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季節

〈家出ずして一人白夜を思ふ哉 涙次〉



【ⅰ】


 杵塚は由香梨に云つた。「今度、獨立系の映画會社が出資して、俺の第2作目の映画を撮らないか、と云ふ話があるんだ」-「いゝぢやないの。映画撮つてる時の兄ちやん、カッコいゝよ」


 だがそれには、一つ障壁があつた。彼の脚本(スクリプト)のプランが通るかだうか、だ。

 杵塚は、カンテラの間司霧子との經緯を、映画化してみたい、と思つてゐた。



【ⅱ】


「霧子との經緯? 例の* 脇差しの件かい?」-「さうです。カンさんのニヒルさ、に迫つてみたい」-前回お送りしたやうに、傳・鉄燦は、そこでも妖刀ぶりを發揮して、強奪に強奪を重ねた思ひ出は、カンテラには苦いものであつた。


 要は、カンテラへの愛ゆゑに、霧子は彼と刺し違へやうとした- だが、カンテラ、彼のデスペラとも云へる人生は、衆目を集めるところであつて、何も眞新しい話題ではない。隠す事は何もなかつた。今更、なのである。


 結局、カンテラは杵塚にOKを出した。杵塚が映画に打ち込む姿は、彼には眩しかつた。但し、条件として、監督契約料を丸ごと、一味に差し出す事、はカンテラ提示を忘れなかつた。



* 当該シリーズ第66話參照。



【ⅲ】


 主演男優(カンテラ役)は、悦美の友人・髙任(たかとう)ユウジが、そして、霧子役には、新進氣鋭の舞台女優、松嶋瀧子(まつしま・たきこ)が起用された。今回は、まともにプロデューサーを立てゝの作品造りなので、話題性はそれとなく追及された。


 然し、こゝでも問題が一つ- 瀧子は、兼ねてから杵塚を「落とさう」としてゐる、と云ふ噂だつた。その目論見が成功すれば、記憶に新しい楳ノ谷汀との不仲が再燃してしまふ。それでは折角のテオの機轉が、水の泡だ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈珈琲よ釣錢切れの自販機に蹴りをくれたり我は眠くて 平手みき〉



【ⅳ】


 太宰治の忌日、桜桃忌も近い。雨季は、人の心をさゝくれ立たせる。アンドロイドのカンテラにさへ、その効果は波及してゐた。「楳ノ谷ゐなくば、こんな貧相な事務所の一つ二つ、潰れても可笑しくはない」-カンテラ、撮影が終了したら、瀧子を斬つてしまはうか、とふと思つた。話題性、と云へば、こんなに話題になる宣傳材料はあるまい。「俺が世に生み出された頃には、空梅雨なんてなかつたなあ」カンテラ、さう一人ごちる。



【ⅴ】


 じろさんは、そんなカンテラの心の動きを知つてか知らずか、何か浮足立つやうな感覺を覺えた。(君繪-)(なあに、おぢいちやん)(最近のパパの事だう思ふ?)(パパは大小問はず、傳・鉄燦に心を奪はれてゐるのよ。飛んだ妖刀だわ)


 杵塚、そんな事はお構ひなしに(瀧子の氣持ちについては薄々氣付いてはゐた)、着々と撮影を進めてゐた。


 映画『霧子』は、クランクアップ寸前である。カンテラ、一人鬱勃たる思ひを抱へ、撮影現場に赴いた。



【ⅵ】


 カンテラは特に飲酒(と云つても、酒には酔へない彼ではあつた)してゐた譯ではないが、瀧子に執拗に絡んだ。「あんたはうちの事務所内の問題に迄、氣が回らないやうだが-」-「なんの事です?」。瀧子はしらばつくれてゐたのだ。楳ノ谷なしのカンテラ事務所の貧寒には、氣付いてゐた。カンテラは、もの皆デスペラになるのを季節のせゐにして、「あんたは【魔】だ」と、瀧子に執念深く云ひ寄つた。



【ⅶ】


 瀧子の斬殺死体が、彼女のマンションの一室で見付かるのは、それより程近い或る日であつた。世間は、カンテラの謀殺説を支持する者、さうでない者、半々だつた。眞相の程は分からない。


 だが、それが最終的に引き金となつて、上映開始された『霧子』は、何処の映画館でも滿員御礼、改めて、カンテラの生き様が、白日の下に曝け出された。観客皆が、無法な半生に染まつた。



【ⅷ】


 じろさんの不安が的中したのかだうか、エスパーである君繪にも分からなかつた。たゞ、カンテラの表情は飽くまで暗く、雨季、その特質をそこに露はにしてゐる、それだけが一味一同に分かつた事だつた-



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈逞しき夜釣の腕の曉闇や 涙次〉



 このエピソオドについては、作者付け加へる事は何もない。たゞ、カンテラは己れの氣分と云ふ、化け物と闘つてゐた、としか云ひやうがない。荒ぶる心と- お仕舞ひ。


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