5-④ 見え透いた罠
カツッカツッカツッ
軍事基地の内部。
長く続く幅の広い廊下は、下が鉄板なのか、足音がよく響く。
前に歩いて案内してくれているのは、ジェネレル中佐と名乗った。
190センチはある身長に黒い肌、軍服の上からもわかる筋肉隆々の体。服には何の勲章かは分からないが、沢山のバッチがついていた。
そのジェネレル中佐の後ろをマリと、タイヨウの秘書のハナが並んで歩いていた。
ここは"第八国天秤の国"にある"ゼッツ"という乾燥地帯。大規模な軍事施設の中を"ログス"に会うために訪れていた。
長い廊下を暫く歩いて、ジェネレル中佐は一つの扉の前で立ち止まる。
無機質なスライド式のドアの横にはIDリーダーがあり、ジェネレルはそこに懐から出したカードをかざした。
ピピッ シュンッ
扉が開き、中に入っていくジェネレルの後について部屋に入る。
そこは、無機質な入り口からは想像がつかないほどの高級感のある室内があった。
床は全面に赤茶色の絨毯がひかれ、壁を埋め尽くすように本棚と本がある。
来客用の高級そうなソファの奥には高級そうなデスクと、背中向きに置かれた黒い皮の椅子。
するとジェネレル中佐は背筋を正して敬礼する。
「ログス元帥。タイヨウ様からの使者をお連れしました。」
「ああ。ごくろう様。」
「失礼します!」
そう言うと、ジェネレル中佐はこちらに少しだけ目配せし、部屋を後にしていった。
背中向きだった黒の皮の椅子がゆっくりと回り、正面を向いた。
「いらっしゃい。どうぞ。おかけになって下さい。」
そこには、軍服を着た、80歳にはなっているだろう、表情の柔らかなご老人が座っていた。
――――――
マリと秘書のハナは、ログスに挨拶を済ませて来客用のソファにお互いが向かい合わせになるように腰掛けた。
「お若い女性2人で、こんな辺鄙な所まで。遠かったでしょう。もぉ、私も腰や何やら悪くしてまして。お構いもできませんが。」
ログスの言葉にマリが返す。
「あ。いや…………。こちらそこ、突然来てしまってすみせまん……。お会いして頂けるだけで……。あの。本当にありがとうございます。」
「あの男は相変わらずのようだね。無茶苦茶な手紙を寄越してきて。たまたま私が手紙に気づかなければ隊の者に捨てられていただろうに。」
「それはご迷惑をおかけしました。大変申し訳ありません。」
そう答えたのはハナだった。ログスはハナを見て言う。
「君。さっき、ユウビって言ったね。タイヨウの秘書だと。」
「はい。重ねてになりますが。ユウビ・ファイブ・ハナと言います。」
「………………そうか。あいつは成功したのか。あいつは、どうせ失敗するだろうし、そんなことをやって何になるとボヤいていたのにね。」
「私で5人目になります。正確には、間の2名は記憶の混乱、および精神の錯乱で自決。実質的に、正常に継承できているのは3人目となります。」
「…………そーか。君も大変だろうに。」
「………………。いえ……。」
ログスとハナの話しにマリは何とかくらいついていた。
それも、ここまでの道中にハナから聞いていた話しがあったからだ。
(これは……。ハナさんの能力の話し……。"記憶を継承する力"。1番最初のユウビっていう人は、タイヨウさん達と同じ世代の人。始祖幻種……。そのユウビって人は死んでるけど、ハナさんの中に記憶として存在している……。間に2人も死んでるっていうのは知らなかったけど……。)
すると、ログスは話を切り替えて話し始めた。
「マシロの事でだったね。あいつの雑な文章じゃあ何があったのかさっぱり分からなくてね。話を聞かせて貰えるかな?」
そう言われて、マリは出来るだけ詳細に、マシロが襲撃した時の状況を、ハナが、タイヨウから聞いていたのであろう、タイヨウとマシロの会話内容をログスに説明した。
全てを聴き終えて、ログスは「はぁ……。」と溜め息をつきながら椅子に深く腰掛け直した。
「………………まったく……。諦めがつかんか……。だから老いない奴らというのは……。いや、正確にはあやつらも老いてはいるのだろうがな。人のそれではないからな……。」
マリはログスに聞く。
「あの……。タイヨウさんは肝心な部分は何も教えてくれませんでした。マシロの目的とか、あとは、ジャンクがいる意味とか……。それは、知っているけど話せないみたいな口ぶりだったんです。その……。それはログスさんも…………知っているけれど、教えられないっていう状況なんですか?……。」
マリのその問いに、ログスはじっとマリの目を見る。優しそうながらも、その奥に眠る鋭さに視線を外せずにいると、暫くしてログスは話し出した。
「……ああ。そーいうことになるな……。」
(………………やっぱり……。)
「……………………ただ……。」
ログスは続けた。
「………………ただ、少しだけ冥土の土産を置いて行こうか……。今日は不思議とそんな気分になる……。」
そう言ってログスは話し出した。
「もう50年か60年前の話しか。私らは1人の"神様のような存在"の下に集まっていた。」
「…………"神様"ですか?……。」
「そう。あくまでも形容だがな。しかし、マシロやタイヨウ、ユキハル、そして私も。その神様を信仰し、思い、尊び、崇め、愛し、唯一無二であり、絶対のものとして、信じて疑わない……。そして、それは今も変わらない。大切…………なんて言葉では足りない。神様。その一言に尽きる。」
「……。」
「この先も、この人のことを神様として説明しようか…………。神様は私達に何も望まなかった。何も求めなかった。けれど一つだけ。私達に命令したものがある。」
「…………一つだけ……。」マリ
「それが、タイヨウが君たちに説明しない理由だ。…………神様は神様の存在を口外することを禁じた。」
そこでマリは少し考え、ログスの話しに口を挟む。
「…………え。じゃあ、今のログスさんの話っていうのは……。」
「正確に言えば、その神様の命にそむいていることになるだろうな。」
「………………。」
ログスは続ける。
「神様は私達と共にいてくれた。けれど、ある日突然。姿を消された。それが、もう50年にはなるか……。神様の下に集まっていた私達は、その日を境に散り散りになった。殆どの者は年老い、既に亡くなった者もいるが、ごく一部の特殊な人材が、今もなお、若い時の姿を保ったまま、もがいている……。"神を取り返さん"としてな……。」
「………………タイヨウ理事長は、当時の仲間の事を始祖幻種と。血清がなくても、元々特殊な力のある人間だと説明しました。…………けれど、もしかして、あなた達の力は、その………………神様に貰ったんですか?…………。」
「そこはどう考えて貰っても構わない。それは、君達が今やるべきことに必要なのかい?……。」
「………………あ。えっと…………。いえ。私の興味本意かもしれません………………。すみません……。」マリ
「君を責めた訳じゃない。むしろ正しい思考だ。だが。悪いね。私も、その神への信仰を辞めた訳じゃないんだ。年老い、命の期限が見えるようになって、少し、君たちに力を貸したくなっただけなんだよ。」
マリはログスの持つ威圧感に推されながらも、気持ちを切り替えて言葉を口にする。
「じゃあ……、マシロの目的は……。その"神様"に会うことですか?……。」
「…………………………。マシロは先日、私に会いに来たよ。」
「え?」
ログスはマリの質問に答えず、逃げる様に会話を切り替えた。しかし、それはつまりは、マリの言葉が正しい事への返答のようにも感じるものだった。
ログスは続ける。
「突然来て、パーティをするからお前も来いといった口ぶりだったよ。この老体を見て、よくそんなことが言えるなと思ったよ。勿論、私はもう死ぬから無理だと答えると、不貞腐れよって。あいつめ。」
「マシロは……皆んなを巻き込んで戦争すれば、神様に会えると思ってる……?……。」
マリの半分は独り言のような言葉にログスは少し微笑んだ。
「あいつの考えることは昔から変だったよ。まぁ、でも、今回は、私も、あながち悪くはないとは思っているんだ。」
「…………え……。そ、そうなんですか?……。」
「おそらくマシロ。奴は神の逆鱗に触れるだろう……。マシロはそれでもいいんだ……。怒られてでも会いたい……。本当に子供みたいな奴だ……。」
「……………………。そんな……。そんな戦争……。止めるすべはないんですか?……。」
「あいつはやるといったらやるだろう。何人死のうがね。そもそも、死ぬなんてのは勘定にも入ってないだろう。そういう男だ。そんなマシロと違って、反対にタイヨウは誰も死なせたくないんだ。誰も死なせたくなくて必死でマシロに挑んでいる……。何年も前からのケンカだよ……。ほんと、よく飽きないなと思うよ。」
「…………ケンカ……ですか……。」マリ
どこか遠くを見つめていたログスは、再びマリとハナの方へ向いて言う。
「我が軍はね、タイヨウから血清を譲り受けている。血清の力を軍としても利用しているが、代わりに、ジャンクの討伐と対マシロへの作戦に協力することを約束してね。私が死んだ後も、それらは継続すると約束しよう。もっと具体的に言えば、私達は…………。マリさん。私達"バランシア"は君達のような"核師"に協力すると約束するよ。悪いが覚えていてくれ。秘書のハナさん。」
「…………………………かしこまりました。」
そこで一旦話が区切れ、ログスはデスクの引き出しを開け、何かを取り出した。
「これは、マシロが私に会いに来た時に置いて行ったものだ。あいつは、とにかく、こうした子供っぽい仕掛けがすきだな。」
ログスがデスクの上に置いたのは六角形の平たい石のような物だった。拳程度のサイズをしていて、そこにログスが手をかざす。
「"力"をこめると光る仕掛けだよ。」
ログスがそう言うと石は白く光り、淡い光りが石の周りをぼんやりと照らした。
「これが…………。マシロの言っていたヒント?ですか……。」マリ
「そうなんだろうね。私はよく知らないよ。コレを貰っただけだからね。けれど、これを君たちに渡すのが正確なんだろう。」
マリとハナが顔を見合わせる。マリは立ち上がるとデスクを挟んでログスの目の前まで歩いて行き、デスクの上に置かれた石を受け取った。
「…………ログスさん。ありがとうございます。」
「こちらこそ。久々の思い出話しは本当に楽しかったよ。ありがとう。」
――――――――――――
マリとハナはログスの部屋をあとにしていた。
この部屋には、ログスだけがいる。ログスは座り慣れたデスクの椅子に深く腰掛けながら天を仰いでいた。
「………………私も…………。アナタに会いたかったですよ……。少し約束を破ってみましたが……。私の最後の足掻きだったんでしょうね……。」
ログスは思い出したかのように、デスクにある紙に文章をしたため、元帥のものと分かるように厳重にサインや印鑑を押している。
「…………彼女達に迷惑はかからないようにしておかないとな。」
仕事を終えたログスは再び椅子に深く腰掛け、今度はゆっくりと瞬きする。
「その瞬間に、あなたの力を感じるだけでも、私は幸福でしょう。どうか……彼らに……も………………ご慈悲を……。」
ログスは眠る様に目を閉じた。
――――――――
帰国したマリに、ログスの悲報が告げられた。
マリ達が面会した直後に発覚したらしく、マリ達に殺害の容疑がかけられたが、ログス自身が書き留めた、偽造不可能な公文書にマリ達の無罪を証明するものがあったとの事で事なきを得た。




