第23話∶休日の過ごし方
エール達は談笑しながら、街を隅から隅まで歩き回った。そして城塞都市のようになっているこの国は外壁の内側は四角く、所々に出口があり畑や農園に繋がっている事がわかった。
壁の外は開放的であり、風が心地良く、ピクニックなんかしても良さそうに思える。
チアの緋色のローブと赭色の髪が風に揺られる。
その風と共に、なんだか甘い匂いがエール達の鼻を擽る。
その匂いは何処から来たのかとエールは辺りを見渡す。
「なんか…どっからか甘い匂いするな…フェロモンでも出てるのか?」
クロワも気になっていたのか、エールと一緒になって辺りを見渡す。
「…てかこれ…嗅いでても大丈夫なやつなのか…?やっべー効果とかあったり…?」
「…え?」
クロワが何やら不穏なことを言い始める。
「…ほら…甘い匂い出して虫を食う植物とかあるじゃんよ…」
エール達は周りを強く警戒する。そうしていると、背後から足跡が聞こえる。
「お、エールじゃん」
背後から声を掛けられる。何の気配もなく近付いてきたその声の主は、黒髪の青年、タローであった。
「え、なに───」
「おー!タローじゃねぇか!」
声を出す瞬間が被り、クロワの声にエールの声はかき消されてしまった。
「何やってんだ?それにこの辺なんか甘い匂いしねぇか?」
「あー…俺は準備から逃げてきたんだけど…もう終わったのかな?」
どうやらタローは、数人で何かをしていたらしい。タローはそう思わせることを発言する。
「ん?なんだ?」
「まあ、来る?てか来なよ」
なんだかよくわからないまま、タローに付いていく。
歩き出すとクロワは「さっき何か言おうとしてなかったか?」と気に掛けてくれたが、その優しさが時折心に刺さる。
エールは集団の中心や、大人数で行動できるような性格ではないのであった。
「ん、ここ」
少し開けた場所に到着すると、そこにはタローといつも行動を共にしていた黒髪の集団が鉄板で何かを焼いており、甘い匂いが広がっている。
ここが甘い匂いの発生源であった。
「ずっと気になってたんだが…この匂い何なんだ?」
「ん?何なんだって?」
「いや…なんの匂いなんだ?」
クロワの曖昧な質問を、タローは聞き返す。
「なんの…?パンケーキかな?」
「パンケーキ…?」
「知らない?」
タローは知っているのが当たり前の様に言うが、エールはその存在を全く知らなかった。
「俺…育ち良くないからな…」
クロワがぽつりと呟く、エールと同じくクロワも知らない様子だ。
「まあいいや、おいでよ」
少しの沈黙の後、タローが参加するように促し、席に着き始める。
しかしエール達は、何をしているのか分かっておらず、少し躊躇っているとこちらに気が付いたタローとは別の黒髪の青年が向かって来る。
「おい!お前が食べたいって言ったから色々やったのに!何で準備もしねぇんだよ!」
「いや〜ばれてら」
タローはエール達の方へ顔を向けながら、悪戯が失敗したかの様に言った。しかしまだ何か企んでいる様子だ。
「ばれてらじゃねぇ!」
「そんなことよりもうできたっしょ?エール達も連れてきたよ」
「はぁ…もう良い…お前らも食うか?」
長身の男は呆れた様な、疲れた様な顔で言った。
食うか?と聞かれてエールは頷いたが、終始目の前の出来事に圧倒されていた。
しかし、ここまでタローの計算通りの様にと感じていた。
準備の時は離れ、更に客人を連れてくることによって準備の話を終わらせる。
そんなことを考えながらタロー達へ付いていく。
太陽は頂点に達しており、昼食には丁度いい時間である。
用意されている簡易的なテーブルと椅子へと向かい、席に着く。
いくつものパンケーキは皿に取り分けられ、エール達の元へと運ばれ、目の前に良い匂いが漂う。エールはパンケーキを初めて食べることになった。
蜂蜜が甘く、ふわふわしていて、卵の風味があり、少し喉が渇くが美味しい、そんな感想を抱いていた。
横を見ると、チアがパンケーキを頬張っている。いつも通り美味しそうに食べているが、何処かで食べたことある、そのような気配を感じた。
クロワも多く食べており、余程気に入ったのか、次から次へとパンケーキを口の中へと放り込んでいた。
タローは、一切れのパンケーキをフォークに刺したまま、全然食べない。もう見慣れた様子なのか、それについて周りは一切反応しない。しかし、よく見ると少しだけ食べた跡が付いている。
タローは少食なのかと、エールは考えたが、以前共に食事をした時は普通に食べていた事を思い出す。そのため少食な事はないと思い、そこからタローの食事について、深く考えるのをやめた。
「てかさ、明日一緒に…なんかのクエスト行かない?」
タローが口を開く。
エールは、何も入っていないタローの口の中を見て、本当に食べているのか?と疑問に思うが、すぐさま考えることをやめたことを思い出し、もうタローを見ないようにする。
「…俺は…微妙だな…」
クロワが何か考えている様子で話す。
「なんかあるの?」
「いや…置いてきた妹も気になるしな…」
「やめとく?」
「…まぁ…明日は帰る準備するだけだし、行くか!」
クロワは迷いはあれど、タロー行く意志を表明した。
「エールとチアはどうする?」
「僕は全然大丈夫かな」
「私も」
この場の全員、共に依頼へ参加する事ができるそうだ。
「てかクロワ、本当に妹いたんだね」
「お?なんだ?」
クロワは冗談でも言いそうな雰囲気で、タローを問い詰めようとする。
「いや、前にそんな話してたなって思って」
タローの発言に、確かにそんな話をしたな、とエールはその時の会話を思い出す。
「なんだぁ?妹はやらんぞ?」
「え、シスコンなの?」
「しすこ?ん?なんだそれ?」
「えー?なんでもないかもー」
「なんだよ!おい!気になるだろ!」
タローの、面倒になったのが分かりやすい棒読みの発言に場が和む。
「クロワと妹は普段どこに住んでるの?」
エールはふと気になったことを聞いてみる。
「どこに住んでるの?…んー、少し離れたところだな」
「少し離れたところ?」
「ああ、少なくともこの国じゃないな」
クロワの住む国…いつか行ってみたい。エールがそう思っていると、クロワが口を開く。
「言っておくけど、行かない方が良いぞ?」
エールが思っていることを察したのか、クロワが忠告をする。
「え、どうして?」
「いや…何ていうか…治安が良くない?からだな」
クロワは何故か含みのある言い方をする。
エールはその行かない方が良い理由を、察する事ができずにいる。
「なんか聞いたことあるよそれ」
タローは何かを知っているかの様に呟く。
「んー、えー?なんてとこだったっけ?」
タローは思い出せないのか、長身の青年の方を向く。
「え、いや俺に聞かれても…」
長身の青年も覚えていないのか、分かりやすく動揺する。
「パナケアってところじゃなかった?」
黒髪の少女が会話に入り、タローを見てそう言った。
「え、そんな名前だったっけ?覚えてないや」
「この国の次の次?くらいに行く場所じゃなかった?」
なにやら、黒髪の集団にしか分からない話をしている。
「え、どうなの?」
黒髪の集団だけでの会話かと思いきや、不意にタローはクロワへ問いかける。
「…さぁ?どうだろうな?…ってか結局、名前何ていうんだ?」
クロワは答えを濁し、エールも常々気になっていた事を、クロワは質問した。
長身の青年は、タローをじっと見つめる。
「なあ…もう良いんじゃないか?」
長身の青年は、後ろめたそうにタローに向かって言う。
「ん…そうだね…」
タローは何かを考えるように空を見上げる。
「…ま、言いたいなら良いんじゃない?」
タローは意志を確認するように仲間達を見つめる。
「そんな曖昧な感じで来られてもな…」
「えー?好きにしなよ」
タローが方針を決めているのか、名前を言うか言わないかで長々と会話をしている。
「…そうだな…俺は優志…んで、こっちは絵馬、あっちに座ってるのが由麻だ」
エマと呼ばれた黒髪の女性は、ぎこちない笑顔で笑いかける。引っ込み思案で、おっとりした性格のように思える。
ユアサと呼ばれた黒髪の女性は、黙ったまま何かを考えている様子だった。ずっと黙っており、エールは声を聞いたことがなく、未だどんな人なのか分かっていない。
「え…てっきり自分の名前だけだと思ってた」
タローは驚きを隠すこと無くユージに言う。
「…え?」
「え?」
タローとユージは驚きあっている。
(なんだか…仲良しそうだ…)
エールはタローとユージの関係を微笑ましく感じ、その様子を何を言うまでもなく眺める。
ふとクロワやチアの方へ目を向けると、二人の様子を羨ましそうな表情で見つめていた。
「え…てか、明日はみんな行くってことで良いんだよね?」
タローの言葉に、エールは何を言うまでもなく頷く。
タローの手元を見ると、いつの間に食べたのか、フォークに刺さっていたパンケーキがなくなっていた。取り分けられた皿を見てもタローの分のパンケーキは見当たらない。
タローはフォークを手首ごと回し、フォークをテーブルに置く。そしてタローは満腹で眠くなったのか、眠そうな顔をテーブルに突っ伏せる。
「ねぇ〜眠くなっちゃった〜」
タローは一瞬だけ顔を上げ、またテーブルへと顔を伏せる。
ユージは溜息を吐き、エール達の方を見て悪いな、と言う。
何がなんだかわからずエールは呆然としていると、再びタローは顔を上げ、エール達を見る。
「明日、朝迎えに行くから…起きててね〜」
タローは思い出したかのようにエール達へそう言うと、またもやテーブルへ顔を伏せる。
エールはタローが何度も顔を伏せているその様子を愉快に感じ始めていた。
「…じゃ、もう行こっか?」
「…そうだね」
チアの一言で、エール達はその場から去ろうとする。
「行くか?」
「うん!ありがとね〜」
クロワも席を立ち、お礼を言い、立ち去ろうとする。
「ばいば〜い」
タローはまた顔を上げ、去ろうとするエール達へ手を振る。
立ち去ろうとしていたエール達は振り返る。
その様子にそれを見たその場の全員は、心底愉快そうに微笑み合うのであった。




