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第34話∶低迷と憧れ

 

「どう?いい話じゃない?まあ…悪い話じゃないでしょ?」


 ジギタリスと呼ばれた男が、皇帝へ問いかける。


「…まず、君は誰なのかな?白銀龍が討伐された現場には、彼ら以外いなかった筈だけど?」

「…そもそも、なんでこんなに早く褒美を授けようとしたの?そんなに急がないといけない事があるの?なんか怪しいな〜」


 皇帝の話を無視して、ジギタリスは得意な顔で皇帝の前に出てくる。その行動に、兵士達はジギタリスの前に出て、下がるようにと言葉を浴びせる。


「…不敬だ…」


 護衛の一人であろう大男が、武器を抜き、ジギタリスの前へ立ちはだかる。


「…じゃあさ、俺とこのエールとかいうクソガキが一対一で戦って、俺が勝ったらそれでいい?俺が倒したって事にして貰っていい?」


 ジギタリスの言葉に、皇帝や兵士達は沈黙し、逆に野次馬達はざわついた。

 エール自身もどうしたら良いのか分からず狼狽え、仲間達を見るが、チアはいつの間にか居なくてなっており、タロー達は退屈そうにしていた。


「本当に倒したなら、俺にだって勝てるんじゃない?どうですかー?」


 ジギタリスは周りを煽るような口調でそう言うと、じっとある一人の人物。エールを見つめる。


「お前も、逃げんなよ?」


 警告するようにエールへ言い放つが、その言葉にはかなり個人的な恨みが籠もっていた。

 別にやる必要もないんじゃないかとエールは疑問に思ったが、場の空気はすっかりジギタリスに支配されいるらしい。


 ジギタリスは距離を取り、武器を構える。どうやらこのまま戦う気らしい。


「ほら、構えろよ」


 今更勇者になる理由なんてないのに、本気で戦うのつもりなのかと皇帝を見る。すると野次馬はもう止められないとでも言いたいのか、肩を竦める。


「早く倒してね」


 タローが突然声をかけ、徐ろに離れていく。それにタローの仲間達もついて行ってしまった。


 とうとう野次馬の中心にはエールとジギタリスの二人以外がいなくなってしまった。

 野次馬達はエールが勝ち、ジギタリスを完膚なきまでに倒すことを求めている。

 戦うことしか選択肢がない様子だ。


 エールは渋々剣を構える。そうして、戦いが始まってしまった。


 ジギタリスが、エールに向かって斬りかかる。その攻撃をなんとか防ぐが、ジギタリスは更に追撃を加える。


「ほらほら!どうした!こんなもんなのかっ!?」

「くっ…!」


 ジギタリスには口先や態度だけではなく、しっかり実力もあった。重い攻撃に、エールは防戦一方を強いられる。


 なかなか手強いジギタリスを相手に、攻め続けられる。そしてエールには、「負けても良い」そんな考えが、脳裏を過ぎる。そうすれば勇者となってこの先で更に負けて痛い思いをすることも無く、身の丈に合った生活を送り、いつの敗北も正当化することができるからだ。そして更に、ナグサの言葉が頭を支配する。俗物と否定され、叶わないと断言された。そしてそれを悔しくも認めてしまった。

 このままじゃ、きっと叶わない。そう感じてしまった。だからもう、諦めようと考える。



 しかし無意識に身体がそれを拒否する。迫りくる攻撃を防ぎ、辛うじて生き延びようとしている。


 ────まだ、迷っている───


 理由もなく何かを目指すことを。在り来りな夢を持つことを。折れた心をもう一度、奮い立たせることを。


「おいおい、弱すぎるぞ!」


 ジギタリスは、そんなエールに容赦なく攻撃を加える。そんなジギタリスにもまた、狙いがあった。


 ────ジギタリスの最初の記憶は、母親に捨てられてから始まる。その意識の産声は母親を呼ぶ声だった。


 その後はスラム街で育ち、力の無いものは搾取され、力のあるものは雨を凌ぐことができる。

 そんな環境で、残酷にも出会ってしまう。暖かさを知ってしまう。優しさに触れてしまう。


 取り返しのつかない一つの失敗で、傷だらけの餓死寸前、名も知らぬ女性に拾われる。

 ここから、未だ知らない初い恋心との出会いだった。


 その女性と触れ合っている内に、共に過ごす内に、ジギタリスという少年の心は、勝手に明日があるなんて思っていた。


 そんな盲目に信じていた未来は、目を離した内に壊れる。彼女の場所を訪れても誰もいない。


 スラム街で育って悪事を働き、いつか自分に返ってくると考えていたが、それがその時だとは思っていなかった。


 どこに行ったのか、何をしているのか、考えない日はなかった。どれほど待ったのか、忘れるほどに時間が経つ。

 長い時間を過ごし、始めからなかったことにしようと考えた矢先、暖かさに巡り合ってしまう。何度も何度も。ぽつりとした温度が、過去を忘れないようにさせる。



 だから仲間が欲しかった。愛が欲しかった。でも今、付き添う仲間は自分にでは無く、自分の力に、金に、もしくは負けた過去を正当化するためについてくることを知っている。


 そしてこの場において、エールより優れていること、それを証明する。


 その少年は、誰かに認められるために、誰かに愛されるために、今日を生きている。本人は自覚しているのか、いないのか、誰かの心に残りたい。それだけが心臓を動かす────!


「おらっ!」

「…っ!」


 ジギタリスが斬りかかり、エールはそれを防ぐ。剣の欠片が宙を舞う。

 エールの注意が剣に向いているのに気が付き、腹を蹴る。


 場は静まり、ジギタリスが優勢であった。

 しかしジギタリスは、違和感を覚えていた。


(…最初から倒した噂なんて信じちゃいなかったが、なんだ…?初めて会ってボコボコにしてやった時の不気味さがねぇ…)


 ジギタリスは、エールが白銀龍を討伐した噂を全く信じていなかったが、出会った頃との印象の違いに、少し慎重になっていた。


(このまま押し切れるか…?)


 大胆に、そして慎重に勝とうとしているジギタリス。

 一方、追い詰められているエールは、何度も考えた疑問が再び蘇っていた。


(なんで僕は…勇者を目指してるんだ…?)


 何度考えたか分からない、何度考えても答えが出ない疑問。この場でその答えを探し出せないと、もう二度と、見つけられない。

 そんな予感が、エールの心を焦らせる。


(そうなってほしいとか言われて、勇者になろうとしてるんじゃない…そう…応援されるからなろうとしているコトじゃない………!)


 ジギタリスの攻撃をなんとか防ぎながら、エールは考える。


(なら…なんだ…?一体…僕は………?)


 壁に当たるように、答えが見つからない。それでも考えてしまうのは、意識せずともこのままでは終われないからなのだろう。


 いつまで経っても防戦一方のエールに、響めいていた場は、いつの間にやら静まり返っていた。


 なんとか粘っているエールを見て、最初はエール逆転し勝つ期待をしていた。しかしそんな期待は次第に失われ、このままジギタリスが勝つのだろうと、多くの人がそう思っていた。


「…遅いなぁ…」


 誰かに言った訳でもなく、タローは呟く。それは退屈そうで、茶番に付き合っているようだった。


 そんな中、エール達の戦いとは別で、街が騒がしい。野次馬が音の聞こえる場所を探すために辺りを見渡す。


「魔物だ!!!」


 はっきりと聞きとれたその一言で、広場は混乱に陥る。民衆は我先にと逃げ出す。辺りを見渡すと既に皇帝は避難しているようだ。


 少し前までお祭りでも始まりそうな人だかりであったが、戦闘のできない市民は逃げ出し、戦闘のできる職に就く者は魔物の迎撃に向かうのであった。


 エールは、これほどの騒ぎであるから魔物は一匹ではなく、多くの魔物が入ってきたのだろうと考える。

 自分もその戦いに参加するべきだと思っているのだが、目の前のジギタリスの攻撃は止まず、より一層激しくなっていた。


 ジギタリスも一度止まるべきだと思ってはいるが、この好機を逃せば二度と同じような出来事はないかもしれないと考え、早々に決着を着けようと畳み掛けるように攻撃を繰り返していた。


 そんな中、魔物たちは数々の戦士を突破し、二人の間に割り込む。そんな割って入ってきたゴブリンやオークなどの魔物を二人は冷静に対処する。


「…聖人のつもりか…?気持ち悪ぃ…」


 ジギタリスはエールを見て呟く。エールは魔物を殺すことはせず、気絶させるか逃がしていた。それを見たジギタリスは、倒れている魔物の息の根を、容赦なく止める。


 エールはジギタリスから目を離さない。一瞬でも隙を見せたら、その隙を見逃さず攻撃してくると思ったからだ。


 もう観客は居ない。どちらが勝っても、どちらが負けても、きっとそこに意味はない。

 それでも、負けたくない気持ちを否定できないエールはただ、ジギタリスの攻撃を待つのであった。


 静かに、ゆっくりとジギタリスはエールに向かう。その目は酷く退屈そうで、どこか寂しそうに見えた。


 ジギタリスは走り出し、剣を振るう。その剣はエールの剣に衝突し火花を散らす。


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