第29話∶襲来
一際大きいトレントは辺りを見渡す。エール達のことはもちろん、味方であろうエルダートレントのこともまじまじと観察している。
「さっきまでの騒ぎは一体何だったのかね…?」
その問いかけに周囲のエルダートレントが応じる。
破裂音を発しているだけでエール達には一体どんな会話をしているのか全く分からなかったが、一際大きいトレントにはしっかりと伝わっている様で頷きながらその音を聴いている。
「すげー!めっちゃボイパみたい」
タローは本当に凄いと思っているのかわからない口調で、その場の全員に聞こえるように呟いた。その言葉に、ユージはかなり焦った様子でタローの肩を掴む。
「そうだけど…!やめとけって!」
ユージが必死にタローを抑えようとするが、タローは全く意に介していない様子で、全く反応を示さず、ユージには目もくれない。
「おぉ~い…」
ユージの声が弱々しくなっていく、ユージがなかなか構ってもらえない飼い犬のようになったところで、会話が終わったのか、一際大きいトレント達はこちらに注目し始める。
「…今の…解ったか…?」
「ん?何が?」
大地から身体へと伝わるような声と存在感にエール達は気後れしている中、タローだけは堂々と会話を試みる。
「ふむ…」
「…?」
しばらくの間お互いに沈黙し、見つめ合う。
一際大きいトレントは、何か少し悩んでいる様にも思える。
「…お主達は何をするために此処に来たのだ…?目的は…?」
少しの思案の末、一際大きいトレントはエール達へ、何をしに来たのかと問いかける。
「トレントが暴れてるから、何とかしてほしいって言われて来たよ」
なんと答えようか迷っていたエールだが、タローが物凄くはっきりと目的を答えた。
これには周囲の仲間達も声が出せない、驚愕の表情をしている。
「うむ、そうか…なるほど…」
一際大きいトレントは再び考え込む。
何を考えているのか、エール達には見当もつかない。両者黙り込み、緊迫した空気が流れる。
「先日のことだが…森の木々が幾つも燃えた…その炎が燃え広がり、いくつもの仲間が息絶えた…そんな森に火をつけた不届き者がいるらしい…お主達は其奴のことについて知っているかね?」
どうやらトレント達にとって重要な事件があったらしい。
エール達は何のことか分からず互いに顔を見合わせる。タローは街での情報を思い出しているのか、今回は真剣な表情を浮かべている。
「ふむ…お主達は何も知らない様だ…しかし若いのが騒ぎ立てているのは、それが原因だと言っておる…できればしばらく───」
「あ、たぶんそれ俺だ」
「………?…!?」
エール達は最初、タローが何を言い出したのか理解できなかった。そしてタローの言葉を理解しようとも思えなかった。
「な…な…?何言ってんだ…?」
ユージの震えた声が聞こえる。
よく見ると、ユージの額に汗が滲んでいる。恐怖はあれど、一体どういった事なのか確認したかったのだろう。
「いや…そういえばでっかいGと戦った時に燃やした木…鎮火してなかったなって思って」
タローは少し前の戦闘で、戦いやすいように周囲の木々を燃やしたこと、そしてそれを放ったことを思い浮かべる。
「そういうことだから、ごめん…俺かも?」
タローの言葉に、辺りは静まり返る。エールにとってその数秒間の静寂は長く、ずっと続いている様に感じた。
「そうか…なるほど…まぁ良い…気を付けるのだぞ…!」
一際大きいトレントは再び、変わらず直接頭に届いているのではないかという声で話す。
「…?そんだけ?」
「そんだけとは滅相な…では最近虫がやたらと多くての…なんとかしてみるか?」
タローの質問に、一際大きいトレントはどこかで聞いたことのあるような提案をする。
「あ〜それあれかも…この前皆で倒したし、もう大丈夫かも…?」
タローは似たような依頼があり、それがもう完了したというような旨を伝える。
「そうかそうか…それならば良い…元より若いのが勝手に騒ぎ立てているだけで、我等には長生きする者は滅多にいない…それが生涯である…いつかは滅び行くもの…多少無念であるが、いつかまた生まれる…それで良い…」
一際大きいトレントはゆったりと、諭すような口調で話す。その言葉にエールは安らぎさえ感じていた。
「そっか…なるほどね…」
タローは真剣な表情で、何か考え込むように相槌を打つ。
エールは、きっと一際大きいトレントが言っていたことが、トレント達の価値観であり死ぬことと生きることについての向き合い方なのだろうと解釈する。
「そういうことだ…もう行くが良い…」
「ん…わかった…それじゃあね」
タローはそう言って手を振り、踵を返す。そんなタローを先頭に、エール達もそれに続く。
すると後ろからまた一際大きいトレントの声が聞こえてくる。
「恐れ知らずというものは勇気とは全く別のもだ………しかと覚えておくのだぞ………」
一際大きいトレントの言葉に、エール達は振り返る。しかしトレント達は去っていってしまった。
(…?タローに言ったなんだよな…?)
エール達は今回のことを報告しに街に戻るため、その場を後にする。
「いや〜あれが還暦?威厳ってやつかな〜?」
しばらく無言で歩いていたが、不意にタローがいつもの口調で呟き始めた。
「お前のせいでどんだけ焦ったと思ってんだ…!」
「あ〜ガチギレ?ごめんごめん…心当たりあるのに嘘吐いた時の方がやばいかなって思って」
珍しくユージがタローの行動を真剣に怒っているようだ。
そんなユージに対してタローはいつも通りの調子を崩さず、自身の行動の理由を説明する。
「…お前一人だけの問題じゃないんだからな…」
タローは軽く相槌を打ち、会話が終わる。
エールはタローが何のために声を出し、周囲に話しかけたのか考えていると、どこかで聞いたことのある、何かが羽ばたく音が聞こえる。
「うぇ〜今日はカロリー高いね、流石に隠れとこ?」
「この音は…?」
森に強い風が吹いている。そんな不穏な風に、エール達は木の近くへと身を隠した。
「…もしかしたら…あいつじゃないか…?」
その音を警戒し、エール達は周辺の木に身を隠しながら会話する。
「あいつ…?それって…?」
「ほら前にも言ったろ?飛竜ってやつなんじゃないか?」
クロワはいつか話に出てきた飛竜の話を始める。
(そういえば依頼に白銀龍とかあったな…あの時のドラゴンは逆光で見えなかったけど、今のこの音の正体とか、クロワが言ってる飛竜とか実はそれだったりして…)
エールは交錯する情報を整理しながら、羽ばたく音の正体について考察する。
「まあ何にせよ今は出会したくないよね」
「…今はって何だよ…そのうち戦う予定でもあるのか…?」
タローの言葉に、ユージは細かい確認をする。できればその飛竜と戦うことは避けたいのだろう。
タローは一度エールを見つめ、再びユージの目を見る。
「さあ?でも、もしかしたら戦うことになるかもね?」
「…やめてくれよな…ほんとに…」
ユージは心底うんざりした、というより疲れた表情で俯く。
「あはは…」
エールは苦笑いでだけ反応し、空から聞こえる羽ばたく音をよく聞く。
「…なあ…なんか音近くね…?」
クロワの言葉に、ユージは驚いたように目を大きくさせた。
確かに羽ばたく音が近くなってきているように感じているエールは、仲間の顔色を伺う。
仲間達は一様に、額に冷や汗を浮かばせていた。
「やばすぎやばすぎ…誰か捕まるんじゃない?」
「…おいおいフラグじゃねぇか…」
タローとユージは気が付かれないよう、小声で会話する。
「フラグって…?え────」
始まりというものは常に突然現れ、終わりというものも突然現れる。
羽ばたく音は急速に大きくなり、その場の誰もが警戒する間もなく、エールを連れ去った。
「えっ!?」
「やっべぇぞ!!!」
「やばすぎ…!」
「帰りてー!」
「な…何…?」
「今のって…?」
突然とんでもない素早さで巨大な陰が通り過ぎていったことに、仲間達が各々反応をする。それぞれ驚愕や焦りなどの声を出している中、ユージは今までの出来事がふと頭を過ぎり、帰りたがっていた。
「えっ…!てかエールどっか行ったぞ…!」
「迷子だろ…!頼む!」
クロワはエールがいなくなったことに気が付き、ユージはエールが迷子であることを切に願った。
チアは周りを必死に見渡していた。エールを探している様だ。
「…絶対連れて行かれたじゃん…プラグ回収早すぎなんだけど………ほんとに今日は面倒なんだけどな…流石に迎えに行くか…」
タローはエールを助けに行くことを仲間達に伝える。
「…行くのか…?」
ユージがタローに疑問を持った。
いつも仕方なさそうにしながらも付いてきてくれるユージが足を止めていることに、タローは少し驚く。
「どうかした?」
「いや………お前が行くなら行くけど…大丈夫なのか…?」
ユージは言い難そうに眉を顰めながら、言葉を紡ぐ。
「いや…お前なら大丈夫かもしれないが…俺達はまだ行く気になれないって言うか…」
「どういうこと?」
「…そうだな…俺達が行っても被害が大きくなるだけで、俺達のレベルに合ってないと思う」
ユージは気不味そうに頭を掻き、チアは悲しげな表情をする。クロワは何かを考えている様子で、エマは俯いている。そしてユアサは空を見上げていた。
「そうだね…じゃあ、どうする?見捨てる?」
「いや…それは…」
ユージが食い気味に反応するが、自分ではどうにもならないといった様子だ。
「それが現実かもしれない、でもまあ…俺は行ってくるよ、少し遅れてからおいで」
そう言ってタローは、エールが連れ去られたであろう方向へと走り出す。
突然のタローの行動に唖然とするが、少し時間が経つと、正気を取り戻したのかチアが最初に走り出す。それに続いて、最初にユアサが走り出した。それを見たユージは、舌打ちをしながらも走り出した。
それに負けじとその場の全員が走り出す。
連れ去られたエールを助けるために、不安を覚えながらも走る。
一方タローは、空を見上げながらとてつもない速さで走っていた。
(………あの様子じゃあ、みんなまだ現実味がないからよくわからないってだけで、怖さを感じるまで至ってなさそうだったな…)
表面では仲間達に試すような発言をしても、心の中では突然のことで恐怖を抱けていない仲間達に不安を覚えていた。
(…いやまあ、勝てんのか…?俺でも…ちょっと怪しいけどな…)
タローは一度足を止め空を見上げる。
「…………………」
タローは再び、真っ直ぐにエールが連れ去られた方向へと走る。




