表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/29

2-① 恋煩い

 私はマリ・リルベラ。ただのOLだった。


 一人暮らしのアパートを出て、歩いて駅まで向かい、電車に揺られて職場につく。仕事は忙しかった。いつも人手不足で。でも、辞めるほどでも無かった。辞めたかったけど、辞めたら食べていけないし。辞めてどーすんのって話しで堂々巡りだった。


 仕事が終われば、また電車にのって、帰りはスーパーに寄って。自分一人分のご飯を作るのが面倒で、お弁当を買って帰ったり。家でも少しパソコン仕事をして、寝て覚めたらまた朝が来る。


 恋人は居なかったし、作る気も起きなかった。恋人に対しても、恋人と結婚して家庭を持つことに対しても、何だかメリットを感じられなくなっていた。特に趣味もなく、時々は友達と呑みに行ったりはした。毎日毎日。同じ日が。毎日毎日毎日毎日。

 

 ある日、大きな仕事がやっと終わって、気持ちに余裕があったのか、少しだけ遠回りをして帰った。家の近くの橋の上。川の向こう側に、もう少しで夕日が沈みそうになっている。車道と歩行者用とが分かれているから、橋の真ん中あたりで手すりを持ちながら、夕日が沈むのをぼーっと見ていた。車は時々通るものの、歩行者は居なかった。

 

(…………………………あぁ……。)

 

「死ぬの?」

 

 突然右側から声がして、声のした方を見る。身長は180センチくらいで細身。手足が長く、いろんな蛍光色を散りばめたようなド派手なジャージを上下セットアップで着ている。蛍光ブルーのフレームに、蛍光ピンクのレンズのサングラスをかけていて、首にはヘッドフォン。

 

「………………えっと…………。いえ…………。」

 

 あきらかに不審者に声をかけられた構図だが、不思議と恐怖心や嫌な気持ちを抱くことはなかった。落ち着いて返事をすると、ド派手な不審者の方が心底驚いているようだった。

 

「君…………。あぁ。いや……。僕はナユタ。君の名前は?」

 

(これ……。本名喋って大丈夫かな……。)

 

「ああ!ごめんね!不審者じゃないよ。僕。」

 

(えぇ……。あやしい……。)

 

「怪しいよね!だよね!」

 

 そんな明らかに怪訝な顔でもしていただろうか。必死に弁解しようとする姿に人の良さを感じ、素直に答えることにする。

 

「マリ・リルベラです。」

 

「マリ…………さん…………。」

 

「あの。私、そんなに思い詰めた顔してましたか?」

 

 返事はなかった。5m程の距離をあけ、2人黙ったまま夕日を見る。暫くすると、ナユタと名乗ったド派手な男性は口を開いた。

 

「人は…………。」

 

「…………はい?」

 

「人は頭の中で色々考えてるんだよ。僕はよく海で例える。海の表面から、海の底まで、色んな生物がごったがえすみたいに。小さなプランクトンのように小さな声から、大きな哺乳類のように大きな声まで。深海には、本人も知らないようなグロテスクな声まである。僕は出来るだけ表面だけを掬うようにしているんだ。あまり深くを掬ってもいい事なんてないから。」

 

「…………は……ぁ……。」

 

 突然饒舌に話しているが、何を言っているのかはさっぱり分からなかった。

 

「でも君は…………。心の声がとても少ない人……。表面には普通くらいにはあるけど、中間層の声が極端に少ない。こんなに透き通った人は初めてだ……。ああ!これは。あくまでも想像ね!想像だ。うん。あ。違うな?!印象?!印象か!」

 

「はぁ…………。えっと……。占い……とかでもされてる方ですか?……」

 

「そう!そうだね!そうそう……そう……。そうそう……。」

 

 また沈黙が流れる。それでも不思議と気まずさは感じなかった。夕日はもう沈みそうになっている。

 

「ただ、底に沈むのは死への渇望だけだ。」

 

「………………。」

 

 もう一度ナユタの方をみた。ナユタは夕日を見つめている。彼が何を言っているのかは、分かりそうで分からなかった。また、ナユタが話す。

 

「もし、ただ捨てるだけの命にするには勿体無い。君に"変化"は今、ちょうどいい。"核師"ってゆー存在は知ってる?」

 

「いえ……知りません。」

 

「簡単に言うと、巷を騒がす"ジャンク"を討伐する仕事だ。とても危険な仕事だよ。なるにも条件があって、条件をクリアできる人間も少ない。でも、僕は君にピッタリだと思う。とても向いていると思うよ。」

 

 ジャンクという存在はニュースか何かで耳にしたことがあった。珍しい野生の動物か何かだ。それよりも、自分に向いている仕事があると言われたのは初めてだった。

 

「これ。僕の名刺?のようなもの。タイヨウバイオカンパニーの中途採用枠で、面接の時にコレを渡して。僕が保証するよ。」

 

 そういって黒いカードをうけとった。表面の中央に、スキンヘッドのおじさんのマスコットキャラクターが描かれている。裏面には、かろうじてナユタのサインだとわかる白い文字。

 

「あの……………………言いにくいんですが……すっごく怪しいです。」

 

「そ!…………そうだよね!怪しいよね!そー……だね…………。うん…………。でも、僕は…………。また君に会えるのを楽しみにしてるよ。」

 

 夕日は沈み、あたりは暗くなっていた。ナユタは背中を向けて去っていく。手渡された黒いカードをもう一度見つめ、とりあえずポケットに突っ込んだ。


 ――――

 調べると、タイヨウバイオカンパニーは上場会社で就職倍率も高かった。こんな会社になんの取り柄もない自分が入職できるとは思わなかったが、ダメ元でいいやと思って就職試験を受けた。


 言われた通りに面接の時にカードを渡したけれど、試験官に『何だコレは?』って顔をされて、受け取って貰えたはいいが、これは終わったなと思った。けれど、暫くしてから採用通知が来て、あのカードの効果なのかは分からなかったけれど、せっかく受かったのだからと転職することにした。

 

 そこからトントン拍子といっていいのか事が進み...そして今。何故こうなったのか。


 ナユタとイーネが子供みたいな口喧嘩を繰り広げているのを第三者としてぼーっと見ている。

 

「はぁ?!心が読めること黙ってマリに近づいた変態やろーが!なーにが『近づいたら心の声が聞こえちゃうー。』だ!存在自体がきめーよ!そーゆー能力のやつが引率とか、それがきめーって言ってんだよ!」

 

「だから!10m以上離れたら勝手には聞こえないって言ってるだろ!そーやって僕に注意を向けさすからダメなんだよ!あー!ダメだダメだ!ちょっと黙ってくれる?!僕だって引率なんかごめんだね!君が血清適合後、早々に暴れるからいけないんだ!僕はこんな能力だから、基本は単独任務なんだよ!なのに!ユウトとタカトのスケジュールが合わないからって僕にお鉢がまわってきた!ユウトとタカトも絶対私用なのに!あいつら!!」

 

「誰の引率も何もいらねーんだよ!こっちは!」

 

 同じようなやりとりが続いている。(これ……任務地つくまで続くのかな……。)と呆れながら、本部から数十キロ離れた、放牧が有名な地域"サロモニア"に向かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ