第37話∶ハズレ
(なんだ……?)
明らかにエールの様子が変わったことに、対峙する男は戸惑う。
立ち上がったエールは二度片足ずつ、地面から離れたかも分からないほど軽く跳ねる。身体的には限界かもしれない。しかし誰が見ても分かるほど───
(過集中?ゾーンに入ったってところか……?)
誰が見ても分かるほどの集中。全ての神経を研ぎ澄ましていた。そうして必然、それに呼応するようにエールは発火……炎を纏い始めた。
(魔術……?いや……!こいつ…………ッ!!!この短時間で『悟』を身に着けた!?あの集中力で!?できるのか……?そんなこと……!)
目の前の異常事態に、魔王と名乗った男。レオは目を見開く。
(……厄介な、そしてどんな力があるのか分かったものじゃない……まず触れたくはないな……)
エールの変化にどう対応するか、様子を見ながら思案する。しかし迷っているのは対処法ではなく……
(真正面から全て受け切るのが王の在り方……いやしかし……)
未知の状況でも、気にするのは自分の生き様であった。最初こそ驚きはあったものの、変化を認め、真正面から未知の存在を穿とうとしていた。
(まあ……こんな場で余計なことをする必要ない、今回は様子を見に来ただけだ……)
レオは焦らず冷静に、そして慎重にエールを見定める。そうしているとレオの元へ、一歩ずつ、ゆっくりとエールは向かい始める。
(さて、相殺できるか……?)
炎を纏いながら攻撃をしてくるエールを見て、次の一手を考える。大きく息を吸い込み、手懐けた多くのドラゴンの内の一頭を思い浮かべながら息を吐く。その息はレオの口からほんの少し離れてた場所から炎が現れ、エールに届く。しかし届いた炎は、エールが纏う炎と衝突し呑み込まれる。
(これじゃダメか……なら……!)
もう一度大きく息を吸い込み、前回とはまだ別のドラゴンを思い浮かべながら息を吐く。すると今度は、レオの口からほんの少し離れた場所から水が現れ、エールの元へ弾ける。しかしこれもエールの纏う炎によって阻まれる。
(これでもか……!?)
自分の予想と外れ、エールの炎を対処できないことに少し驚く。未だ知らぬ攻撃に対し、後手に回るレオは攻略の糸口を見つけられずにいた。
目の前に迫るエールが持つ炎の剣を紙一重で回避し、また別の策を練る。
(明らかに身体能力が上がった……それだけか……?何ができる?)
レオは探るようにエールを見る。エールは既に狩られる獲物ではなく、敵として認識され、観察されていた。
(いや……炎ということに囚われていた……この性能なら、持続性はないか……?それとも、この俺が触れたとして、ただ熱いだけという可能性もあるか……?)
これまでの戦闘での経験や独自の考えを持って、レオはエールの力を推し量る。
(一か八か……!物は試しだな……負けないことは容易い、しかし在り方が自己を王にする……!)
再び迫りくるエールの剣を、大きく息を吸い込み、腕で防御しようと構える。腕は硬化し、剣と衝突する。
「ぐっ……!?」
レオの腕には焼ける痛みが広がり、想像以上の強さに驚く。
(……ただ熱いだけ……?いや、単純過ぎる……純粋過ぎる……それ故に……強い……!?)
エールの純粋さを揶揄するように、炎はエールの身体に纏わりつき、離れない。
(……熱いだけではある……激しく……冷まそうとしても、まさに焼け石に水ってやつか……?しかしそれだ、これは純粋な力であるからこそのもの……)
息を吐き、頭を冷やす。
(……相手に搦手は無い!だがしかし……)
レオは王の風格を纏い、エールに向き合う。
「正面から穿つ!」
自らの決意を解き放つように、レオは昂ぶる気持ちを自覚しながら大声を出す。
何を隠そうレオも土壇場で成長したエールを見て、心を躍らせていた。
未熟であるまま成長し、自らを確かめようとするエールに対し、相手の全力を超えることで、王として生きる自分を確かめようとしているレオ。この戦いの決着は、今の自分の最高を超え、その先の理想を描ける者に訪れるのだと両者共に考えていた。
しかし戦いは意外であり、ある意味知っていた結果として訪れる。
(後手に回るな!攻めあるのみ!多少の傷は気に留めん!)
先程までの思案し相手の出方を伺っていたレオはもういない。誇りを掲げ、前進する。
そして一方、エールは───
(ここで倒せたら……ここで勝てたら……僕が……ゆうしゃに……!)
未来への期待と没頭できる今に、心が踊る。その胸の高鳴る調子と共に、連撃を繰り出す。
レオはそれを防ぐが、幾度も繰り出される激しい攻撃に、ほんの少し体勢が崩れる。
「トドメ……だ!魔王!」
その隙を見逃さず、渾身の一撃を振り被り、少し反応が遅れてから言葉を発した。
レオはその言葉を聞いて目を見開く。
(魔王……そういえば、そう名乗ったな……ああ、そうだった……!)
自分がなんと名乗ったかさえ忘れるほど……いや、そういう性格でもあるが、エールに言われてレオは自分を思い出す。そして後方に聞こえてくる高速で風を切る音と共に笑みを浮かべる。
「残念!ハズレだ……!」
「……!?くっ……!」
エールの攻撃は紙一重で空を切り、レオはエールを蹴りつけ、そのまま飛び上がる。
「愉快犯だとでも思ってくれればいい。また会うかもな?」
そう言われた瞬間。戦いに夢中で忘れるはずもなさそうな存在を思い出す。
(しまった……!そうだ!後ろに飛竜?ずっと観戦して……?いや、いなかった……?頭から抜けて……愉快犯?)
エールの頭の中に様々な疑問が飛び交う。そんな疑問を残し、レオは飛び立って行ってしまった。
「ハズレ……?魔王じゃ……ない……?」
レオがどういう意図で言ったのかわからないが、エールの中で一番納得できる解釈がそれだった。
先程までとは一変した静寂に一人取り残される。纏わりついていた炎も、激しく鳴っていたわくわくもいつの間に去っていた。
「……あ」
なんと言おうとしたのかもわからない。ただその声さえ、空に消えていった。
※
「………………」
空を見つめながら、戦いの内容を振り返る。
「そうだな……全体的に、良くなかった」
相手の出方を余計に伺っていたこと。
安易な考えで相殺しようとしたこと。
目の前に囚われて発想が固くなっていたこと。
自分のやるべきことを忘れていたこと。
レオはそんな自分の反省すべき点を浮かべ、次に相手であるエールのことを考える。
「…………まだまだこれからだ」
エールの成長性を評価すると同時に、それは今後次第であると考える。
「…………くっ……!でもなぁ〜!早いとこ力技で攻めてたら倒してたよな〜?う〜ん?」
倒しきれなかったことが余程悔しいのか、俯き、頭を抱える。
「でも、時間は有限だった。それまでに倒せなかった俺の落ち度か…………う〜ん……」
納得しようにも納得できない、宙ぶらりんなレオの独り言が風に乗る。
「しかし、言われた通りに手伝ってやったが……俺が手伝ったやったから失敗はないとして、結局何をしたかったのか分かるか?」
そう言って、乗っているドラゴンの頭を撫でる。
「足止めやら何やら言っていたが、誰のとは言っていないから個人ではないと考えているのだが……ふむ、そうか……」
レオはまるでドラゴンと話しているように相槌を打つと、納得した顔をして自分のいるべき場所へ着くのを待つ。
※
レオが去った後、少し時間が経ち騒動は落ち着いたらしい。原因は究明中であるとの噂が流れる。
それでもエールの中に、はっきりとした動機や確証は全くないが、魔王と名乗り戦った相手がやったことだろうと確信していた。
皇帝からエールへ勇者の称号を授けると言う話は有耶無耶にならず、街に入って来たドラゴンを撃退したとの目撃情報があるらしく、早急に、まるでシールでも貼るかのように与えられた。
今回は城の中に呼び出され、皇帝の前で勇者というものの説明をされていたが、その説明をエールは「他の国に行くときに便利かもね」くらいにしか覚えておらず、他のことを考えていて説明はあまり聞いていなかった。
そんな中、突然勢いよく扉を開く音が聞こえ、全員の視線がそこに集中する。
走ってきたのか、疲れ果てた様子の兵士が息を切らしている。
「騒がしい……!無礼だ……!」
「伝令っ!ストレリ王国が……っ!」
従者である人の声を無視して、兵士はそのまま焦った様子で声を出す。その言葉を聞いて、城に入ってから俯いたままのチアの肩が、少しだけ反応を見せる。
「ストレリ王国……イベリス帝国、共に壊滅……っ!」
周囲は騒然とする。
チアは俯いたまま、エールの袖を力強く掴む。
「ほう……」
皇帝の声が静かに響き渡る。




