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魔獣使いはキミのこと  作者: 横山優
第2章 リスクを計算すべからず
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第10話 時空の流れのままに

 死を食す不吉な鳥の群れが、ギャアギャア鳴いて通りの並木の中へ隠れた。霧が立ち込める夕方のターゲン。悪い視界を突っ切って男が現れる。布製の長い包みを抱えた若者ケートであった。

 港では<黄金客船 エターナル・メトロポリス>が待っている。航海士のマオさんら10名ほどの船員が出迎えてくれた。




「その包みは? トレジャーハンターのお仕事、上手く行ったようですね、ケートさん」

 長さ4m近い包みを慎重に抱え直して、ケートは乗船チケットを見せた。

「乗ってください。船は今夜、出発します」

 若者はランスの扱いに慣れていなかったが、以前見た経験を頼りに使い心地を試した。その結果……。

 ランスの先端で(わず)かに突いた石像は木っ端みじんに砕け散り、加工前の分厚い鉄の板はやすやすと貫通されてしまったのである。

「この至宝ディグニティは、とんでもない力を秘めているようだ。名槍と呼ぶにふさわしい……いや、やはり魔槍かも知れないな」




 黄金に輝く客船。金属光沢のオレンジ色に近い部分もあれば、帆柱の先端それぞれに、明るく輝く暖色の宝石みたいな丸いものが据え付けられている。見る限りは、ルビーやトパーズかも知れない。

 船体の材質は何だろうと考えつつ、ケートは船の中の自室へ乗り込む。包みを床へ横たえる。うーんと伸びをしたら、ずいぶん長く休めていない身体中が痛いと、改めて思った。ベッドに入るなり、彼はたちどころに深い眠りに落ちてしまう。




 目が覚めると、もうすでに窓の外が明るくなっていた。今は何時だろう。ここは? デッキへ出て太陽光を浴びた。長い包みは左脇に抱えたままだ。あちこちで船員さんが慌ただしく働いている。

 船を岸へ係留して渡り板を伸ばし、帆をたたんだりロープを巻いて再び使える状態にまとめる作業中だった。

「どこへ着いたんですか、船は?」眠い顔をこするケート。

「アーマフィールドへ戻って来ましたよ! お客さんも船を降りる支度をしておいてください」




「あれえ!? ここは本当にペリネの港?」

 ようすがおかしい。皆に見守られて乗船した時とは町の印象が違う。

 街並みが古臭いのだ。背後の、見慣れた女性の船員さんへ話しかける。

「マオさん! ここは本当に……」

 居ない。何と<黄金客船>も船員も忽然(こつぜん)とその姿を消していた。

「何だこれは! 一体何が起きている!?」




 港には人の姿が多少ある。漁師さんへ問い掛けるケート。

「つかぬことを伺いますが……今は何年ですか?」

「ん~? 905年。大陸統一歴905年」

 何だって!? 若者は思わず叫びそうになった。どうしたことだろう、彼は<百年前>のペリネの港へ着いてしまったらしい! 理解に苦しむケート。乗船した時は大陸統一歴1006年。何がどうなっている?

 その姿を遠目から、白馬に乗った若い女性剣士が見つめていた。手入れされた長い黒髪が風になびいている。


            *     *     *


 その白い騎影が、雑然とした朝の港町を足早に横切り、こちらへやって来た。もしかして、見覚えのある女性と同一人物だろうか。

「メイさん? あなたは……メイさんなんですね?」

 女剣士は血色の良い顔で小さくうなずく。若いお化粧が華やぐ。

「あなたの乗っていた船は<乱次元嵐 らんじげんらん>に遭遇して、危うく大破するところだったのです」

 ケートは身振りで驚きを表現する。そして失礼のないように言葉を選んで訊いた。

「メイさんはボクの知らないことを、たくさんご存じなのですね。教えてください。あなたは何をする人なんですか」




「私は<時空の守り人>。<全世界>の正しい歴史を維持するのが私の役割」

 さらに困惑した表情で若者は問い直す。「正しい歴史とは?」

「<本当の歴史>のことよ……! 今はそれで十分でしょう」

 女剣士メイは腰のグレートソードを両手で抜き放った。煌めく無数の光、光! 朝日を反射する、美しいダイヤモンドがちりばめられた剣をメイが振るうと、周囲は光に満ちて行く。

「船が出航した<現代>へ戻ります。私の手を取って。離さないで!」

「その剣で時空を裂くの……?」

「そんな野蛮なことはしません。逆です、つなげるのです!」




 若者は女剣士の手を握り、(よど)みのない時空を一緒に駆けた。走馬灯(そうまとう)のよう……ケートの目には、<黄金客船>に乗り込む自分の姿、視力を失った時のこと、<至宝>とオウビの部屋のようすなどが、時間の前後を無視して同時に、また順序が入れ替わって見えていた。

 メイの声がどこからか聞こえて来る。

「時空の流れのままに。感じるでしょう、時空を! その流れに従って……逆らわないでいて!」




 <走馬灯>の終点は、見覚えのあるペリネの港だった。

 激しいめまいを必死にこらえるケート。メイは去ったらしい。

「チケットを」男性の声。「乗船チケットを回収します、ケートさん」

 副船長だ。彼らの周囲で華やかに<輝染め>が飾られて、黄金色に輝いている。そこへ女性の船員が通りかかり、若者は目でその姿を追った。

「マオさん!」振り向く女性。ケートは駆け寄る。




「船が<乱次元嵐>に入ったって。大丈夫だったんですか!?」

 落ち着いた微笑みを湛えて、航海士のマオは応える。

「現在、船は修理中……いえ、整備中です。こういうこともあるの」

 次に、今一番知りたいことを訊くケート。「今はいつですか」

「大陸統一歴1006年8月、<現代>よ」微笑むマオ。

「良かった。ところで、あなたは百年前のマオさんと同じですか?」

 自分でも質問が意味不明だと思った若者。思わず笑ってしまった。

「えっ、何のこと?」




 マオは一通の封書をケートに手渡した。差出人を確認する。

「ビルさんからだ!」なぜか心が騒ぐ。その場で開封してしまう。手紙は何通にも分かれている。航海士のマオは立ち去った。

「オレからキミへ、伝えたいことはほとんど伝えたつもりだ」

 なぜかそれが「別れの言葉」のようで胸が締め付けられる。キミのことだから仕事は上手く行っただろう。そんなことが書かれている。その文章を追う若者の目が止まった。こうある。

「オレからキミに、お願いがあるんだ」


            *     *     *


 男が折り入って男にお願いをするとは、よほどのことだろう。

「もう一度、タズンの里へ行ってほしい」と手紙にはあった。

「そこに残っている人や、居場所がなくて戻って来た人たちに、キミの口から現状についての正しい<解釈>を、落ち着いた環境の中できちんと伝えてあげてほしいんだ」




 「男」がしたためた文章を、食い入るように追いかけるケート。

「そしてもし出来るなら、キミがバルバニアの各地を旅して<解釈>を広めてほしい。今も国の方針に従って苦しんでいる、彼ら彼女らの心をキミが救ってあげてくれ! 今のキミにならば不可能ではないだろう」

 でもどんな風に? 手紙にはこうある。

「正しい解釈、人間らしい、優しい解釈で。キミの思う解釈で……!」




 手紙は残すところ最後の一枚となった。

「隠れ里でオレはキミと出会って良かったと思っている。キミと同じ時代を生きることが出来て光栄だった! いつまでも元気で。ネムチャさんを大切に」 「男」は、こうして行ってしまった。




 ケートは心を整理しながら、首都ベルブレイン市にあるアガロクス神殿へ向かう。そこには市場へ出される前の、逸品(いっぴん)の数々が並んでいた。

 <至宝>を<市場 マーケット>へ送るために、「市場統括支配人 しじょうとうかつしはいにん」の年配の男性の鑑定を受ける。いわゆる「目利(めき)き」だ。

「これは! <ディグニティ>だね……噂には聞いていたが、やはり素晴らしいランスだ」品定めは五人がかり、30分で終わった。鑑定結果が出る。

「本物だ。五億五千万クレジットで引き取ります。いかがですか? 一生遊んで暮らせますよ」しかし彼はケートの反応を見て驚く。




「へえっ!?」目利きは素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出した。

「あんたさん、そいつをタダで市場へ送り出すと言うんですかい!? いやあ、今どき危篤(きとく)なお方も居るもんだ!」

 見つけた宝を大金に替えて自分のものにするというのは、ケートの知っている<トレジャーハンター>にふさわしくない行為だと、彼は結論したのだった。

「ならば余計なお世話かも知れないが、私から少し話をさせておくんなさい」 <目利き>はカウンターから身を乗り出して語った。




「あんたさん、見たところお若いのに、ずいぶん苦労をして来たようだね。いや、言わなくてもわかるよ。そこでだ」

 男性はこんなアドバイスをしてくれた。

(うら)みごとはあるかも知れないが、それを「感謝」に替えてこれから生きて行くといい。きっと幸せになれるよ!」

「本当に?」若者は片目をつむって問い掛ける。

「もちろん。オイラ、これでも目利きですぜ」




 その後、ケートはベルブレイン市で待ち合わせに(おもむ)く。

「ネムチャ! 元気だったかい!?」手を取り合う二人。

「お帰りなさいケート。無事で良かった! お仕事は?」

「上手く行ったよ。<至宝>を世界へ還元できた。……ビルさんは?」

 去ったと伝える彼女。やっぱりそうか。残念がる若者であった。

 雨の匂い。突然の夕立で雨宿りの二人。キズだらけの男はもう居ない。


            *     *     *


 自分はもう「自己を確立できた」と感じるケート。経験や知識はまだこれからだが、自分を成り立たせている「(しん)」は完成したと思う。もはや彼は「これは自分、これは自分じゃない」と言えるのだ。

 そしてその後もケートは、誇り高きトレジャーハンターの仕事を続けたのである。彼はある時、こう感じた。

「ボクもそろそろ<征魔の鞭>を卒業するべき時なのかも……」




 ある夜、シャワーを浴びるケートが思わず声を上げた。

「何だこれは! 一体いつから!?」

 全身にキズ跡が。彼の身体にも手足にも、恐らくは顔にも!

 そうか。これは……。「ビルさんのものと同じキズ跡だ」

 ケートは鏡で確認した。やはり体中にある。そして……。

「キズ跡が輝いて見える! 十字の形に光を放っている!」




 全く何も背負わずに生き抜く者は居ない。「男」はそう言った。

 心が軽くなっていることに若者は気付いた。痛くない、心が。すると……この身体のキズ跡は、もしかしたら彼の「心のキズ跡」が具現化(ぐげんか)したものなのかも知れない。だからビルさんは、その内にボクにもわかるって言っていたんだろう。

 これは多分、<征魔の鞭>を使い込んだ結果なのだと思う。

「ボクは、こんなにもたくさんの心のキズを負っていたということになるのだろうか。そして多分、こんなにもたくさん乗り越えたんだ!」




 理不尽に痛めつけられた記憶を、多くの人が持っている。ケートもそうなのだ。にもかかわらず彼は、世界を愛し始めていた。

「恨みごとを感謝に替えてごらん」その言葉も心に残っている。

 そんな彼に世界は応えたのだろうか、変化が起き始めていた。大陸統一歴1009年、祖国バルバニアで大きな動きがあった。国王ロアマ五世が、「巨獣」や「超巨獣」との関係改善を国内で呼びかけたのだ。それらを怪物としてではなく、大地の神の一員として丁重に扱い、共存する道を模索し始めたのである。




 恐らくそこに至るまでには多くの者の尽力があったろう。もう去ってしまった「男」ならば、こう言ったかも知れない。

「人の影響力は大きい。キミもバルバニアを大きく動かした人々の内の一人なんだ。オレはキミを誇りに思う」

 若者はもう一度、祖国で弓術を学び直そうかと思案している。今度は戦うためではなく、己れの心技体を向上させるために。




「空を見上げてキミが何か真剣に考えごとをしている時、その隣でボクは、キミの顔を見上げて微笑んでいる。そんな自分を、生きて来て良かったなって思うんだ」

これは果たして誰の言葉だっただろう……。




 この世界で生き延びることを、キミは選んでくれただろうか?

 そう、「キミ」とはあなたのことだ。

 キミが居なくても世界は回るだろう。今日も、これからも。

 けれど……。




 たとえどんなに小さなことからであっても、キミは変えて行ける。

 キミが居れば「世界」を変えられるんだ。きっと……!




「魔獣使いはキミのこと」終わり。




<登場した称号の剣>

  称号:『金剛次元石 コンゴウジゲンセキ』

 所有者:<時空の守り人>メイ 

  真価:歪められた時空を癒し正す力を持つらしい。しかし今は、まだ詳しいことはわからない。

特殊効果:不明。


以上です。



そして2026年夏以降、長編本編のシリーズスタート予定!

詳しくはブログにて!


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