7. 教授
扉の先には巨大な空洞が広がっていた。
とても大きな図書館のようだ。
「こんにちは~」
スズリの元気な声が広大な空間に消えていく。やまびこさえ返ってこない。左右に伸びるこの壁は、どこまで続いているのだろうか。
少しの間をおいて、どこか遠くからしわがれた男の声が聞こえてきた。
「おー、スズリか! ちょっと待っとれぇ!」
奥の方でドシンと何かが落ちる音がすると、しばらくして一人の老人が腰をさすりながら現れた。
「数日ぶりじゃのう、スズリよ。元気にしとったか?」
その老人はボロボロだが風格のあるローブをまとっていた。顎には威厳ある白髭がたくわえられている。教授という概念を擬人化したらこんな感じになるのだろう。それ以外の呼び方はいずれも不自然なものに感じられる。
「教授こそ、私がいなくて寂しくなかったですか?」
スズリの返事に、教授と呼ばれたその老人はコホンと一つ咳払いをした。
「スズリ、師匠にはもっと敬意をもって接しなさいといつも言っておるじゃろうて」
「まあまあ」
「全く……」
何やらブツブツ言いながらその老人は髭を撫でつけた。そういう癖だろうか。
「して、そちらの御仁は? 助手が増えるとは聞いとらんが……ん?」
老人の目がこちらを向いた。
「お前さん、どこから来た?」
見た目に反して鋭い目つきだった。自然と背筋が伸びるのを感じる。
「どこからと言われても……」
「どこか遠いところから来たのではないかね?」
老人は深い声で静かに言った。
「教授、この人は先日行われた四六号遺構群の先遣調査で発見された生存者です」
「なに、生存者とな」
「はい」
スズリの言葉に、その老人は好奇と疑念の混ざった視線を俺に向け始めた。
「お前さん、名は何と言う」
「古谷真司です」
「フルヤシンジ……ふむ、聞かぬ名じゃ。遠い異国という感じもしないが、長いな」
「ですよね。だから私は略してシンジさんって呼んでます」
「ふむ、その方がしっくり来るな。わしもそうしよう」
それだけ言うと、老人は視線をスズリに戻した。
「さて、スズリ。拾ってきたものを見せなさい」
「はーい」
スズリはリュックに詰め込んでいたものを机の上に広げ始めた。
本、ボタン電池、曲がったスプーン、携帯電話。
中にはよくわからないものも混じっている。俺のいた時代より未来の遺物だろうか。未来の遺物という言葉は矛盾しているが。
それらが並んだ瞬間、老人の目が輝きだした。
「お、おおお!?」
雄叫びと同時に並んだ遺物に食いつくと、それらを手に取ってあちこちいじり始めた。
「おお、おおおおおお!」
次第に鼻息が荒くなっていく。
「どうですか教授、何かわかりましたか?」
「うむ、何もわからん!」
堂々とした様子でそう言った。
「いやわからんのかい」
思わず突っ込んでしまった。
「なんじゃ若いの、お前さんはわかると言うのか?」
「わかるっていうか、まあ、いやわかるかどうかはわからないんですけど」
「何じゃその歯切れの悪い言い方は、はっきりせい!」
「いやぁ、そう言われても」
そう言われても困るのだ。
だって、それは赤本なのだから。