第31話∶終わる物語…
迫って来るドラゴンは真っ白の星のようで、ゆっくりと爽やかに降る一粒の雪のようで、まるで僕を救ってくれるかのような勢いで、真っ直ぐに向かって来る。
頭まで真っ白になってしまうほど白く、燦々と降り注ぐ光で輝いていて、そんな光を振り撒きながら迫って来る。そのあまりの眩しさは、小さな影を見落としてしまうほどのものだった。あまりの光に目が眩み、目を瞑る。
………一向に終わる気配がない、気配どころか当然の様に音すらなく、静かな世界に連れ去られてしまったのではないかと疑うほど、何も起きる気配がない。もう…死んでしまったのではないか…そんな考えが頭を過る。それほどに、この世界は静かで、目を閉じていても分かるほど、強い光が差し込んでいた。
…何かが落ちる。いや、何かが墜落した様な大きな音が耳に届く。
なんだろう…目を開けて前をみると、舞い上がる砂埃の中に、人影が見える。しばらくその様子をじっくりと見ていると、次第にその人物がはっきりと見えて来る。
砂埃から見えたのは、向かって来ていたドラゴンが、綺麗に首を落とされ、亡骸になっている姿と目が全て髪で隠れた白髪の青年だった…。その姿はさながら天使の様な風貌で、どこか…異質な世界を感じさせる。
その青年も、こっちをじっと見ているようだ。突然の出来事と、ドラゴンを今の状態にしたのであろう目の前の青年に圧倒され、立ち尽くしてしまう。そもそも本当にあの人が、目の前にいるあの青年がやったのか…?僕とあまり変わらないあの青年が…?
しばらく様子を見ていると、青年が口を開く。
「…何をやってるんだ…?………後ろのはお前がやったのか……?」
白髪の青年は高いのか低いのか分からない、不思議な声で話しかける。
肯定も否定もしない…できない…。あんな状態の…僕がやったなんて、そんなこと…認めたくない。
しばらく黙っていると、再び目の前の青年が口を開く。
「………お前は勇者になりたいのか…?」
まだ村を出てから誰にも宣言したことのないことを言い当てられ、なぜだか…少しだけ焦ってしまう。そしてそれに対しての返事もせず、沈黙することしかできない。
いきなり現れた相手に対して、気圧されてしまっている事実が、嫌でも分かってくる。いきなり現れた相手の方が…僕より圧倒的に…別次元に強い…。あんなふうに…強い力を持つ者が、勇者になれるのかもしれない………。
黙ったまま、相手の様子を伺う。聞きたいことは沢山あるが、何を言葉にしたら良いのか…何を言葉にできるのか…。
「………君は…?」
やっと言葉を口にできたが、当たり障りことしか口にできない自分が、少し恥ずかしい。
「…おれのことは何だって良い…そんなことよりやるんだろ…?かかってこいよ」
何を言っているのか全く理解できない。イカれているのか…?何も言葉を発することはできず、呆然と相手の様子を見ながら立ち尽くす。そうしていると、後方から足音が聞こえる。
「おーおー!大事はないかと駆けつけてみれば、『運命の魔王』とやらじゃん!リベンジ…必須…!」
イカれているのが増えた…少し固い言葉と共に、今度はどんなキャラクターをやっているのか…。
そんなことよりも、タローの言った『運命の魔王』とは一体どういう意味なんだろうか…?耳を疑ったが…確かにそう言った…そしてそれを言われた本人は、目こそ見えないが怪訝な表情でタローを睨んでいる…?
「…そのクソダサい呼び方やめろよゴミ」
「なになに…!挑発!?準備オッケーってことでオッケー…!?」
タローがまた、全く意味のわからない挑発をしている。何しに来たんだろ…。そういえば来るのが早いような…?他の皆は…?
「なに〜喧嘩〜?全然戻ってこないな〜って思ったら…」
今度は『運命の魔王』と呼ばれた青年の方から、女性の声が聞こえてくる。その女性は少し収まってきた砂埃から姿を現した。毛先が青く、根元の方へ向かって少しずつ水色になっている。青年よりも背の高く、どこか気品を感じる女性が現れた。
「…うるせー」
青年はどこか棒読みで、その女性に反応する。この二人は…一体何なのだろうか…?どこから来たのだろうか…?頭に幾つもの疑問が浮かぶ。
「手伝おうか…?ナグサ?」
戦う気なのだろう…ナグサと呼ばれた青年は、じっと様子を伺ってきている。この場にイカれた人物が増えたことに少し不安を覚える。何とか話し合いで解決とかならないかな…。
「…すっこんでろ…」
一度女性の方を向き、指を差し、それだけ言うとまたこちらへと向き直る。表情は読み取れないが、どこか圧力がある。
「そんでそんで?やるの?やらないの?」
タローは無邪気に、楽しみだというのが表情で分かるほど、天真爛漫に笑っている。
本当にどうかしてるんじゃないか………。でもこう見ると…僕は…?比較的普通の方…?なのかもしれない…。
「…目障りだクソ雑魚…かかってこいって言ってんだよ聞こえなかったのか…?イカれ黒埃が…!」
「そんな話知らねぇ…!即興リベンジ!今度はクソ雑魚クラゲモンスターにしてやんよ!肩書きだけ魔王…!」
タローは笑顔のままナグサを煽り、そのまま信じられない速度で、一直線に突撃した。そうしてタローとナグサ、両者の激しい戦いが始まるかと思われたが…。
「タロー…!?」
タローがとんでもない速度で吹っ飛んでいった。木に衝突し、衝突した木が折れる。
「グッ…ガハッ…!クッソ…!」
「こんなもんか…?前回とまるで変わってない…弱いままだ…」
タローは立ち上がる。ナグサはその場から動かない。
「ク…ソが…!ハァ…焼き鳥のネギの間に詰めてやる…!試してみろよ…!俺があの時のままなのかっ!」
初めてタローが息を切らしている姿を見た。既にボロボロなのに…諦めない。そんな熱の籠もった目線も、圧倒的な力を持つナグサも、まるで…いつか読み聞かせられた…おとぎ話の勇者みたいで………。
タローは立ち上がり、そのまま素早く突撃する。今度は相手の攻撃を誘うような動きをしながら背後に回り込み、剣を振り下ろそうとするが、それよりも早くナグサに腹を蹴られる。
「グッ…!」
それでもタローは倒れず、少し引き、また攻撃しようと動く。ナグサは武器を使うまでもないといった様で、ずっと素手でタローの攻撃を捌いている。回避し、攻撃し、時にはタローの武器に攻撃し、タローの攻撃を妨害している。そしてまた、タローの腹を鋭く蹴りつけようとする。
「掛かったな…!!!」
タローは突然、大きな声を出す。何をしたのかよく見ると、地面からナグサの足が凍っている。初めてみた魔術に興味を持つが、じっくり見る余裕は無いようだ。何事も無かったかのようにナグサはタローを鋭く蹴りつけた。
「脆い霜だな、痒くなるだけだ…」
タローは蹴り飛ばされ、力無く倒れる。それでもまだ、諦めていないようだ。真っ直ぐ熱のある目で前を向く。きっと信じてるんだ…自分が一番強いってことを…どんなに不可能だと思われても、自分なら夢を叶えられるってことを…。
「…ハァ…難易度地獄…逆境…死ぬかもしれない…ハァ…ハァ…!良いじゃん良いじゃん…!楽しくなってきた………!!!」
タローは、息を切らしながらも再び立ち上がる。
…でもたぶん…ダメだ…かなわない…。そんな断続的な夢じゃ…そんな衝動じゃ…届かない…。僕は…?どうしたら…?
そう考えている内に、タローはまたもや蹴り飛ばされている。
「…クッソ…痛え…」
よろめきながらも立ち上がり、膝に手をつく。限界…なのだろう…。それでも彼は立ち上がる。ナグサはゆっくりとタローに近付いていく。
勝手に震える足を、抑え込んで…それでも足は震えていて…それでも進む…。
「…なんだ…?ビビってたんじゃなかったのか?…ゴミにもなれねぇボンクラの欠陥品が」
タローの前に立ち、相手から溢れ出る圧力を一身に受ける。
「………」
見ているだけで…ビビってる場合じゃない…傍観者のままじゃ終われない…ビビるな…勇気を出せ…臆するな…信じるんだ…僕ならできる…!
「!?」
「…ッ!エール…!」
タローの声が遠くに聞こえる…?身体が浮いている…?なんだ…?何が起こった…?あ…地面が…。
何も分からないまま、身体が宙に浮き地面にころがされている。
何があった…?鈍い痛みが全身を襲いかかる。
「…ガッ…ハァッ…!」
口の中から、鉄の味がする。何をされたのか全く分からない…。
混乱しながらも正面を向くが、ナグサは歯牙にもかけず、タローへと更に近付く。
もう一度近寄ろうにも、立ち上がれない…立ち上がることが…できない…。
「クソカスが…よくそれでかかってこれたよな」
「クソカス…?絶対に俺の方が強くてズラタン…ズラタン…」
タローは決して弱みを見せず、いつも通りの調子で言葉を交わすが、焦りや困惑、悔しいといった感情が表情から読み取れる。
話を聞くに、一度戦ったことのある相手であるため、今度こそ勝てると思っていたのだろう。そんな様子を、ナグサはずっと眺めている。
「…ビビってんのか…?」
「…あ?」
「…今にも倒れそうな俺を目の前にして…それ以上攻撃してこない…俺の間合に自ら入るのが…怖いのか………?ビビってんのか………!?」
何か策があるのか、タローはナグサを煽り、近くへと呼び込む。
「…死人が………一人じゃ怖くて死ねねぇのか…?」
あえて挑発に乗ったのだろう。少し警戒しながらゆっくりとタローへと近付く。
ゆっくり一歩一歩近付き、お互いに目を逸らさない。
「…何かあると分かっていても…正面から突破する気か…?そんなことを…できるとでも思っているのか…?それとも…倒すチャンスでも与えたつもりか…?」
ナグサは言葉を何も発さず、無言を貫き通して進む。タローとナグサの距離が徐々に近くなる…。
何があるのか…分かっている…?そう思わせるほどナグサには自信があるように見えた。
「前に挑んで来た時と変わらず…お前は───」
ナグサが歩きながら何かを言いかけた時、足元が突然爆発した。タローはいつの間にかそれを仕掛けていたのだろう。
「かかった…!?地雷…!飛んで火に入る夏の虫ィ!」
タローは勝利を確信し、大声を出す。
しかし────
「弱いままだ…」
────爆風が巻き起こした煙の中から、タローの顔をめがけ、腕が伸びてくる。
「なっ…!」
そのまま伸ばした手でタローの顔面を掴み、凄まじい力で地面に叩きつける。
タローは声を上げる間もく、倒れたままでいる。死んだ…?いや…僅かに息がありそうだ。呼吸をしているように見える…?意識を失っただけだろう…。
「…それで?お前はどうする?」
ナグサの意識はもう既にこちらへと向いている。戦うしか無いのだろう…。
「…来るなら全力で来いよ?」
呼吸を整える。剣を握り直す。神経を…研ぎ澄ませる。勝ちたい…勝ちたい…!
「やめときな〜?」
気配を感じさせず、なんならもう忘れていた女性の声がする。どこにいたのだろうか…?
「君じゃ、絶対勝てないと思うよ?」
何故か初対面の女性に根拠の無い酷いことを言われているが、気にすること無く集中しようと意識をナグサへと向ける。
「さっき戦ってた人の方が、君よりほんの少し強かったかも…?」
とんでもない妨害だ…これは厄介。かなり頭にくるぞ…。でも確かに、今の僕じゃ勝算はない。それでもここで…タローがやられて黙ってるのは…臆病者だ…そんなのになるつもりは…ない…!
「…やるんだな…?来いよ」
「でも〜」
「…ほら、静かにしてろよ」
「うえー」
ナグサに諭されて、女性は静かに何処かへ去っていく。きっと観戦できる場所にいくだろう。しかしどこへ消えて、どこで見ているのかは全く分からない。そんな不思議な存在を感じつつ、剣を構える。
走り出し、剣を振る。ナグサはあっさりと避け反撃をしてくる。蹴りが腹に直撃し、鋭い痛みが体を襲い蹲る。
「クッ!」
まだまだだ…!まだまだ…負けない…!足掻いて…足掻いて…!勇者に…近付きたい…!
少しずつ…快感とは違う、あの時の感覚が…蘇ってくる…。
それに…僕だってただ見てただけじゃない。さっきの反撃で確信した。相手は攻撃を見切ったて回避し、反撃をしてくる。そしてそれは身体の真ん中に寄っている…。必ず…相手は急所を狙ってくる…!
「おいゴミ…もう終わりか…?」
見上げると、ナグサの長い前髪から、何の熱も籠もっていない、まるで興味がないといったような目が覗き込んでいた。そんな鋭い視線が、心を突き刺してくる。
なんて目を向けるんだ…とんでもない圧力だ、相手が大きく見える…。
「ッ…!まだまだ…!」
力強く立ち上がる。こんなところで…負けられない…!いや…勝ちたい…!!!
息を整える。よし…やるぞ…。ナグサは変わらず、様子を見てきている。あの余裕な表情を、少しでも変えてやりたい…。脅威だと思わせてやりたい…!
「早くしろよ雑魚…負けるのにも時間かかるのか?」
言われなくても…やってやる…!駆け出して攻撃をする。そしてまた、最小限の動きであっさりと躱される。ここだ…!来る…!受けてる反撃はずっと蹴りだ…なら…下から来る…!
咄嗟に下からの攻撃を警戒し、防御する。
「学習でもしたつもりか…?馬鹿の一つ覚えが…」
気が付いたら、また自分が地面に転がっている。頭が…痛い…?殴られたのか…?いつの間に…。何をされたのか、全く分からなかった。それでもまだ…諦めるな…寧ろ…ここからだろ…!!!
そんな気持ちに応えるように身体が…熱くなっているような感覚が…頭が冴え渡る、あの時の感覚が…蘇る。
錯覚じゃない…妄想でもない…僕が…燃えてる…心の熱を表すように、身体から炎が出てくる。
…このまま…勝つ…!僕が…勇者になる…。
炎を纏いながら、ナグサへと駆け出す。試しにいくつか炎を放ってみる。感覚でやってみたらできた…!この炎は自分の意のままに操ることができる…!攻撃の選択肢が広がる…!できることが…増える…!!!
炎で相手の視界を奪い…そのまま…突っ込む…!
何度も炎を放ち、錯乱する。
ナグサは面倒くさいとでもいうような表情を浮かべながら、その炎に対応する。
今だ…!目線が…僕から逸れた…!今までよりも一際大きい炎を、ナグサへと放つ。
よし…!行くぞ…。ナグサの元へと駆け出して、攻撃をする…自分の力を…証明する…!僕でも…勇者になれるってことを…証明する………!!
「………」
「うおおおおお!」
「…熱苦しいんだよ…クソ俗物が…」
ナグサが、炎から飛び出してくる。攻撃が…間に合わない…これは…不味い…!
炎から飛び出したナグサに、顔を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられる。
「グッ…!?」
どうなってる…?クソ馬鹿力…痛い…?負けるのか…?僕と大して変わらない筈なのに…どうして君は…そんなに強いんだ…?
色んな疑問が頭を飛び交うが…まだ、負けない…!このままじゃ…このままじゃ、終われない…!!僕は…勇者になるんだ…!!!
もう一度と立ち上がり、構えようと前を向くが、既にナグサは目の前まで迫って来ていた。
「その心意気も、夢も、全部が俗っぽいって言ってんだよゴミ…お前の夢なんか叶わねぇよ…俗物…誰かの真似事じゃ…お前のものにはならない…独創性のない夢は、どうにもならねぇし、どうすることもできねぇ…」
いつの間に…腹にナグサの拳が…いつの間に…殴られて………。
「…今持ってる夢も、いつか忘れてのうのうと生きるお前に…生きる価値なんてねぇ…生きる意味もねぇ…いつか目覚めて、誰かと同じ…いつもと同じ毎日を送るだけだ」
ま…けた…?僕が…?
倒れ込み、立ち上がれない…もう、立ち上がる力なんてない…。
「…誰かと同じ様な夢を描く、真似事の理想じゃあ夢は叶わねぇよ…主役気取りが…!」
勝負にもなってない…僕は…弱すぎた………。俗物…なのか…僕は…凡人だったんだな………。誰でもあるような夢じゃ、ダメだったのかな………?叶わないのかな………?どうしたら…良かったのかな………??僕は………???
「…もう良いだろ、帰るぞ」
「はーい」
二人は何処かへ歩いていく。影が見えなくなり、足音が遠くなる。
俯いたまま、顔を上げられない。下を見ることしかできない。ボロボロの身体で、地面を殴り、そのまま強く握りしめる。息がうまくできない…胸が苦しい…心臓に針でも刺されたようだ………。
こんな…誰でも見れるような夢じゃ届かない………ッ!誰かの真似事じゃ…猿真似じゃ…!こんな俗物じゃ…夢なんて叶わない………ッ!!こんな普通な僕じゃ………在り来りな夢じゃ…!何も出来ない……ッ!
「このままじゃ終われない!」じゃない………!!
自分の戦いの記憶が、頭に流れてくる。虫を操る強敵との戦いの記憶が…在り来りな夢で…覚ましてしまった…終わらせてしまった…浅はかにも…!相手の夢を…こんな僕が…!!こんなっ…僕が…っ!
僕の物語は………!!
あの時終わるべきだったんだ………ッ!!!
何処かで数人の足音がする。
「おい!!デカいのも!2人も倒れてるぞ!!!」
「…!エール!!」
遠くから…仲間達の声が…聞こえてくる…。




