7:椿の彫刻を持つフルート 4
Hikaという人物からTwitterのダイレクトメールで連絡があり、フルートを見せる約束の日が近づいてきた。
偶然にも、Hikaの生活圏は結が中学時代を過ごした市の周辺であった。
せっかくなので、ついでにあちこち見物して懐かしんでから帰ろうと、結は計画を立てていた。
さて、肝心のフルートを見せるための場所をどうするか。
あまり人目に付くところでやると目立ってしまう。
もしかしたら実際に吹いて音を出すかもしれない。
こういう時、定番はカラオケボックスだ。
すべてのカラオケ店が楽器練習での使用を認めているわけではないので、結はカラオケ店に楽器での利用をする旨を伝えて予約を取る。
さて、あとは当日を迎えるのみだ。
君を見たいと言ってくれた人に会うんだもの。
ちゃんときれいにしておかなくちゃ。
結はBardinelliに話しかけながらその器体をクロスで丁寧に拭いた。
いよいよ、Hikaに会うその日がやってきた。
Hikaは信用できそうだけれど、やはりネット上だけで顔も本名もわからない人と会うのは不安だ。
緊張してくる。
結はカラオケ店の前で待機する。
当日の服装は事前にHikaに伝えてあるので、向こうから私を見つけてくれるはずだ。
もうそろそろいらっしゃる頃合いだ。
結はスマートフォンから顔を上げ、きょろきょろと周囲を見回す。
と、こちらへ向かってくる人がいる。
あの人が……Hikaさん?
うそ。うそ。
こんなことって。
そんな……まさか。
まっすぐこちらへ向かってくるその女性は。
上品で美しいその姿。
見間違いか。よく似た別人か。
「……貴女が時堀タカラさん、でお間違いございませんか。」
あああああ。
その——その軽やかで優しい声は……
「……はい。私が時堀タカラです。」
動揺しすぎて言うべき言葉が出てこない。
ノイズだらけの頭の中から結はようやく言葉を絞り出す。
「…………貴女が、Hikaさんですね?」
Hikaさん……であって、私が間違えていなければ。
「……はい、私がHikaでございます。」
まずは、お互いに確認すべきことを済ませる。
問題はこの後だ。
「……Hikaさん。貴女は……。」
言葉が出せない。
だって。
Hikaと名乗った目の前の綺麗な女性は。
「桜先生、ですよね……?」
やっと絞り出した言葉。
中学時代からずっと恋焦がれたあの愛しい女性は、突然今、目の前に現れた。
Hikaさんは優しく微笑んで答えてくれる。
「はい……私の名前は、斎宮原桜と申します。貴女は……時任結さん、かしら?」
もう、頭の中がいっぱいいっぱいで、追いつかない。
でも、一つだけはっきりわかる。
「……桜先生。……はい。時任、結、です。……会いたかった、です……。」
溢れてくる。
頭の中には気持ちや感情が。
目からは涙が。
「時任さん。……立派になったわ。フルートも上手くなったのね……。」
桜先生はあの頃と変わらず、優しく私を撫でて、ハンカチで涙を拭ってくれた。