2. 生存者
何かの物音で目が覚めた。表通りで誰かが騒いでいるようだ。
あたりは暗かった。
随分長いこと寝ていたのか、つらかった怠さがなくなっていた。こんなに清々しい目覚めはいつぶりだろうか。
土曜日だからと油断して寝過ごしてしまったらしい。もしかしたら、もう夕方なのかもしれない。
とりあえず顔を洗おうと起き上がると、突如浮遊感に襲われた。
ベッドの脚が折れたのだ。
「……ってて」
腰をさすりながら立ち上がる。どうして急に壊れたんだろうと見てみると、ボロボロに錆びついているパイプの断面が覗いていた。昨日まではそんなことなかったはずだ。
驚きでだんだん頭が冴えてくると、周囲の異様な光景が目に飛び込んできた。
埃っぽい部屋の中で、壊れた家具が散乱している。壁の一部は崩れ落ちているし、わずかに外から光が漏れ込んでいる場所には苔が生えていた。割れた窓の向こうには、見たことないほど明るい月が浮かんでいる。
まるで廃墟だった。
「どうなってるんだ……痛っ」
ベッドから降りるや否や、瓦礫の破片を踏んでしまった。見ると血が滲んでいる。さっきの清々しさはどこかへ消え去って、今はただただ最悪の気分だった。
足元に注意しながら歩き回った。リビングも同様で、文字通り足の踏み場もない。
玄関を出ると、一瞬息が詰まった。
「な……!?」
目の前の全てが崩壊していた。
寝ている間に大地震でも起きたのだろうか。
一度部屋に戻った俺は、割れていない唯一のコップを見つけて水を飲んだ。辛うじて水道も生きているようだ。
情報を集めようと思ったが、スマホの電源が入らない。充電が切れているようだ。こんなとき災害用のラジオでもあれば……そうだ!
押入れに飛び込み、舞い上がる埃に咳き込みながらそれを掘り出した。
真っ赤な非常袋だ。
中を漁ると、思った通りラジオが出てきた。ハンドルを回して発電し、ボタンを押した。適当にダイヤルを回していると、ノイズではない何かが聞こえてきた。
言葉は聞き取れないが、明らかに人の声だ。歌っているようにも聞こえる。
他の局を探したが、なぜかその一つしか放送していなかった。全国のラジオ局が一斉にダメになったのなら、これは震災ではなく戦争かもしれない。
そういえば、さっきから辺りがあまりにも静かすぎる。まるで誰もいないかのようだ。
一気に脈が速くなる。
縋る思いでラジオを耳に当てたが、やはり何と言っているかはわからなかった。もしかすると敵国の電波かもしれない。
俺は壊れたベッドに倒れ込んだ。
まだ夢を見ているのかもしれない。もしそうなら、足の痛みがやけにリアルな夢だなと思った。
それか、ここが天国なのだろうか。地獄のような光景だから、地獄かもしれない。どちらにせよ、死後の世界に相応しい静寂と寂寥が広がっている。
明日が来ないとは、そういう意味だったかもしれない。
顔を持ち上げると、足はしっかりとそこにあって、まったく透けていなかった。
靴を取りに行こうと思ったその時、玄関の扉がひとりでに開いた。
その向こうから現れたのは、地面から生える大きな黒いカタマリだった。
「うわっ!?」
「ひぃっ!」
向こうも同じように俺を見て驚いたようだった。悲鳴とともに被っていたフードがはらりと落ちると、オリーブ色に輝く髪が姿を現した。
その少女はゴテゴテしたゴーグルを外すと、俺を見てまた叫んだ。
「せっ、生存者!?」