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第33話∶栄誉


 クロワを見送り、仲間達と別れ、宿に帰る。

 勇者になろうとしてなかったら、会えないままだったのかもしれない…。それはなんだか少し寂しくて、また会いたいという気持ちを強くさせた。それでもまだ、悩んでいる。勇者になるのか、勇者になれるのか。

 何度も思い留まってしまう。痛い思いをせず、このまま帰った方が良いだなんてことが、頭に浮かんでくる。クロワは、お前なら勇者にだってなれる、なんて言ってくれたけど、きっと今のままじゃ、何か…新しいものを得ないと、なれないと思う。


「僕は…どうしたら良いんだろうな…何やってるんだろうな…」


 無意識に声が、譫言のように宙に舞う。



 ルピナス帝国から離れた、パナケアへと向かう道中。

 一人の男が歩く姿が見える。

 クロワである。


「いやー!何ていうか…愉快なやつらだったなぁ〜!」


 道を歩む足音と、クロワの独り言が重なる。


「久々に美味い飯も食えたし、愉快な奴らとも出会えた…幸せって…こういうことなんだろうな…きっと…」


 クロワは孤児である。親の顔は覚えていない。物心がつく前に、妹と共に捨てられた。それからは盗みをして毎日を必死に生きていた。

 だから───


「お…雨が降ってきたな」


 曇り空の下に雨が降る。

 クロワは大きな樹の下に近付き、雨が止むまで、雨宿りをしようと身を隠す。


「エール…なんだか元気無さそうだったよなぁ…」


 何やら落ち込んでいた様子のエールを思い出し、少し心配をするが、心の中でクロワの中には他に確信していることがあった。


「でもきっと…ビッグになるぜ…あいつは…!いつかでっかいヤツになる…!きっと…!!」


 雨空の樹の下で、空を見上げる。


「俺の勘が…そう言ってる…!」


 まるで遣らずの雨の様に降ってくる空の下で、クロワは一人、そう呟く。



 いつの間にやら寝てしまっていたようだ…。太陽が顔を覗かせている。

 予定もないし、今日はどう過ごしたものか…。

 部屋の窓から外の様子を見ると、どうやら雨が降っていた様だ。でもまだ、空は薄暗く、大きな雨雲が残っている。また、雨が降るかもしれない。

 ドワードの所へ、白銀龍の素材を届けに行ってもいい。でも…これ以上旅をする必要なんて、今の自分にはない。まだ…勇者になる理由だって見つからない。そんな考えが、体を鈍くさせる。何かをする気力が、全く湧かない。

 何の理由もなく、天井を見つめる。


 ずっと…自分が何者なのかを探している…そんな疑問が浮かんで、頭から離れない。

 自分の不甲斐無さに、腹が立ってくる。

 そんなことをしていると、またもや外が騒がしい。流石に何かをしたなんてことを疑うことは無くなったが、外が騒がしいとそれだけで少し不安になる。まあ、何かあったことは確かだ。そうでないと、こんなにも騒がしくなる訳が無い。

 それはそれとして、怖いから外に出るのはやめておこう。


 そうして再びベッドに寝転がり、天井を眺める。すると───


「エール!起きて!大変だよ!!」


 ───チアが大きな足音を立て、勢いよく扉を叩いてくる音が聞こえる。大変らしい………大変なのか…それは…普通に嫌だな…。


「エール!」


 まあ、このままでいても、大声で名前を呼ばれ続けるだけだろう。


「ん、起きてるよ」


 重たい身体を起こす。少し歩くのでさえ疲れるが、扉を開き外へ出る。


「はいはい…今度は…どうしたの…?」

「おはよう!」

「ああ…うん、おはよう」

「どうかした?なんか…元気ない…?」


 チアに顔を覗き込まれ、不調を指摘される。そんなに顔に出ていたのだろうか…?


「そ、そうかな?寝起きだからじゃないかな?どうしたの?」


 慌てて目を逸らし咄嗟に誤魔化したが、チアは信じるのだろうか…?流石に怪しすぎるか…?目の逸らし方は自然だったと思う…。嘘は言ってないし…。


「そっか…寝過ぎじゃない…?」

「確かに…!そうかも?あはは」


 笑いかけたつもりだったが、チアは全然笑っていない。ちょっと気まずいな。


「そんなことより…急いでたみたいだけど、どうしたの?」

「そうだ…!また呼び出されてたよ!今度は王様に…!」


 呼び出されてた…?今度は王様に…?どういうことだ…?王様…?帝国って言ってたし…帝王とか皇帝とかからだったりするのかな…?王様ってなんだ…?ああ…考える程よく分からなくなってくるな…。まあでも、行ったら分かるかな…何も悪いことしてないと良いけど…。


「じゃあ、行こっか!」


 チアの笑顔に呑まれ、そのままついて行ってしまいそうになる。しかし寝間着で外に出るわけにもいかず、チアを一度部屋の外に追い出し、準備をする。服装も考えたほうが良いのでは…?と思ったが、そんな畏まった服はなく、結局いつも通りの格好で済ませてしまう。


「お待たせ…あれ…みんなも来てる」

「おはよー…」


 外に出ると、チア以外の他の仲間達も待っていた。


「おい…いつまで寝惚けてるんだ」

「起きてるよー…」


 タローはいつもより眠そうだ。ユージはそんなタローの肩を掴み、目を覚まそうと何度も揺さぶる。

 普段であればこの愉快な景色に微笑んでいたところであろうが、今は違う。

 王という称号を持つ者に呼び出されたため、かなり緊張しているが、タローやユージは例外として、チアですら普段通りでいる。慣れているのか…それとも何も考えていないのか。どちらもあり得そうなのが一番困るところだ。

 そんなこともありつつ、呼び出された場所である街の広場へと向かう。


「なんか…もう人が多いみたいだね?」


 広場は野次馬と思しき人達で溢れていた。なんで集まって来てるんだろう…?いや…本当に…。


「どれが一番偉いの…?倒したら終わる…?」

「やめろよな…」


 何故かタローは戦う気らしい。眠くて気が立っているのだろうか…?何としてでも止めたい。そんなタローにユージは呆れた表情を浮かべる。

 しばらく待っていると、大勢の兵士達が姿を現す。

 その兵士達の中心には、年老いているようで若々しい…なんというか…あからさまに高貴で、見るものを圧倒し、名乗らずともわかる…。


「…あれが…皇帝…?」


 遠くで誰か、そう言ったのが聞こえてきた。恐らく、なかなかお目にかかれる人物ではないのであろう。皇帝だし、それはそうか…。


「エールというのは…?貴殿のことかな?」


 皇帝とは思えない程、砕けた話し方で声をかけてくる。呼ばれたにも関わらず、緊張と驚きのあまり、返事ができない。


「…え…無視?」

「貴様っ!!!」

「まぁまぁまあまあ…落ち着いて…」


 従者であろう人物が、鬼の形相で睨みつけてくる。こわ…でもこれは僕が悪いな…。


「えっと…名前は…あってるよね?たぶん…」


 皇帝の問いに、必死に何度も頷く。なかなか声を出すのが難しいが、相手は「緊張とかして声出すの難しいよねー」と意外にもかなり寛容だ。従者はよく思っていない表情だが…。


「そう!それで…白銀龍?を倒した恩賞として、この国では君に勇者の称号を授けようと言う話になったよ」

「え…」


 その言葉に、心臓を強く打ったような強い衝撃を受ける。

 勇者…?僕が?どんな気持ちで…?どんな想いで…?あの時負けて失くなった僕の夢が…?叶わなくなった…手が届かなくなったと思っていたモノが…?なんで…今更…良いのか…?このまま何も変わってない僕が…?くだらない夢で…他の夢を奪った僕が…?ありきたりで…簡単に挫けた僕が…?こんなのだったら…死んだほうが…?


「お待ち下さい!!!」


 どこかで聞いたことのある声が聞こえる。その声の方へ目を向けると、昨日やたらと疑ってきていた団の職員が見えた。


「その人が倒したとは決まっていません!今一度…!ご再考を…!!」


 何を言い出すのかと思えば、まだ疑っていた。というより信じていなかったらしい。

 その言葉に皇帝は少し怪訝そうな表情を浮かべる。


「それじゃあなに…?誰がやったの?他にあてもないのに考え直せってこと…?それとも…私まで来た情報は信用ならないとでも?」


 流石に怒り過ぎな気もするが…ここまで大事になって、人違いでしたじゃ済ませられないし…職員さんの間が悪かった。言い出すのがもう少し早ければ、こんなことにはならなかったのかもな…。


「いえ…!決してそういったわけでは…」

「じゃあ、もう下がって」

「しかし…!」


 何度も食い下がる。何が彼をそうさせるのだろうか…自分の立場を危うくさせてまですることなのだろうか。それとも…ここから巻き返せる何かがあるのだろうか…?


「何…?言いたいことがあるなら早く言って貰えるか?」


 皇帝の機嫌が悪くなっていくのを、肌で感じる。

 ここで勇者になるのも…微妙な気持ちだが、これ以上険悪な雰囲気にしないで頂きたい…。


「………!」


 職員は黙ったままだ…もう不敬な気もするが、今後この人がどうなるかなんて…気にしたらダメな気がする。

 しかしそんな時、野次馬達の中から動きが見える。静かに成り行きを見守っていた人混みがざわつき、注目を浴びる。


「…はーい…俺も反対…」


 野次馬の中から、見覚えのある一人の男が歩き出し、目線はそこへ向く。

 野次馬達に隠れてまだ姿は見えないが、嫌な予感がする。きっと…知っている人物だ。

 頭に一人の男が浮かぶ。

 その男はまさに荒くれ者で、非行が多く、問題を幾つも起こしていて嫌われているらしい。

 どこで何をしているかなんて、考えたこともなかったが、きっと彼はこの先も、僕の前にまた現れるのであろう。立ち塞がるのだろう。そんな予感がする。


「俺…そいつ気に食わないから」


 男の顔がようやく見える。嫌な予感は的中していた。そして、その男について行っていた他の仲間はどこへ行ったのだろうか。幾つもの疑問や不満が出てくるが、こうなってしまったのは仕方がない。受け入れるしかないのだろう。


「そいつがやったって証拠も無いし、他の人がやった可能性もあるなら、俺がやったってことにしてくれない?それで良いでしょ?」

「…何を言っているのかね?君は…?」


 その男の発言に、皇帝ですら困惑している。心底理解できないのだろう。きっと誰だってそうだ。


「それが一番、平和的解決だと思うよ」

「…っ!ジギタリス…!」


 何度も妨害し、苦痛を味あわせてきた男の名前が、初めて呼ばれる。

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