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12-② 策略

 その後もブツブツブツブツと念仏のように、ネチネチネチネチと文句を言われ続けるのをじっと耐えていると、ある程度言い切ったのか、ジーベルは少し落ち着きを取り戻した様子でマリとトラヴィスに向き直って言う。

 

「……っで。僕に何の用?」

 

(………………やっと話せる……。)

 

 その気持ちは表に出さないようにしてマリが言う。

 

「あの……。今日、鷹……。タカトさんの死亡解剖があるって聞いたんですが、それが何処でいつ行われるかってご存知ですか?」

 

「………………。」

 

 ジーベルが怪訝な顔をする。


 それもそうだろう。そもそも核師が死亡解剖の時間と場所を気にする訳がなければ、本来であれば管轄となるγ班に聞く所を、管轄外のβ班に聞きに来ている。


 核師の事情に詳しい男相手に、上手く弁明できるだろうかとマリが思案していた所、ジーベルが答える。

 

「場所は地下の解剖室だよ。生物研究棟B棟の地下1階。東の非常階段の近くだよ。時間はわかんないけど、死体を持ってった時間は?」

 

「あ……。えっと……。渡したのは……。午後の3時頃だったと思います……。」

 

 ジーベルはちらりと時計に目をやる。


 現在午後5時になろうとしている。

 

「どうしても今日、解剖するなら。そうだな。もお言ってる間に始まるんじゃない?」

 

「え?!」

 

「知らないよ。何時にするかまでは。でも、ある意味いつでも解剖できるんだから、そんなに遅くにならないうちにやるでしょ。」

 

「あ!え!ありがとうございます!!」

 

 マリはそう言って、急いで研究室を後にする。


 その後を追う様にトラヴィスも研究室を後にする。

 

 その様子を、何だ何だと他の研究員も気にする中、ジーベルだけが取り残されたようになる。


 ジーベルが言う。

 

「核師って……………………ほんっと自己中だな!!任務ばっかで頭いかれちゃってるんじゃない?!対人セミナーでもやるべきだ!!」

 

 そんなジーベルにそばかすの女性が近づいて声を掛ける。

 

「まぁまぁ。ジーベルさん。対応ありがとうございます。」

 

 その女性にジーベルが言う。

 

「あと、もぉ今日は全員帰宅!!今すぐ帰れ!夜に職場に来るのも禁止!!明日も休み!くるな!明後日の朝まで出勤停止!全員!!」

 

 ジーベルの言葉に研究室から次々に文句の声があがる。

 

「ええー。ジーベルさんー。」

「何ですか急に。」

「明日会議ありますよー?」

「また思いつきですかー?」

 

 それにジーベルが答える。

 

「うるさい、うるさい!うるさーい!課長命令だ!今すぐ帰れー!!それと、今日は友達誘って飲みに行け!絶対だぞ?!会社の経費使えるようしてやるから!!」

 

 それに対して部下達は、

「普段課長って呼ぶなって言うくせにー。」

「課長は友達居ないじゃないですかー。」

「経費とか勝手な事言うと怒られますよー。」

 なんて口々に言いながらも、ジーベルの無茶振りには慣れている様で、いそいそと帰り支度を始めた。


 ジーベルはまた、そばかすの女性に向かって言う。

 

「俺が出勤okって言うまで休みだから!また言うから!後おねがいね!!」

 

 そんな無茶振りにそばかすの女性が答える。

 

「はいはい。分かりました。うちが休みなら、他も真似して休むんでしょうね。珍しく会社が静かになりますねぇ。良いですけど、メール。ちゃんと読んで下さいね。」

 

 そう言ってそばかすの女性も帰り支度に向かったようだった。


 その後でジーベルは、ゴソゴソとゴミの山の中からデスクの引き出しを漁る。

 

「あれー……。ここに……。くっそぉ。何で無いんだよー。ここかぁ?えぇー。あ。あった、あった。」

 

 ジーベルは引き出しの中から分厚いファイルを取り出してペラペラとめくる。


 それは核師のリストらしかった。


 一つのページでジーベルは手を止める。

 

「………………やっぱり。………………トラヴィス・ゼイリー・アッシュカスター……。」


 ――――――――――――

 マリは会社の外まで走っていた。


 マリの息は上がっているが、並走するトラヴィスは余裕の表情だ。


 トラヴィスが「おんぶしよっか?」などと言ってくるのを冷静に断りながら、会社の外に出ると一台の黒いミニバンが止まっているのが見える。その瞬間。

 

 ――。

 

 イーネの能力で車内に転移された。


 8人乗りの車。運転手席にナユタ、助手席にイーネ。2列目のシートにユウト、ユウトの膝の上で丸まるアルバラ、ユウトの隣りに転移されたトラヴィス。マリは一番後ろの席に転移されていて、隣にはテンジョウ家の家紋の入った袴を着た、テンジョウ レンが座っていた。

 

「うわっ!」

 

 テンジョウ レンが驚いて声を上げる。


 そこには誰1人として触れず、ユウトがマリに声を掛けた。

 

「おかえりなさい。そんなに急いで、何かあった?」

 

 それにマリが答える。

 

「タカトさんの解剖、もぉ、今やってるかもしれないって……!生物研究棟B棟の地下に解剖室があって、そこで!急がないと!」

 

「俺、解剖されちゃうの?!」

 

 トラヴィスの言葉は無視してイーネがマリに聞く。

 

「誰情報だよ。それ。」

 

「生物研究科-β班のオライオン・ジーベルって人。」

 

「あぁ。」イーネ

 

「知ってるの?」マリ

 

「まあな。β班の課長だろ?」イーネ

 

「え?!あの人、課長なの?!」マリ

 

 マリが驚いていると、ナユタが口を挟む。

 

「僕も面識あるし、信用できる人だと思うよ。あの人も、思考の情報多くて疲れるから、僕は苦手なんだけど。」

 

「おい。今、俺見て"も"って言ったろ。変態ヤロー。」イーネ

 

「まだ変態って言うの?!ほんと損してるよ!イーネのその性格!」ナユタ

 

 話が脱線しそうな所をマリが本題へ戻す。

 

「ちょっと!喋ってるヒマないってば!……ごめんなさい。なので……。」

 

 マリは隣りにいるレンに寄る。

 

「私に……血を、くれませんか?……。」

 

 マリにそんなつもりは無かったが、レンの首すじに詰め寄るマリの姿に、レンは赤面する。

 

「ヒュゥーウ。……えっろ。」トラヴィス

 

「トラヴィス先輩。もぅ鷹じゃないんですから、そーゆー発言は自重した方がいいです。」ユウト

 

「じちょーってなに?」トラヴィス

 

「エロいとか、簡単に女性の前で言わないってことです。」ユウト

 

「しってる!おれ!せくはらってやつだ!」トラヴィス

 

「そーです。」ユウト

 

「ちょっと……。やめてもらっていいですか?……その会話がセクハラです。」マリ

 

「マリさん。意外と厳しいんですね。」ユウト

 

「意外とってなんですか。思ってても言わないだけです。」マリ

 

「マリ!思ってることは言わないと!いつか鷹になっちゃうぞ?!なーんちゃって!」トラヴィス

 

「お、お前ら!いちょ!いちょいで……。急いでるんじゃないのか?!」レン

 

 最後につっこんだのはレンだが、噛んだことも相まって、顔を真っ赤にしながらも、本人は平静を装っているつもりのようだった。

 

(噛んだ……。)ユウト

(噛んだな。)イーネ

(噛んだ。かわいらしい……。)マリ

「すっげー噛むじゃん!」トラヴィス

 

「う、うるちゃ……。うるさい!」レン

 

「また噛んだー!」トラヴィス

 

「トラヴィス先輩。言わない方がいいです。」ユウト

 

「あ!わりぃ!」トラヴィス

 

 だが、急いでいるのも事実で、かれこれ数分は時間をロスしている。


 イーネが言う。

 

「さっさとしろよ。生物研究棟B棟だな。近くまでは転移させてやるから。」

 

「それ、転移した所を他人に見られたとき、大丈夫なの?……。」

 

 そう言いながらマリはレンに再度近づく。


 レンは顔を真っ赤にしながらも首筋を差し出す。

 

「じゃあ。ごめんなさい。」

 

 ガブリ

 

「……っつ……。」

 

 レンが少しだけ痛みで顔を顰める。


 マリはレンの首筋に噛み付いて血を吸っている。

 

(若い血だ……。)

 

 そんなことを思っていると、ある程度の血を吸い終わってレンの首筋から口を外す。

 

 ――。

 

 その瞬間に、マリとトラヴィスはイーネによって生物研究棟B棟の裏手に転移させられた。


 トラヴィスが言う。

 

「よし!マリ!急いで地下1階へ行こう!!」

 

「いえ。地下には行かなくて大丈夫です。1階部分で、人気(ひとけ)のない場所を探しましょう。」

 

「え?!そーなの?!分かった!」

 

 マリはゆっくりと目を閉じて、ゆっくりと開いた。


 マリの瞳は、緑とも青とも黄色とも言えるような、美しいビー玉を入れたかのように光って見える。

 

「……千里眼(せんりがん)。」

 

 -テンジョウ レンの能力『千里眼』。対人に使用すれば筋組織が透けて見え、無機物に使用すれば自分の任意で透過して見る事ができる。残念ながら千里先まで見通すには至らず、周囲半径、数メートルから調子が良ければ数十メートル先までを目視で確認できる。-

 

(凄い。不思議な景色……。ここからでも地下が見える……。けど、ここで立ち止まってたら変だから……。とりあえず中に……。)

 

「マリ!会議室かりたらいいんじゃない?!一階の!俺!行ってくる!」

 

 そう言ってトラヴィスは先に行ってしまう。

 

「あ!ちょっと!トラヴィスさん!まって!」

 

 慌ててマリがトラヴィスの後を追いかけて、2人は生物研究棟B棟内に入った。


 ――――――――

 <生物研究棟B棟 1階>

 

「マリ!こっちだ!いや?!こっちか!こっちかも!」

 

「トラヴィスさん……!ちょっと……!」

 

 人の少ない休日とはいえ、大声を出しながら走り回れば何だ何だと注目を浴びる。

 

 暴走するトラヴィスをユウトのように言葉では引き止めるられず、マリは最終手段として後ろから抱きついた。

 

「ト、ラ、ヴィ、ス、さん!ちょっと!!」

 

「うお?!」

 

「………………。」

 

 やっと止まったトラヴィスは、少しの間を置いて言う。

 

「マリ!俺!大丈夫だから!」

 

「はい?」

 

「すんごいおっぱい当たってるけど、俺、鷹経験あるから!全然気になんない!!」

 

「…………そうですか。」

 

 そんな2人の目の前には「用具室」と書かれた扉。

 

「お!マリ!ここ入ろう!!」

 

「………………トラヴィスさん?その大声やめて下さい。本気で怒りますよ?」

 

「あ。はい。すみません。」


 ――――――――――――

 <用具室>

 

 普段は使わないような大きな荷台や季節行事の飾りなどが仕舞われている用具室内。


 予備のパイプ椅子に2人は腰掛ける。

 

(…………見える。ちゃんと。解剖室。)

 

「ま、り、さ、ん。み、え、ま、す、か?」

 

「小声はいいですけど、普通に喋れなくなるんですか?…………見えますよ。」

 

 マリは地下の様子に意識を集中させる。


 既に解剖は始まっているようで、寝台のような場所に寝かせられた鷹の死体を囲む、4人の人間が見える。

 

(……これ……。逆に個人を特定しにくい……。私が能力を使い慣れてないだけなんだろうけど…………。でも多分、あれがラスターさんだ。)

 

 人間の体が変に透けて見えるため、体格や背格好で人を判別する。


 そんな状態でマリが解剖室を見つめ始めてから、5分、10分、15分と時間が過ぎていった。


 大人しく待っていたトラヴィスだが、我慢の限界に来てマリに話しかける。

 

「んんんんーー…………。ま、マリ!どーなってるの?!ちょー気になる!」

 

「………………トラヴィスさん。」

 

「なに?!」

 

 マリは顔を上げてトラヴィスを見て言った。

 

「………………何事も無く終わりました。」

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