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魔獣使いはキミのこと  作者: 横山優
第2章 リスクを計算すべからず
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第7話 優しさを捨てて進め

 サルタニア湾海上を行く<黄金客船>。ケートに与えれられた船室の窓から外が見える。港やその外にも人が大勢集まって、客船の出航を見送っている。声は聞こえない。丸い窓に透明な板がはめられているからだった。若者はそれを初めて見た。材質はガラスだろうか? 

 船の帆が風を受けているらしかったが、推進力は別のところから得ているようにも感じられる。波を切って水しぶきを上げる船。浮いた!




 <エターナル・メトロポリス>は離水して空中へ浮き上がる。船はグングン高く昇り、鳥の群れよりも白い雲よりも高く上がって行く。もはやペリネの港は遥か遠くに離れてしまった。

「無事に帰って来てくれ!」

 港では「男」たちがいつまでも見送っていた。




 丸窓から外を見ていると、突然外が暗くなって驚いたケート。怖くて、彼は船室から廊下へ出ると人を探した。近くに居た男性の船員がケートを見つけ部屋へ戻そうとする。

「世界の外へ来たのです。アーマフィールドの世界を出て、<秩序の海>へ入りました。船室で待機していてください」




 船旅自体、初めてのことだ。目的地へは「同時に着く」だって!? どういうことだろう。情報が少なくて落ち着かない。それで彼は乗船チケットをもう一度見て確認する。

 チケットは3×10cmほどの長細いもので、淡い黄色をしている。材質はわからない。少し硬い手触りだ。出航の日付と船の名前が、グレーの文字で印刷されている。不思議なことに、以前にはなかった丸い小さな穴が開いていた。チケットを使ったということらしい。




「部屋は少し窮屈(きゅうくつ)だけど……居心地はいいな」

 ケートに与えられた船室は2.5m四方の四角いもので、ベッドとテーブルと椅子が備え付けられている。ランプの明かりで室内は薄暗く照らされていた。

 テーブルの上にはグラスが一つあり、ワインらしき液体が半分入っている。窓の外で無数の星のような光が輝いていて、ケートはそれをじっと眺めた。そしてついついビルさんのことを思い出してしまうのだった。




 旅立つ前、ベルブレインの宿で「男」はケートに全身のキズを見せた。若者の目にはその時、キズの一つひとつが輝いて見えたのだ!

 「男」は言った。「その内にキミにもわかる」と。

 自分を指導してくれている男性は、キズだらけの身体を若者にだけ見せた。その輝きは「十字の形」の光を放っているのだった。




 部屋の壁に掛けた<鞭>を見る。これも輝いて見えた。十字のような光を放っている!

 ケートは聞いたことがあった。この世には大切な意味を持つ「文字」や「形」が存在すると。これがそうだろうか……? 若いケートは直感した。

「この鞭は手で持つものじゃない。背負うものだ!」




「誰だってそうなんだよ。何かしら背負っているのさ。このオレのキズの意味も、いずれキミにわかる時が来る」

 「男」のキズが薄れて行く……そして消えた?

「キミも何かを背負って生きて行く、これからも。全く何も背負わずに生き抜く者は、この世には居ない……」


            *     *     *


 丸窓の外をじっと見るケート。ほとんど暗闇だが、時折、何かが光ったり黒くなったりして<秩序の海>を飛んでいる。何だろう?

 それに派手な赤や青や黄色といった原色で出来た帯が、外の空間のあちこちに見える。毒々しい感じもした。その内、部屋の外で足音がして三、四名の船員がケートへ報告に来てくれた。

「じきにグレーナバイドの世界に着きます」とマオさん。

「どんな世界ですか?」

「ケートさんにふさわしい、ご自分の力を試せる世界のはずです」




 副船長らしき、船の入出港の手続きをする男性が問い掛ける。

「トレジャーハンターが乗客とは珍しい。良かったらあなたについて聞かせてください」

 <自分を語る資格 ライセンス>を得たはずのケート。しかし彼はあまり自分のことを語りたがらなかった。というのも彼は昔、クリュードではない弓術の先生から、他人から問われた時以外、やたらと自分について語るのは「野暮 やぼ」だと教わったからだ。

 必要以上には自分を語るな……昔の人はそういうのを「粋 いき」と言ったそうだ。男性へ、自分のいきさつを少し語った若者。




「もうすぐ目的地へ到着します。部屋で待っていてくださいね」

 マオさんたちは<秩序の海>から一つの「世界」へ入る準備をするために戻って行った。ほどなくして、<黄金客船>が暗い空間に浮かび上がる光の一つへ接近するのを窓から見たケート。

 まぶしい! 急に光の世界へ突入したらしかった。丸窓から雲海が見える。船は高度を下げて行く。雲を突っ切って昼間の海の上へ。見る見る内に船は滑るように海上へ着水する。

 どうやら入港の準備に入ったみたいだ。部屋の外が騒がしくなる。

「船を係留(けいりゅう)して市長にあいさつを」と聞こえた。




 マオさんが若者を迎えに来てくれた。

「アリア王国へ来ました。三日間滞在します。船を降りましょう」

 港への接舷(せつげん)が完了したと聞こえて来る。若者は質問した。

「目的地に同時に着くって、どういうことか説明してくれますか」

「<全世界>では「時空」は均一ではないのです。その(ゆが)みを計算して船を航行させるのが、私たち<航海士 ナビゲーター>の仕事なの」

「ふーん、時空って歪むんですね」




 渡し板で<黄金客船>から港へ上陸したケート。そこはターゲンという名の都市だと聞かされた。でも<輝染め>がされておらず、人の気配もまばらだ。金色の船を出迎える者も居ない。

 まるで「ゴーストタウン」だ。かつての繁栄の面影は残されている。だが今は半壊した家々が目立つ。それどころか、家の玄関先や道路に人が倒れており、ぴくりともしない。

「これは……死んでる! 全身の肉がただれて……病気か!?」




 港町を歩くと人が集まっている場所に出た。台の上に立って説明を始めようとしている人物たちは神官らしい。その周囲に武装した者が、見ただけで五、六名居て、ケートもそれに加わった。

 彼は腰の剣と<魔獣使いの鞭>を手で探って確認する。神官が一度、大きく咳払いして何やら「集会」が始まった。


            *     *     *


 銀灰色の台の上に五名の男性が上がっている。彼らは幾つもの異なる紫色をした法衣を重ね着している、「正義を司る」秩序のランディウス神の神官であった。全員が着用している白いマスクを、ケートは不思議に感じた。

 周囲には武装した男女が七名、神官の説明が始まるのを待っている。ハンカチで口元を押さえている者も居る。その内の一人こそ、トレジャーハンター・ケートであった。これが彼の初仕事になるのだろうか。




 港町には(きり)がかかっていて、何となく悪臭も漂っている。それは多分、「死の匂い」だったろう。

「神よ、ここに集まった者たちに集会の理由を説明することを許可してください」

 ケートは胸の高鳴りを抑えて、平然と台の上の神官たちを見つめている。

「あんたも宝探しに来た口かい?」

 隣に居る、剣士風の男が小声で話しかけて来た。




 その男は一人で参加しているらしく、腰に剣を装備していて、ケートよりも幾分年配(ねんぱい)に思える。気になるのは、先ほどから彼がそわそわしているその態度だ。「剣士風の男」は神官の話など最初から相手にしていないようすで、珍しい鞭を腰にしているケートに興味を持っているのは明らかである。

「シッ、静かに。……知っているんだろう? この町の宝を」

 しかし若者に心当たりは全くなかった。




 神官は台の上で帳面を確かめながら語り始める。

「ここターゲンの町で発生した「突然の大量死」は、未知の病原体による感染症が原因であると考えられる……!」

 リスクを考えて、ケートたちは少々ざわ付いた。

「かつては勢いのあったこの町も、ほとんどの住人は死んでしまった。しかし全員ではない。()()()()を探してほしい。死を(まぬが)れたその者はわずか一名だという」




「おいおい、やってられねえぜ!」

「死の感染症……リスクが高すぎる」

「こっちの心配はしてくれないのか? 冗談じゃねえっ!」

 七名居た参加者は不満を口にして去って行く。次々と。残ったのはケートと、先ほど彼に話し掛けて来た男だけだ。気にした風もなく神官は話を続けた。

「生き残りは未知の病の<ワクチン>を持っているという情報が入っている。これを持ち帰った者に賞金を出そう」




「ランディウスの神官よ。どんな病気なんですか?」とケート。

「空気感染し、肉体が腐って激痛の内に絶命する、恐ろしい未知の病原体によるものだ。凶悪な病気だがマスクは効果あるらしいのだ」

 どうする……心に迷いが生じる若者。これがマオさんの言っていた「トレジャーハンターにふさわしい仕事」なのだろうか。

「まいったな。こんなことはやめて帰ろうか……」




「おい、聞いているのか? 「そっち」じゃないだろう!」

 先ほどの男がささやきかける。

「残ったのは俺とあんただけだ。行こうぜ、宝探しに!」

 彼の言っていることは本当? 神官からの提案と、隣の男が言う「宝探し」の話……どちらが「それ」なのだろうか。


            *     *     *


「残ったのは、お前たち二人だけか。頼んだぞ。ランディウス神よ! 彼らを助けたまえ!」神官は天へ向けて両手を広げ祈った。

 ケートと剣士風の男は、神官に白いマスクを配られながら、ここグレーナバイドの情勢を教わる。

「なお、この世界でも<逆転現象>が起きていて、まともな生き方は邪魔になるだけだ。特に優しさはアダになるであろう」




「違うだろ?」鋭くささやく剣士風の男。マスクを付ける二人。

「宝探しに来たんだろ、あんたも? 俺は剣士イッツア。仲良くしようぜ」彼は握手を求めて来る。

「ケートだ。よろしく」若者は素性を知らない剣士の手を拒んだ。

 剣士イッツアは手ぶりを交えて、構わず話しかけて来る。

「この世界じゃあ優しさは命取りになる。それぐらい知ってるだろ?」

「さっき聞いたよ。でもどうして?」

「世の中、アベコベだからだよ! マトモな奴は生きづらい。他人を蹴落(けお)として早い者勝ちが、この世界でも主流になったのさ」




 アーマフィールドから来た若者は、ひとまず彼の話に合わせることにした。そして二人して歩きながら先ほどの一言について問うた。

「違うだろ……って言ったね。どういう意味でさ?」

「探してる「(しな)」のことだよ。とぼけるな」

 剣士イッツアは、苦笑いしてケートの胸を軽く叩いた。

「品って、どんな?」

「まだシラを切るつもりか!? ここターゲンに伝わる品だよ。今はもうゴーストタウンに成っちまったが……」

 ケートよりも一回り年配に見えるイッツアは声を低くしてささやく。

「<至宝(しほう)>さ!」




 彼によると、その宝は一生遊んで暮らせるだけの価値を持つらしい。

「あんたもワクチンなんかじゃなく、そいつを探しに来たんだろう?まさか……違うのかい?」

 剣士の目が「疑い」に光る。いけない。素早く話を合わせる若者。

「あーそうだよ。で、どんな<至宝>だとあんたは思う、剣士イッツア」

「お前っ!」剣士の態度が豹変(ひょうへん)した。

「<至宝>のこと、知らなそうだな! 話を合わせやがって! このウソツキめっ!」言うと同時に剣を抜かれたケート。

「俺は<至宝>を追う、賞金稼ぎの戦士リュゼー。イッツアじゃねえ」




 彼の仲間の男が一人、ケートの背後に現れる。呪文を詠唱中だ。しまった! 下手をして、おかしなことになってしまった。

「<引き裂かれた時空>の中で息絶えるがいい!」

 戦士リュゼーの仲間が魔法を完成させると、硬質な何かがぶつかり合うような、こすれ合うような奇妙な音がし始めた。

 カカカカカ! カッカッ! クカカカカカカッ……!

 ぐにゃり! 時間と空間がケートの目の前で破られ、()じ曲げられた。恐ろしい裂け目が口を開ける。ドロドロと溶けた不定形の時空の向こうから、幾つかの目玉がこちらを見ていた。

 吐き気をもよおす若者……たちどころに時空の隙間へ吸い込まれ、奥深くへ飲み込まれて行く……!


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