7-① あれでも幻種の
「殺せ。レン。」
「はい。」
テンジョウ ユキハルとおもわれる男がそう言うと、後ろに控えていた袴の男が前に出てくる。
「……………………おい…………!」
イーネが瓦礫の上で項垂れながら何とか言葉を発した。
レンと呼ばれた男の動きは止まる。
ユキハルの視線もイーネの方へ向かった。
「…………俺らは…………マシロの件で来た…………。」
(言え!………………口まわれ!………………たった一言だ…………!声出せ………………。)
体は内側から痛み、脳はまだグラグラと揺れ、吐き気を押し殺しながら声を出す。はっきりと、ユキハルに届くように。
「………………俺らに…………手を貸せ…………テンジョウ ユキハル!!!」
「…………。」
誰も微動だにしないまま、沈黙の時間が流れる。
口を開いたのはユキハルだった。
「…………だから何だというのだ。」
抑揚のない冷めた声だった。
(…………ダメ……か…………。言うだけじゃダメなのか?……それとも…………ユキハルに同盟の契りを破らせるほどの…………マシロの何かがあるのか…………。)
ユキハルの言葉で、レンが前へ前へと進む。テンジョウ家の家紋の入った袴姿。マッシュヘアで目元は見えず、日本刀を腰に携えているのが分かる。
レンが縁側まで出て来て、足袋のまま庭まで出てきた時だった。
「ううう嘘ですよ!嘘!嘘!……ですよね!テンジョウ ユキハルさん!!」
上空から声がして全員の視線が上に向いた。
「やばいなぁ……俺……もお死ぬのかぁ…………UFOが見えらぁ…………。」アエツ
「大丈夫だ……。俺もだ……。」イーネ
アエツの言葉にイーネが返した。
上空には黒い円盤が3つ浮かんでいた。
1つは直径3m程度の大きなもので、残りの2つは直径1mほどの小さいもの。
「うわ、うわ、うわ、うわわわわわ!!」
その小さい円盤の1つからからナユタが落っこちてきた。
テンジョウ家とイーネ達の間に落ちたナユタは何だかんだと言いながらも綺麗に着地し、「ほら!やっぱり落ちたじゃないかぁ!」なんてぼやいている。
「イーネ!!」
今度は大きな円盤の方からベリーが飛び降りて来てイーネに駆け寄った。
「大丈夫?!」
「いや……大丈夫ではねぇけど……。何だよ……あれ……。」
「喋れるのね……。あれはニコ専用武器よ。あの円盤ごと全部ね。真ん中がステージ。残りの2つはスピーカーが乗ってんの。」
「ってことは。」
「ニコも来てる。ステージにいる。」
黒い円盤は、どういう原理か分からないが、そのままの位置で空中に留まっていた。
すると、立ち上がってテンジョウ家の方向に向いたナユタが話し始める。
「テンジョウ ユキハルさん。僕はナユタ・グリージスといいます。」
「…………ナユタ・グリージス……。」
「僕の能力を知ってるんですね。だったら話しは早い。もぉ、彼らを殺せない。いや、殺すことを躊躇っていますよね?」
「…………。」
ユキハルは答えない。ナユタは畳み掛けるように言う。
「それに、あの円盤に乗っているのは僕達の仲間で、あなたが知っているラランさんと、まったく同様の力が使えます。」
「……ラランだと?」
そこで、はじめてユキハルの表情が少し変わり、眉を顰めるような様子が見られた。ナユタが話す。
「事実です。これ以上、この戦いを進めるのは得策ではないと思いますよ?」
「……………………。」
「…………やめましょう。僕らは話し合いに来た。」
暫く沈黙があった後、ユキハルが口を開いた。
「モミジ。そいつらを手当してやれ。」
「……かしこまりました。」
「結構よ。」
ユキハルとモミジのやり取りに間髪入れずに返したのはベリーだった。
「あなた達に貸しはつくらないわ。」
するとベリーは両手の平を胸の前であわせると、そのまま祈るように指を組んだ。
「……竹宝の慈愛。」
すると、空からと言っていいのか、どこからともなく蛍のような淡い緑色の光が点々と庭に広がる。
「むしろ、あなた達のお仲間も軽い手当はしてあげる。」
その淡い緑の光は負傷者の体に舞い降りると雪の様に消えていき、細かい怪我は跡形もなく消え去って痛みも引いていく。
ベリーはイーネに言う。
「詳しい状態は一人一人見て治していくわ。」
「先にタカト……見てやってくれ。ユウトが抱えてる……。対ジャンクの攻撃をまともに喰らったんだ……人間じゃないタカトが一番ダメージがデカそうだった……。」
「分かったわ。」
そう言ってイーネの側を離れてユウトの元へ行くベリーに、イーネは再び声をかけた。
「ベリー………………。無理すんなよ……。」
「あはっ。その言葉、今のイーネには言われたくないわね。」
その一連の様子を見ていたユキハルは背中を向けてどこかへ移動していく。それにレンもついて行く。
去り際、ユキハルはモミジに「好きに使え。手伝ってやれ。」と言い、それにモミジが「かしこまりました。」と返していた。
――――
「お野菜レンジャーのおじちゃん。大丈夫?」サクヤ
ユキハルとレンが去ってから、シキとサクヤはアエツのもとに駆け寄った。
「おぉ……。こ、子供達よ……。怪我ないか?大丈夫か?……。」
「僕達よりおじちゃんの方が重症だよ。」サクヤ
「ほら、手。貸すから。」シキ
「おおお!ありがとうなぁ。おじちゃん泣いちまうぜえ……。歳取ると涙腺が緩くてなぁ。涙腺ってしってるかぁ?」
「おじちゃんうるさいよ。」シキ
そんな話をしながらアエツは子供達に支えられて移動する。
――――
モミジはアヤセに声をかける。
「お湯やらを準備しましょう。みなさん泥だらけですもの。」
「ええええ!敵の面倒を見るんですかぁぁ?!」
「あなた。聞いてなかったの?ユキハル様の言葉。彼らはたった今、お客様になったのよ。」
「……………………は、はぁい…………。」
そう言って、モミジとアヤセは庭の前の和室で負傷者を迎える準備を始めた。
――――
ユウトとタカトにはベリーが手を貸し、イーネの元へ来たのはナユタだった。イーネが言う。
「よぉ……。敵に回したら嫌な奴ナンバーワン君。」
「それ、僕が来た時にも思っただろ。わざわざ言葉にしなくてもいいよ。」
「飛行機、乗れたかよ。」
「乗ったよ!もぉ…………。フェリーに乗っておくんだった……。」
「こっちのセリフだよ。お前が居たらもっと楽出来たってのに。」
ナユタがイーネに手を貸して移動した。いつの間にか、太陽が随分と高い位置に来ていた。
――――――
ベリーがタカト、アエツ、ユウト、イーネと順番に治療してまわり、それぞれが、何とか歩いたり会話したりできる範囲にまで回復した。
意外だったのはモミジだった。
甲斐甲斐しく、体や服の汚れを拭き取ったり、飲み物と軽食などを準備して振る舞い、手際の良さと面倒見の良さを発揮していた。
シキとサクヤも、モミジを手伝ったりしていた。
アヤセはというと、治療にあたるベリーがイラつく程のドジぶりを発揮し、転けたりする度に衣服が乱れるため、ベリーが「淫乱ゴミカス女。」何て言ったことで一触即発の事態を招き、アヤセの能力に凝りた3人と1匹が全力で仲裁に入るなど、トラブルもあったが、そんな紆余曲折をへて全員の治療が完了した。
落ち着いた所でモミジが言う。
「皆様の治療が終わったら花の間に案内するように言われています。どうぞこちらへ。」
そう言って、モミジの後をアエツ、ユウト、カタト、イーネ、ナユタ、ニコ、ベリーの一同がついていった。
――――――――
<花の間>
花の間というのは10畳ほどの居間ようだった。
縁側を歩いていくと、花の間の襖は開け放ってあり、縁側からむかって右奥の角にユキハルが正座で座っている。
ユキハルの前には花器、その中に剣山、その下にレジャーシートのような物が引いてあり、まだ整えられてない草花が置かれている。どうやらユキハルは生花をしているらしかった。
各々ユキハルから少し距離をとりながら適当な場所に座っていく。
パチンパチンとユキハルが花鋏で草花を整える音だけが聞こえた。
「おお!あれだな!|第二国の何やらってやつだ!忘れたけどな!!アハハハハ!!」
アエツの言葉は無視してイーネが話す。
「悪いけど、黙って見てる気はねぇよ。俺らの質問に答えろ。」
「………………。」
「マシロに会ったんだろ。何を話した。」
「まずキサマらは何だ。何の為に来た。あのハゲはマトモな文章を寄越してないぞ。」
「性格わりぃやつ。マシロと話して大体の察しはついてんだろ。まぁいいよ。答えてやる。」
イーネの言葉に(性格悪いってどの口がいってんだ……。)とユウトとナユタとニコが思ったが、誰も口にはしなかった。イーネが続ける。
「これ見ろ。」
イーネは首筋の牡丹の紋様が見えるように襟ぐりを掴んで引き下げた。ユキハルは生花の手を止めないまま、チラリとイーネの方に目をやる。
「慄華か。」
「あ?知ってんのか?」
「それはただのマーキングだ。今はまだな。」
「あんのハゲ……。知ってやがったな……。」
「そこの男は何故話さない。そもそも、この会話も必要性がないだろう。」
ユキハルが言う"男"とはナユタの事だった。急に話題に上がった事に戸惑いながらも、ナユタは言う。
「ぼ、僕は……この力を持った時に……決めたんです……。そ、その人が口にした情報しか話さないって……。勿論、敵とか……仲間が危ないなら別ですけど……。そ、それが…………僕が……人でいるための……ボーダーラインなんです……。」
「………………。」
ユキハルはナユタの言葉に何かを返す訳でもなく、淡々と生花の手を進めて行く。イーネが続ける。
「そーゆーことだ。で、その慄華って何だ。」
「時限式の呪いには変わらない。あのハゲもそのくらいは話したんだろう。どんな呪いかは術者にしか分からん。」
「そーかよ。俺らは、この慄華を消す為にマシロの誘導に乗ってるところだ。もう一度聞く。マシロと何を話した。」
「……………………。」ユキハル
すると、ユキハルは懐から紙を丸めて筒状になった物をとり出して畳の上に置いた。
――。
イーネが自身の能力を使って、その紙の筒を自分の手元に転移させて広げる。
「ただの世界地図?」
薄茶色のA3サイズの紙には世界12大陸が略図化して描かれ、よくある世界地図に変わりなかった。
「マシロはそいつを置いてっただけだ。」
「…………。何で俺たちを殺そうとした。」
「タイヨウとマシロの喧嘩に付き合う気などない。タイヨウとは利害関係にあるだけだ。巻き込まれる前に芽を摘めば事済むだろうと。それだけだ。」
「お前の想像よりも、俺達の方が強かった訳だ。」
「自惚れるな。今し方死にかけていただろうに。痩せ馬の声嚇しとしか思えんな。」
「張り子の虎には言われたくねぇなぁ。」
絶妙に緊張感のある空気に、他の誰も声を出せずにいた。
(ほんとイーネって……)ナユタ
(無駄に頭まわるから……)ニコ
(口喧嘩させたら強いんだから……)ユウト
なんて他のメンバーが思っていることはナユタだけが知っていた。イーネが続ける。
「なぜあのジャンクを捉えていた。悪いけど、モミジから聞いてんだよ。死体が返ってこないんだって?」
「…………。」ユキハル
「あのジャンクに、テンジョウ家の遺体が使われてるな?…………いや、お前自身も確証がなく、そう考えているに過ぎない……って感じだな。」
「…………好きに考えろ。貴様らには関係の無い話だ。」
「ありがたい事にYESととるよ。そこを突いてもお前からは情報は無さそうだな。」
すると、これまで一度もやめることの無かった生花の手を止め、ユキハルはイーネの顔をじっと見はじめた。
それに対して、イーネも視線を外さない。
暫くしてユキハルが口を開く。
「幼いな。聞いていたよりもずっと。幾つだ。」
「…………関係ねぇだろ。」
「幾つだ。」
「………………。19だ。」
「無理があるだろう。よくて16かそこらだ。」
「うるせぇよ。」
「ああ。質問の仕方を間違えたな。」
ユキハルが初めて、ほんのわずかに微笑んだ気がした。
「………………何年生きている。」
「……………………。」
イーネは答えない。
その質問に、一部を除いたメンバーは違和感を覚える。
ユウトは思う。
(イーネとベリーに何かしらの秘密があることは薄々感じてたけど……。この質問の意図は…………?……。)
するとまた、ユキハルが口を開いた。
「仲間に感謝しろ。そして私に無駄な口を叩くな。」
ユキハルは生花を再開させる。
すると、イラついた様子のイーネが畳の上を滑らすようにユキハルの下に向かって何かを投げつけた。それは、紐の抜かれたジャックポットだった。
「タイヨウグループから、お前の家に供給するよう掛けあってやるよ。仲間の遺体を探してんだろ。これがありゃ、少なくとも遺体を回収できる率は上がる。」
「…………。」ユキハル
「貸し1だ。テメェこそ舐めたマネしてんじゃねぇぞ。」
仲間側全員が思っていた。
(うっわぁ………………。ブチギレてるぅ……。)
ユキハルは気にもとめず、畳の上にあるジャックポットを受け取るでもなく生花を続けていた。
緊張感のあるこの空気に、勇気を持ってナユタが口を挟む。
「…………あ。あのぉ………………。た、タイヨウ理事長から仰せつかってるものがあるんですけどぉ……。」
「ナユタ!お前!凄いぞ!よく喋ったなぁ!」
アエツが全くの悪気無しでチャチャを入れる。
「アエツさん…………そーゆーのいいですぅ……。あと、ニコとベリーが心の中ですんごいうるさいんですぅ…………。」
ナユタはブツブツと言いながら続けて話した。
「タイヨウ理事長から、お前らは、そのまま第二国の管轄のジャンク討伐を手伝えと言われています……。タイヨウグループの管轄とバランシア軍の管轄は、今は何とかなってるそうで……。全く討伐報告が上がってないのが、テンジョウ家の管轄だと……。」
「……余計なお世話だ。」
誰がどう見てもユキハルは表情一つ崩さなかったが、僅かな表情や声色など、何から情報を読み取っているのか。イーネはユキハルの変化に気づいた様子でナユタに言う。
「言え!ナユタ!コイツらの討伐区の状況知ってんだろ!」
それは、ただをこねる子供のようだった。
「ナーユーター………………ってめぇ…………。」
「怖い怖い怖い!!これ、言わないとイーネにドヤされるんだけど?!何で仲間に脅迫されてるの?!!」
すると、生花の手を止めずにユキハルが言う。
「レン。コイツらに任せてやれ。」
その言葉でユキハルの後ろの襖が開き、正座で座るレンの姿が見える。
「ユキハル様…………しかし……。」
そこに口を出したのはイーネだった。
「何が任してやれ。だ。素直に、困ってます手伝って下さい。だろ?」
「貴様のお手並み拝見だ。お前が使える奴なら、もう少し、お前の戯言に付き合ってやる。」
「悪いけど、同種のジャンクだろうがぶっ殺すぞ?ああ。そうか。ジャンクにお情けかけて手詰まってんのか。いい気味だな。」
「死者を優先して生者を殺すようなことはせん。勝手に吠えていろ。」
「魚は頭から腐るってな。素直に助けを求められるだけ褒めてやるよ。」
ギスギスした空気が流れる。
仲間側はイーネの表情を見てドン引いていた。
それは、不気味なくらいに不適で、イタズラ好きな子供のような笑みだった。
「貸し2だ。テンジョウ ユキハル。」




