第5話∶踏んだし蹴った
気が付いたら男の攻撃は終わっていて、それどころか男達の姿も無かった。騒ぎを聞きつけた係員が止めたらしい。
今は医務室で、団の医療の人に回復の魔術をかけてもらっている。
回復の魔術と言っても、精神的疲労が取れるわけもなく、疲労はそのままだった。
エールの回復が終わり、団員証を受け取った後は、短時間の事情聴取があった。
団員証は剣が燃えているような、針を通して付けるタイプの証で、それが団の紋章らしい、それと、名前が書いてあるだけのカードを貰った。
一連の騒動で、退団させるなんて声も聞こえたが、結局その話がどうなったのかはわからない。
エールはそこまでしなくても良いんじゃないかと思っていたが、管理する人達にしかわからないこともあるのかも、なんて思いながら聞き流していた。
男達のことはチア曰く、「元々しつこく絡んできていて、冷やかすだけで帰っていくと思ってた、ごめんなさい」とのことだった。
エールは、色んな人達に迷惑をかけて申し訳ないな、と思いつつも、そのまま今日の食事や宿をお世話になることになった。
食事を済まし、案内された宿へ行き、ベッドに寝そべりながらエールは今日のことを振り返る。
「美食の国?ってだけあったなぁ…物凄く食べてる人いたし、また行けたらいいなぁ…」
エールは最初に夕食を思い浮かべる。
食で有名なだけあり食卓に並ぶ料理は豪華で、これが当たり前の感覚になったら、この先危ないのではないかと感じる。
そんな豪勢な料理と、思ったよりもたくさん食べていたチアのことを思い浮かべていた。
(そういえば虫の被害って何だったんだろ、そんなことが目立つくらい困ってるようには見えなかったけど…)
エールはチアとの会話を思い出す。見るからに普通よりも豪華だった料理に違和感を覚えながらも、その違和感は曇り、どこかへ消える。
(それにしても)
そこで今日一番の疲れの源である、できればもう忘れたい記憶が一気に甦る。
「大変だったなぁ〜」
エールはため息混じりに呟く。
男達に絡まれたときの事が、エールの頭の中をぐるぐる駆け回っていた。
(チア…人気者そうだったな…まあ、可愛かったし…そりゃそうか…)
エールは、今回のことをとても反省しており、誰かに相談することも無く、どうしたら良いかと、悩んでいた。
(僕が案内されずとも、色んなこと知ってたら何事も無かったかもな…)
自分にもっと知識があり、一人で解決できていたら、と考える。
(変なこと考えてるな、ドラゴンにも遭遇するし、トラブルにも巻き込まれる、踏んだり蹴ったりだ)
「………そんな環境に身を置こうとしたのは、僕か」
この先にある自分の道に、払拭しきれない深い不安を覚えながらも、エールは意識を微睡みに委ねる。
「…寝るか」
一日の終りの合図、小さな声で呟いた。