余計な出会いがないことはむしろ望むところ。
しかし、結婚できないとは誤算だった。
うちの田舎では、あの力士みたいな巨漢のおばちゃんも、あの禿げあがった汚いおっさんも、みんなみんな結婚できてるから、てっきりある程度の年になったら、自然に誰か適当な相手が現れて結婚できるもんだと思ってた。
というか、あのおばちゃんやおっさんはどうやって結婚したんだ?そっちのが疑問だ。
出会いもなく、魔女に対する偏見に苦しむわたしらはいったいどうしたらいい?
どこから来て、これからどこへ向かうのだろう?
そこへの道はずっと一人で歩かなきゃいけないの?
そんな独身魔女たちの不安の声が届いたのだろうか?
公認魔女協会が対策を用意してくれた。
独身魔女専用のマッチングアプリ『サバトマッチ』を開発してくれたのだ!
女性側の登録者はもちろん独身魔女のみ。
男性側は魔女を理解して結婚を希望する独身男性限定。
戸籍謄本を提出させて独身を確認し、アンケート調査で魔女への理解度を試験するらしい。これは期待できる!!
公認魔女協会の会員になって以来、協会がわたしたちが払った会費を何に使っているのかずっと疑問だったけど、初めていい仕事をしたと褒めてあげたい。
◇
サバトマッチに登録してから一週間、暇さえあればスマホでチェックしてるけど、『いいね』がまったく届かない。
そもそも男性登録者がほとんどいない。
一方で女性側は…というと、どう見ても独身魔女の数以上に登録されている。
中には御年75歳の生ける伝説、ドクターウィッチドさんまでも精一杯若作りした写真を載せている…。
こんなレッドオーシャンだったとは気づかなかった。
しかし焦ることはない。
わたしは魔女の中ではかなり若い方なのだ。
見た目だって少しだけふっくらしてて、魔女のイメージと違うとか言われることが多いけど、こういうのを好きな人だっているはずだ。
だから決して焦ることはない…。
◇
この日、わたしは下北沢のコメダ珈琲にいた。
4人掛けのテーブルの向かいには同年代くらいの男子、貴則さん。
一か月前に、サバトマッチでわたしに『いいね』してくれて、メッセのやり取りも順調に続き、とうとう二人で会うことに漕ぎつけたのだ。
そう言えば男子と二人で喫茶店に入るなんていつ以来だ?
お父さんをノーカンにすると二人きりは初めて?そう思うと少し緊張してきた。
メニューを見るフリをしながら、チラリと貴則さんを盗み見る。
爽やかな短髪に白い歯。半袖のポロシャツからのぞく日焼けした筋肉質の腕。ちょっと背が低いのが気になるけど、全体として80点は付けられるな!
全然マッチしないから、もういいやって思ってたけど、アプリ止めないでよかった。待った甲斐があった。
「俺はカツパンとエビカツパン両方食べたいな~。一つずつ頼んでシェアしない?」
貴則さんの言葉に驚いた!わたしもそう思ってた!もしかして食の趣味も合うのか?これは+5点だな!
カツパンを頬張りながら、クリームソーダに刺したストローをくわえていると、貴則さんが微笑みかけてくれた。
「ユキさんって、魔女なんでしょ?でも、あんまり魔女らしくないよね」
「あっ、あ~。そうかも~。よくそんな体で飛べるの?箒に乗ったら折れちゃうじゃんとか言われるし~」
しまった!
思わずテンパって絡みづらい返しをしてしまった!
焦ったけど、貴則さんは優しい笑顔のままで引いた様子がないのでホッと胸を撫でおろす。
「違うよ。魔女って怖いイメージがあったけど、ユキさんは物腰柔らかで、気さくで、付き合いやすいなって……」
付き合いやすい?それは、つまり付き合って欲しいってこと?
え~っ、いきなり告白?人生初の告白がいき告?あまりのことに焦ってクリームソーダを一気に飲み干し、ズズッと音がした。
「でも、魔女の仕事って大変じゃない?ユキさんは自営で魔女してるんでしょ?病気で働けなくなったら収入もなくなっちゃうじゃん。一人だと大変だよね」
それはつまり……二人で支え合って生きて行こうってこと?
たしかに共働きだと安心だけど、いきなりプロポーズ?いきプロ?そんなことあるのっ??運命だから???
そんなことを思いながらも、コミュ障なのでうまい返しができず、「ええ…まあ…」というあいまいな返事しかできないのがもどかしい。
「それに自営業だと産休・育休もないでしょ?結婚して、お子さんを持つこととか考えてる?」
えっ?一足飛びに家族計画の話?子供は二人、いいえ三人でもいいかも!
家族5人だったら、毎日お米何合炊くことになるのかな~。一升ぐらいかな?炊飯器買い替えないと…。
わたしは、瞬きして目をキラキラさせながら貴則さんの次の言葉を待った。プロポーズだったらどうしよう?0日婚なんて先進的すぎない?
貴則さんは、そんなわたしの熱い視線に目を伏せながら脇に置いた鞄に手を入れ、パンフレットのようなものを取り出した。指輪のパンフ?それとも式場?
「これ、見てよ。病気になった時とか、将来子どもができた時とか、備えておいた方がいいよね」
貴則さんが差し出したパンフレットにはこう書いてあった。
『事業者用休業補償保険』
唖然として口をあんぐり開けたわたしに構わず、貴則さんは語り続けた。
その保険がいかに素晴らしいか、病気や妊娠出産で仕事を休むと無収入になる自営業者は絶対に加入すべきだと。
わたしの頭の中に広がっていたお花畑は一気に萎れて砂漠化した。ああ荒野…。
わたしがいくら鈍くてもわかる。これは保険の勧誘だ。
結婚相手じゃなくて、見込み客として見られてたのか…。
悔しくて怒りが湧いてきたけど、シャイなわたしは人前でブチギレるなんてとてもできない。だから、代わりに貴則さんの分のカツパンとエビカツパンを食べ尽くして無言の抗議をするくらいしかできなかった…。
◇
貴則さんの猛烈な保険勧奨を何とか振り切り、自宅に帰り着いた時、安心してどっと疲れが出た。また貴重な休日を無駄なことに費やしてしまった…。
がっくりしながらふと思った。
そういえば、なんで婚活してたんだっけ?
そもそも人と関わるのが嫌で魔女になったのに、結婚したらその人と一生関わらなきゃいけなくなるじゃん…
どうやらわたしは、お正月の叔母さんの言葉に呪われ『当たり前の罠』に絡めとられていたらしい。
そのことに気づいたわたしは、スマホからそっとサバトマッチを削除した。




