9-④ 弱き者
観光地を少し離れた所に川が流れており、散歩コースとして綺麗に整備された川沿いを歩いていた。
時々、ジョギングをしている人や、カップルで座り込んでいる人を見かけるが、それほど人通りが多い訳では無い。
アルバラはマリに大人しく抱かれている。
喋る狐なんて、周りが気付けば大事になる。アルバラと会話する為にも、この人気の無さは丁度良かった。
ナユタはあるアルバラの思考が読めるか試す。
「うーん……。凄いノイズ。感情の強いものだとよめるかもしれないけど、平常時は全く分からないね。」ナユタ
「ま、ジャンクには変わりないからな。よめねぇわな。」イーネ
『ジャンクなどと一緒するな。反吐が出る。』
すると、マリがアルバラに聞く。
「どうして、"麒麟"、"九尾"、"猫又"と呼ばれるあなた達は他のジャンクと違うの?」
『貴様らが知る必要はない。』
アルバラはそっぽを向くような素振りをしてみせた。イーネが言う。
「使えねぇ狐。」
「あんまりアルバラの機嫌、損ねない方がいいんだろ?イーネ。」ナユタ
『ククク……。ここら一帯を更地にしてやってもいいぞ?言葉には気をつけろ。小僧。』
「……クソ狐……。」イーネ
しかし、アルバラの言う通りであり、アルバラに対して強気に出る訳にもいかない。
ナユタの力でアルバラから情報が得られなかった今、4人は今日1日、暇を持て余すこととなった。
「もう一回温泉入ってこようかな。」マリ
「よく何回も入れんな……。」イーネ
「イーネも結局、タカトさんとアルバラの面倒見てて入れなかったんでしょ?行かなくていいの?ナユタさんも温泉まだですし、一緒にいきませんか?」マリ
「うぇえ?!ああ!は、はい。」ナユタ
「混浴じゃねぇぞ?」イーネ
「分かってるよ!何でそーゆーことは口に出すの?!」ナユタ
そんな会話をしていた時だった。
「ちょ、ちょちょちょちょ!そ、そこのワンちゃん抱いてるお姉さん!!」
誰かがマリに話しかけてくる。
4人が振り向くと、そこにはベージュの髪にヘアバンドをしている若い男性。シャツの上にゆとりのあるカーディガンを羽織っている。
男が言う。
「ああ!えぇ!ええっとぉ…………!お姉さん、めっちゃ美人だね!」
「…………………………はぁ……。」マリ
「ごめん!つい声かけちゃって!ええ……。ええっと、皆さん……お友達?観光か何か?」
「………………。何ですか?……。」マリ
マリの冷ややかな視線が男に注がれる。
男の声掛けに動揺していたのは、何故かナユタだった。
ヘアバンドの男が言う。
「あの!ぶっちゃけ言うよ?まじぶっちゃけ、めっっっちゃタイプ!タイプです!あなた!僕の!」
「……………………はぁ。」
マリと男のやり取りから、一歩引いた所でユウトがイーネに耳打ちする。
「ナンパ?」
「……見たいだな。」イーネ
「凄いね。男ばっかりで囲ってたのに。」ユウト
「タイプだったんじゃねーの?」イーネ
「どうする?先いく?」ユウト
「いや。マリ、興味無さそうだろ。」イーネ
ユウトとイーネの会話に、ナユタが割って入る。
「あああああ!あんな男!ダメだよ!マリさんみたいな人に!」
ナユタには、こんな男の思考が流れこんでいた。
'うっわ。めちゃくちゃ、バリバリのタイプ!こーゆー大人っぽくて控えめな女ってエロいんだよ!うーわ。やりてぇ。'
しかしナユタは、それをそのまま口に出すのは躊躇うのか、口をパクパクと開けては閉じるを繰り返す。
その様子を見たイーネが言う。
「うーわ。勝手に彼氏面、ひくわぁ。」
「……!ち、違う!そーゆー訳じゃ!」
「ナユタ。最近、性格が明るくなって引きこもりぎみも無くなったからって、そーゆーのはよくないと思うよ。」ユウト
「え?!なに?!何でディスってくるの?!違うって言ってるだろ?!」ナユタ
そんな話しが繰り広げられているとも知らず、ヘアバンドの男とマリの会話も進んでいる。
「お願い!お茶の一杯だけでも…………!」
「しつこいです……。警察呼びますよ?」マリ
「ちょちょちょちょ、た、たんま!じゃあ、せめて……!」
男はズボンのポケットから手帳を取り出すと、スラスラと何かを書き込み、ちぎってマリに手渡す。
「これ、俺の連絡先なんで!捨ててもらってもいいです!でも、俺は、俺はね?ガチでタイプだから!一目惚れ!連絡して欲しいなぁって感じ!あと、今晩はウルフタイガーバニーってゆうバーにいるから!まじ、そこのバーおすすめ!もし暇してたら遊びに来て!もち、奢るから!」
男のしぶとさに、マリは渋々紙切れを受け取って一応目を通す。
その内容を確認したマリは、ゆっくりと言葉にした。
「タトラス……。さん。」
「そ!皆んなからはタトって呼ばれてます!ああ。もし良ければお名前も伺っても?!」
「……………………。マリ……です。」
そう言いながら、マリは思い出していた。
ユキハルの話しを。
"逆に、マシロ側についている人間もいる。----その他に、タト。ライナックス。ボルドー。がマシロ側についていると思われる奴らだ。"
(たまたま同じ名前?……)
誰も気づいていなかった。
何事もなく、マリナンパ事件は幕を閉じそうだった。
ただ1人、マリの思考の違和感に気づいたナユタは、人知れずに動く。
-ナユタは自身の能力を海に例える。
普段、ナユタが聞いている声は海の表面の部分。その時その時で、考ている事、思っている事が表層部分にあたり、それは次々と現れては消える、泡のような物だと言う。
その次が中層部分で、その時、意識している訳ではないが、その個人が知っている情報などがここに含まれる。
その次が深層部分で、ここには、対照となる本人も、知らない思いなどが眠っている。
ナユタは基本的に表層部分しか掬いとらないが、敵の情報などを知る為には中層まで潜る。
深層部分の情報は、これまで殆ど探ったことはない。中層部分までの情報で事足りるからだ。
ただし、中層部分の情報・感情を得るには対照に集中する必要がある。
一般人で、気づくことは無いが、強者の場合、稀に、ナユタが中層部分の情報を探っていることに気づく者がいる。-
「お前、僕に何をした?」
ナユタに向けられた。心臓を突き刺すような殺気だった。
全員が瞬時に戦闘体制に入る。
――。
イーネは能力を発動させて、男と距離の近かったマリを一旦後ろに下げる。と同時にユウトがスリング越しにタカトを抱えながらも、体術で男に蹴り込む。殆ど奇襲攻撃に近かったが、男は簡単にユウトの体術をいなし、数発やり合った後にお互いがバックステップで距離をとった。
たった数発だが、男と対峙したユウトは考察する。
(このナンパ男……。はちゃめちゃに強いな……。なんの装備もない今、本気でやれるのはイーネだけ……。こいつ……何者?)
すると、男が口を開く。
「瞬間移動?凄い能力者がいるな。ちなみに聞くんだけど……。君達って核師?」
それにユウトが答える。
「ご名答。君は?何者?」
すると男は暫く間があった後にがっくりと肩を落とす。
男が言う。
「はぁぁぁぁああああ。…………めっちゃタイプだったのに…………なんでこんな、あまたいる女の子の中で核師を引くかな………。まじっで、ついてない…………。」
男が喋っている間に、イーネはナユタに確認する。
「……あいつの思考、よめたか?」
それにナユタは苦い顔をしてみせた。
「…………いや……。"閉じられた"。……ほんと、ごくたまに。凄い強い人の中には居るんだよね。テンジョウ ユキハルもそうだった。"思考をコントロールできる人間"。考えちゃダメって言われたら、考えるのが人間なんだけど……。特定の思考を深くに落とせる人……。一応、本気出せば探れないことは無いんだけど……まぁ、そんな隙は与えてくれなさそうだね。」
するとまた、ヘアバンドの男が口を開く。
「うーん……。どうしよう。ここで全員殺してもいいんだけど……。」
男の言葉は冗談なんかでは無かった。
(手加減……。んなもんしてたら間違いなく死ぬ。容赦なくいく。)イーネ
――。ブシュッ
イーネの能力によって、男の右腕が切断された。
ゴトリと音をたてて男の腕が落ちる。
大量の血飛沫があがる。
しかし、男はまるで動じていなかった。
「わぉ。誰の能力?切断?……いや…………。んー。結構やばい能力だな。」
すると、男の左手に不気味な雰囲気を放つファイルが出現する。年季がはいった分厚いファイルだった。そのファイルはひとりでにパラパラとめくれる。
「右上腕骨頭部で完全な断裂。骨、組織、筋、血管、神経。あー。まじ全部。」
「…………は?」イーネ
するとファイルが淡い光りを放ち、ファイルから光る糸のような物が伸びて右腕を掬いあげたかと思うと、みるみると切断面が勝手に縫合されていく。
「ただ。あまいなぁ。君か?白髪の君。今ので首を飛ばすべきだったね。もぉ僕を殺す術は失った。」
ファイルの光が消えると、右腕は完全に元に戻ったようだった。男は感覚を確かめるように右手の拳を握っては開きを数回繰り返し、洋服は縫合出来ないのか、肩の所で破けた右の袖は道端に放り投げた。
「あーあ。服が台無し。」
イーネは焦っていた。
(この男に対して、俺の能力が発動しなくなった……。)
すると、男は余裕綽々で話しだす。
「ああ。僕の体の組織は少し弄ったよ。やっぱり、切断とかの能力じゃないね。組織の断面があまりにも綺麗すぎる。今の技はもう、僕には使えないんじゃない?」
そう言いながら、男の左手にあったファイルが消えたかと思うと、今度は別のファイルが姿を現す。今度は真新しい、厚さの薄いファイルだった。
すると、
「ぐっ!は!はぁ……!はぁ!はぁ!はぁ!」
突然ナユタが胸を抑えてしゃがみ込み、荒い息をする。
「ナユタさん?!」
近くにいたマリがナユタに駆け寄る。
また男が話しだした。
「胸痛に呼吸困難……。細身で若い男性に多い、"気胸"の症状だ。その息の仕方を見るに、肺にだいぶ大きな穴が空いている。すぐに治療すべきだ。」
「………………。」ユウト、イーネ
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
ナユタの荒い息遣いがする。
(圧倒的な力の差……。相手の能力もレベルが高すぎる……。イーネの転移の能力があっても、体術だけで全員で掛かって、どうこうできる相手じゃない……。)ユウト
(…………また………………。尻尾巻いて逃げる……………………だけかよ………………。)イーネ
メンバー全員に緊張が走る。
死ぬか。逃げきるか。
それくらいの選択肢しか無い事を全員が察していた。
男が口を開く。
「君達、僕に勝てないよね?そこの茶髪。体術は凄いけど、あんまり食ってかかると、自分の能力に自信がないって言ってるようなもんだよ?勿論、能力も体術も化け物級ってのはいるけど、君はそのタイプには見えないなぁ。1人は僕の能力にやられてるし。そして白髪君も、能力を潰されたって顔してるよ?そんな悔しそうな顔したらダメだね。あとはマリさんだけど。どうかな。その素振りじゃ、状況が悪いのかな?全員、核師の世界じゃどうかは知らないけれど、僕たち基準だと下の下ってとこ。やっぱり、核師は、特に対人になると劣るね。」
図星をつかれる。
全てを言い当てられて、なす術がないとはこのことだった。
男は、何をどうやったのか、会話もしていない、触れもしていないナユタに能力をかけている。
いつ、男の能力の餌食になるか分からない。
逃げ出す算段もつかず、男の言葉に沈黙で返すのみだった。
暫くして、また男が話しだす。
余裕の笑みの後に、何故か、不安な顔で右手を差し出して。




