2-⑤ 恋煩い
[セリフが多くなってきたので、セリフ後に名前を記載している部分があります。]
キュピィイイキィイイイッ
鳥型のジャンクが発光し、ジャンクから伸びた光が、遠くの樹木に当たって強い光とドオンッという大きな音がする。その直後、樹木から火があがる。
「……あのジャンクが……雷をうった?……」マリ
「…………………………やばいだろ……それ……。」イーネ
「ヤバいね。」ナユタ
3人の見解は一致していたが、運が良かったのはジャンクはまだこちらに気づいていない様子だった。
ジャンクは雷撃の後、雷雲の中へと消えていく。
「……充電中?」 イーネ
「何それ。」マリ
「いや。あながち間違いじゃないかもしれないよ。」 ナユタ
「でも、イーネの力で一撃でしょ?次、姿が見えたときにスパッとでいいんじゃないの?」 マリ
「…………。」
イーネからの返事が無く不思議に思うと、何故かナユタが笑い出す。
「ぶふっ、ぶふふふふっ。僕はちゃんと、チームメイトには自分の能力の詳細を共有するべきだと思うね!やーい!カッコつけー!今喋ったらめっちゃだっせー!」
「……………………(怒)。」
とりあえず、イーネがナユタの煽りに対してイライラしているのだけは分かる。マリが言う。
「まぁ……。とりあえず、スパッととはいかないのね。どーする?あのジャンクの力がさっきのだけかも分からないし、ここからあのジャンクが大暴れするようならデーヤンさんも危険になる。私達で倒せるのが1番よね……。」
「………………俺の力は……。」
イーネが口を開いた。
「"空間と空間の設置"だ。ただし、対象となる空間の"詳細な情報"が必要になる。」
「……ん?ちょ。ちょっとまって。ゆっくりお願い。」
マリが理解できず言うと、「はぁーーー。」と深い溜息を吐いてイーネが続ける。
「あの大男の腕に力を使ったときも、正確には"切断"した訳じゃねぇ。肩の部分の空間を"少しずらして設置しなおした"ってゆー表現の方が正しい。マリを連れて瞬間移動したのも、俺らの居た"空間"を別の場所に設置したんだ。」
「は、はぁ……。何と無く、言わんとしてることは分かったわ……。」
「ただし、対象の空間の正確な情報が満たってなかった場合、力は発動しない。情報自体は必要量以上満たれば何でもいいんだけど……。例えば、人間の四肢を分断したいなら、人間の基本的な生態構造、そいつ自身の手足の長さとか。場所を丸ごと転移させたいなら、転移の対象とする人間の情報、身長、体重、スリーサイズとか……あと、転移先の情報……まぁ、それは基本的に何にも無い空間を指定するからいいんだけど、逆に、何か物がある空間、俺が把握できていない空間、あと……雨の中とかは、雨粒全部を把握できる訳じゃねぇから転移はできない。」
「う、うん……。何となく分かった気が……する……。って私のスリーサイズとか知ってるの?!」
「知らねーよ。目算だよ。ピー㎝、ピー㎝、ピー㎝だろ。」
「ちょちょちょ!ちょっとやめてよ!!」
マリのスリーサイズの話しの時、ナユタはとっさに聞こえていないフリをしている。イーネが続ける。
「基本は目算で何とかなる。人間相手ならな……。ジャンクについては、そもそもの生態情報が少ねぇ。しかも、今は飛んでる相手に、こんな距離から目算もクソもねぇ。雨の中だから近づけもしねぇ……。」
「つまり………………あんた………………今、何も出来ない訳?……。」
「………………。」
イーネの沈黙はマリの言葉が正しいという裏付けとなる。ナユタが吹き出して笑いだす。
「ぶふふふふ!『ザコ理論押し付けんじゃねー!俺1人で充分だー!』って来る時に言って、言って!ぐふふふふっ!。」
「………………殺すぞ……。」
ピィィイイイイッ
ジャンクの鳴き声がこだまし、雷雲からジャンクが姿をあらわす。その姿は先程よりもずっと近い場所にあった。
「…………………………!!!!!」
全員が一瞬のうちに危険を察知したが、真っ先に動いていたのはイーネだった。
キュピィイイキィイイイッ
ジャンクから放たれる電撃。それは3人に向けて放たれていた。
「………………………………っぶねぇ!!!」
イーネが叫ぶ様に言う。気づくと3人の姿は、大男と戦った家の2階部分。室内にあった。
力を使った当人であるイーネだけが、誰よりも現状把握しており、瞬間移動とほぼ同時に部屋の窓に走り寄っている。
「……これ……!!慣れないと、急にやられると混乱するね……!」 ナユタ
「え。ちょ。あんたさっき、見えてる所しか転移できないみたいな事言ってなかった?」 マリ
「頭弱ぇーな。俺が"把握できてない空間'は無理なんだよ。ここはさっき"見てる"し空間の内容が変わる原因とか無いからいけんだよ。」 イーネ
「ほんと、君の頭の中って、常に物の配置や概算の大きさ、重さ、距離や構造、それら全部記憶して、並行して違う事考えて、本当に"ごっちゃごちゃ"だもんね。」 ナユタ
すると、窓からジャンクの様子を伺っていたイーネが、壁から距離をとって叫ぶ。
「部屋の中央に居ろ!動くな!」
キュピィイイキィイイイッ
ドゴォォオオオンンンンンッ バキバキバキバキッ
凄まじい爆音がした。その直後に部屋の電気が消え、暗闇に包まれる。
ほんの少しの時間が経って、イーネは再度、窓からジャンクの様子を確認している。
「………………また雲の中に消えやがった。」イーネ
「雷撃の規模によって数発。"雷撃"と"雷雲での充電"を繰り返すみたいだね。この建物も、今の一撃は大丈夫だったけど、何発も耐えられる訳じゃ無い。」ナユタ
「直撃だと、一撃もらっただけで死ぬんじゃ……。あんなのどーするの……。」 マリ
少しの沈黙が流れた後、口を開いたのはナユタだった。
「ごめん。2人とも。時間が無いから言わせて欲しい。2人の"中"を見てしまっている僕だから分かるんだ……。本当に……本当に……ごめん…………。でも、2人の力を合わせれば、この状況を脱却できると思う。」
「ナユタさん……。」 マリ
「お前が変態やろーってのは、はなから分かってんだよ。謝ってねぇで言えよ。」 イーネ
「…………イーネ…本当に君って奴は…。じゃあ言うよ……。イーネ。君は"自分の能力が底上げされれば、能力の形質が変化する可能性に気づいている"。そしてマリさん。あなたは"他者の能力を底上げする方法"を持っている。」
ナユタの言葉は、マリには上手く理解できなかったが、イーネは完全に理解した様子だった。イーネがマリに向かって言う。
「マリお前。血液持ってねーだろ?何を持ってる?」
「え?え?何。ちょっと私、ついていけて無いんだけど……。え……。ま、まさか。これのこと?……」
すると、マリは腰のポケットから透明の筒を取り出す。マリの手の中に収まるサイズ。中には黒い毛束が入っている。
「何だよ。それ。」
「これ…………ニコの髪の毛……。」
イーネが若干引いているのが分かる。マリが慌てて弁解する。
「好きで持ってる訳じゃ無いわよ……?!私が適合したジャンク、雑食だったらしいの……。色んな動物を丸ごと食べてたって。それで……。」
「それで?」イーネ
「血液って、24時間常に持ち運ぶ事って難しいみたいなの。どうしても他で管理して貰って受け渡しが必要になる……。でも、そうすると咄嗟の事態に対応できないから、これは試験中……。血液以外の物を摂取して他者の能力が使えるかっていう……。私としては血液飲んでる自分にさえ嫌悪してるのに、他人の体毛とか……。出来れば食べたく無いんだけど……。」
すると、マリが持っていた筒をイーネが取り上げ、蓋を開けて中の毛束を出す。
「食え。」
「え?!ちょ!まっ……。」
キュピィイイキィイイイ
ドゴォォオオオンンンンンッ バキバキバキバキッ
二撃目の雷撃が建物に当たったようだった。まだなんとか建物は原型を保てている。
「……!やっばいな……!」
イーネが力を使って、自分含めた3人を建物の1階部分に移動させる。
「さっさと食えよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!まだ心の準備が……。って、ニコの力でアンタを強化して、何とかなるの?!」
「…………なる。おそらくな。俺の力は空間の設置だが、多分、もっとこの力を使えれば、空間を移動させる事ができる。"空間をスライドさせる"って言った方がイメージがつきやすいか。」
「いや、言い換えられても意味わかんな……。」
キュピィイイキィイイイッ
ドゴォォオオオンンンンンッ バキバキバキバキッ
三撃目が建物に当たり、ミシミシと建物が揺れ始める。
「……!走れ!!!!」
イーネの声で三人は家の正面から外へ駆け出した。
3人が外に出て暫くして、建物は斜めになって倒壊し、屋根からは火が上がってる。
ジャンクの方を見ると、再び雷雲の中に消えていく姿が見えた。
「時間ねーんだよ!お前もまだ、これで能力が使えるか分かんなねーんだろ?!これが不発だったら、さっさと次を考えねぇと詰む!」
「……………………!!!わ、分かった!けど、アンタも頼んだからね!!……。」
イーネが差し出していた毛束を乱暴に掴み、口に入れる。咀嚼する。マリが思っていたよりも、何故か不思議と美味しく食べられたと思う。
-ニコの能力。それは、"歌を聞いたもの全てへ能力の強制付与"。それは、能力の強化、弱体化、治癒、精神攻撃など、歌のイメージによって多岐に渡る-
(……………………"ウタワセテ"……………………。)
(……………………誰?………………)
「マリさん?!大丈夫ですか?!」
マリは暫くの間ぼーっとしていたらしい。ナユタの声でハッとする。
「え、あ。うん……。だ、大丈夫です。力も……。使える……。」
「じゃ、行くぞ。」
すると、イーネがマリを荷物のように右肩に軽々と担ぎ上げた。
「え?!」
「お前の歌聞こえないとダメだろ。あと、とにかくアイツに近づかねーと話しにならねぇ。」
「そ、そのだ、だだだだだだ抱っこの仕方はどーなんだ!イーネ!」
ナユタの言葉にイーネは無視を決め込んだみたいだった。いや、もしかしたら心の中では反論しているのかもしれない。イーネが言う。
「歌えよ。」
「え?私?」
「当たり前だろ。」
「………………う、歌とか歌えないんだけど……。」
「何でもいーだろ。早くしろよ。」
「いや、ちょちょちょ……。まじで歌えないって……!」
ピィィイイイイッ
ジャンクの鳴き声がする。
「あーあ。全員死んだな。」イーネ
「わ、わ、わ、わ、分かったわよ!歌う!」
羞恥心で死にそうになりながら呼吸を整える。
「……………………………………あ、あるぅ日。森の中。熊さんに……。であぁた。」
「…………………………。」
3人の間に若干の冷たい空気が流れた気がした。
「さ、最近の曲とか若者の曲とか、そーゆーの!知らないの!」
「何でもいいから歌っとけ!」
ピィィイイイイッ
ジャンクが雷雲から姿をあわらす。
「あ、あるぅ日!あるぅ日!森の中!森の中!熊さんに!熊さんに!でぁあた!でぁあた!!!」
――。
マリとイーネの姿は地上の遥か上空にあった。
「…………いける!!!」
「花咲く森の道ぃ!熊さんにでぁああたぁぁぁぁ?!!きゃっあ!………………。」
その高さに驚いてマリが思わず叫ぶ。
キュピィイイキィイイイッ
ピシッ
「ちょ!お前!ばか……………………っ!!」
マリが歌をやめた事で2人は真っ逆さまに地面に落下していく。しかし、タイミングが良かったのか、マリとイーネに放たれた雷撃は2人が急激に落下したことによって当たらない。
「歌っとけ!!!!!」
「くくくくくくく、くまさんの!くまさんの!いうこっとっにゃ!!いうこっとにゃ!お嬢さん!!お嬢さん!おにげぇぇぇぇなさぃいいい!」
――。
次の瞬間、2人の姿はジャンクに近い所にあった。
(全長5,8--mm。完全にキジ科だな。金属光沢のある羽毛、全身のベースは金糸雀色。頭頂に扇状の冠羽。(何処から雷撃を撃ってる?目視で見れる外骨格に特質する部分は無い。(孔雀の様な目玉模様の上尾筒。目の下から背面、初列風切のあたりは黒。(視線。こっちを探知する能力が高い。追撃……!)))
キュピィイイキィイイイッ
ピシッ
瞬時に2人の位置がジャンクの背後に移動する。ジャンクの放った雷撃が外れる。
ピィィイイイイッ
すると、ジャンクは向きを変え、また雲の中へ戻ろうとする。
「させるかよ。」
――。
2人の位置はジャンクの至近距離に移動する。イーネがジャンクを力いっぱいに蹴り飛ばし、ジャンクは大きくよろめいた。
「お。打撃弱いな。まぁ遠距離での強力な攻撃型。物理攻撃に体勢ないよな。」
「お嬢さん!お嬢さん!おまちなさい!おまちなさい!ちょぉおと!ちょぉおと!……」
ジャンクは2人と距離をとり、再び雷雲の中へと上昇しだす。
「じゃあ、これはどうだよ。」
――ピシッ。
イーネが何をしたのかはイーネにしか分からなかった。だが、上を目指して飛んでいたジャンクは突然、何があったのか。変に体をよじってよろめいている。それはまるで、何かを避けたようだった。ジャンクはすぐに体勢を立て直し、今度こそ雷雲の中へ消えていった。
「見えねーくせに避けやがった。察知能力は極端に高いな。」
「あらくぅまさん!あらくぅまさん!ありがとっお!ありがとっお!おれいに!おれいに!」
さすがに雷雲の中まで追うのは危険だと判断し、強制的に足止めをくらう。イーネは険しい表情で雲を見つめ、暫くしてから呟くように言う。
「………こっちは、いつまでマリが能力使えるか分かんないんだよ………。悪いけど、超荒技な。」
イーネの体が完全に雷雲の方に向く。
「………………青海波。」
雷雲が一瞬波打ったように見え、まるで一段階沈んだように見えた。空にある雲に対して沈んだと言う表現は正しくないのかもしれない。けれども、雷雲がさらに上空へ押し返されたような。そんな動きをした。
暫くすると、雷雲の中からボロボロの姿になったジャンクが真っ逆様になって落ちてくる。それは一直線に地面へ向かっていた。
「あぁ!……イーネ!お願い!拾ってあげて!」
「ばっ……!お前!歌やめたら!!……」
マリが歌を中断したことで、マリとイーネも地面に向かって落ちていく。
「分かったから!!歌っとけっての!!」
「どどどど、どんぐりコロコロ!どぐりこぉぉおお!!」
――。
場所はナユタの隣に移動していた。ジャンクもナユタの近くの地面に力無く横たわっている。
「お、おかえり!よく頑張っ…………。」
ドサッ
ナユタが声をかけたとほぼ同時、マリを肩から下ろしきれないまま、イーネが背後から地面にたおれた。イーネが倒れると一緒に、マリもイーネに覆い被さる様に倒れる。2人とも気を失っている様だった。
「……マリさんは力を使いこなせて無い。マリさんの力。言っちゃ悪いけど、付け焼き刃の能力で無理やり能力を底上げした反動がイーネにも出ちゃった……か……。でも2人とも。よく頑張ったよ……。本当に……。本当に……。ありがとう……。」
ナユタは2人に微笑みかける。決して体力自慢じゃない自分が、2人の介抱とジャンクの処理をする事に途方にくれながら、反面、やるしかないと自分に気合いを入れた。
いつしか雨は止んで、太陽の光が差してくる。
(…………。あ。大丈夫そうだ。)
ナユタの能力の範囲の端で、事務員や他の核師の思考が流れ込んできた。




