第6話 世界を超える乗船チケット
「心を尽くし精神を尽くし、力を尽くして狭き門より入れ。
滅びへの門は大きくその道は広く、これより入る者多し。
生命へと至る門は小さくその道は細く、これを見出す者すくなし」
けれどもし……もしも生命へと至る門へと導く者が居たとしたら……? その時、人々は「狭き門」を見つけ、これより入ろうとするだろうか。
ただ単に滅びへの門から続く道が「物質的価値観に支配されるような生き方」を指し、生命へ至る門が「神のしもべとして清貧に自己を律する生き方」を指すのであれば、ほとんどの人々は<導かれない>生き方を選ぶだろう。なぜなら楽しくなさそうだから。
では生命へと至る門が「生命が持つ本来の目的へ向かう門」なのであれば、どうだろう。その生き方は己れを向上させ喜怒哀楽を経験する、心豊かなものであろう。それならば、かなり多くの人々が、そちらへ<導かれる>かも知れない。
心を尽くし精神を尽くし、力を尽くして狭き門より入れ。
「狭き門」が喜びに満ちた、向上を求める生き方へ通じるならば、あるいは……! しかしまだ<導く者>は世に現れていないらしいのである。
そう、今はまだ……。
地震が大砂蟲によって引き起こされていたことは、バルバニアの人々は知っていることだろう。しかし「身重」だった大砂蟲とバルバニアをケートが救ったことを、バルバニアの「お偉いさん方」が知っているかどうかはわからない……現状では。
しかし「男」は言う。「誰がやったかは、どうでもいいことだ」と。
いずれにせよ、「男」とケートとネムチャ、そして麗影がバルバニア国内を馬で移動しても全く咎められなかった。四人はケートのこれからのことを考えて、首都ベルブレインを目指す。そこはサルタニア湾の近くにある大都市である。ベルブレイン市は、多くの可能性と選択肢で満ちているだろう。
バルバニア王国は軍事大国ではないが、大陸中に優れた武人を多数輩出している。「力」がものを言う国なのだ。そこで「男」とケートは、片手でも両手でも扱い易く調節された「剣 ソード」を購入し、国内で目立たないよう配慮した。
下手に目立ってトラブルを引き起こすのは賢明ではないと考えたのである。
「何になりたい、ケート君? もう今のキミならば、何だって好きな仕事が出来る。どこでも通用する」
ベルブレイン市へ着いて、彼らは一旦、馬を<ベルリン>へ預けた。<ベルリン>とは大陸中で、乗用馬を中心に馬のレンタル業務を展開している団体である。ある町で借りた馬を別の都市で返却出来るのだ。
「トレジャーハンターを考えています。あまり他の人がやらないようなことをしたいので」
「それも良かろう」と言って、「男」はベルブレイン市の地図を見る。
「食事は後にしましょう。市内は歩けそうですか?」と麗影。
「出来そうだ。だが素早く行動した方がいい」
* * *
トレジャーハンターは、世界中にワケありで埋もれている宝を探し出して手に入れ、「市場 マーケット」へ出品することを「使命」としている。つまり一般的な職業とは少し異なるのだ。
四人はベルブレイン市にある<破壊と創造を司る、混沌の鬼神アガロクス>の神殿を訪れた。
「モノづくりの神としても知られていますね」見事な彫刻や壁の細工を興味深気に眺めつつ、若者は言った。
「ここへ来た理由は、トレジャーハンターがアガロクス神の管轄とされているからだ。モノを大切にして、埋もれた宝を市場へ流すことを奨励している」そう「男」が背後から述べる。
神への入信とトレジャーハンターの登録を済ませたケートへ「男」が問う。
「それにしても、なぜまたトレジャーハンターに? 厳しい仕事……というより、厳しい生き方だと思うが」
「自分の道を行けるので、そう決めました」とケート。「何よりも先ず、自分の生き方に納得したいから」
「何か<宝>のあてでもあるのですか?」麗影である。
「子供の頃に、その昔「第三世界」の半神半人たちに創造されたアーティファクトの話を聞かされた覚えが……」
「男」がうなる。「そうか、夢があるな」
その前日、西隣のペリネ王国に<黄金客船>が入港したという情報を得た一行。船は三日間だけ滞在するらしい。
「ここから遠くない。これも経験だ、行ってみよう」
「ペリネはどんな国ですか」
「女王の治める国で、バルバニアよりも大らかだそうだ」
麗影が、今のバルバニアの事情について話してくれる。
「もうケートの祖国のような、国家主導での完全管理型の教育システムは古いんだと思う。バルバニアでは、そういう国の体質に付いて行けない人たちが大量に出てしまっている」
「ボクもその一人でした」とケート。頷くネムチャ。
「男」は「教育方針がグランディアの真逆だな」と言った。
<全世界港>を抱える、ペリネ王国の首都クオーレラ市では、毎年8月の内の三日だけ、世界と世界とをつなぐ<黄金客船>の来航を祝う<夏の輝染め>の祭りが行われて華やぐ。
町中を金色の玉や短冊が飾って、キラキラと輝くのだ。四人は食事をして祭りの雰囲気を楽しんでいるようす。
「<黄金客船>は見物できますか?」と若者二人。
「今はドックに入っていて見られないんだ」と麗影。「整備が終わって三日目に出港する時ならば、お目にかかれるでしょう」
「ペリネを出入りする<黄金客船>は、乗客の求めに応じた世界へ連れて行ってくれると、以前ボクは話に聞きました」
「乗船チケットは手に入るのかな」と「男」。麗影はこれへ微笑んで応える。
「一般販売は」「あるのだね?」「ええ、一億クレジットだそうです」
「一億!」
「無理だ。諦めます」ケートはとても残念そうだった。
* * *
食事を終え、彼らは街を歩いた。ペリネ王国はバルバニアの武力で護られているので、バルバニア人の出入りがあって目立たない。
美しい街並みは繁栄の証だった。ペリネの人々も災害の話をしている。
「ここでも大砂蟲が引き起こした、地震についての話題で持ち切りですね。よほど驚いたのでしょう」
麗影は聞き耳を立てて周囲からの情報を集めている。
「ビルさん、<魔獣使いの鞭>なんですが……まだボクが持っていてもいいいんですか?」
「もちろん。これからもキミのものだ。その鞭をキミが必要としなくなる、その時まで」
何か意味ありげな言葉だったなと、ケートは思った。
麗影は身長が高く、ケートと目線の高さが同じである。彼女は言う。
「トレジャーハンターの仕事は、何も他の世界へ行かなくても見つかるさ」
「そうだといいですね」
ネムチャが話題を変えた。
「ソフトドリンク欲しくない? 何か飲みたいわ」
「喫茶店へ入ろう」彼らはグリーンの看板のお店を選ぶ。
二十席以上あるお店は込み合っていた。時間帯ゆえ仕方ない。あいにく席が一杯だと、ケートたちは二手に分かれて案内され、丸いテーブルに着く。アンティークな椅子は、いい雰囲気を醸し出している。
ケートは「男」と、ネムチャは麗影と隣り合って座った。
温かい紅茶を注文し飲んで隣を見ると、ケートはお歳を召した上品そうなご婦人が一人、いちごパフェを食べているのに気付く。衣装は淡い水色のツイードの上下で、ロングスカートを履いている。おしゃれな方だ。
ガタッ! ご婦人がグラスを倒してしまったらしい。
「あーっ! どうしましょう。お水をこぼしちゃったわ! しかもハンカチを忘れて来たみたい」
赤い三角のメガネが印象的なご婦人。隣のケートに話しかける。
「あなた、ハンカチを貸してくださらない?」
ポケットを探る若者。何週間も入れっぱなしの、しわくちゃなものが出て来た。「これしかないんですが……」
申し訳なさそうな顔の若者を見る、三角メガネのご婦人。
「それでいいわ! ありがとう、助かりました。シワシワなハンカチだったけど!」苦笑いする、ケートとご婦人。
その後もご婦人は色々と彼へ話しかけて来た。息子さんの仕事のこと、お孫さんのお祝いの話……。少々たいくつだったが、ケートは辛抱強く最後まで聞いていた。
「ごめんなさい、おばあさんの長話に付き合わせてしまって。もう行かなきゃならないの。どうもありがとう」
ご婦人は話を最後まで聞いてくれたお礼にと、一通の桜色の封筒をケートへ手渡す。そして喫茶店を後にした。
四人もそろそろお店を出ようかと目配せした。手元を見るケート。男性二人で封筒の中を確認する。「これは!」驚愕する「男」!
「今回の<黄金客船>の乗船チケットだ!」
「どうしてこんなものを、ボクに!?」
「……あのご婦人、ただ者ではなかったらしいな……!」
* * *
大陸統一歴1007年、ケート25歳の夏は快晴の日が多く、観光に力を入れているペリネ王国では外国人も多く見られた。お陰でケートたちも全く目立たずに済む。
<夏の輝染め>最終日、港のドックから<黄金客船>はその姿を現す。
全長44m、最大170名以上を乗せる客船は、黄金色から赤銅色に輝き、船体のあちこちで赤やオレンジや黄色の宝石のような煌めきがまぶしく日の光を反射していた。
三段櫂船の一種であり、多くの帆も持つが、今はオールで出港の位置に移動させられている。
「あれに乗るのか……!」ケートの心は船の堂々たる姿に圧倒されていた。チケットを手に、今になってどうしようかと悩んでいる彼。
「自分の力試しになるかな。それともまだ早いか?」
「行かないで、ケート!」とネムチャ。船に乗れば、次にいつ会えるかわからない。「男」を見る若者。意見を求めていた。
「乗る乗らないを決めるのはキミ自身だ。だが少しアドバイスをしよう。最初からリスクを計算するのはやめたまえ。初めてのことだから、なおさらどうなるかわからないのだ。船が本当にキミにとって必要なのであれば、「リスク度外視で乗り込んで行く度胸」を見せてほしい。しばしば……」さらに「男」は言葉を加える。
「そうした勇気が、新しい道を切り拓くものなのだから」
若者は決断したようだ。「行って来るよ、ネムチャ」
「うん、それじゃ気を付けてね!」
「信じて待っているよ、ケート君」麗影もエールを送ってくれる。
「キミに幸運を!」
船へ向かうと、数名の船員が出迎えてくれた。誰が船長かは衣装で見分けたケート。襟が高く、裾が長いネイビーブルーのコートを着て、同じ色の格式高い帽子をかぶっている男性。右手を差し出して名乗った。
「私は<船長 キャプテン>の、マイナール=ベンツェー。ようこそ黄金客船<エターナル・メトロポリス>へ」
力強い手と握手を交わしたケート。渡り板から乗り込む。
船の内部は思ったよりも広く、大きな客間の他は全て個室になっているそうだ。船内で他の乗客と目が合い、若者は戸惑って自分の船室へそそくさと入ってしまう。
しばらくして彼の部屋へ船員5名が訪れた。副船長や操舵士らしい。女性も2人居る。
「良い旅を!」と、ここでも握手を交わした。恐らく、彼らは乗客がどんな人物かを見定めているのだ。それだけ<黄金客船>で世界間を移動するのは大ごとなのであろう。
船員の若い女性の一人が話しかけて来た。<航海士 ナビゲーター>だと言う。彼女はマオと名乗る。
「ケートさんは、どちらの世界へ?」
「正直、自分でも良くわかりません。トレジャーハンターとして仕事を探しています」
「それならば行き先は任せてください。ふさわしい世界へお連れします」
「初めてのことなので……マオさん、航路はどうなっていますか」
「説明が難しいのですが、これから訪れる世界へは同時に着きます」
「同時に!? どういうことでしょう」
二度三度、高い汽笛が鳴った。
「そろそろ出発ですわ! では失礼」彼女らは足早に戻って行く。
ゆっくりと動き始める<黄金客船>。出航!