銃も異能力も効かない無敵の鎧でテロリストを破壊せよ
数人の覆面を付けた男女が小さな廃ビルに集まっていた。無数のドローンと、どこから集めたのかわからないイギリスの短機関銃、そして混ぜると毒ガスを放つ薬品の入ったボトル。
つまるところ、彼らはテロリストである!
既に都内で多くの死傷者を出すテロが行われ、政府は血眼で彼らを狩ろうとしている。
「わが主の威光を見せてやろうぞ!」
覆面を付けた男のうち一人が白い羽織を基て、手袋をした両手から電気の光を周囲に放った。
「素晴らしい」「これが我が主の力か」「ガンセ様万歳!」「こら、名前を呼ぶな」
覆面の男女は口々にそれを褒めたたえた。
ゴン、ゴン、と足音が響く。何者かがこの廃ビルに登ってきていた。覆面の女の一人が短機関銃を手に取り、様子を確認しに出た。
「まて、銃声がなれば感づかれる。撃つなよ」
他の覆面の忠告に頷き、銃を持った女はゆっくりと階段を下りて行った。
「ぎゃああああ!」
女の叫び声、すぐに射撃音が鳴る。彼女の持っていたイギリスのステン短機関銃の銃らしい勇ましい音だ。そのミシンのような音が鳴りやんだ矢先のことだ。空気を切り裂き叩きつけるような音が鳴り響き、重々しい足音が再び響き始めた。
「マスク付けろマスク」
覆面の者達はガスマスクを付け、薬品の瓶を纏める。
足音が徐々に近づいていき、彼らのいる部屋の前で止まった。機関銃を構えたテロリストたちが、恐れながら息を潜める。
一人が、引き金を引いた。それを皮切りに皆機関銃を打ち出す。壁の向こうにいる怪物に向かって。銃声はそれぞれが弾倉を一つ使い切るまで続いた。
慣れない手つきでもたつきながら弾倉を交換するテロリストの目の前に、壁を破ってその怪物は現れた。
四眼の暗視装置に、分厚い浄化機構を備えたガスマスク、全身の防弾プレート、それらをつなぎ合わせる繊維とゴム、これら装備から手元の連射式ショットガンまで全て真っ白に塗られた怪物は、まるで骸骨のような佇まいであった。
「特自警だ!」
白い羽織の男がそう叫び、ビルの柱の陰に隠れる。特自警の怪物はゆっくりと歩きながら、踏み潰した瓶から流れる薬品の毒ガスを無視し、ショットガンの連射で次々にテロリストの返り血を浴びる。
仲間が次々に地面の埃を嚙まされる様子を見ながら、白い羽織の男は電気で部屋の僅かに残ったドローンを起動する。
「くらえ!」
それらは次々に怪物に突っ込む前にショットガンに撃墜されていった。その様子を見ながら白い羽織の男は両手に電気を貯める。
そして、怪物が自身の目の前に出たその一瞬に電撃を打ち出した。それはちょっとした爆発音とともに怪物の装甲に弾かれた。
「あ」
ドダダダダ、と散弾が連射され、羽織の男は哀れハチの巣になってしまった。
「敵武装集団の無力化を完了」
マスク越しのくぐもった声が、血まみれの部屋に響いた。ただ怪物と死体だけがそこにあった。
ビルの下に停車した暗い青色の車両に怪物は後ろ戸を開けて入って行った。バスのような大きさの余裕あるスペースに、怪物の装備の運用設備が置かれている。
補助の搭乗員が、怪物の装備を次々に解体していった。ヘルメット、ガスマスク、暗視装置が一体になった仮面を取り外し、中の青年の顔が出てくる。
「車長! 捜査班はいつ突入しますか?」
彼はそう車の前方に向けて叫んだ。
「そんなことより次の仕事だ。俺達は大人気なんだぞ沖田。まずは本部に移動。あっちがうまくやればそのまま帰れるみたいだが」
車長のそれなりに年の行った男がそう言った。最も、彼らが大人気というのはよいことではなかった。
長期化し勝者のなかった国共内戦、チベット併合の失敗、韓国とならなかった北部朝鮮半島、樺太から北海道の一部にかけての地域が独立したアイヌ共和国、第四次印パ戦争などなど。
情勢が安定しない中、人類に稀に発現するようになった異能力。
勢力を増すテロ組織、新興宗教、極右極左団体などに市民の生活は脅かされつつあった。
日本国民は恐怖していた! その中で発足したのが「特別自衛隊警察」。略して「特自警」である。
特自警は、「高度防御機動甲冑」。通称「防機甲」を装備できる隊員を中心に小隊規模で車両と共に行動し、国内での反政府勢力の鎮圧を行う。
「防機甲」は防弾、暗視、防毒、防塵、通信、動作補助が可能な高性能装備で、それを装着するには、陸上自衛隊のレンジャー過程を終了している必要がある。
使用する武器は六式機関砲。アメリカ企業からライセンスを買い取り、改造されたもので、ショットガンを中心に様々な銃の性質を併せ持つ鎮圧用銃砲だ。
自衛隊の宣伝用ビデオの一部を、映画館のような大きな部屋で見ている者達がいた。皆一様に赤いバンダナを腕に巻いている。「東アジア解放軍」という垂れ幕が部屋の入口にかかっていた。
「日本政府は名前を誤魔化しているが戦前から何も変わっていない! 我々は対抗し続けるぞ!」
一人の男がそう叫び、密輸品の小銃を掲げる。周りの多国籍な賛同者も同じようにした。
「アジアに続く紛争は日中米の政府の責任だ! 打倒せよ!」
またまた誰かが叫び、歓声が上がる。
彼らは、特自警が迫りつつあることに気が付いていた。能力者もいない、ただ一つだけ彼らには良いものがあった。
「全員武器を捨てて投降しろ!」
叫びながら特自警隊員がドアを蹴破って銃を構えた。中の人間が一斉に振り向き、葛藤する。
一人が引き金を引いた。連鎖的に皆が引き金を引き、無数の弾丸が飛び交う。
「了解」
特自警の怪物が引き金を引いた。猛烈な炎を伴うマグネシウム弾頭と爆風を伴う榴弾が矢継ぎ早に放たれ、東アジア解放軍の有象無象を次々に鎮圧していく。椅子や床に火が付き、部屋全体が炎に包まれる。
怪物はゆったりとした歩調で歩いた。死体と炎にまみれた部屋を。スクリーンが焼け落ち、プロジェクターの外装が溶けだし、人間が焦げる香りが辺りに漂った。
「鎮圧かんりょ……」
そう彼女が言おうとしたとき、旧式戦車が部屋の中へ飛び出した。短い砲身、細い履帯、円形のアンテナ、様々な特徴から彼女はその正体を認識する。
「九七式中戦車。帝国め、厄介なものを残していったな」
旧日本軍の中戦車。マシンアーマーを装着していなければ、諦めていたところだろう。彼女は冷静にバックパックから円形のマガジンを取り出した。点字で「ダーツ」と書いてある。
「圧縮空気!」
戦車の標準が彼女に合う寸前、彼女は装甲の外に取り付けられたボタンを押した。圧縮空気が解放され、分厚い靴底から板が瞬間的に伸びて彼女を空中へ押し出す。
「飛んだあ!?」
戦車の搭乗員がそう叫んだ束の間、怪物は戦車の上を飛び越しエンジンの真上に飛び乗った。
引き金が引かれる。彼女の銃から次々に細長い弾丸が放たれた。それらはエンジンに突き刺さって破壊する。そして銃口を砲塔に向け、中の搭乗員ごとそれをハチの巣にした。
円形のマガジンが空になり、搭乗員と砲塔が原型を残さなくなるまで引き金は引かれた。
「敵武装集団。沈黙」
真白い初代日産フェアレディZが、駆けていた。レトロな見た目をした車の中でハンドルを握るのは沖田一という男。彼は病院に向かっていた。
ギランバレー症候群。体の麻痺を伴う非常に稀な病気である。沖田舞という女性がつい最近発症し、南武蔵総合病院に入院していた。
雨の中、白いフェアレディゼットが南武蔵総合病院の駐車場に止まり、灰色のコートを着た沖田が飛び出すようにして院内へ駆け込んだ。
沖田舞は病室に横たわっていた。長髪を中心に綺麗な姿をしているが、それに似つかわしくないような傷がいくつか顔についている。
「はじめ? あなたなのね。特自警の仕事は大丈夫なの?」
彼女はか細い声で病室に入ってきた沖田一に声をかけた。
「大丈夫だ。君が気にすることじゃない。暇つぶしになるものを買ってきたんだ。どうだろう」
沖田一は幾つかのカラフルな立体パズルを沖田舞に手渡した。すぐに彼の携帯が鳴る。
「すまない。呼び出された」
彼はしょんぼりと彼女に背を向ける。
「ねえ、旅行行きたいからさ、それまで生きてようね。お互い」
沖田一は振り返って無言で頷き、病室を後にした。
彼はフェアレディZに飛び乗り、招集先の木更津へ向かう。途中で、初代三菱エクリプスが彼の後ろにぴったりとついてきていることに気がついた。
「今時……ってのは俺もか。変に気が合いそうなやつだ」
二台のスポーツカーは高速道路を駆け抜け、木更津へと向かった。
陸上自衛隊木更津駐屯地。特自警東部方面部隊と、陸自第百二飛行隊が集結している。
二台のスポーツカーが駐屯地に入り、沖田一はすぐに降りて集結地点へ向かった。それを追うようにエクリプスのドライバーの女性も走り出す。
「あなた。沖田一でしょう? 舞から聞いたの」
「あ、ああそうだが。友達か?」
「そう。親友! 舞と結婚しようだなんて、センスあるね!」
「だろ? 世界一だぜ舞は!」
走りながらそんなことを話し、二人は自身の特自警車両へと向かった。
暗い青色をしたバス型の車両に二人はそれぞれ飛び込む。
「車長。作戦は?」
「装着しながら聞きな」
「了解」
沖田は荷物と上着を脱ぎ、あっという間に迷彩服に着替えた。
防機甲の靴の部分にすぐさま両足を入れる。装着補助員が強化アラミド繊維で編まれた厚いインナーを彼の首から下に着せる。
「ヘリボーンで準軍事組織ガンセ教の集会所を強襲する」
白色の一次外骨格を補助員が彼の関節部を守るように次々装着した。それぞれの部分を細い無数の透明なチューブが繋いでいる。
「国鉄の放棄された操車場を改造して利用しているらしい」
チューブに赤い液体が通され、沖田がそれの確認をするように手足を動かした。
「現在確認されている戦力は、六名の能力者及び、ソ連軍装備」
二次外骨格が次々に装着され、電動ドライバーでネジを締められる。
「密輸されたソ連軍装備の内訳だが、四連装二十三ミリ機関砲が三門。BMP2戦闘車が二両。多連装ロケット砲が二門。自走レーザー兵器が一両」
ヘルメットが手渡され、暗視装置とガスマスクが一体化した仮面が装備される。
「歩兵はエーケー自動小銃と携行ロケットで武装している。前者は防機甲の装甲が貫通されることはまずない。後者も当てられるほど訓練は受けていないはずだ」
「了解」
予備弾倉の入ったバックパックが装甲の上に取り付けられ、六式機関砲と、それに伴う脱落防止帯が取り付けられた。
「よし。ブラックホークの離陸準備は整っている。行ってこい」
「ガ号作戦。開始」
ガ号作戦が開始され、防機甲を装備した隊員を二人ずつ乗せたヘリが八機離陸する。
「フタヒトマルマル。全機離陸。これより特自警隊員を乗せ、西青梅操車場へ向かう」
バタバタと音を立てながら八機のヘリコプターが夜の首都圏を飛ぶ。
防機甲を装備した隊員ごとの区別は、ヘルメットに付けられた番号によって行われる。
「七番。一さんですね?」
「ああ、君は?」
「さっきも話したでしょうに。そういえば自己紹介がまだでしたね。小鳥遊茜です」
「ああ。舞の友達の」
「親友! 舞を悲しませるような目に合ったら許さないからね」
「こっちのセリフだ。親友なんだろ?」
やがて、ブラックホークは全機が操車場上空に到着する。
「総員降下!」
合図とともに防機甲を装備した隊員たちが一斉にヘリから飛び降りた。ジャンプも可能にしているクッション機構が煙を吐き、数メートルからの着地は容易に行われる。
操車場の大きな建物の中には数百人のガンセ教の信者がいた。特自警隊員は、二手に分かれてそれぞれの表口と裏口を塞ぐ。
隊員の一人が扉を蹴破った。
「特自警だ! 全員手を上げて投降しろ!」
信者たちは既に銃を構えていた。両者が発砲する。ロケットランチャーを撃つ暇もなく、鉛の雨が信者たちを襲った。
宗教的意義だけで構成された無力な衣と共に、銃を持った狂信者たちは老若男女問わず粉々にされていった。対照的に、文字通りに掠り傷だけが蓄積された特自警隊員たちは、返り血を浴びながらただ銃を撃ち続けた。
「生存者なし」
特自警隊員たちは、物言わぬ肉塊の池をよく観察した。息をしている者はいなかった。
「おかしいぞ。戦力が少なすぎる」
誰かがそう呟いたとたん、線路の方から大きな音が鳴った。
四人の人影が錆びた貨物列車の上に立っている。暗闇の操車場にディーゼル機関車が駆動する音が響いていた。
「列車で逃走……。いや破壊工作をする気だな」
「本部に通達するぞ」
列車の四人が飛び降りる。露出の多い服装の女性、丸い眼鏡をかけた青年、刀を携えた老人、片手斧を持った髭面の男。
「能力者四名を確認。それぞれ火焔、風洞、抜刀、鉄壁の能力を持っている」
特自警隊員は自ずと散開していく。だが、沖田一と小鳥遊茜は彼らの目の前から動かなかった。
「私らの事舐めてるでしょあんたら!」
「火焔」の女性が手元に火を出しながら彼らに悪態をつく。
「舐めてなどいない」
「正常な判断だよ」
二人はそんなことを言い返す。
ディーゼル機関車がそんなことを言っている間に動き出した。既にこの場の六人以外はそれに乗り込んでいる。
「なっ。私聞いてないんだけど」
女性が狼狽える。
「言ったらどうせ揉めてたでしょう」
青年が彼女を言葉で静止した。
「お前らはさしずめ捨て駒四枚ってわけだな」
「タダ捨てにしてあげる!」
二人はそう言い切った。
「こうなりゃやれるとこまでやるだけよ!」
「もう死の列車は動きました。タダ捨てではありません」
「久々の人斬りだ……」
「残しとけよ。じーさん」
四人も同じように言葉を発した。
ズガオ! 到底斬撃とは思えない音と共に老人が抜刀して戦いは始まった。伏せて斬撃を交わした二人へ火焔が飛ぶ。二人は純粋な脚力ですぐさま飛びのいた。
線路を挟み、沖田一対「抜刀」「風洞」、小鳥遊茜対「火焔」「鉄壁」という戦いになった。
沖田は青年に向けてショットガンを発砲する。その弾丸は風洞の体で立ち消え、再び彼の体から出現して沖田を襲った。
そして、老人が飛ばす斬撃を躱しながら老人にも発砲する。老人はまるで小豆のように鉄の弾丸を切り裂いて弾道を変えた。
沖田は老人に向けて弾倉を丸々使い切る気で引き金を引いた。老人が天井を切り裂き、鉄骨の裏に隠れた。弾丸は見当違いな物にぶつかって弾かれる。
榴弾が沖田の機関砲に装填される。すぐに彼は機関砲を青年に放った。途中で二発の弾を、ほとんど真上に向ける。
「効かないよ。わからないの?」
連射された榴弾砲は青年の前で次々と炸裂し、強烈な爆風が彼の体を襲ったはずだった。彼には傷一つない。
「なるほどな。風洞か。能力を発動している間は、回流型風洞のように戻ってくる」
「そう。能力を発動している間は無敵だ!」
青年は勝ち誇った顔をする。沖田の背後に老人の斬撃が迫っていた。その横薙ぎの一線を飛びあがって回避する。空中で沖田は徹甲弾を装填した。
着地して老人に銃口を向ける。
「何度やっても変わらん」
「今度の弾は重いぞ」
「切れば軽い」
徹甲弾が老人に向けて次々放たれる。高速なタングステンの矢を老人は軽々弾き、空から降ってきた一発の榴弾も信管ごと真っ二つにする。
もう一つの榴弾は青年の意識の外から頭上を襲い、彼を、彼だった肉片を空中に飛ばした。
「能力にかまけるからこうなる。同じだと思うなよ」
「分かってるよ」
沖田はマガジンを替える。
「ところで爺さん。刃こぼれしてるぞ」
「なっ!」
ほんの一瞬老人が自身の刀を見た。その一瞬の間に沖田は引き金を引いた。特殊な機構の弾丸が音もなく飛び、老人の刀に当たって手から弾き飛ばした。
機構ゆえに重くなった薬莢が排出され、地面に落ちる。それを追うように刀も地面に落ちた。防機甲の動作補助で沖田は飛び出し、地面の刀を奪い去る。
「なんで刃こぼれしねえんだこれ」
「そういう能力の奴がいる。あの列車に乗ってっちまったがな」
老人が近くの長さが程よい鉄骨を拾う。沖田が飛び出たことで半歩進めばお互い間合いに入るという立ち位置になっていた。
沖田が刀を振る。本来なら届かない距離だ。しかし、刀の刃先は老人の額を裂いた。
「成程な。そう握れるか」
老人はそう呟いて仰向けに倒れた。沖田は茎尻を掴んでいた。刀の柄の最も端を掴むことで僅かに間合いを伸ばしていた。
沖田は膠着状態となっている小鳥遊達の戦いへと飛び込んだ。髭の男が全身を鋼鉄にして弾丸を弾き、女がその後ろから火焔を放ち続けるという状況に、小鳥遊は攻めあぐねていた。
「一対一にするぞ。火の方を抑えに行け」
「了解」
沖田は残った消音弾で男の足止めをしながら小鳥遊に指示を出した。
小鳥遊の弾丸が弾かれる様子を沖田は見ていた。すぐに閃光弾の弾倉を装填する。刀を片手に持ち、もう片方の手に機関砲を持って走り出した。
男の腕の間合いに入るより早く発砲して、両目に閃光をぶち込む。視力を一時的に失って狼狽える男の口に刀をねじ込んだ。
そして、刀の持ち手に銃の尻を当て、発砲する。その反動は刀を男の口の向こう側まで押し込み貫いた。鋼鉄の男から血が噴き出し、ただの人間になって地面に倒れた。
すぐに銃声がなり、小鳥遊も戦いを終えて出てきた。返り血を浴びている。ヘリもその様子を確認してワイヤーを降ろしながら高度を下げる。
二人がワイヤーを掴んでヘリに登ったところで通信が入った。
「操車場に残存していた特自警隊員は、試製局地戦列車に移乗させろ」
走り出した暴走貨物列車は重武装の機関砲によって乗り込んだ特自警隊員の動きを封じるも、国鉄の奮闘によって、それらが人口密集地に到着するまで数十分の猶予が生まれていた。
ヘリは二人を乗せて車両基地にやってくる。そこには、都市迷彩のなされたゼロ系新幹線があった。防弾板や武装により、武骨な姿になっている。そしてすぐさまそれは防衛のため発進した。
ゼロ系装甲列車が都内を駆け、暴走列車を追う。国鉄の協力と共に最短ルートを通って。
「おいいま新幹線が通ったぞ」「馬鹿言え。この路線に通るわけねえだろ」
「ええ、当該路線はテロのため全線運行停止です!」
人で混雑する駅の中で駅員が叫んでいた。
暴走列車上の特自警隊員は、頭を抱えていた。レーザー、ロケット、機関砲。密輸されたソ連軍の銃火砲のほとんどがこれに乗っていたからだ。
「このまま人口密集地に行かせればまずいぞ」「しかし、むやみに飛び出たところで」
「この列車はとんだハリネズミだもんなあ」
警笛が鳴った。ゼロ系新幹線の。その音は徐々に暴走列車に迫りつつあった。
運行停止によって広々とした線路を暴走列車は駆けていた。しかし、装甲列車が警笛と共に真横に現れた。
「同行戦だ! 暴走列車の特自警隊員は、こちらへ移乗しろ!」
沖田が火砲の後ろから叫んだ。暴走列車上の隊員達は待ってましたと言わんばかりに装甲列車に飛び移り、それぞれ火砲を手に取る。薄い装甲板だけのそれは、防機甲と合わさってたちまち戦闘車両並みの防御力で隊員を守る。
両車の撃ち合いが始まった。下手を打てば民間人に危害を加えかねない装甲列車だが、性能差がその劣勢を埋める。
「敵の武装を斉射!」
「了解」
機関砲は同時に最後尾のロケットを狙った。弾丸は撃ちかけのロケットランチャーを破壊し、爆発炎上しながらロケット車両は連結が外れて線路上に取り残される。
次々と暴走列車の車両は爆発していき、そのたびに装甲列車から歓声が上がった。すぐさま、装甲列車は機関車のみの無防備な姿になる。
「逃げきれそうにないな」
二人の男はそう言い、暴走列車から飛び上がって装甲列車に舞い降りた。もっとも、一人は空中で集中砲火を浴び、肉片だけで装甲列車の屋根を叩く羽目になっていたが。
その男は、両手で刀を持っていた。小鳥遊は誤射を恐れて銃を置き、素手で構えをとる。男が刀を振った。斬撃のさなか、刀はひとりでに伸びて小鳥遊の腕を切り落とす。
肘の先から血が噴き出し、右手が装甲列車の屋根から転がり落ちる。冷や汗をかき、声にならない声を上げる小鳥遊の肩を後ろへ引き、沖田は刀の男の正面に出た。
「まとめて撃ち殺すのが正解だろ」
刀の男があざける。
「彼女が死んだら悲しむ人間がいる」
沖田は刀を構えた。
「俺の身内は悲しんでいいってのか?」
「テロリストを生かした方が悲しむ人間が増える」
沖田は刀で足元に切れ目を付け、その勢いのまま刀を男に向けて投げた。
「効かないよ。そういう能力だもん」
刀は男に触れると同時に分解される。その刹那、刀を振りかけたところで沖田は飛び出して手首を男の頭にぶつける。みしりと頭蓋骨が音を立て、男は刀を落として倒れる。
沖田の防機甲の右腕は分解されていた。
「うぐ。もしも、お前達の大切な人間がテロリストだったら同じことができるか?」
「なんだ。こっちに嫌な思い出を残させようとしているのか?」
沖田は暗視装置を通した冷酷な視線を足元の男に向けた。
「いいから。答えろよ」
「できるね。不特定多数の命を奪おうとした時点で大切じゃない」
そう言って沖田は足元の男に軽い蹴りを入れ、気絶させた。
男が先ほど振りかけた刀の傷が今開いた。沖田の付けた仮面全体に切り傷が入り、割れて地面に落ちる。そして、頬から耳にかけてできた浅い切り傷からは、僅かな鮮血が滴っていた。
病室の扉が開く。沖田一が舞の見舞いにやってきたのだが、ベッドはもぬけの殻だった。
「わっ!」
舞が彼の背後にいつの間にか立っており、驚かせてちょっとだけ飛びあがらせた。
「歩けるようになったの。もうすぐで退院できるって」
振り向いた彼の顔に、舞もまた驚く。
「どうしたのその傷」
「いやちょっと。油断したんだ」
「伊達男が台無しに……。なってないか。退院したらどこ行くか考えようね」
「もちろんだ。特別手当が出たからハワイでも行けるさ」
沖田一のフェアレディゼットが高速道路を走る。宮城旅行の始まりだが、彼の表情は硬かった。
「先日の戦闘での死傷者は数百人に及び、特自警への責任を求める声が……」
舞がラジオを切る。
「気にしないの! 旅行なんだから!」
「でも……」
「いい余生を過ごした軍人がこの世に何人いると思ってんのよ!」
舞は、そう叫んでから笑顔を彼に向けた。
「そうなのかなあ……」
テロリストを狩った時の彼とは全く別人のように、一は困り顔をしていた。
「ほら!」
舞がスマホをいじり、親友のアカウントを彼に見せる。
「おい運転中だって……。カウンタック買ってる……」
その写真には小鳥遊茜が自身の新しい右手と共に、ランボルギーニのスーパーカーが写っていた。
舞がその写真と共に話を続ける。
「人生楽しんでこーよ。一度しかないんだから」
「その一度しかない人生を俺は何度も奪ったんだ」
「人生を使いつぶしたんだよその人たちが。いちいち気にしないの」
沖田一は全く浮かない顔をしていた。
「いや、国民を守れなくてな」
「あら公務員。大丈夫。テロリスト撃ち殺してけば犠牲者は減るから」
まだ、この世界では対テロ戦争という言葉はない。武装組織が衝突し続ける魔境に暮らす彼らは、テロ組織を単純な武力で押さえつけることが何を生むか知らなかった。