第16話∶群化
「チア、見たら駄目だ」
「エール、その人…」
「…うん」
まだ息があるが、もう助からない…。
エールは少し遠くから海渡を見ようとする。
すると───
「エール!手!」
「!?」
───いつの間に、幾つもの虫が手にくっついている。認識すると痛みだしてくる。
恐らく、海渡の上半身を持ち上げた時だ。
急いで手を振り回すが、中々離れない。
「見せて!」
大人しくチアに傷を見せる。すると水の魔術で洗い流し、炎で炙る。そして少しずつ、治癒していた。
「これって…」
「後で話すね」
手の痛みは消えていき、傷が癒えていく。
エールはわかった、とだけ伝えると辺りを見渡す。
辺りを見渡していると、何やら羽音が聞こえる。不快な虫の羽音。
黒い影が動く、暗闇全体を動かすように。
影が近付き、その正体が少しずつ見えてきた。
横に線の入ってある、巨大な生乾きの眼球の様な物が浮かんでいる。
眼球の様な物体は中心から裂け始めると口にも見える形になり、そこから無数の虫を放つ。
放たれた虫は一つの黒い塊となり、エールに向かう。
「アアアアアアアアア!」
異形が放つ当然の奇声と、目前に迫る黒い塊。
当然のことに呆気に取られたエールは反応が遅れてしまう。
その分、チアは冷静に魔術で炎を放ち、エールへ向かう虫を焼き払う。
それでも虫は向かってくるが、エールの元へ辿り着けず、地に落ちる。
エールはその隙にチアの近くへと移動する。
「エール、怪我は?」
「うん、大丈夫、ありがとう」
怪我の心配をされるが、何ともない。
緊迫した空気が漂う中、異形が更に仕掛ける。
「ウアァァァァァァァ!」
異形にある綺麗な亀裂が大きく開き、無数の虫が出てくる。
異形が命令を出して操作しているのか、無数の虫は二手に分かれ、エールとチアの両方に向かう。
左側からはエールへ、右側からはチアへと襲いかかる。
チアは向かってくる無数の虫を炎の魔術で簡単に対処できるが、エールには対処できる手段がない。
「エール…」
チアはそう呟くと、エールに向かう無数の虫に魔術を放つ。
忽ち無数の虫が炎の塊になり、地に落ちる。
しかしチアに向かう無数の虫は勢いを緩めること無く、迫っていた。
チアは魔術を放とうとするが、このままでは間に合わない。
距離を取り時間を稼ごうとするが、チアが距離を取る速さよりも速く、無数の虫は迫っていた。
チアは一歩後退りをする。無数の虫は近くに迫っている。このままでは、危ない───
「!?」
───突然、横から炎が現れ、無数の虫と衝突する。
瞬く間に無数の虫は火達磨になり、地に落ちる。
現れた方向を見ると、エールが何かを投げた様な姿で立っていた。
そして地に落ち、未だ燃えている虫を見ると、燃えている松明が落ちていた。
チアがエールの方へ向かう無数の虫に魔術で炎を当てると、エールは誰かが落とした松明を拾い、虫に着いた炎で松明に火を灯し、チアに向かう無数の虫へと投げていた。
「ダ…エ」
異形は悔しそうな声を漏らす。
何か閃いたのか、亀裂を大きく広げ、またもや無数の虫が出てくる。
今までのことで、エール達には対処法が分かっていたが、虫の放出は止むことを知らず、異形の近くに留まっている。
(何か、まずい………!)
次々に異形は虫を出す。その様子に、見た者の直感が告げる。
───こいつは…何か…危ない…!───
「チア!」
エールはチアの名を呼ぶと、理解していたのか、すぐさま炎の魔術を放つ。
炎が異形へと辿り着くかと思えたが、異形の側に漂っている無数の虫が自ら炎に向かっていく。
炎は異形に辿り着く前に遮られ、地に落ち、消える。
「チア、ここは退こう」
エールはそう言い、二人は一旦退こうと、部屋の出口に向かう。
「ま、テ」
異形は二人を逃がすまいと、無数の虫を纏い、二人を追いかける。
異形の動きは速い。
部屋の出口に辿り着くとチアが出口付近にある、深い穴に足を躓かせて転んでしまう。
「チア…!」
エールはチアを起き上がらせる。
その間も異形は、確実に二人へと近付いていていた。
このままでは追いつかれてしまう。
「チア!その穴に!炎を!」
「えっ?」
「早く!」
エールは、チアが躓いた穴に炎を入れる様に要求する。
チアは一瞬戸惑ったが、エールを信じ、そのに炎の魔術を放つ。
「これでいいの?」
「うん、これでいい…これが良いんだ」
二人は異形を背に走り出す。
すると炎を放った穴から火柱が上がり、異形はそれに直撃する。
「ガアァァァァァァ!」
異形は苦悶の声を上げる。
どうやらかなり効いているようだ。
時間は稼げたが、まだ終わっていない。
炎の中から、異形は出てくる。
出てきたのは異形だけだ。しかし今は、無限に出てくる虫に戦える手段がない。
エール達は逃げ出す。
今まで、炎での攻撃しか効いていない。それに本体に攻撃が入ったのは、一度だけ。何か手を考えなくては勝てない。
かなり来た道を戻っているが、まだまだ出口が見えない。エール達はたまたま見つけた部屋に、身を隠すことにした。
(どうやって倒す…?口の中に炎でも入れるか?できるのか?そんなこと…)
ザク……………ザク…………。
砂を踏む、足音が聞こえる。誰かが来た。
しかし今先に進むのは危ない。
チアと顔を見合わせ、止めようとする。
ザク…ザク…ザク…ザク…。
反対側からも足音が聞こえる。
この巣は一本道である。何か、おかしい。
「おっ!帰ってきたって事は終わったのか?そんなことより男女のペア、見なかったか?」
クロワの声だ、エール達を探しに来たのだろう。
話しかけられた人物は何も答えない。
お互い、一歩ずつ近寄る。
「おいおい無視か?どうした?何か顔色悪いぞ?おわっ!」
クロワは何かに驚く。
「どうした?その虫…生きてるのか、操られてるのか…?話ができる様子じゃねぇな…」
もう一人は虫に乗っ取られているらしい。
ここはやり過ごしたいところではあるが、クロワの戦闘は主に近接格闘である。接触をすると、虫は接触した部分に喰らい付くであろう。それはまずい。
「チア!」
「うん!」
チアは分かっていたかの様に、虫に操られている人物に炎の魔術を放つ。
エール達が元いた場所に、なんとか息のある人物は居たが、殆どが確実に息絶えていたのだ。
恐らく異形は死人を操っている。
炎が直撃し、操られていた人物は倒れる。
そしてその少し後ろに、小さな虫を無数に纏っている異形が見える。
照らしても暗いその姿は、まるで黒い髑髏の様に見えた。




