第32話∶等閑
「…でも良かったの?」
「…何の話してるんだ?」
エールとの戦いを終えた後、夕暮れの森で男女二人の話し声が聞こえる。
「いや、治してあげなくても良かったのかなって?」
どうやら青髪の女性は、戦闘で重傷を負ったエール達の安否を少し心配だった様だ。
「流石に自分達で何とかするだろ…」
「それもそうか…」
エール達には他の仲間がいることを知っていたのか、ナグサは無事であると考えているようだ。
「そういえば、倒した大きいやつどうしたの?」
「大きいやつって…一応あるぞ」
「え…!どこに?てっきり置いてきたのかと…」
ドラゴンの話だと判断し、ナグサはどこからとも無く大量のドラゴンの鱗を出す。
「うわ〜ほんとだ、いつの間に…2匹分?」
「いや、あいつらが倒したのは置いてきた」
「そうなんだ…それになんか…燃えてたけどあれは何だったの?ナグサの言ってた悟ってやつ…?それとも…魔術?」
先程の戦闘にその他にも気になることが幾つもあったのだろう。青髪の女性はその全てを質問しようと話しかける。
「しらね…」
「えー!知らないの!?」
「うるせぇ…だいたい悟も魔術も似たようなもんだしな」
「似たようなもん?どういうこと?違いは?」
青髪の女性は知らない世界に触れたのか、興味深く質問する。
「どっちも自分が何者なのか、自分の欲は何なのか、それを理解しないと使えない場合が多い」
「…私は!?」
自分が使っていた力の正体が気になったのだろう。青髪の女性は興奮気味にナグサの顔へと顔を近付ける。
「知らねぇよ…お前みたいに、そんなこと理解してなくても使えるやつはいる…お前みたいに馬鹿みたいな力は出ないけどな…それに───」
「お前って言った…」
質問に対しての答えを述べていたナグサの言葉を遮る。お前と呼ばれたことが気に食わないのか、歩いていた足を止め、ナグサに詰め寄る。
「名前で呼んで!」
「はいはい…それで───」
「もう!!!」
「それで悟は魔術と違ってよく分からない、固有の特別な力みたいなものだ…お前のもこれに近いよな…分かったか?」
「全然わかんなーい!」
実際は聞いているのだろうが、耳を塞ぎ、聞こえていないふりをする。余程気に食わなかったのだろう。
「そうだな…まあ悟はそういう概念だ、おれが区別しただけで、大して変わらないのかもしれないな」
「ナグサのは…?その悟ってやつ…ナグサにはないの?」
「おれのか………」
青髪の女性の質問にナグサは考え込む。
「…無いな」
「なんで?なんでないの?」
「なんでって別に要らねぇし、そんなのが無いおれの方が強い」
「…確かに…ナグサはそのままの方が強いかもね!」
ナグサは肯定されると思っていなかったのか、少し目を見開く。
「私だって居るしねっ!」
「………」
「なんで無視するの!?もう!!!!知らない!」
いきなり自己主張をし、無視されたら不機嫌になる姿を見てナグサは深い溜め息を吐く。
「…アリア」
「…っ!あーーー!!!」
夕焼けに、二人の歩く影が伸びる。
※
「…負けたんだよなぁ…」
一人きりの部屋で自分の声が響く。天井を見上げ、思い出したくなくとも敗北の記憶が浮かんでくる。
あの後、クロワに背負われて宿まで辿り着き、「今日はゆっくり休んでおけよ…?それとあんまり無茶するなよ?」と言われていた。
「…あんな人が…勇者になるのかな…」
何故あんなに強いのか、自分は何故負けたのか、そんな事ばかり考えている。
「なんであんなに…負けたくなかったんだろ…」
タローが危ないから?自分の力を証明したかった…?なんか…どれも違う気がする。
それに───
「そもそも僕は…なんで勇者になりたいんだろ…」
意識も自分とは違くて、見てる世界も彼は違った。
そして、何故勇者になりたいのか…そんなこと初めて聞かれた気がする…なんでなんだろう…魔王を倒したら勇者になれるとか、勝手に思ってたな…。魔王を倒したいとか、誰かのために、なんか…そんな大きな感じ…じゃないんだよなぁ…強くなりたいからとかも…しっくりこないし…なんでなんだろう…?それに…こんな夢じゃこの先やっていけないなんて…そんなの…もう無理じゃんね…。
…もう諦めて…村に帰ったりしようかな…村の皆も…笑って迎え入れてくれるかな…?
帰ってきた理由を聞かれたら…僕は自分より強くて何よりも勇者に近いと思った人を見つけちゃったから、帰ってきたなんて言うのかな…?
うん…そうしよう…そうしようか…………
「………………クッ…ソ…!」
顔を埋めて暗闇の中に入り、何も見えないようにする。
覚めてしまいそうな夢を、もう一度見ようと…ぼやける視界を布に押し付ける。
次の日、色々な出来事を思い返しながら、寝転がり天井を見上げていると、何やら外が騒がしい。何事だろうかと窓の外を見る。すると外にはチアやクロワ、団の職員などが大勢、宿の外にいた。クロワに至っては、かなりの荷物を背負っていた。それは…どうしてなんだ…。
「…………」
その様子を少しだけ見た末、そっと窓から離れて、冷静に考える。
何か悪いことをしたのだろうか、心当たりがない…。何だ…?何があった…?昨日のナグサとかいう人がとんでもなくやばい人だったとか…?だったらここには来ないか…。じゃあなんだ…?たぶん昨日だよね…?え!なんだ…?全然わからない…。あ!倒したドラゴンがなんか守護神的なやつだったり…?だとしたら昨日言ってくれるのでは…?クロワ辺りが…。なんだ…?全然わからない…え…こわ…どうしよ…。
徐々にパニックになって行くが、そんなことはいざ知らず、心を落ち着かせる時間もなく、無情にも扉を叩かれる。
「エール?起きてる?」
チアの元気な声が聞こえる。その声と扉を叩く音に驚き、肩を跳ねさせてしまった。誰にも見られていなくて良かった。
「…な、な、なに?」
焦りと驚き所為で声は裏返り、短い言葉でも詰まってしまった。かなり恥ずかしい…もう散々だ。
「どうしたの?大丈夫?」
「う、うん…そ、それより…なんかあった?」
叱られるのに怯える子どもの様に動揺している。落ち着きたい…。
「…昨日のことで…ね?」
「え!」
やっぱり自分は何かしてしまったのではないかと思考を張り巡らせるが、心当たりが何もない。恐る恐る扉に手をかけて開こうと扉を引く。
「…?大丈夫だった?」
「う、うん…昨日のことって?」
「なんかね〜エール達がドラゴンとか倒してたから、みんなで早めに昨日の成果を色々報告したんだよね〜そしたら大騒ぎになってるみたいだよ」
大まかな流れは理解できたが、肝心の何故大騒ぎになっているのかがわからない。色々報告したって何だ…?
疑問が沢山ある中、チアに連れられて外に出てクロワと合流し、そのまま団の拠点まで向かう。
到着すると、タローの大きな声が聞こえてくる。
「だから俺はやってないって!」
何やらタローと団の職員が揉めている様子だ。しかも、犯人の供述みたいなことを言っている。傍から見たら確実にタローがやっていると確信できてしまうほど、何故だかタローは怪しかった。
「では誰かやったと?」
「だから!あっ!エール!良いところに!ピンチピンチ!俺ピンチ!大船を浮かべるつもりで!ヘルプミー」
タローは相変わらずのテンションで元気そうだ。
あまりにもタローが怪しいので、少し知らない人のフリをしようかと迷ったが、そうすると後から更に面倒なことになりそうなので、渋々近寄ってみる。
「浮かない顔してんねーどしたん?話せやい」
すごい勢いだ…あまりにも元気なタローを見て、こっちが疲れてくるぞ…。
「…いや…?いつも通りかな…?」
「そう?それはそれで元気だしてこー」
元気過ぎるタローを見て、周りはかなり引いている…ドン引きだ。団の職員もかなり困った様な表情を浮かべ始めた。
「えっと…?誰がやったのかと言う話は…?」
「あーそれはこの人だよ」
タローは指をさしてくる。何の話をしているのだろうか…罪を擦り付けてきたり…?流石にそんなことはないか…?
「…?では貴方達2人で?」
「いや?エール1人で?」
「…?…??…?」
この二人はずっと何の話をしているのだろうか、全く掴めない。それにタローの話が分からないのはもう当然だが、職員も話が通じていない様子。不安だ…不安しか…ここには不安しか存在しない…。
「ドラゴンを倒したのは誰かってことで揉めてるみたい」
チアに耳元で囁かれる。
希望だ…!チアの姿が輝いて見える…それと、ようやく理解した。悪い方向に考え過ぎていた。ずっと、ドラゴンを一人で倒したことを怪しまれていたのだろう。必死だったから分からなかったけど、強そうだったもんなぁ…。
「…貴方が一人で倒したと誇張しているのですか?」
「誇張…?いや…まあ…そうみたい?」
職員が疑いの目を向けてくる。それは仕方ないことなのだろう。良い気分ではないけど。
「…あの白銀龍を一人で倒したと吹聴するのですか?」
なんか…言い方にいちいち棘があるな…そういえば…白銀龍って依頼で前にみたやつかな?クイーンとか…相当強かったと思うんだけど…。だから疑われてるのか…そもそも本当にその依頼のドラゴンなのか…?良くわからないままで必死だったし、相手が誰かなんて関係なかったのかもしれない…。
職員は変わらず、疑いの目を向けてきている。どうしたものかね…。
「答え難いことなのですか?答えられないようなことなのですか?」
この職員さん…ちょっと…いや、かなり面倒な人だぞ…。自分の理解できないものは絶対に認めない感じの人だ。なんだっていいな…適当なこと言って終わらせるか…。
「それとも何か隠していたりするのですか?」
「あー想像に任せまーす」
そういった瞬間、周りの雰囲気が肯定するかのように浮ついた。恐らくいつもこんな問い詰める話し方をするため、嫌われているのだろう。まあ、彼が良いならそれでいいさ。
「それは肯定と受け取っても?」
なんか…ずっと面倒くさいな…別に嘘を吐いているわけでもないし、もう…なんでもいいんじゃないかな。都合の良いことだけを闇雲に信じたって、それが真実の可能性なんて低い。
「…じゃ、まあ…みんな、もう行こうか」
「どちらへ?話は終わっていませんよ?」
「いや…力を示したい訳でも…もう…名を上げたい訳でもないので…」
その言葉に、周囲にいつの間にやら集まってきていた野次馬は騒がしくなる。「うおー!」「いいぞ!エール!」「もっと言ってやれ!」「信じてるぜ!」などの声が聞こえてくる。相当な嫌われ様だ。
こうして、その職員との話は終わった。実力をやたらと疑われているだけだったため、白銀龍の素材をいくつか売り、残りは取っておくことにした。依頼の報酬も貰い、拠点から出ていく。
職員との会話を思い返して考える。
都合の良いことを闇雲に信じる…都合の良いことか…こんな辛い気持ちで諦めたい、叶わないから諦めた方が良いなんてのも、都合の良いことなのかな…?嫌だけど…心を守るためにそうしようとかしてるのかな…?どうしたら良いのかな…。
そんなことを考えていると、クロワに動きがある。
「なあ…俺はそろそろ行くな?」
「?」
突然どうしたのだろうか、どこへ行くのだろうか、そんな疑問が浮かぶが、クロワは何処か物足りないような表情を浮かべるため、仲間達と共に更にクロワからの説明を待つ。
「いや…前にも言っただろ?そろそろ妹んところに帰らないとな?だから…今日でお別れだ…と言っても俺が住んでるところに来たら…また一緒に…なんかしてくれよな!!」
そう言ってクロワは爽やかに笑う。名残り惜しいような表情を浮かべながら…。
そうしてクロワを見送るために街を出て、最後に会話をする。
「いや〜見送って貰えるとはな!」
「まあ、クロワはなんか…みんなのお兄ちゃんみたいなもんだしね」
「確かにな…妹がいるだけあったか…」
タローとユージの言葉に、クロワは少し苦笑いをする。
「いやいや…流石に妹は家にいる一人だけで…あとは見切れねぇなぁ…」
「しっかり面倒見ようとしてくれんだね」
「まあ!お兄ちゃんだしな!」
そう言ってクロワは笑う。なんだか、まるで本物の兄の様にでも見えてきた。
「エールも、また合うときにはもっと強くなってたりしてな!」
「うーん…どうかな…?」
「自信が無いなぁ…!お前はあんなでっかいドラゴンを一人で倒したんだぜ!お前ならきっと、勇者にだってなれるさ!」
「そうだといいなぁ…」
クロワからの期待の目が、何となく重く感じる。今はまだ、誰かの期待を背負えないのかもしれない。
「まだまだ話したいことがあるような気がするけど…あんまり遅いと妹が寂しくて泣き出すからな!」
「うん…またね」
「ばいばーい」
「じゃあな!」
「ああ!それじゃあ…またな!」
他の仲間と共に、クロワを見送る。ユアサは黙って見送り、チアやエマも手を振っている。
それにきっと、この街に住んでる人も、一生のうちに出会わないことだってあるんだ。別れたらもう会えないのかもしれない。それが他の国なんて…もっとずっと会えないのかもしれない。でもまた…会えたらいいな…。
クロワは少しだけ手を振り、振り返らずに進む。後ろ姿だけで分かる、きっと笑顔だ。




