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私達の婚約破棄のお話

作者: 椎名正

 婚約破棄にもいろいろある。

 恋愛娯楽小説のようなドラマチックな婚約破棄もあれば、手続きを淡々としていく婚約破棄もある。

 私達の婚約破棄は後者で、泣いたり喚いたりしない事務的な婚約破棄。

 そのはずだった。


 王子と私は婚約していた。

 と言っても絶対に結婚を成立させなければならないものではなく、私は王子の複数人いる婚約者候補の一人で、このまま王国の政治情勢が変わらなければ、まあ私が王子と結婚するだろうといった、ゆるい仮おさえの婚約だった。

 貴族の結婚は、家同士の契約。個人の恋愛感情など入り込む余地はない。

 そのはずだった。


 全ては私のせいだ。

 一年前、私が王子に言ってしまったのだ。

 「恋愛をしてみませんか」

 王子は私に答える。

 「おまえは、なに言ってるんだ?」

 私と王子は、似たような環境で育った幼馴染みだ。

 大人になれば国を背負う立場になると教育され、同年代の子供は周りにいない。

 私と王子は、友人でありライバルであり相談相手だった。

 「おまえと俺は、婚約していて将来結婚するだろう。だけど、俺達の結婚には恋愛なんて存在しない。国のために結婚して、子供を作る」

 「わかってます。いえ、わかっていたつもりだったんです。でも、見ちゃったんですよ、私」

 「何をだ?」

 「私の妹が婚約したのは知ってますよね。その婚約者が、一か月に一回ほど我が家に訪問してくるんですけど、その婚約者が来ると妹がとても嬉しそうな顔をするんです」

 「へーえ」

 「伝わってないと思いますが、とてつもなく嬉しそうな顔をするんです。人間はこんな表情もするんだって。本当に、いい表情だったんです。それで、思ったんです。私もあんな表情になってみたいって」

 「よくわからないが、おまえとは学年首位を争った仲だ、協力してやる。何をすればいいんだ?」

 「まずは、手を握ってみませんか」

 私の言葉に、顔を真っ赤にする王子。

 「そ、それは、いくらなんでもハレンチすぎないか?」

 「百年前の価値観を持ち出さないでください。今は貴族だって婚前交渉も黙認されてるでしょう」

 「そうだけどさ、俺達にはハードルが高いって」

 「お願いします」

 「わ、わかった」

 私は王子の手をがっちり掴む。

 ものすごく熱い。

 なんだ、これ?なんだ、これ?

 顔を真っ赤にした王子が、私を見て声を上げる。

 「おまえ、そんな顔をするんだな。ああっ、なるほど。すごいな。やっぱり、おまえはすごいな」

 こうして、私達は恋愛をはじめた。

 はじめてしまった。


 王国の政治情勢が変わった。

 王子は別の人と婚約をすることになった。

 私はこの一年で王子と恋愛をした。

 でも、問題はない。

 そもそも、貴族の結婚に恋愛などが入る余地などない。

 私達の婚約解消は、いろいろな話し合いと調整の末に決められ、各方面に通達された。

 あとは王子が私に婚約破棄を宣言して、私がその婚約破棄を受け入れれば、婚約破棄は成立する。

 取り決め通りに、場所は舞踏会場。

 この王国の主要な貴族が参加するこの舞踏会の場で、婚約破棄が行われる。

 取り決め通り、会場の真ん中にいる私の前に、王子がやってくる。

 王子が婚約破棄を宣言して私が承諾すれば、婚約破棄は成立する。

 だけど、王子はいつまでたっても口を開かない。

 「王子、婚約破棄宣言を」

 「・・・」

 私は小声で王子にうながすが、王子は黙ったままだ。

 「泣かないでください。王子」

 この舞踏会場に入ってきたときから、王子は涙を流し続けていた。

 「嫌だ。おまえと別れたくない」

 「わがままを言わないでください。王子の結婚は国の未来を左右させるもの。個人の感情などは意味がないです。だから、泣かないでください」

 「おまえだって、泣いているじゃないか」

 私は昨日から泣き続けていた。

 泣き続けて、今も涙は止まらない。

 「おまえのせいだ。お前が恋愛をしてみませんかとか言うから」

 そう、私のせいだ。

 「俺は、おまえの笑っている顔が好きだ。おまえの怒っている顔も好きだ。くだらないやきもちを焼いて拗ねている顔も好きだ。おまえのその顔を見られなくなるのは嫌だ。俺は、おまえのその顔を毎日見ていたいんだ」

 私は周囲に聞こえるように大声を上げる。

 「私を婚約破棄すると言ったんですね、王子」

 これで、私が承諾すると言えば、婚約破棄は成立する。

 私は大声で言った。

 「私は王子と別れるなんて嫌です」

 私は何を言っているんだ。

 本音を言っちゃいけない。

 でも、私の口は止まらない。

 「王子。私は一年前に恋愛をしてみませんかと言いましたよね。でも、私は気がつきました。私はそれ以前から王子のことを好きだったことに。王子と一緒に勉強しましたね。王子と一緒にこの国の将来について語り合いましたね。私はこれからも王子と一緒に何かをしていきたいんです」

 王子と私は泣き続けた。

 無責任にも、私達は泣き続けることしかしなかった。




 婚約破棄が不成立になった舞踏会から三日後、私達の正式な処罰が決定した。

 「わかっていますね。あなた方が、公の場でおこした醜態。感情に任せて冷静な判断もできなくなる人間だと周知してしまったのです。あなた達には今後一切の王国政治に関わる権限をとりあげます」

 王妃の叱責に、私達は頭を下げる。

 ため息を吐く王妃。

 「まったく。あのね、世の中はどうにもならないことは山のようにあるけど、どうにかなることだって山のようにあるのよ。今回だって、ちょっと相談してくれれば、各方面と調整して婚約破棄しないで将来の国王夫婦にさせてあげられたわよ」

 本当に面目ない。

 「今回の件は、国外や一般庶民に伝わってます。あなた方はロマンス小説の登場人物のような人気になってます。あなた達には結婚してもらいます。反論は許しません。あなた達には夫婦として、国内外を回ってもらい、王国友好の象徴になってもらいます」

 私達は王妃に感謝の返答をする。

 「これは処罰です。感謝などはしないでください。ですが、舞踏会にいた人達には感謝するように。あなた達の処罰を軽減してほしいとの嘆願書がたくさんきています」


 これが、私達の婚約破棄のお話。


    おわり


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