5-② 見え透いた罠
<竹林>
リムジンは竹林に入る手前で止まった。
車がすれ違えそうなほどの幅の舗装された道があるが、ここから先は徒歩なのだという。
道の両脇には低い石垣があり、その向こうは、綺麗に整備された竹林が広がっている。
日は暮れてしまったが、道を照らすように地面に埋め込まれたグラウンドライトがとても幻想的な雰囲気を作り出していた。
「どうぞ。」
運転手の男性はついてこないようで、着物の女性、モミジに連れられて歩く。
しばらく歩いていると、船酔いと車酔いでダウンしていたアエツは徐々に回復し、少し元気を取り戻した声色でユウトに話しかける。
「すごい綺麗だなぁ……。ユウト。お前の家まで行くのにこんな綺麗なのかよ。」
「まぁ、こんな感じでしたね。」
車を降りてから、体調の悪いアエツの肩に止まっていたタカトは、ユウトが右手を差し出したことでユウトの右手に止まった。
またしばらく竹林の中を進む。10分ほど歩いただろうか。道の先が大きく開けて、あまりにもだだっ広い。イーネがユウトに言葉をかけた。
「家行く道中にこんな場所もあんのかよ。」
「うーん…………。こんな場所は……ないかな……。」
ユウト達は立ち止まったが、モミジは気にせずに進む。
「あら。ほんの少し余興を。と思いまして。お気に召しませんか?」
「モミジさん。何の話をしているんですか?」ユウト
モミジとは10m程の距離があいた。
モミジは立ち止まり、振り返って言う。微かに甘い匂いが漂っていた。
「テンジョウ ユキハル様から、こう仰せつかっています。」
[カリカリカリカリカリカリ]
不吉な音が周囲から聞こえ出した。それは着実に近づいている。
いつの間にかグラウンドライトも消え、月明かりだけが辺りを照らす。
「………………殺せと。」
「逃がすかよ。」イーネ
――。
イーネはピンポン玉くらいの大きさの鉄球をモミジの胸の前へ転移させた。1秒のタイムラグの後、その鉄球から円状にワイヤーが発射され、モミジの体を拘束する。
―イーネは最初の任務の後、核師専門の科学班に2種類の武器を作らせた。どちらも時限式で、一つは爆弾。科学班の付けた名前は『シッピーボム』もう一つは対人間用の拘束具『バインドワイヤー』だった。イーネの手元で発動させ、イーネの能力で対象の近くに転移させる。イーネは模擬練習室で、それらの効果範囲や時間感覚を掴む練習を行っていた。―
それによって、モミジは捕えられた。
かのように思えたが、モミジの姿が歪んで見えたかと思うと蒸発するように消えてしまった。
シッピーボムもバインドワイヤーも、1個につき1回の使い捨て。何も捕えられなかったバインドワイヤーが地面に転がる。
「どーなってる。」
イーネのその言葉にユウトが答える。
「モミジさんは組織種。モミジさんの放つ香りは幻覚作用があるんです。」
「先に言えよ。体臭クソババアかよ。」イーネ
「言うタイミング無かったんですよ。ずっと張り付かれてたでしょ。」ユウト
「イーネは体臭が気になるんだなぁ!ワハハハハ!!」アエツ
「…………一生酔ってよろ……。」イーネ
[カリカリカリカリカリカリ]
気づけば周囲をジャンクによって包囲されていた。
軽自動車くらいのサイズのタランチュラの様なジャンク。
よく見ると、竹と竹の間には、ジャンクが張り巡らせたであろう蜘蛛の糸が見えた。確認できたのは5体。どれも同じタランチュラ型の同種のジャンクだった。
[カリカリカリカリ]
不自然に目の数が多く、また額部分の影は人の顔のようにも見える。
「おぉ!囲まれてるなぁ!ワハハハ!」
アエツの周囲には白い銃火器が半円状になって並んでいた。
「同種のジャンク……。報告にあったやつですね。ジャンクが繁殖するなんて、考えたくもないですね。」
ユウトはナイフを持ちながら器用に拳銃を構えていた。
「ぴぴ!」
タカトもユウトの肩に乗って戦闘態勢のようだ。少し体を前傾にしている。
[カリカリカリカリ]
まだジャンクは動く気配が無かった。
「何だぁ?!なんか、コイツら変だな!びびってんのか?!ってジャンクだっつーのって!ワハハ!」
アエツの独り言に答えたのはイーネだった。
「あー。やっぱりな……。疑問だったんだよ。」
「ん?どうしたぁ?!話しなら聞くぞぉ?!何たって船酔いが無くなったからな!いやぁ。きちかったぁ!」
「初めてジャンクってもんを見た時は、こんなものかと思ったけど。2回目以降のジャンクを見ていて違和感あったんだよ。」
「イーネ。何の話し?」
ユウトが言う。ジャンクはまだ動く気配がなく、まるでこちらの様子を伺っているようだった。
「そんで、コイツらを見て確信した。こいつら、普通のジャンクとはまた別だ。……ジャンク亜種って所かな。」
「あ……しゅ?なんだ、それは!なんかヤバい?ヤバい系?!」アエツ
「いーや。とりあえず普通のジャンクと同じ対応で大丈夫だよ。なんの問題もねぇ。いつもと変わらねえよ。」イーネ
「なんだよー!びびらせんなよぉ!」アエツ
「イーネがそう言うんだから、何か明確な、他のジャンクとの差があるのかい?まぁ、同じのがいっぱいってのは見て分かるんだけど。」ユウト
「あぁ。コイツら。………………。」イーネ
[カリカリカリカリ]
ジャンクはジワジワと距離を詰めてくる。
「…………………………どーも人間くせぇんだよ。」
「………………んん?!」アエツ
「…………イーネ。それって……。」ユウト
[シィーーーーッ]
ジャンクが糸を吐いてきた。
――。
その糸をイーネが全員を空中に移動させることで回避する。
アエツとタカトは翼を広げて空中にとどまり、ユウトとイーネは糸の無い地面に落下していく。
バンッバンッバンッ
ユウトは落下しながら発砲し、1体のジャンクに3弾とも命中する。それは普通の弾丸ではない様子で、当たった弾丸はめり込むようしてジャンクの体に残っている。しかし、ジャンクに効いている様子はなかった。2人は華麗に地面に着地する。
「うーん。3弾ごときじゃダメか……。」ユウト
着地した所を狙うように3体のジャンクが一斉にユウトとイーネに襲いかかる。
――。
イーネは弾幕になるようにシッピーボムを周囲にばら撒いた。
ドカンッ
大きな爆発が土煙をあげて2人の姿を隠す。
「だーいじょーぶかぁー?!」アエツ
[シィーーーーッ]
空中にいるアエツとタカトには、他の2体のジャンクが糸をはく。
「うおっとぉ!これ、触ったらダメそうだよなぁ?!ワハハハ!そこだぁ!天使の剣!」
ジャンクの攻撃を避け、アエツの銃火器からジャンクに向かってビームが放たれる。
[カリカリカリカリ]
アエツの攻撃は素早いものだったが、ジャンクは竹林の中を横にスライドするように避けて姿を消した。
「えぇ!ちょっとちょっと!まじかぁ!その糸のうえ、そんなに早く動けんのぉ!先ゆっといてよぉ!」
「ぴぴー!」
タカトが翼を羽ばたかせると、羽根の形をした刃が飛ぶ。しかし、それもジャンクに躱わされる。
「タカトぉ!突っ込むなよ?!あの糸はやべぇ!俺の勘がそういっている!って見たら分かるか!アハハハ……」
――。
アエツの場所がイーネの隣りに移動した。そこには、今まさに3体のジャンクが飛びかかって来ている。
「ユウトは多分7時の方向。」イーネ
すぐにアエツの銃火器の形が変形し、小さな太鼓が複数個並ぶような形で周囲に浮かぶ。
「女神の逆鱗。」
並んだ太鼓のようなものが強烈な光を放つ。
ドカンッ
爆発音と煙が舞った。
太鼓の形をしていた白い物体は、次に一つに纏まったかと思うと、アエツの背中で大きな翼になり、その翼を羽ばたかせることで、土煙が一気に晴れた。
イーネ、アエツ、ユウトの姿が確認できる。ジャンクの姿は無い。
[シィーーーーッ]
また遠距離から糸がはかれる。
――。
イーネの能力で空中に逃げる。
[シィーーーーッ]
それを狙ってたかのように、空中に逃げたイーネ、ユウト、アエツに向かって追撃の糸がはかれた。
「そーゆー所が人間くせぇんだよ。」
――。
イーネの能力でまた3人の姿が消える。
バシュッ
糸をはいていたジャンク1体がタカトの翼で切り裂かれた。
[シィーーーーッ]
そのタカトに向かって、また別のジャンクが糸をはく。
――。
しかし、それもまた、イーネの能力でタカトが転移されたことで当たることは無かった。
いつの間にか広場の中央に全員が集まる。
[カリカリカリカリ]
4体のジャンクは一度、距離をとるかのように、竹林の中に姿を潜めた。
「イーネの能力つよすぎっしょぉ!まじ便利すぎぃ!ワハハハ!」アエツ
「いっとくけど、俺がお前らの姿を捉えていたら出来ることだからな。」イーネ
「合わせるこっちも大変だけどね。」ユウト
「ぴぃ……。ぴぴぃ……。」
「タカトさん!すごいです!一体撃破しましたね!」ユウト
「アハハハ!タカトは褒めて伸ばすタイプだったな!」アエツ
「ぴぴぃ!」
[カリカリカリカリ]
足元が暗くなった。見上げると、頭上から一体のジャンクが全員を踏みつけるように落ちてくる。
――。
アエツを残して他の4人はイーネの能力で姿を消す。アエツの白い翼は、今度は縦に長い大砲のような形に変形した。
「堕天の槍。」
キィィンッ ボンッ
落ちて来たジャンクの胴体を貫くように光の筋が見えたかと思うと、ジャンクは着地と共にバラバラに吹き飛んだ。
[シィーーーーッ]
攻撃を仕掛けていたアエツに向かって3方向から糸が飛んでくる。
――。
イーネの能力でアエツの姿が消える。
バンッバンッバンッ
ユウトが1体のジャンクに3弾命中させていた。
[カリ……カリ……カリ……]
竹林に張り巡らされた糸の上にいた1体のジャンクは、体を硬直させてひっくり返って落ちていく。
ドスンッ
よく見ると、そのジャンクには計6発、ユウトが放った銃弾が体にめり込んでいた。
「このサイズで最低6発いる……か……。」ユウト
ドスンッ ドスンッ
また全く別の場所でジャンクが倒れる音がする。
ユウトが振り返ると、イーネの前で2体のジャンクが、額から尾っぽにかけて真っ二つに割れて地面に沈んでいた。
戦闘音が消え、あたりは静寂に包まれる。イーネの元へ、散り散りになっていたメンバーが集まる。
「タカト1体、俺1体、ユウト1体、イーネ2体!くぅっそぉ!イーネの勝利ぃ!」アエツ
「ぴぃ……。」
「タカト、わかる!わかるぞ!でもな、こーゆー時、後輩をたてるのがいい先輩ってやつだよ!」アエツ
「ぴぴぴぴぴ!」
「…………。」ユウト
ユウトはイーネが撃破した2体のジャンクを見つめていた。
マリとニコの引率としてついた、あの日の任務を思い出しながら。
ユウトがイーネに言う。
「………………始祖幻種?だっけ?」
「…………なんのことだ。」イーネ
「あれ?それ、答えを言ってるようなものじゃない?」ユウト
「お前、性格悪いって言われるだろ。」イーネ
「君に言われたくないなぁ。」ユウト
「…………。」イーネ
「ユウトとイーネは仲がいいんだなぁ!ワハハハハ!」アエツ
「…………。」「…………。」
アエツの言葉は無視してイーネが話す。
「そもそも、あの時点で合図貰っても、こっちも分かるわって話しだろ。使えねぇ奴。」イーネ
「あぁ。気づいてたんだ。教えてあげないと不意打ちでもくらうんじゃないかと思って。」ユウト
「…………。」「………………。」
「んん?!なんの話しだぁ?!」アエツ
「アエツさん……。船で話してたじゃないですか。」ユウト
「お?聞いてたっちゃあ聞いてたけどな!聞けてなかったら聞けてなかった感じ?!あちゃー!ワハハ!!」アエツ
「…………。」「…………。」
アエツに対して、わざわざ船での会話を説明する者は誰もいなかった。
―ユウトとの船での会話には続きがあった。
「僕はこれでも元テンジョウ家の人間ですから、テンジョウ家に歓迎されているのかされて無いことくらいは分かります。」
そう言って、ユウトが左手を差し出すと、そこへタカトがちょこんと乗る。
「歓迎されている時はタカトさんを左手に、歓迎されていない時はタカトさんを右手に乗せます。これを合図にしましょう。」
ユウトのその説明にイーネが返す。
「襲われるとしたら、テンジョウ家の人間になんだろ?」
「おそらく。ですが、言ったとおり、テンジョウ家の人間は全員血清に適合している能力持ちです。多人数相手になったら結構、厳しいかと。」
「相手が人間なら問題ねぇよ。まぁ、それはお前次第でもあるけどな。」
「どういう意味ですか?」
「お前に聞いとくぞ…。」
イーネは少し話しの間を開け、ユウトの目を見て言う。
「その、テンジョウ家の人間ってのは殺していいのか?」イーネ
暫く沈黙の時間があった。ユウトはまだ返事をする気配がない。イーネは付け加える。
「殺していいなら一撃で全滅できる。」
すると、ユウトはゆっくりと口を開く。
「テンジョウ家の人間は、おそらく僕達を殺す気できます。自分達が殺されるくらいなら……致し方ないと思います……。」
「そーかよ。」
また、しばらくの沈黙の後、ユウトは言った。
「…………これは、僕の自分勝手な感情です。イーネ。君に言うつもりはなかった…なかったんだが…。」
「………。」
イーネはユウトの言葉を黙って聞いていた。ユウトは突然正座に座り直し、床に手をついて深々と頭を下げた。
「僕は……。できれば……。殺したくない……。」
「……。」
イーネは何も答えなかった。ー
ユウトとイーネがあたりを見渡す。
「…………で、これからどーすんだよ。」
そう言ったのはイーネだった。ユウトが答える。
「多分、この場所はモミジさんの能力下にある。下手に歩いても、ひたすらに迷うだけだね。」
「で、どうすんだよ。」
「君も意見の一つでも出したらどう?」
ユウトとイーネの間には目に見えないギスギスとした空気が流れていた。そんな事を微塵も感じていないアエツが言う。
「お!じゃあ上からみたらどうだ?!すげー上まで飛んで、周りをみたらいいんじゃないか?!」
「ああ。それはありかもしれませんね。」ユウト
「そーときまったら、タカトー!ジャンケンでどっちが上まで行くか決めようぜぇ!」
「ぴぴ!」
「じゃーんけーん!ぽい!」
アエツはグーをだしている。タカトは地面の上で器用に右足をあげていた。
「ユウト、これはなんだ?!」
「ぴぴ。」
「パーだって言ってますよ。」
「うわー!まけたー!」
「……。」
そんなやりとりを白けた目でイーネは見ていた。
「それじゃあ行くかぁ!」
アエツは白い翼を広げ、大きく羽ばたいて飛び立つ。
一瞬にして、アエツの姿は遥か上空。もうすぐそこで、竹林の上を抜ける。その時だった。
バサッ
何かがアエツの前に立ちはだかった。




