4. オリーブ色の髪の少女
街が火の海に沈んでいる。空には無数のミサイルが飛び交い、地上は人々の混乱と暴力で満ちていた。
ここは地獄だ。俺はどこでもない場所からその様子を眺めていた。
遠くでひと際大きな爆発が起きた。あまりに強い閃光に目が眩む。次に目を開けた時には、世界はモノクロに統一されていた。
静かだ。
それから世界は少しずつ冷たくなっていった。
どこもかしこも、死後の世界のような静寂と寂寥が広がっている。咲き始めたわずかばかりの花が、ようやく色のある世界を取り戻しつつあった。
どこかか足音が聞こえた気がした。
振り向こうとしたとき、俺はその夢から追い出されてしまった。
その人は――。
目を開けると、右手が上に向かって伸びていた。手が虚しく何も掴めないでいる。
随分と長い夢を見ていた気分だ。
身体を起こした。見慣れない部屋だった。病院のような、小屋のような、チグハグな印象を受けた。
外はすっかり明るくなっていた。
明るく……。
「やべっ、今何時だ!?」
被っていた布団を跳ね除け、時間を確認しようとしたが、スマホが見つからない。
あたりを眺めても時計はなさそうだった。
そもそもここはどこなんだ。記憶がなくなるほど飲んだのだろうか。もしそうなら今日が平日でないことを祈るばかりだ。
自分の荷物が何かないかを探したが、スマホ以外も何も見つからなかった。
ベッドの下を覗き込んでいた時、頭上から声がした。
「あ、起きましたか」
顔を上げると、オリーブ色の髪の少女がバスローブ姿で立っていた。太ももが際どい所まで見えている。
「何か飲みます?」
その少女はにっこりと笑った。
情けないことに、俺はその場で硬くなってしまった。そして青ざめた。
俺は未成年と……?
いくら笹木が羨ましくなったからと言って、自分がそこまで浅ましい行動に出るとは思いたくなかった。そう思いたいが、実際に昨日の記憶はあまりないし、最後に覚えているのは自宅で缶ビールを次々と開けている時の鬱屈感だった。
「どうぞ、コーヒー味です」
そう言って少女はカップを机に置いてくれた。
「ありがとう……」
それを一口飲んだ。暖かいものが身に沁みる歳になった。
飲みながら、彼女の方を見た。
その少女は相変わらずバスローブ姿のままでくつろいでいる。
少しずつ思い出してきた。
明るい室内で見ると、気を失う前に見たときよりもはっきりと彼女の美しさが見て取れた。
あれが昨日のことだったかはわからないが、俺は廃墟と化した建物で目を覚まし、彼女と出会った。気を失った後に連れて来られたのがここだったのだろう。
明るく照らされたオリーブ色の髪はこの世の物とは思えないくらい理想的な美しさで、透き通るように白い肌の上でこの上なく輝いている。髪より少し深い色の瞳は、それだけ深い洞察を得ることができそうな知的な印象を帯びていた。少し焦点を引けば、白い布の下でダイナミックに動く肌が時折姿を現す。
人生で経験したことのない距離感の近さだった。まるでお互いの境界が溶け合ったような……。
そこで考えるのを辞めた。頭を振るのを見て彼女は少し心配そうな表情を浮かべた。
「大丈夫ですか? やっぱりまだ寝ていた方が……」
「いや、違うんだ。大丈夫、少し落ち着かないだけで」
「落ち着かないなら、安定剤を使いますか?」
少女は引き出しから錠剤のシートを取り出した。
「これ、私のお気に入りなんです。飲むとすぐに気持ちが落ち着くし、痛みも多少抑えられるし、チョコ味でおいしいんですよ」
「まっ、待ってくれ!」
俺は差し出されたシートを前にして咄嗟に立ち上がった。
「それ、合法なやつなのか?」
「え、合法?」
彼女は不思議そうに俺を見ていた。上目遣いの視線が破壊的に可愛かったし、大きく開いたバスローブから覗く谷間に視線が吸い寄せられた。そこには小さな数字の列とバーコードのような入れ墨があった。
「もちろん統轄委員会の承認を得た錠剤ですよ。当たり前じゃないですか」
だってここは、と彼女は続けた。
「統轄委員会の治める『紙片の街』ですから」