1-④ 白くて凶暴な
少し開けた山道に大きなタープテントが3つ点在し、キャンピングカーのような大きな車も数台停まっている。白衣を着た研究者のような者もいれば、作業服姿の者もいて、みんな忙しなく動いている。
「ここが、調査の為の簡易的なベースキャンプだよ。数日はここを拠点に、ジャンクの調査にあたる。実はもう、ここに派遣されている核師達は森に入っててね。調査が済んだ所を後を追う様に僕達も森に入るよ。取り敢えず、先に入った核師達からの連絡が来るまで待機だね。」
ベースキャンプの中央付近。ユウトは説明を行いながら、タカトさんの足についていたリードを外している。リードが取れたタカトさんは地面に降り立ち、ピョコピョコと地面の感触を確かめるように歩いている。
(かわいい…………。)
「ぴぇー!ぴぇー!ぴぇー!!!」
(!……びっくりした……。)
突然のタカトさんの甲高い鳴き声にマリもニコも驚く。
「タカトさん、急に大きな声だすと皆んなびっくりしますよ。あと、ちょっと僕の準備終わるの待って下さい。」
(普通に敬語で鷹と喋ってる……。)
ユウトはタカトさんと会話しながらコートを脱ぎ、右手に嵌めていた茶色い革製のグローブも外している。
(えぇ……。コートの下ってそんな感じになってたの……怖……ってか危なくない?……。それで街中ウロウロしてたの?……。)
完全武装とはこの事なのか。体のラインに沿った黒の長袖、長ズボンを履き、細身の体に似つかわしくない程、足の内側と外側、腰、胸、背中、肩など、至る所に拳銃やナイフ、薬莢や爆弾のようなものが専用のベルトなどを使って固定されている。ユウトはそれら一つ一つの確認を行なっている様だ。
『凄い武装っすね。カッコいいですね。俺、鷹の鳴き声はじメテ聞きまシタ。』
自動音声はいつもと変わらず抑揚が無いが、ニコの小学生男子のようなキラキラした目や表情から、充分に感情が伝わってくる。
「そう言ってくれるなんて。嬉しいよ。でも、これだけ武装してる意味、わかるかな?」
『ジャンク倒す為デスよね。』
「うーん。そうではあるんだけど……。」
「ユウトさんの能力は、直接的にジャンクを倒せるような力じゃないって事ですね……。」
マリがそう言うと、ユウトが「その通りだよ。」と答える。ニコはそのタイミングでようやく気づいたようで、はっとした表情をしている。
「二人がどこまで学習できているのか分からないから説明するけど、"血清"による能力の種類は3種類。"感覚種""組織種""幻種"。感覚種が最も数が多くて、理解もしやすい。例えば、耳がよく聞こえるとか、目がよく見えるとかだね。だけど、感覚種の多くは戦闘に向かないんだ。二人の期待を裏切るかもしれないけれど、僕の力は"感覚種"だよ。ジャンクを倒せる力は持ってないから、ジャンクと対峙した時には武器で戦う。」
『ユウトさんの力って、どんなのナンですか?』
「……あんた、あんまり気軽に聞かない方がいいんじゃない……。」
ニコが悪びれもなくユウトに力の事を聞いたため、マリが釘をさすと、ニコはハッとしてブンブンと頭を下げている。核師の能力について、仲間同士で共有することは何も問題ないが、力の性質が複雑な者も多い。例えるなら、初対面の人に仕事内容や年収を聞いている感じだろうか。気軽に話す内容向きでは無い。
「いや。いいよ。君達に教えるのも僕の役目だから。僕の力はね……。」
ユウトが悪戯っ子のように話しの続きを溜める。
「…………動物と話せます。」
「ぴぃー!」
「あ。タカトさん。すべってるとか言わないで下さい。」
『ほんとっスかソれ。タカトさんとも話せてルんですか?』
「ぴぃー!ぴぃー!ぴぇえー!」
「話せてるよー。ただ、街中とかだと変な人に見られるからさ。タカトさんも声大きいし。街の中では話さないようにしてるんだ。タカトさんは、今その事について文句言ってるね。」
「ぴぃー!ぴいー!ぴぃいいー!」
「ずっと君達とお喋りしたかったみたいで。やっと喋れるーって興奮中。タカトさん。今はニコ君の持ってるタブレット、どこのメーカーかとかよくないですか?」
『アッポルです!でも何第か前のナンですよ。なんか、タカトさんと喋れるとか感動っス!』
「ニコ君いい子だねー。」
鷹と喋る若い男性と、自動音声で喋る少年と、鷹の鳴声という。一見カオスな状況についていけずにいると、背後から白衣の男性が「おーい!」という声と共に走り寄ってくる。
「ユウト君!本当にその格好で迎えにいったの?!君ってば、真面目なんだけど大雑把な所あるんだから!あぶないなーもー。あ!マリくん!ニコくん!よく来たね!遠かったでしょー。疲れてない?大丈夫?」
白衣の男性にマリが「ラスターさん。お久しぶりです。」と答え、ニコも『ラスターさん、こんニちはー。』と答えている。相変わらず、くたびれた白衣に、伸びっぱなしの髪を後ろに一つで束ねていて、物腰やわらかそうで低姿勢なのは変わらない。
「ラスターさん。このコートありがとうございました。これいいですね。軽くて暑くならなくて快適でした。防刃、防弾、防水、防火らしいですね。いいんじゃないですか。」
「いやぁー。まだ試作段階だけどね。着心地よかったならよかったよー!……。じゃないよ!装備つけちゃってから迎えに行かないといけないこと思いだして、コート着で隠していくなんて!もー!今日の責任者、僕でよかったね!!だめだよー?!」
ラスターは核師達のサポート役でもある"研究班"の課長であり、血清適合時にはお世話になった。ニコの様子からも、ニコもお世話になったのだろう。ラスターはユウトからコートと皮の手袋を受け取りながらプンプンと怒っているが、何も気にしていそうにないユウトがラスターに話しかける。
「あとこれ、言われた物です。50cc入ってるのを10倍希釈して使うそうですよ。これ渡す為にこちらからラスターさんの所に行ったのに。わざわざ来て貰って何か急ぎの用ですか?」
「あー!凄いね!手に入ったんだ!ありがとうね!これは、取り敢えず、最初の探索終わった後に使おうかと思ってて!預かるね!あと、そうそう!そーだよ!マリくん!はい。これ。」
ラスターはそういうと、マリに対して、ポケットが二つ付いた茶色い腰ベルトを渡し、次に医療機関でよく見られる、真っ赤な血液が入った輸血パックを二つ手渡した。輸血パックは普通と少し違い、角に、ゼリーパックなどでよく見られるようなキャップが付いている。
「今回、マリ君とニコ君が力を使うことは無い……。とは思うんだけど、万が一に備えてね。マリ君が力を使えるように400ccの血液パックを二つ準備したよ。身体強化系の核師の血だから、汎用的に使えると思うよ。」
『何それ。血?血ナンてどーすんの?』
「………………。」
ニコの言葉に間を置いてから、ラスターが焦った表情をしてアワアワと戸惑いだす。
「え、え、え、もしかして、お互い力の説明とかまだだった感じ?!てっきり来ながら話してるもんだと思ってー!!ってかユウト君、その話しするって言ってなかった?!マリ君ごめんねー!」
焦るラスターに対して「大丈夫ですよ。」と言葉を返しながら、腰にベルトを巻いてポケットに血液パックを一つずつ収納していく。
「ついでに今説明しますから。これ、ありごとうございます。私は"組織種"なの。ほら。ここ。」
ニコにむかって、犬歯が発達し、牙のようになっているのを見せる。
「私の力は、他の核師の血を取り込むことで、その核師の力をトレースすることができるの。」
『つまり、血を飲んだら、その血の人と同じ力が使えるってコト?』
「そういうこと。まぁ、まだあんまり自分でも分かって無いんだけどね。」
ニコはへぇっといった表情をしている。ラスターはまだ申し訳なさそうにしていて、オロオロとしながら話す。
「ごめんねぇ。え?じゃあ、ユウトとタカトのことは聞いたのかなぁ?」
それに対して、マリとニコの二人共が、ユウトのことは聞いたが、タカトのことは何も聞いてない。といった内容の返答をして、ラスターはまた焦る。
「ちょ、ちょっともー!ユウト君、ちゃんと二人に説明して…………」
その時、何かに気づいたラスターが白衣のポケットから灰色をした円盤状の機械を取り出して何かを確認する。
「うわ!ちょっと!もおー!言ってる側から!来て早々だけど、もー先陣の核師達から、三人が森に入っていい合図が来たよ?!いける?!まぁ、安全確認した所を後から追うから、大丈夫だとは思うんだけど……。」
あまり緊張感のないままここまで来てしまったが、いざ森に入るとなると、マリとニコの顔が強張る。
「分かりました。じゃあ、二人共、私物は置いて。森の中に入るよ。まぁ1-2時間で戻って来る予定だから。」
ユウトの声かけにマリとニコが「『分かりました。』」と答える。
――――
森に一歩足を踏み入れれば、針葉樹林が太陽を遮り薄暗い。草木が生い茂り、獣道らしき所をユウトを先頭にニコ、マリの巡で縦に並んで、さらに森の奥へと進んでいく。タカトさんは、森に入るやいなや、どこかに飛んでいってしまった。
『タカトさん、どーしたんデスカ?』
「タカトさんは、先陣の核師達の所へ行って、状況把握だよ。僕達の所と先陣集団とを行ったり来たりしてくれるんだ。説明が遅くなったけど、タカトさんも立派な核師だよ。とっても強いから。」
『タカトさんも血清に適合してるってコトですよね?』
「もちろん。あれでも"幻種"の内の1人だから、あんな感じだけど、頼りになる…………」
「幻種⁈」
マリが思わず大きな声をだす。ニコも表情から十分驚いている様子だ。
「マリさん。あんまり大きな声を出すのは……。」
「あ……。はい……。すみません。あの、でも、幻種って本当なんですか?……。幻種って、全核師の中で数人しか居なくて、その殆どが今は管理職としてトップにいるから、会うこともできない激レアって聞いたんですけど……。」
「そうそう。あってるよ。まぁ、ちょっと僕達、訳ありだから。またゆっくり話せる機会があるといいね。」
何でも無いかのようにユウトが話す。ラスター課長が言っていたが、"真面目だけど、大雑把"なユウトの性格が少し分かってきた気がする。
(きちんと仕事を進めている様で、実は全然説明して貰ってないんじゃ……。)
その時、右側の森の奥からパキパキと木が軋むような音がする。
「ストップ。みんな止まって。」
ユウトが右手を軽く上げて合図する。少し身を屈めたユウトを見習い、ニコとマリも茂みに隠れるように身を屈ませる。
『ジャンクですカ?』
「うーん。どうだろうね。こんな森の中だから、熊とかも出るだろうしね。」
『熊!怖いデスね。』
「あ。普通の動物だったら任せて。大丈夫だよ。」
(あ、なるほど。動物と喋れるんだもんね。任務の立地が森の中とかだと強そう……。それでこの人が引率なのかな……。やっぱり色々説明足りてないんじゃ……。)
『ジャンクとは話せナイんですか?』
「そう。ジャンとは会話できないんだよね。まぁ、見たら分かると思うけど、他の生物との対話とか望んでる感じでもないよ。ジャンクってね。」
すると、さっきよりも近い距離で再びパキパキと木が軋む様な音が聞こえる。
「2人とも、ここにいて。少し様子を見て来……………………。」
ユウトが説明している最中だった。ユウト、ニコ、マリが縦に並んで、少しずつ距離をとってたのが良かったと言うべきなのか。マリの前から2人の姿が忽然と消える。いや、消えるという表現は正しくない。
バキバキバキバキ!!
右側から、視界の全てを覆うほどに巨大な生物が、凄い勢いでユウトとニコに突っ込み、そのまま左側の大木にぶつかって、けたたましい音が鳴り響く。何も理解できずに、2人が居たはずの場所を呆然と眺めていると
「マリさん!すぐにここから離れて!!」
とユウトの大声でハッとする。左側に目やると、おそらくこれがブボッシュクラブなのだろう。カニとザリガニを足して2で割ったような外見だが、大きさが10tトラック、それよりも大きいかもしれない。いったいどこにその巨大を隠してたのか、樹木と樹木の間でめいっぱいなその巨体は、全ての脚を地面に置くことができずに、数本の脚は樹木の側面にめり込むようにして何とか巨体が森の中に存在している。
ユウトはいつの間に取り出していたのか、ナイフをその巨体に突き刺し、ナイフにぶら下がっている所から、両足を巨体に突っ張るように体制を変えている。
ニコは、みると、ブボッシュクラブの巨大な右の鋏の外側で樹木に押し付けられている。ハサミの位置が喉元にあり、完全に宙吊り状態で、ここからだと生きているのかもわからない。
[シシシシシシシシシシシ]
ブボッシュクラブ型のジャンクから聞こえていた音だった。形は甲殻類であるから、黒い大きな目らしきものが見えるが、両目の間、額とでもいうのか。シワなのか、影なのか、角度によっては人の顔のようにも見える。
[シシシシシシシシシシシ]
そう思うと人の声のようにも聞こえる。一気にドス黒い気味の悪さに全身が包まれ、恐怖が心も体も飲み込んでいく。
「ここはもうすぐタカトさんが来ます!僕もニコ君を連れて離脱する!マリさん!!………………動け!!」
ユウトの叫び声で、やっと体に意識が戻る。マリはそのまま向いていた方向。ブボッシュクラブの横を走って通りすぎ、何も考えず、考えることができず、とにかく走る。走って、走って、さらに森の奥へと進む。
走って走って走って……。
周囲は何も無い森の中。
「はぁ……はぁ……はぁ……。」
体力が限界にきて足を止め、地面に膝と両手をついて肩で息をする。
「あれが……。ジャンク…………。化け物じゃない……。」
少しずつ息が整ってくると共に、思考もクリアになっていく。
(私の馬鹿……。ここどこ……。逃げる時、来た道もどってベースキャンプに戻るべきだった……。いや……。ジャンクが、もし私を追って来たら、キャンプの皆んなが危ないか……。でも、ここから何とかしてベースキャンプに戻るしか……。ないよね……。)
息が整ってきて、しばらく放心してしまい、なんとか動きだそうとした時。
「きゃあ!」
左肩にポンと手が置かれ、思わず大きな声をあげる。振り向くと、ヒューヒューと息を鳴らすニコが立っていた。
「ニコ?!どうして?!ユウトさんと逃げるって……。」
ニコは体全体で何とか息をしながら、片手で後方を指差す。
「ユウトさんはあの場に残ったの?ニコだけ逃げてきたの?私を追って?」
マリの言葉に何とか答えようとした様子だったが、ニコはマリの膝に崩れ落ちるようにして倒れる。
「ニコ!」
見ると、首にはさっき宙吊りにされた時についたであろう跡が赤黒くはっきりと残っている。ヒューヒューと甲高い音をさせながら全身で息をしており、息をするのがやっとの様子だ。
「ニコ?!」(これ……。やばいんじや……。首?喉?の骨とか折れてる?変な息してる……。)
「ニコ?私に捕まって。立てる?戻ろう。ベースキャンプに。」
ニコに肩を貸して立ち上がる。
(私………。血清に適合して、嗅覚が人より優れてるって言われてた……。自覚ないんだけど……。キャンプの方向。人が密集する臭いとか、そーゆーの……。なんとか嗅ぎ分けて行けないかな……。いや、やらなきゃダメだ……。やらなきゃ……。)
息を整える。ふぅーっと大きく息を吐き出して集中する。
(…………よし。)
そう思った時だった。
[シシシシシシ?]




