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11-① 都合のいい話し

 代償の巫女とやり取りをした日から、今晩が明けると二日がたつことになる。


 ユウトはイーネ達の前に姿を現さない。それはタトラスも同じだった。


 イーネ、ナユタ、マリ、アルバラは、昨晩は車の中で一泊し、今晩はホテルを借りて過ごしていた。


 ホテルといっても、治安の悪いチェッキスでは、いい所を選んでも、薄汚れた安いホテルだった。

 

 ベッドにマリが眠っている。その足元の布団の上で、アルバラも丸まって眠っていた。

 

 壁には、錆びれた窓がある。縦に長い長方形で、下半分を上にスライドすることで開くその窓は、突然ひとりでに開いた。

 

『たった数日で、飼い狐が板についたのぉ。アルバラ。』

 

 アルバラだけが知っている声がする。


 アルバラは面倒臭そうに片目を開けて窓の方を見て言った。

 

『何しに来たニーニャ。』

 

 すると、窓には何もなかったはずが、突然1匹の猫が姿を現す。


 顔と背中にてんとう虫のように白い斑点。それ以外は黒い猫は、尻尾の先が三つに分かれている。


 アルバラがニーニャと呼んだその猫は、人のように口を動かして喋る。

 

『人間の布団、人間の食べ物、人間の風呂、どれも悪くないじゃろう?』

 

 それに対して、アルバラは姿勢を変えずに面倒臭そうに答える。

 

『実につまらんな。』

 

『さらには、人の魂が揺れ動く、無様で滑稽な姿が見れて満足じゃろうに。』

 

『そのかわりに上質な魂を失えと?甘味として取っておいたというのに。』

 

『大人のオスの魂なんか、何が美味いんじゃ。』

 

 ニーニャは引いたような顔をして言葉を続けた。

 

『穴だらけの契約書。あの方は、お前に理由を作ったに過ぎない。どーするんじゃ?』

 

 少し間をあけてアルバラが答える。

 

『私の本質は変わらぬ。あやつらの阿鼻叫喚をツマミに血を啜るまでよ。』

 

『おぉ怖い。くわばらくわばら。』

 

 ニーニャは器用に前の片足をあげると、口元を隠すような動作をする。


 ニーニャが言う。

 

『一度沈めた前足は、簡単には抜けんぞ?。』

 

『…………。貴様は?』

 

『お前が私に問うか!安心しろ。お前が寝床を決めるなら、また交わることになるじゃろう。』

 

『反吐が出るな。』

 

 アルバラのその言葉に、ニーニャは愉快そうに尻尾を揺らして言う。

 

『貴様は知らんだろう。少しだけなら教えてやるぞ?』

 

『……。』

 

『今は二輪。(のち)に二輪。最後に一輪。欠けた花は四輪。千切れた花は一輪だけ。マシロは花を枯らす気じゃ。花を枯らせば、貴様も枯れるぞ。恐るならば、こちら側で励むことだ。よく首輪が似合っておるぞ?』

 

『………………。花には触れん。薔薇は貰う。そのつもりだ。』

 

『好きにしろ。わしゃ興味がない。』

 

 カタンッと音を鳴らしてニーニャはどこかへ消えたようだった。

 

「……アルバラ……?」

 

 マリが寝ぼけた様子で、目を擦りながら上半身を持ち上げる。


 足元で丸まるアルバラの様子を確認するが、マリには眠っているようにしか見えない。

 

(あれ?……。窓あけたっけ?……。)

 

 マリは窓の戸を閉めて、もう一度眠った。


 ――――――

 翌日の朝、団服を着たイーネ、ナユタ、マリ、マリがアルバラを抱えて、寿命屋の前に足を運んでいた。

 

「先についてたんだ。」

 

 久しぶりの声がする。


 来た道を見ると、同じように団服を着て、肩からスリングを掛けたユウトが、こちらに向かって歩いていた。


 近くまで来た所でユウトが立ち止まる。


 声をかけたのはイーネだった。

 

「お前って、結構我が強いよな。」

 

「え。イーネに言われたくない……って思ったけど、案外そーかもね。イーネって、よく考えたら素直な所もあるし。」

 

「気色悪いこと言うな。」

 

 今度はナユタがユウトに声をかける。

 

「…………本当にいいんだね?」

 

「僕の中覗いた上でいうの?」

 

「覗くってやめてよ。前から言ってるのに。それで言ったら、覗いた上で言ってるんだよ。」

 

「…………うん。決めたから。」

 

 最後にマリがユウトに声をかけた。

 

「ユウトさんの決断に否定的なメンバーなんて居ません。ユウトさんが出した決断が最善だと思ってます。」

 

「マリさんは大人だよね。欲しい言葉をくれる。」

 

 今度はユウトからメンバーに声を掛けた。

 

「じゃ。行こっか。代償を払いに。」


 ――――――――

 <寿命屋>

 

 正方形のテーブルの手前側にユウトが座り、対面には車椅子に座るミコ。その隣りにマイケルが座っている。

 

 寿命屋の店の扉が開いた音がして、入ってきたのはタトラスだった。

 

「やぁやぁやぁ。おっはぁー!お。マリさん、今日もとてもお美しく、お麗しゅうございますぅ。」

 

 薄っぺらい笑顔を浮かべて、タトラスが合流する。


 イーネが言う。

 

「約束、覚えてんだろーな。」

 

「もっちろーん。呼んでくれてありがとねぇ。」

 

 これで全員が揃い、それを確認したマイケルが話す。

 

「じゃあ、始めさせて頂きますね。見積もりの時にご覧になった儀式をもう一度行い、代償を言い渡されたタイミングで、その代償をお支払い下さい。」

 

 マイケルの言葉にユウトが一拍置いて「……はい。」と答える。


 マイケルは紙の一部をミコに渡し、ミコが言う。

 

「分かりました。では、始めますね。」

 

 ミコが石でテーブルの模様をなぞりながら言う。

 

「しぃちぃほう、きっぽう、てーんのちょーうのもゆるとき。はーちーぶーはーおーめーん。にーぶーはーくーちなし。こぼれたかけらはだれのもの。かわりにさしだせりんごのめ。」

 

 ミコの言葉と共にテーブルに刻まれた模様が光を放ち、徐々に強まると、言葉の終わりと共に光を失う。


 石を置いたミコが言う。気味の悪い笑顔で。

 

「お前の持つそれと。」

 

 "お前"でユウトを指差し、"それ"の時には、ユウトのスリングを指差す。次にアルバラを指差して

 

「そいつのそれ。」

 

 "それ"で再びスリングが指差され、最後にミコは手のひらを天井に向けて差し出す。

 

「よこせ。」

 

「………………。」

 

 ミコのその動作を確認したユウトは、肩からゆっくりとスリングを外し、スリングごと、テーブルの上に寝かせるようにタカトを置いた。


 今度はアルバラがマリに抱かれたまま、軽く顔を上げる。


 すると、アルバラの顔の前に、黄色い人魂が姿を表した。

 

「人の魂って、ほんとに人魂なんだ……。」

 

 ナユタがぼそりと呟くと、アルバラが言う。

 

『大概の人間には人魂とやらに見えるらしいな。残念だが、それはお前らのイメージに過ぎん。これは確かに、魂を可視化したものだが、お前らの都合のいい脳が、都合のいいように、そう見せている。私には違うものに見えれば、人によっては別の形に見えるものだ。』

 

「へぇ……。そうなんだ……。」マリ

 

 そんなやり取りの後、人魂はフヨフヨと移動して、横たわるタカトの上で止まった。

 

 それを確認したミコが言う。

 

「くろつぼ、くろつぼ、そこぬけてー。くろつぼ、くろつぼ、たまらない。」

 

 ミコはそう言いながらタカトの体を自分の方に引き寄せると、宙に浮かぶ魂を右手で鷲掴みにして、そのまま、タカトの体にめり込ませるように拳をグリグリと押し当てる。


 その行動、その表情は、不気味で、乱暴で、儀式前のミコと同一人物とは思えないものだった。


 ミコは続ける。

 

「こーころーのーいーとーはー。ぷーつんーとーきーれーてー。」

 

 ミコが鷲掴みにしている魂は、指の間から、まるで苦しむような光を放つ。


 タカトの体の周りには、体を包むような白い膜が現れ、その膜に、魂を掴んでいる指で引っ掻くようにミコが爪を入れている。

 

「さようなら。もどらない。くろつぼ、くろつぼ、たまらない。」

 

 言葉が終わると、ミコは爪でタカトの体から白い膜を引き剥がすように力を入れて自分の方に引いた。


 ミコが鷲掴む魂と、タカトの体から、白いとも黄色いとも言える閃光が放たれ、ミコを除く全員が、思わず手で目元を遮りながら目を瞑った。

 

 光が収束し、静かな時間が流れる。


 全員がゆっくりと目を開けてミコの方を見る。


 ミコは両手を膝の上に置き、穏やかな表情に戻っていた。


 テーブルの上からは、タカトの魂も、タカトの姿も無くなっていた。

 

「…………。」

 

 ユウトが苦い顔をする。


 ミコが口を開いた。

 

「確かに頂きました。慄華を消すための方法は、1人の男の粛清です。」

 

 そのミコにユウトが問いかける。

 

「1人男とは……マシロの事ですか?」

 

 それをマイケルが翻訳してミコに伝え、ミコが答える。

 

「いいえ。」

 

 ミコは続けた。

 

「その男の名は"デグス・ラスター"。」

 

「…………………………は?」ユウト

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