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八頁目 赤ずきん・ロゼ

「二人とも、忘れ物はないかぁ?」


 玄関前で、ヴァルツが本日三回目のセリフを心配そうに言った。あたたかな昼の日差しが窓から差し込んでいる。

 ヴァルツに対してロゼはころころと笑顔を返した。


「だいじょうぶだって!ヴァルツは心配性なんだから。ね、ウル?」

「いや……ヴァルツの言う通り、やっぱりもう一度中身を確認したほうがいいかもしれない」


 ロゼの横に立つウルは真剣な顔でそう言うと、背負っていた荷物を下ろして中身を確認しようと手を伸ばす。

 そんな彼の頭をシワの刻まれたアルドレットの手がはたいた。小気味いい音が鳴り、ウルの口からは「キャン!」と子犬のような声が漏れた。


「バカだね、推薦状さえありゃいいんだよ。他は持ってなくたってなんとかなるさ」

「は、はい……」


 ウルはようやく治ったばかりのたんこぶがまたできそうだ、と頭をさすった。

 ちなみに治ったばかりのたんこぶというのは一ヶ月ほど前、ヴァルツの容赦ないチョップによってできたものだ。ロゼと相棒になったその後、部屋にやってきたヴァルツにお見舞いされたのである。なお、同時にアルドレットには額にありえない威力のデコピンをかまされた。


 二人曰く「ロゼの相棒になったというのなら、騙してたのはこれでチャラにしてやる」とのこと。そういうわけで、ウルは最近まで頭と額の両方に大きなたんこぶをつくっていたのだった。


「ロゼ、推薦状はちゃんと持ったね?」


 ロゼは頷き、ポケットから黒い封筒を取り出して見せた。中央には上質そうな金のインクで「ルーメン連盟」と書かれている。


「安心して、おばあ様!ばっちり持ってるから!」

「ならいい。それだけは失くすんじゃないよ」




 そうして全員は外へ出た。

 爽やかな風が青々としげる草木のにおいを運んでくる。雲ひとつない青空に昇る太陽は、あたたかな光を地上に降り注がせていた。


「さて、ロゼ」


 アルドレットの一言で、あたりはたちまち厳かな空気に包まれる。まるで荘厳な祭壇の前にいるようだ。

 ロゼは足を止めた。くるりと振り返ると、アルドレットは家を背景にロゼをまっすぐ見つめていた。

 その手には、長い歴史を吸収したような深い紅に染まった赤ずきん。


「改めて問おう。お前はどうして赤ずきんになりたいんだい?」


 研ぎ澄まされた白銀の剣のような声が空気を震わせた。ロゼは自分と同じ色の瞳をまっすぐ見つめ返した。


「社会の裏から、みんなを守るためです」

「その覚悟、死ぬまで保てるかい?」


 いつかと同じ問い。

 ロゼの答えは決まっていた。

 その赤い瞳に決して揺るがない純粋にして冷酷な、そして何より眩い光を宿して彼女はただ一言答えた。


「はい」


 数秒の沈黙。遠くで木々が控えめにざわめく音だけがした。

 息をすることすら憚られるような厳格な空気が数秒続き──それを、アルドレットの声が破った。


「いいだろう。合格だ」


 ニッと白い歯を見せてアルドレットは笑った。細められた目元に多くのシワが寄る。

 アルドレットはロゼに歩み寄った。短い草を踏んでいるのに足音はない。

 そして、威厳に満ちた真剣な声があたりに響く。


「──ロゼ・スカーレット。第十二代目赤ずきんアルドレット・スカーレットが、これより汝を第十三代目赤ずきんとする」


 ロゼは瞳を閉じ、小さく頭を垂れた。

 シワだらけのアルドレットの手によって、ふわりと真紅の頭巾が被せられる。

 それは血濡れたベールのようにも、赤い宝石を散りばめた王冠にも見えた。

 空気は水晶のように澄み渡り荘厳な儀式を包み込んでいる。

 風はわずか。頭巾の裾をほんの少しだけ揺らす。

 遠くで小鳥が一声だけ鳴いた。まるで祝福の鐘のようだった。

 人知れない森の奥。オオカミ二人が見守る中、旧き赤の戴冠は果たされた。





「それじゃあ、いってらっしゃい。気をつけてなぁ、たまには連絡するんだぞ」

「死ぬんじゃないよ。……気をつけて、いっといで」


 アルドレットとヴァルツがそれぞれ笑みを浮かべて言う。それに対して、赤ずきんを被ったロゼは明るく笑顔を返した。


「はい!いってきます!」


 ほらウルも、とロゼに促されたウルも慌てて


「い、いってきます」


 と続く。満足げな顔をするアルドレットとヴァルツを見て、ウルは胸のあたりがこそばゆかった。

 そんな彼の白い毛並みの手を、ロゼの華奢な右手が掴んだ。


「──行こう!ウル!」


 ぐい、と手を引かれる。

 日の光に照らされたロゼの笑顔は輝いていた。ウルの視界にはきらきらと光の粒が舞い、誇り高い赤色が揺れる。

 

「──ああ!」


 ウルの返事は、曇りひとつない心からの音をしていた。少年らしい笑顔とともに。

 ロゼとウルは家とは反対方向へと踏み出す。


 それは新たな赤ずきんとその相棒の、偉大なる一歩だった。


 そうして、やがて二人の姿は森の奥へと消えていく。

 そしてどんどん小さくなっていく赤と白がようやく見えなくなった頃。

 アルドレットはポケットから煙草を取り出すと、火をつけた。薫る紫煙は雲ひとつない青空へと昇っていく。

 ヴァルツは笑いながら尋ねた。


「七年ぶりの煙草のお味はいかがですかぁ、"先代赤ずきん"?」


 アルドレットはふうと息を吐き出すと、白い犬歯を見せて笑った。


「最高だね」




「アサシン!赤ずきんちゃん」、これにて完結です。

ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!ブックマークや評価、とても励みになりました!

もし少しでもこの作品を楽しんでいただけたなら幸いです。ぜひ最後まで読んだ評価を星やコメントでいただけると嬉しいです。

改めて、ここまで読んでくださりありがとうございました!

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