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魔獣使いはキミのこと  作者: 横山優
第2章 リスクを計算すべからず
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第9話 消えた至宝のありか

「見えない!」ケートは両手で顔を押さえ地面にひざをついて(あえ)ぐ。

 首を振って見えるものを探すが、彼が視力を失ったことは確実だった。

「なぜボクはこんな目に!? 何も出来ない」

 自分の行動を振り返る。けれど闇雲に心の中を彷徨(さまよ)っても、より深く迷路に()()()()()()だけであった。

 答えは自分の中に? しかし何も見つからない。<至宝>どころじゃない。最悪だ!




「これからどうすれば? 帰れるのだろうか……目はどうなる?」

 あの時にペリネで<黄金客船>に乗らなければ、こんな目に()わないですんだはず! でも待てよ。航海士のマオさんは、ボクにふさわしい世界へ連れて行くと言っていたのでは……?

 汚れた両手で顔をこするが、視力は一向に戻る気配がなかった。

 さらに悪いことに「彼ら」がやって来たようだ。




「居たぞ! あいつ、どうやって戻って来たんだろう!?」

 戦士リュゼーと仲間の魔法使いが若者を見つけて、その肩をつかむ。

「おい! ワクチンと至宝を渡せ」

「持っていないよ……」

 憔悴(しょうすい)し切ったケートは、そう応えるのが精一杯だった。彼は自分がどんな表情をしているのかさえ、わかっていない。

「こいつ、視力を失っているぞ」




「持っていないならば始末するまでだな」

 剣を抜きはらう音とともに、呪文の詠唱も始まった。

「いや、こんな奴、剣の一突きで十分」

 自分のことを知っている者が居ない世界でこんな目に遭い、ついに人生も終わろうとしている。(うら)む気持ちが込み上げて来るケート。




「おやめなさい」年老いた男性の声が割って入る。

「何だてめえ!?」(すご)みを利かせる戦士リュゼー! だがその声も、次第に(あせ)りを帯び始める。

 どうなっているんだろう。剣が地面に落ちる金属音がして、次にリュゼーが苦しむ声を聴いた。「う、動けない! なぜだ!」

 魔法使いの詠唱も途切れたようだった。

「身体が……動かない……!」

 ケートは、じっと身をこわばらせたままで耳を澄ませている。




「待ってくれ。もう何もしないから!」

 やっとのことで声を(しぼ)り出すリュゼー。去って行く二人の走る足音。ほどなくして周囲は静かになった。

「お若い方」年老いた、落ち着いた感じの男の声だ。

「あなたはワクチンを使いましたね。ジプシーの男性に?」

 言葉さえも失ったように、ケートは黙して(うなず)いた。

「ワクチンは私たちが作りました。生前、私は<癒し手>だったのです」




 若者には男性の姿が見えていない。しかし彼と話していると、腹の底から出て来るその聡明な声の響きに安心する。

「ワクチンを使いました。でもボクは……」

 言いよどむケート。年老いた声の主は、良く響く低い声で言う。

「お若い方。あなたは決して間違ってなどいなかった。驚かないで。これから私があなたの目を癒そう」

 ケートの見えない両目からは、自然と涙が溢れ出て来ていた。


            *     *     *


 涙はとめどなく流れ落ち、若者の頬で固まった。

 彼の目でもおかしなことが起きている。異常なほどの「目ヤニ」が両目に現れたのだ。多量の涙が変化したものか? 

「目が開かなくなった!」目ヤニの塊で閉ざされたケートの両目。

 彼は焦って目ヤニを()き落とす。何とも頑固に目を(ふさ)いでいる。汚れた手でだいぶ目をこすった。目ヤニの残りをまだ頬に残したまま、彼はその目を力いっぱい開く。

「視力が……戻った。目が見える!」

 汚れていたはずの手も、いつの間にか洗ったように清められていた。




 水色の衣と帽子を着けたおじいさんをケートは見る。

「生きている人間じゃない……! あなたは霊ですか?」

 おじいさんの亡霊は微笑んで言う。「目が治って良かったな」

「ありがとう。助かりました」

 <癒し手の亡霊>を、不思議と恐ろしく感じないケート。

「もうお帰り」と亡霊。「これ以上、何を探すというのです。ワクチンの作り方はこの紙に。これで神官を納得させなさい」




「ボクは至宝を探しています。帰れません!」

「おお、それは<威厳 ディグニティ>のことかな」

 亡霊の姿が薄れて行く。その話によると、至宝のランスは「オウビ」という名の名工がこの町で復元した。そして彼は感染症ではなく老衰(ろうすい)で亡くなったそうである。

「あれは普通のランスではない。魔槍とも至宝とも呼ばれる品だった」




「ならばこの町にオウビは居たのですか」若者は真剣だ。

「それを手に入れてどうするね」

「ボクはトレジャーハンターなので、市場へ届けます」ケートは本気でそう言っている。

「そんな野心はお捨てなさい、お若い方。魔性に通じるといけない」

 亡霊はケートの頬から目ヤニの残りを拭い去りつつ言い聞かせる。

「それに今はどこにあるのか誰も知らない。諦めることです」




「諦めません。必ず手に入れて持ち帰ります!」

 ケートの並々ならぬ決意にも関わらず、亡霊は首を振って否定した。

「この世には、目に見えるものと見えないものがあります。お若い方よ、見えないものを見ようとしないことだ」

 謎めいた言葉に怪訝(けげん)そうな表情のケート。

「どういう意味でしょう? ボクはまだ、そういうことわからないんです。教えてください」

 癒し手の亡霊は「ただ……」と言った。「ただ?」




「<至宝>とも言われるからには、それは素晴らしい<本物>に違いない」

「本物……! そういうのを、ひと目、見てみたいのです!」

 亡霊は身を引いた。背筋を伸ばし、真っ直ぐな姿勢で若者を見つめる。

「お若い方、あなたはそれを手に入れようとしているのでしょう。野心を感じる」

 そしてケートの心を貫く言葉を発した。




「何のために?」

 それは考えてもみなかった! 若者は亡霊の言霊(ことだま)をなぞる。

「何のために……?」

 自分が自分であるためだろうか。それとも別のなにかか?

「何のために」気が遠くなる。彼の意識と亡霊の姿が薄れて行く……。


            *     *     *


 ……気が付くと、ケートは見知らぬ場所で一人たたずんでいた。そこはターゲンのどこかではあるようす。おじいさんの亡霊はもう居ない。

 路上には、行き倒れた感染者の死体が幾つも残っていて、腐敗が進んだ死臭にむせる。ケートはマスクを付け直した。

「ここは? どうしてボクはこんなところに」

 用心しながら大通りを歩いて行く。霧が出ていて日光が遮られている。今は何時ぐらいだろう。




 <至宝>と(うた)われるからには、さぞかし名品なのだろう。名槍<威厳 ディグニティ>……手に入れたいものだ。

「魔槍? ボクの野心? そうかな」

 これはトレジャーハンターとして最初の仕事だ。それがこんな形での宝探しになろうとは。血が騒ぐ。これこそ自分にふさわしい仕事だ!




 どこか懐かしい感じのするゴーストタウンを、たった一人で探索するケート。ひと昔もふた昔も前につくられた街並み。歩いて行くと金属の匂いが漂って来た。

 「町工場(まちこうば)」が何軒もある。武器を扱っていたところもあるだろうか。

 その昔、バルバニアの都市でこうした工場(こうば)を見たことがあった。どうやら「破壊と創造の鬼神」混沌のアガロクスの職人町らしい。




 街角から鋭い目が若者を狙う。人ではない。魔物らしい。反射的に腰から鞭を外し、右手のスナップで展開する。

 ケートは威嚇のために複数の技で空中を切り結んだ。久しぶりに聞く、鞭が空気を裂いてうなりを上げる音!

 それだけで魔物の気配は消えていた。




「見えないものを見ようとしないことだ」

 おじいさんの亡霊は言っていた。見えないもの? 何のことだろう。

 <至宝>は見つかるだろうか。初仕事は上手く行くのか?

 <航海士 ナビゲーター>のマオさんの言葉が思い出される。

「ボクにふさわしい世界だと……今は信じよう」




 ビルさんは多分、ケートに嘘を教えたのではなくて、彼の気を引くために敢えて<魔獣使いの鞭>だなんて言ったのではないか。

「ボクに勇気を与えるために。あの男の人は、ボクがいつか本当のことを知ると見越して、先を読んでくれていたと思う」




 濃厚な金属とサビの匂いが鼻孔(びこう)を突く。職人町の中央へ辿り着いた。二十件以上の工場がひしめいていて、中には武具を扱う工場もありそうだった。ケートは特に大きく古い建物を見つける。

 恐らくは親方が何人もの人を雇って仕事をしていたと考えられる、武具を扱う工場のようだ。表に回って表札を見る。

 「オウビ」とあった! 

「やった……見つけたぞ。名工の工場だ。でも勝手に入っていいのかな?」

 (ほこり)を被った武器やヨロイがたくさん並べられているのを見て回る。 




 好奇心が勝って、オウビの作業場へも入って行った。やはり<至宝>もここにあるだろうか? 胸が高鳴る。誰も居ない。若者は一礼した。「失礼します……!」

 家屋部分から先に調べてみよう。(きし)む扉を開けて建物内へ進む。机の置かれた部屋へ入る。ここは設計をしていたところらしい。

 ベッドが置かれている。仰向けに人が横たわっていた。半ばミイラ化した男性の遺体……この人がオウビだろうか……!?


            *     *     *


 遺体の枕元の机の上に、作品についての記録が残されている。

「これは、名工オウビが記したものだ」

 名槍<ディグニティ>とは何かという文章も見つけられた。

 それによると、このランスは大昔に「第三世界」で神々の御前試合のために鍛えられたものだという話だ。オウビは自分の技術を証明する目的で、失われた<至宝>を復元したと記録されている。

「するとこの部屋は彼の……遺体はやはりオウビのようだな」




 しかし見たところ、<ディグニティ>どころか武器は一つも置かれていない。それではと建物の別の個所も探索し始めたケート。

 武具はそれなりに置かれていた。お弟子さんの作品もあった。

「だけど肝心の<ディグニティ>は、どこにもない……」

 さんざん探し回って、探索を諦めざるを得なくなった若者。先ほどの部屋へ戻って来る。




 遺体は()ちておらず、半ばミイラ化していて神聖な印象だ。まるで名のある彫刻家の手による造形物ででもあるかのように。ケートは、それが凄い「圧迫感」を漂わせているのに気付く。

「死してなお、何ごとかを伝えんとするとは……恐れ入りました。さようなら名工オウビ。色々と勉強させて頂きました。ありがとう」




 部屋を去ろうとするケート。その時、ふと<癒し手の亡霊>が言っていたことを思い出す。

「見えないものを見ようとはしないことだ」

 そう言われた。何か心に引っ掛かる。

 何かが……わかりかけて来た……! 彼はある「気付き」を得る。




 「ディグニティ」とは「威厳」のこと。オウビの遺体から発せられている圧迫感は「見えない威厳」だったのか。

「<征魔の鞭>が、ボクの中の野心を征してくれたのかも知れない。それで気付いた」

 見えない威厳。それを「見ようとしない」ということだろうか。見ようとしないで、どうすればいい?




「何のために……」

 亡霊はケートに問い掛けた。「何のために」と。

 そうか、これは<テスト>だ! 正解はわからない。答えられない。

「それでも至宝を手に入れたい。これは野心なんかじゃない……これはボクの<信念>なんです!」

 オウビの遺体の直ぐそばでケートは語り掛ける。

「何のため? それは至宝のため。名槍<ディグニティ>を世に送り出すため! これがボクの信念だから」それが彼の「答え」だったろうか。




 すると遺体の上を灰色の疾風(しっぷう)が吹き抜けた。部屋の中なのに! 思わず顔を(そむ)けたケート。目を開けて再び()()()()オウビに向き合う。

 遺体は遺体でなくなっていた。ただそこには「威厳」だけが横たわっていた。若者は右手を伸ばし「威厳」をがっしりとつかむ。ベッドの上にあるのは、もはや亡くなったオウビの身体ではなく、見事な一振りのランス。




「とてつもない出来のランスだ! するとこれが……!?」

 角度を変えてランスの仕上がりを確認する。文字が刻印されているのがわかる。こうあった。

「戦いの終わりは勝ち負けにあらず、礼にあり。ターゲンの職人町にて<威厳 ディグニティ>を復元す。オウビ」

 若者はついに<至宝>を手に入れたのだ……!


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