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魔獣使いはキミのこと  作者: 横山優
第1章 「自分」のライセンス
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第2話 何も持っていないように思える財産

「でもまた、どうしてこれは鞭なんです? 戦闘棒とか剣ではなく」

 <魔獣使いの鞭>を手の中でひねりながら、ケートが「男」へ()く。

「友人がダメになりそうな時、(しか)ってくれたり激励してくれる、言葉や行動のことを鞭に例えるからかな」

 鞭の柄に奇妙な宝石が一つ、はまっているのに気付いた若者。何かの眼のようにも見える。

「これは? 変わった宝石ですね」

「その鞭が<霊宿る工芸品 アーティファクト>だからさ」と「男」。




「どうしてあなたはボクなんかを激励してくれるんですか!? 知り合いでもないのに。まだ出会ったばかりです」

 「男」は立ち上がり衣服の汚れを手で払った。日差しに空気が煌めく。

「それはまだ……その内に話すとしよう。さて……」

 傷だらけの男、麗影、そしてケートは里への道から大きく外れて古い街道まで歩いて行く。谷間を流れる小川に沿い、舗装されていない、デコボコした土の道が遠くまでくねって続いている。




 彼らは街道に立つ、白い塗装のはげかけた道路標識のところへ来た。3つの方向が示されている。「バルバニア内部、南へ向かう道」「タズンの里へ」もう一つ、黒く塗りつぶされた「……WAY」という標識が釘で打ち付けられている。

「キミは今から人生の重大な方向転換を経験することになる。今後は<隠れ里タズン>への道を行くのではなく」




 黒い標識を指で(けず)る「男」。風雨に(さら)されてもろくなった木の板は、簡単にはがれて地肌を現す。標識は「MY WAY」に変わった。

 汚れた指もそのままに「男」は振り返り、文字を指さして言う。

「自分の道、マイウェイを見つける生き方をするのだ……!」




「だけど……ボクは何も持っていません。肩書も資格も技術も。それに何もできないんです」

 いつもの弱気なケートへ戻ったようである。

「自分の話を少しする。聞いてくれ。キミらは、どう思うかな」

 三人は街道の斜面から川辺へ向かい、若者を真ん中に座った。

「今から二十年以上前、オレは自分なりに世の中の向かう先がおかしいと感じて、自らの意志で敢えて社会から<脱落>した。このまま流れに乗って生きるのは、自分の心に背そむく感じがしたんだ。そういう者に対して、その当時、周囲や世の中の風当たりはとても強かった」




(ののし)られ、白い目で見られ、理解されず、仲間外れにされ……そう、しばしば暴力も受けた。それでもオレは一人で世の中に背を向け、本当はどうでなければならないのか、どうあるべきなのか、独自に追究し始めた。いつの日にか、それが役に立つかどうかなんて全く考えもしなかったよ。どの道、一人で正規ルートから外れて生きるのなら、せめて<ことの真相>というものを知って、その上で行き詰まり、野垂(のた)れ死んでも悔いはない。そういう生き方をしようと決心したんだ」




 そう語る「男」の目は<知らぬ顔の谷>ではなく、もっとずっと遠い何かを照準いるように思える。

「そういう道を行くことで、手放さなければならないことが沢山あった。だが「我が道」を行く人生だからこそ得られたものも、それ以上に大きかったんだ。だから今こうしてキミに、自分が持っているものを伝えることが出来ている。人生、わからんものさ。それに苦難だけの道ではなかった。そんなオレを支え導いてくれる人も居たんだ。だからある程度、周囲から迫害されることも孤独のことも、人の有難さもわかっているつもりだ。オレはそうせざるを得なかった。選択の余地は無かったんだ」




「そんな過去が。でもボクはもう、頑張るのイヤなんです」

「それでいい。頑張れない時には頑張らなくていいんだよ」

 苦悩する若いケート。麗影が寄り添っている。

「ボクなんて……居ても居なくても同じです」

「そう、キミが居なくても世界は回るよ。それが現実だ。しかしな、キミにも出来ることはある。そう……キミが居れば世界を変えることが出来る! これも本当なんだ」

「そんな力は! ボクにはありません!」

「あるさ。まだキミが<自覚>していないだけでね」


            *     *     *


 靴を脱ぎ、スラックスの裾をまくり上げて、小川の中へザブザブと音を立てて入って行く「男」。「冷たくて気持ちいい! キミも入りたまえ」

 若者は躊躇(ちゅうちょ)している。本当にこの人の指導を受けても大丈夫だろうか。川の澄んだ水をじっと見て小魚を捕まえようとしている「男」。

「人生っていうのは楽しむことも大事だ。川で遊ぼう、ケート君?」

 立ち尽くすケート。麗影はポケットに手を突っ込んで様子を見ている。

「キミはさっき、何も持っていないと言ったね。だけどキミは持っているよ、<財産>を! とても大切な財産を」




「ボクは生きるのが苦痛です。何も持っていないし、何も出来ない。何もする気が起きないんです」

「そうかな。持っていると思うよ、キミは。重大な財産をね!」

「あなたが何を言っているのかわかりません。ボクは……!」

「オレもかつては、自分が何も持っていないと思って苦しんだ。けれど気が付いたんだよ、ある時にね。自分が持っている<財産>に」




 小川の中の魚を捕まえようとして水をはねる、傷だらけの男。

「ここ数年、キミは人生を無駄にして来たと感じているかも知れない。でもオレの目には、キミが重大なことをして来たと映っている。とても立派にね! 知らず知らずの内にそうしたのだろう」

 小魚を捕まえ(そこ)ねてハハハ!と笑う「男」。若者を見て言う。




「自分の心がブッ壊れないように守っていた。キミは」




 そう指摘され狼狽(うろた)えるケート。そうかな。そうじゃないかな……!?

「自分が社会の中で、それがどんなものなのか良く知らない<色>に染まらないよう身を守っていたんだよ。別の言い方をしよう。キミは新品の心と魂を守り抜いた。それが何にも代えがたい<財産>だ!」

 二人の対話を、麗影は目を閉じて静かに傾聴している。




 「男」は川から上がって来た。「気持ち良かった」タオルで顔を拭う。

「鞭を手に取りたまえ。キミのことを変えてくれる。何に成りたい?」

 地面の上に巻かれている鞭を見て、ケートは疑わし気だ。

「魔獣使いではないんですか!? 何になるんです、ボクは」

「何になるのかって? フフ……もちろん魔獣使いだよ。その上で、キミはこれから<自分はこうなんだ>って言える者になる……!」




 そんな「男」に麗影は、どういった指導方針を持っているのか尋ねた。

「おかしな価値観、特に「物質至上主義」は毒だから避ける。モノや金を最上の価値とし、自分さえ良ければいいという考え方を避けて、まだ若い心に植え付けれられないよう対処する」

「ならば、どんな価値観をよりどころとして、ボクは生きて行けばいいのでしょう?」

 「男」は慎重に言葉を選んでケートに説明した。

「まっさらなキミの心はそのままに、様々な経験を通じて<自分はこうなんだ>と言える生き方を、一から身に付けよう」




 木にもたれながら、麗影は「男」の指導に注意を払っている。

「教えてください。どうしてボクを選んだんです?」とケート。

「良かろう。二年前、まだキミが十八歳の時に、オレはバルバニアのある都市で、一人うなだれてひっそり歩く若者を見た。その時、こう感じたんだ。この国では「世代交代」が上手く機能していないって」

「その若者は誰だったんです?」とケート。

「気になってね、自分なりに調べたんだ」と「男」。「その若者はバルバニアの社会から取り残されて行きつつある。彼は都市を逃げるように出て<隠れ里>へ向かった。状況が、若かった頃のオレに似ている」




「社会から<脱落 ドロップアウト>して、これからどうするんだろうと、彼の事情を少し調べさせてもらった。若者はケートという名だった」

「ボクのことを、そんなに前から追っていたんですか!? なぜ!」

「理由は単純だケート君。自分に似ていたから放っておけなかったのさ」

 そこへ四頭の馬が、決して手入れの十分でない街道を巧みに走り来る。乗り手の一人は「男」と同年代であろう、堂々たる体躯(たいく)をした射手だ。

「あなたは……先生! 偉大なるクリュードよ!」




 バルバニア王国のお墨付きを持つ、弓術の権威クリュードは告げた。

「私が彼にもう一度、弓を教える。一緒に来なさい、ケート君」

 突然だったが、その場の誰もクリュードへ意見出来ない。指導中だった「男」は、若者の将来を案じて問いかける。

「どうする、ケート君? 自分ではどうしたいか言ってくれ」

「どうもこうもない、どこの馬の骨とも知れない男よ! 去るがいい!」

 若者が連れて行かれそうだ。彼の女友達が心配そうに遠目に見ていた。


            *     *     *


 迷うケート。様々な事情や想いが胸の内に去来(きょらい)する。クリュード先生が自分を連れに来たのであれば、もう<隠れ里>へは戻れないだろう。

 「我が道」を探すのはどうする? ボクはこうなんだと言えるような人間に成長する道は、もはや断たれたのかも知れなかった。

 どうしたい!? 本当は、ボクはどうしたいんだろう。

「悩んでいる時間はないぞ。バルバニア人は戦うのが常識なのだ。私と一緒に来なさい、ケート君。受け入れ体制は整っている」




 戦うのが常識……。でも<常識>って何だ? 従う必要あるのかな。

()()()()()()()()()()()。我々の生き方に! 選択の余地はないのだ」

 苦しそうに自分の服の胸元を掴んで悩む若者に対し、権威たるクリュードは「バルバニア人の当然」を突き付けておき、彼と彼の付き人たちを乗せた四頭の馬は一旦引き上げた。

 今度ここへ来たらその時にはケートを都市へ連れて行くのだろう。戦うために。国の存続のため、人々の生活を守るために。




 気が付くと「男」の姿が見えなくなっている。偉大なるクリュードから「ケートに近づくな」と命じられてしまったからだ。

「どうしよう。これからボクは、どうなっちゃうんだろう!?」

 弓術の指導者はバルバニアで、ある程度高い発言権を持つ。若者に近づかないよう言い渡されたあの人はどこへ? 折角、自分なりの生きる方法を探し始めた若者に、「待った」が掛かってしまった形だ。




 麗影が、遠目にようすを見ていたケートの女友達を連れて来てくれた。慌ただしくてまだだった昼食を三人でとろうと言う。

「今しばらく考える時間はある。お腹減っただろう、ケート君。軽くお昼ご飯を食べよう。ネムチャさんも来てくれたし」

 川辺にマットを敷いて、パンとバター、ゆで卵、少しのワインで食事会が始まる。「落ち着けばいいよ」と麗影。「食事を楽しむことも必要だ」

「ねえネムチャ、ゆで卵の白身と黄身、どっちが大事だと思う?」

「え……そんなのあるの、ケート。それ、本気で訊いてる?」

「ううん冗談だよ、もちろん!」笑う三人。「ハハハ!」




 食べ終えると、後片付けを手伝いながらケートは言った。

「……だけど、あの人はもうボクには近づけません。クリュード先生は権威だから。ボクは今、どこかから見張られているかも知れない」

 バルバニア王国では、各都市や町で<主たる武器 メインウェポン>が定められており、ケートの出身都市の場合「弓」がそうなのである。

 偉大なるクリュードはそこで後進の指導に当たっている先生の一人だ。




「ボクは2年前に戦う者として戦力外とされたのに、今さら指導を受け直してどうなるんだろう。ボクはダメな奴で……!」

 ケートが感情的になりかけているのを感じ、麗影は言い聞かせた。

「たまたまケート君の祖国であるバルバニアでは「皆が戦う」とされているだけであって、他の国ではまた違うのではないかな」

 その麗影の足元で小石が跳ねた。「白き影」が超感覚を研ぎ澄ます! 木立の陰から投げられた小石のようだ。若者二人へ「失礼」と言い、そちらへ歩み寄る麗影。やはり「男」が隠れている。




 「麗影さん」木立の向こう側で「男」は話しかける。

「ケート君へ伝えてほしい。周囲からたとえどんなことを言われても、最後の最後は自分で決断して、自分の進む道を決めてくれと」

「承知しました」麗影が応じた途端、隠れていた気配は消えた。

 そのやり取りは、離れた場所でネムチャと遊んでいるケートには覚られていないはず。二人の待つ川辺へ戻り麗影は報告する。

「人の気配を感じたので。どうということはなかったよ」




 ケートが<隠れ里>に居た頃から見守って来た麗影。彼へ語りかけた。

「その内にクリュード先生がまた訪れて、今度はケート君を連れて行こうとするだろう。その時に自分がどうするのか決定するのは、最終的にケート君自身の判断であってほしいんだ。あなたにとって人生の大きな分岐点になるだろうから……自分で責任をもって」

 諭されて己れの気持ちと真剣に向き合う若者。

「そうですね……自分がどうするのか、決めてみます」


            *     *     *


 「武人の国」バルバニアが国民に、戦える者であることを求める理由は主として、<ボリストバッファロー>と呼ばれる「巨獣」を撃退するためである。<大獣高地>の湿地帯に広く生息する黒い水牛で、体がとても大きい。背中までの高さは3mに達し、鼻先から尾までゆうに5mを超す。頭部に平たい板状のつながりを持つ白い角が生えている他、両肩から太くて反り返った角を持ち、戦闘力が高い。

 元々は通常の水牛と変わらない大きさなのだが、自然界の地水火風を取り込んで巨大化する。「火」は自然界にほとんど存在しないので、人間の文明たる「火」を求めて南下し、都市や町を襲う魔獣の一種だ。




 バルバニア人は古来より「巨獣」を撃退するため、強弓(ごうきゅう)大斧(たいふ)を開発し、肉体を鍛えて「国民皆で身を守り戦う」ことを伝統として来た。

 その先頭に立ち、また指揮を執る者は尊敬されている。それゆえ弓術の権威たるクリュードは「偉大なる」と冠されているのである。

 彼は三日後に再びケートを連れ戻しに来た。今度も三人の従者を伴って。

 クリュード先生は、自分が手塩にかけて育てたケートを可愛がっていたようである。しかしその生徒は「出来」が悪い。




「テスト3回ともCランク判定だったのだな? ケート君がまだ小さい頃、私はそなたがもっと強い射手として活躍すると期待していた!」

 その話を聞かされる度に、ケートは居たたまれない気分に成る。

「<戦闘能力>の<偏差値>は平均以下か。そなたの同級生たちは皆、立派に弓兵として活躍しているよ。ケート君も、これからそう成る。もう一度、私が徹底して指導するから安心したまえ」




「待って、クリュード先生。これからボクがどうするのか、どう生きるのか、自分で決めさせてください」

 まさかそんなことを意見されるとは思っていなかった、偉大なるクリュード。眉根をひそめて手のかかる教え子を見すえた。

「選択の余地はない! 我々はバルバニア人なのだから!」




 夕陽が沈み行く。オレンジに焼けた地平へ向けて五頭の馬が走っている。その内の一頭はクリュード先生、一頭はケートのものである。

 ケートの出身都市へ向かう彼ら。若者は結局、もう一度戦いの人生へ引き戻される。先生は満足そうだ。一方、ケートの心は潰れそうである。

「急ごう。今から巨獣との戦いに参加できるかも知れない」と先生。

 こうして若者は<バルバニア人という色>に染まるのだろう。




 だが、彼らへ追いすがる一頭の黒馬があった。乗り手は拍車を掛ける。

「行くな、ケートーーーッ!」

 馬を走らせつつ若者は振り向く。クリュードたちも背後を振り返った。

 「傷だらけの男」だ。その汗にまみれた顔を太陽が照らす。「男」はもう一度、「そっちへ行くなーーーっ!」と叫んだ。彼の左手に<魔獣使いの鞭>が握られている。ケートへ渡そうとしているらしい。その両目は若者だけを見て、真剣な光を(たた)えていた。




「これを受け取ってくれーっ!」

 ケートの馬が遅れ出した。クリュード先生の眉間が冷ややかに寄る。侮蔑(ぶべつ)の視線を一身に受ける「男」。しかし若者だけは彼の大胆な行動に、ダイヤモンドのような輝かしい「決意」を感じ取る。あの人は本気だ!

「自分の進む道を! 全て他人に委ねてはならないんだ!」

 ケートを追って来た黒馬が徐々に遅れ始めた。引き離されて行く。けれども「自分で選ぶんだ、ケート君っ!」馬たちの疾走に声が混じる。

 「男」の勇気と言葉で、若者はある「気付き」を得た。そうか!




 自分の進路を他人に任せるのは、()()()()()()()()()()()()()()。多くの場合にそれではいけないと若者の心が叫んでいる!

 ケートは瞬時に考えを巡らせた。人生、結局は自分で選び続ける <自分の道>だ。その自分の道を完全に他人に選ばせるのは、やはり矛盾なんだ! 「男」からの、力の限りの声が届く。



「だからオレは! キミに会うために来たんだーーーっ!」



 馬の速度を落とす若者。先生との距離が広がる。そちらへ向け叫んだ。



「クリュード先生! やっぱりボクは皆とは別の道を探してみます! ボクだけの道を、自分自身で選んで!」


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