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10-⑤ 愛情とは最も醜い何か

 ユウトが呟いた後、ミコの表情は何事も無かったように穏やかになり、両手を膝の上に置いた。


 気まずい沈黙の時間が流れる。


 ミコの示した代償は、誰がどう見ても、"タカトの肉体と、タカトの魂を差し出せ"と言っているようなものだった。


 沈黙を破ったのはアルバラの笑い声だった。

 

 『クク……。アハハ。アハハハハハハハ!!私は構わんぞ!!そこの小僧が!こやつを手放せると言うのなら!代償として差し出すと言うならなぁ!!』

 

「き、狐が喋ったぁ!!!」

 

 アルバラの突然の大声にマイケルが驚くが、誰もそれに対して反応したり、説明したりする余裕が無かった。


 ユウトがゆっくりと話し出す。

 

「……どうしてですか……。」

 

 それは落ち着いていながらも、どこか怒りのこもった声だった。

 

「……どうして…………。タカトさんを元には戻せないのに……。代償にかけることは出来るんですか……。」


 その言葉にはマイケルが一番気まずそうな顔をする。他のメンバーも苦い顔をしていた。


 ユウトが言葉を続ける。


 それは、周りにではなく、自分自身に言っているような口調で。


「どうして…………。いつも…………。タカトさんばかりが……。犠牲になるんですか……。」

 

 ナユタが心配そうに「ユウト……。」と名前を呼ぶ。


 他のメンバーはユウトのその様子を見ているしか出来なかった。


 すると、その場の雰囲気に似つかわしくない明るい口調で、今度はタトラスが口を開く。

 

「うーん。どうやら、今すぐ代償を支払うって感じにはならなさそだねぇ。じゃ、また代償を支払うことになったら教えてくれる?マリさんに連絡先、渡してあるからさぁ。」

 

 そう言ってタトラスはヒラヒラと手を振って、寿命屋から出ていこうとする。


 そこにイーネが声をかけた。

 

「わざわざ呼ぶ理由なんてねぇよ。」


 するとタトラスは一旦立ち止まり、完全には振り返らずにイーネを見た。

 

「あ。確かにそーだね。じゃあー?んー?……そーだなぁ。呼んでくれたら、マシロのアジト、教えてあげるよ。」

 

 その言葉にイーネは怪訝な顔して、「ナユタ。」と名前を呼ぶ。


 ナユタが答える。

 

「本気で言ってるよ。あの人。」

 

「………………。」

 

 再びタトラスは出口に向かって歩きながら言う。

 

「じゃ、そゆことで。宜しくぅ。」

 

 そうしてタトラスは出て行ってしまった。


 今度はマイケルが、恐る恐るの様子で言う。

 

「…………いかが……致しましょう?」

 

 それに答えたのはユウトだった。

 

「…………。少し……。考えさせて下さい……。」


 ――――――――――

 <寿命屋の裏>

 

 家一軒分の広さがある場所に、中途半端に石畳がひかれていた。


 整備のされていない石畳は間から雑草が生えている。


 中央には、枯れてひび割れた、石で出来た噴水。


 ここは、寿命屋の丁度裏にあたる。


 寿命屋の真裏は山だが、かつてここに、政府が森林公園を作ろうと動いた。


 しかし、治安がいいとはいえないこの街では、すぐにホームレスの溜まり場となり、計画は中止。


 作りかけの石畳と噴水を残したまま閉鎖した。


 今はこの土地をマイケルが買い取り、今後は家を増築する予定だが、まだ手付かずの状態の為、「代償の事で悩む方には、案内しているんです。」と言っていた。何時間でもいてもらって構わないと。


 メンバーは噴水に腰掛けたり、地べたに座ったり、立ったりして向かい合っている。


 最初に口を開いたのはイーネだった。

 

「別に無理に代償を払わなくても、プランBを試せばいいだろ。」

 

 それにマリが答える。

 

「あれだよね。テンジョウ家の言葉を使って、アルバラに命令するって話し……。」

 

 次に話したのはユウトだった。

 

「…………どうだろう。テンジョウ家の言葉と言っても、僕からしたら、全く新しい言語の獲得に変わらないから、上手くいくかどうか……。そもそも、アルバラがタカトさんを元に戻せるのかって疑問もある。加えて言えば、テンジョウ家がそんな事に手を貸すのかって問題もね。」

 

 それにイーネが答える。

 

「テンジョウ家についてはポッツォに頼んだ。疎遠とはいえ、お前のオヤジはユキハルなんだろ。ポッツォのことだ。上手くスキンヘッドにも掛け合うだろ。そこはクリア出来ると踏んでるけどな。」

 

 ユウトが言葉を返す。

 

「テンジョウ家の言葉は、テンジョウ家の人間全員が使える訳じゃ無い。テンジョウ ユキハルの血を持つ者の中で、さらに限られた人間だけなんだ。そんな人間が、今問題となっている同時多発的なジャンク発生の中、テンジョウ家の言葉を教える時間なんか、とるかどうか……。」

 

 それにマリが相槌を入れる。

 

「そーなんですね……。ってことは、私達が思っているよりも時間が掛かってしまう……かもしれない?」

 

 ユウトが言う。

 

「そこだよね。アルバラが言う、魂が体から離れすぎたら元に戻れなくなるって話し……。あと、どのくらいの猶予があるのか……。」

 

 すると、イーネが少し苛立だった様子で言う。

 

「おいユウト。何テメェがごちゃごちゃ否定した言葉並べてんだよ。あ?みすみす殺してぇんだな?その猛禽類。」

 

 イーネの言葉に、マリが「ちょっと!イーネ!」と強い口調で嗜める。


 次に話し出したのはナユタだった。

 

「ゆ、ユウトは……。き、君達は知らないだろうけど、子供の頃からずっとタカトと一緒にいたんだ……。タカトが鷹になっちゃってからは、タカトを元に戻す方法を探す為に、2人でずっと、世界中をまわってた……。ユウトが一番……。一番……。一番……。タカトに生きていて欲しいと願ってる……。」


 それに、イーネが強い口調で返す。

 

「んなこと分かってんだよ。心読めるくせに馬鹿か?テメェは。だから話してんだろうが。そのユウトが、もーちょっとマシな意見だせっつってんだ…………。」

 

「分かってる!!!!」

 

 ユウトがイーネの言葉を遮って大きな声を出した。


 しんと静まり返った空気が流れる。


 暫くして、ユウトがポツリポツリと話し出した。

 

「………………生きていて欲しい……。死んでほしく無い……。」

 

「…………。」

 

「あたりまえだろ……。それはな、イーネ……。タカトさんだからとかじゃ無い……。」


「………………。」


 ユウトが言葉を続ける。

 

「僕達は、核師として戦いの場にいるんだ……。"死んでほしく無い"なんて……。………………なんて贅沢で素敵な願いだろうか……。」

 

「ユウト……。」ナユタ

 

 ナユタは心配そうにユウトを見ている。


 ユウトはゆっくりとした口調で話し始めた。

 

「………………昔、麒麟の討伐に向かった仲間達。先輩達が大勢いた。僕もナユタも大好きな人達だった………………。生意気で可愛げのない僕らを、可愛い可愛いと言って、いつも側に居てくれた人達だった……。」

 

 ユウトは俯いている。


 ユウトの言葉にナユタも俯いた。

 

「でも…………その人達は帰ってこなかった………………。たった1人、アエツさんだけが……。まるで別人のようになって帰ってきた…………。アエツさんが笑えるようになるまで、僕とナユタも、世界に取り残されたような気分だった……。そんな時でもタカトさんは、1人、ピエロを演じて笑わせようとしてくれてた…………。でも、その時思ったよ……。あぁ。"死なないで"……なんて……。喉から手が出るほど欲しいその望みは……なんて素敵で……贅沢で……残酷で……傲慢で……愛しくて……叶わない……。言っても、感じても、考えても、いけない言葉なんだろう…………って……。」

 

 ユウトの言葉に、誰も、何も言えずにいた。


 ユウトが続ける。

 

「………………。俺は……。怖いんだよ……。ほんと……。なんて……。何て身勝手な奴だろうか……。」

 

『ククククク。』

 

 ユウトは地面を向いていて、何滴かの涙が落ちていった。

 

「…………。タカトさんが鷹になったのも俺のせいなんだ……。タカトさんが今こうなってるのも……アルバラを解放した俺のせいだ……。今度は……俺が…………願いを提示したから……。」

 

「ユウト、それは違っ……!」ナユタ

 

「僕は!!………………今度はみすみすタカトさんを犬死にさせるんじゃないかと恐れてる……。なんて利己的で醜いんだろうか…………。代償としてタカトさんを差し出せば、最低でも情報が保証される…………。けど、ここで別の方法を試して…………タカトさんが元に戻らなかったら……。もし……。死んでしまったら………………。僕は……。僕は…………。」

 

「………………。」

 

 ユウトは両手の拳を強く握り締める。


 誰も何も言えずに時間が流れる。


 ユウトが呟くように言う。

 

「………………時間をくれないか……。チームで来てるのにごめんね……。僕に決めさせて欲しいんだけど……。」

 

 それにはイーネが答える。

 

「お前の気の済むまで時間はやるし、お前が決定権を持つで誰も何の文句もねぇよ。」

 

「………………。」

 

 ナユタがユウトに声をかける。

 

「………………ユウト……。ユウトのせいじゃない……。その考え方は……。タカトさんは……。好きじゃないと……思う……。」

 

 ナユタの言葉にユウトは少しだけ笑ったような気がした。

 

「本当に。ナユタは。僕が弱い所をつくの上手いよね。心が読めるんだから当たり前だけど。」

 

「……能力関係なく、本心だよ……。」

 

 それにユウトは何も答えなかった。


 沈黙のまま時間が過ぎて、暫くたったところで、イーネが黙ったままその場を離れていった。


 暫くしてからマリが、アルバラを抱いたまま、その場を離れ、最後にナユタが、ユウトを心配しながらも立ち去っていった。


 その場にはユウトだけ。


 ユウトは呆然と。


 スリングの中で眠るようにして目を覚さないタカトを見つめ、優しく撫でた。

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