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4:椿の彫刻を持つフルート 1

 中学、高校、大学を経て社会人となった結は、就職後も変わらずフルートを趣味として続けていた。

 会社員の傍らでYoutuberとしての活動を始めて忙しくなっても、わずかな時間を見つけてはフルートを吹くことを欠かさなかった。


 さて、結が就職して二年目の五月。

 結は連休を活かしてちょっとした旅行へ出かけた。

 自分で車を運転して温泉地へ向かう。

 日々の疲れを癒すのが主目的。

 ……ではあるのだが。

 旅の途中に古物店があれば立ち寄って宝探しをする。

 それが楽器ジャンカー、時堀タカラにして時任結の旅のやり方である。

 もちろん、今回も道中に古物店があるかどうかは事前にリサーチしておいた。

 そして、今回は帰路の途中で立ち寄る計画である。

 温泉も楽しみ、そして古物店巡りも欠かせない。それが、時堀タカラ流の旅なのだ。


 さて。

 結ことタカラは温泉や美味しい食事で身も心も潤した。

 温泉旅館を出発し、いよいよ古物店への到着である。

 地元からは少し遠い地域の古物店。

 ここにはいったい、どんなお宝があるのだろうか!


 今回立ち寄った古物店は全国規模チェーンであるジャンクジャングル、そのうちの一店だ。

とは言っても、品揃えなんてその時々というのが古物店だ。

『いらっしゃいませ。本日はようこそジャンクジャングルへ。ジャンクジャングルでは、楽器、オーディオ、テレビにパソコン、ゲーム機におもちゃなどなど、ご不要になったものを幅広く買い取りいたします。ジャンクジャングルの商品は全てが一点ものでございます。ずっと探していたあの商品や、思いがけない宝物があなたを待っています。心行くまで、探検をお楽しみください。』

 と、ジャンクジャングル名物のアナウンスが歓迎してくれる。

 全国どこに行っても同じ内容である聞きなれた音声が聞こえる中、店内をぐるりと一周して結は最大の目的である楽器コーナーへ向かう。

 ジャンクジャングルでは楽器をリペア(修理やメンテナンス)し綺麗にしたうえで販売していることも時々ある。

 しかし、結が好むのは損傷したままの状態でジャンク品として売られる楽器たちだ。

 そのような楽器たちはケース込みでも数千円の値しかついていないことが多い。

 ジャンク――つまり、ガラクタや廃品というレッテルを貼られ、商品棚の片隅にたたずむ。

 そのような楽器たちでも、実際は適正にリペアさえすれば、本来の音色を取り戻し奏でられることが多い。

 結はそのようなジャンク楽器たちを集め、専門の工房へリペア依頼して蘇らせてもらい、演奏すること、またYoutuber時掘タカラとしてジャンク楽器のビフォーアフターを紹介する動画を公開することが趣味なのだ。

 結はわくわくしながらジャンク楽器の商品棚を漁る。

 うーん、今回はしょっぱいかなあ……。

 期待はずれかも……。

 そもそもジャンク楽器そのものがあまりなさそう。

 なぜかどこの古物店にも、大正琴はやたらとあるんだけど……。

 うーん、今回は運がなかったかなあ……。

 諦めて帰る前に、もう一回くらい見ておくか。

 と、結はもう一度ジャンク棚をのぞき込む。

 ……ん?

 商品の出し入れをするうちに奥へと入り込んでしまったのか、すぐには取りずらいほど棚の奥に、何かがある。

 暗くて見えにくいけれど……もしかして、あれはフルートのケース?

 結は店員に頼んで、棚の奥の、フルートのケースらしきものを取り出してもらった。

 それはやはり、フルートのケースだった。

 開けてみると、黒くくすんで輝きを失ってはいるものの、そこにはフルートが眠っていた。

 おおお!

 諦める前にもう一回見てよかった!

 これは当たりだ!

 結は店員に許可をもらったうえで、ケースからフルートを取り出して吟味する。

 頭部管、胴部管、足部管、三つの管を組み立てて、フルートの形に戻す。

 タンポは……うん、やっぱり全滅だ。予想はしていたけれど。

 キーの動きもよくない。当たり前だが修理必須である。

 まあ、修理必須だからこそジャンク扱いになっているのだけれど。

 これ、どこのメーカーだろう。

 結は情報を探すためフルートのあちこちをくまなく見る。

 あ、これが多分メーカー名かな?

 胴部管の、頭部管よりの位置にBardinelliと書かれている。

 バルディネッリ? 知らないメーカーだなあ……。

 結はスマートフォンでBardinelliと検索する。

 どうやらイタリアのメーカーらしいことは分かった。

 それ以上のことは、Google翻訳が読みづらく、よくわからなかった。

 ……ん?

 これって……彫刻入りのフルート?

 結はいったんフルートをばらし、頭部管と足部管をケースに収めて、胴部管だけを手に取る。

 ……うん。これは……椿かな。珍しいな。それにしても綺麗だ。

 Bardinelliの刻印の横には、華やかな椿の彫刻が施されていた。

 リッププレート(歌口とも呼ばれる、口をつけて息を吹き込むところ)やキーに彫刻をするのはよく見かけるけれど、この位置でも時々はあるらしい。

 ただ、結も彫刻入りのフルートなんて、雑誌やテレビでは見かけても本物を見るのは初めてだ。

 しかもこんな、旅先で立ち寄った古物店でだなんて。

 なんという巡りあわせだろう!

 結はもうこのフルートをお迎えする気満々であったが、一応値段は確認する。

 こんな雑な置き方がされている以上、数千円には収まるだろう。

 ……5000円か。

 結は以前にもこのようなジャンクフルートを見たことがあるが、その時は大体3000円くらいだった。

 たぶん、彫刻があるから付加価値がついているのだろう。

 うん、これは、買い!

 やったー! ハズレかと最初は思っていたけれど、今回は大当たりだ!

 結は胴部管もケースに収めて蓋を閉じ、フルートを持ってレジカウンターへと向かう。

 ウキウキで支払いをして車の運転席に座ると、結はなじみの楽器店へ電話をして、フルートの修理を依頼するのだった。



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