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第15話∶渡る

 

 エールは走る。

 ジャイアントの反応と、不意に出てきたあまりに巨大な女王蟻を見て感じ取った。これからきっと、もっと巨大な虫の魔物が出てくる…。


(あんな巨大なのが沢山出てきたらやばいだろ…)


 巣は洞窟のようになっており、いくつもの部屋があった。

 エールが一番乗りというわけにはいかず、部屋には虫の魔物達がいたらしく、戦闘の痕跡があった。


 近くの部屋から戦闘している音が聞こえる。助けに行こうと外から部屋の様子を見るが、どうやらタローと一緒にいた黒髪の青年が戦闘を終わらそうとしていた。


 持っていた巨大な戦鎚で敵を叩き潰すと振り返り、エールに気付いた。

 黒髪の青年はエールに近付き、口を開く。


「お前まだ、虫を殺してないよな、一匹もだ」


 エールはそういえばそうだったかもしれないと考え、どういった意味での言葉なのか、更に相手が発言するのを待つ。


「このクエストはどうも怪しい、まるで終わったら何もかも丸く収まるみたいだ」


 何も伝わっていないエールは、一体何の話なのかと思案する。


「いた!エール!!!」


 遠くからチアの声が聞こえる。ここまで一直線に走ってきた。ジャイアント達と一緒に振り切ってしまったようだ。

 青年は舌打ちをすると歩き出す。


「…俺はお前を疑ってる」


 青年は通り過ぎる際にそう言うと、その場を後にする。

 確かに、怪しく見えるのも仕方ないよな、とエールは思うが、少なからず衝撃を受けていた。

 エールはそう考えていると、チアが駆け寄る。


「エール?どうしたの?」

「…なんでもないよ」


 複雑な心境で、それしか言えなかった。

 エール達は先に進む。


 奥に進むにつれて、蝿が多い。かなり深く、暗くなってきた。

 チアは気を利かせて、魔術でランタンに明かりをつける。

 妙に静かだ、声を出しては行けないと思わせる程。儚く散った勇士達の骸が、ちらほらと見当たる。足場も良いとは言えない。

 静寂の中、チアが口を開く。


「エール…このクエストが終わったら………」

「しっ…何か聞こえる」


 何がを伝えようとしていたチアだったが、うっすらと何か聞こえる。

 耳を澄ますと、遠くで戦っているような音が聞こえる。

 重い音だ、さっきの青年かもしれない、そう思いエール達は先を急ぐ。


 しばらく音の方向へと向かい、奥に辿り着くと、悲惨な光景だった。

 人が何人も倒れている。そして先に辿り着いたのであろう大勢の勇士達が、小さな虫に喰われている。

 そんな中、先程出会った黒髪の青年を見つけた。顔は見えないが、どう見てもひどい怪我だ、今すぐ救助しないと命が危ない。

 青年はうつ伏せになっており、まだ息がある。

 息があることに安堵し、仰向けにする。


 ボトッと音を立てながら虫が落ちる。

 顔をよく見ると、なんと喰い荒らされ、目、口、鼻から虫が落ちてくる。この青年も、生きたまま喰われていたのだった。

 エールはその光景に仰け反る。息を呑み、言葉が出ない。


 素早く離れ、チアに見ないほうが良いと注意するがチアも見えてしまう。悍ましい死体が。


 ※


 エール達が奥に辿り着く少し前、そこで王は待っていた。新しい食にありつく時を。

 三人の勇士が最初に最深部へと辿り着く。


「ここが一番奥か?」

「死体もあるし蝿が多いだけで他に何にもねぇな」

「そうだな、でも、もう何人も辿り着いたと思うんだが…」

「ああ〜?もう倒して戻ったんだろ、俺達も戻って、ただ飯にありつこうぜ!」

「ぐあっ!!」


 何もない様子に、全員で帰ろうとするが、突然一人の男が叫び出す。


「おい?どうした?急に叫ぶなよ」

「かっ…肩が!」

「肩?」


 一人の男が覗き込む。

 するとその男は仰け反り、尻餅をつく。

 その様子を見たもう一人の男が、どうしたんだと、痛がっている男の肩を覗き込む。

 すると───


「うっ!」


 ───男の肩には無数の小さな虫の幼虫が、男の肩を喰い荒らしていた。


「うわぁぁぁぁ!!!」


 本人も痛みに耐え、自身の肩のそれを確認し、絶叫する。


「お、おい!早く戻るぞ!!」


 焦った男は撤退を提案するが、もう遅い。

 既に成虫になった無数の蝿が、弾丸のような速さで男へと向かい、卵を植え付ける。


「うわぁ!あぁぁぁぁ!」


 残る男も、それを見て逃げ出す。しかし黒い雨が、目前に迫っていた。そして降り注ぐ、遣らずの雨の様に………。


 少し時間が経ち、黒髪の青年…海渡が来る。

 海渡は奥へ進む中、仲間と合流できたようで他の三人と進んでいた。


「合流できたのはこれだけか…」

「入り口かなり混戦だったし、こんなもんじゃないか?」

「太郎とかはいいのか…?」

「あんな意味わからんやつ、いてもいなくても変わらねぇだろ」


 海渡達は最深部へ辿り着くことができたが、想定より少ない今の戦力に不安を持つが、大丈夫そうな周りの声に安心する。


 どうやら太郎は、普段の言動からかなり嫌われていた。しかし海渡は怪しいと疑っているだけで、嫌いではなく、寧ろ戦力としては認めていた。

 他の男達が太郎を嫌うのは、自分達の劣等感による憎悪である。

 何故あんなもに自由なのか、何故あんなにも強いのか、何故あんなにも好かれるのか。そんな疑問が募り、劣等感を生み出し、自由な思考を封じる。対等ではなかった。


 海渡達は一番奥の部屋に入る。

 扉などはなく、外からは見えなかったが、何人もの勇士達が倒れている。その光景に海渡は悪寒がする。


(これは…まずい…) 


 理由無く人が何人も倒れている訳が無い。毒ガスか、他の罠なのか、あらゆる可能性を考える。海渡達は本能を、己の生き残る術を試されている。


「海渡にビビって出てこないんじゃね?」


 一人の男が冗談を言いながら、倒れている勇士に近づく。


「大丈夫ですかっと───」

「待て!」


 一人がうつ伏せで倒れている勇士の顔を見ようと、その者の身体を返す。

 その行動に海渡が大声を上げる。

 めったに声を荒げることのない海渡に驚き、その手を止める。


「…どうした?」

「いや…まずい」


 自分の行動を止められたことに男は腹を立てる。いつもなら何も言わず、反対することなんてなかったのに、どうしてなんだと。

 しかし海渡の目線の先に、何かあるのを感じた。目を凝らすと、何やら浮かんでいる物体の様な物がある。


「ウ…ア…ワ…オ…イ?」


 眼球に口がある様な見た目をした異形が、空中に浮かび、何かを発している。

 いつから居たのか、何者なのか、多くの疑問が残る中、行動を止められた男が異形へと向かう。


「…疑わしい奴らばっかの中、や〜っと倒してもいい親玉が出たな、害虫が!叩き潰してやる!」


 いくつもの選択肢の中、彼らは戦うことを選んだ。


「死ねっ!害虫!」


 男が異形へと飛びかかる。

 異形は、目の中にある口を開く。するとその中から無数の虫が出てくる。

 無数の虫は男に群がと肉を貪り、卵を植え付ける。植え付けられた卵の成長は早く、卵から孵り、親から与えられた餌の様に男の肉を貪る。


 瞬く間に男は弱り、地に伏せる。どうやら生きている。いや、生かされている。


「おい!助けるぞ!」


 海渡がそう叫ぶが、他の男達は逃げ出す。


「離れるな!」


 もう遅い、虫の塊が弾丸のような速さで逃げ出した男に向かい、男の背に当たる。


「ぐあぁぁ!あぁぁぁ…」

(まずい!)


 海渡は駆け寄り、男の喰い荒らされている部分を肉ごと切り離す。しかし時は既に遅く、虫は奥深くまで潜り込んでいた。

 そして敵もこんな隙を待っているわけではない。

 異形が無数の虫を海渡に向けて放つ。

 それに気付いた海渡は飛び退く。

 海渡が躱したことにより、無数の虫はそのまま横たわっている男へと向かう。そしてその男を喰らう。


 海渡は残る男を探すが、どうも見当たらない。ようやく見つけるとその男は腰を抜かし、後退りしている。

 それに気付いたのか、男も海渡の方を向き助けを乞う様に向かい、手を伸ばす。

 しかし───


「う、うわ、うわぁぁぁぁぁあ!」


 ───その男の手に蜘蛛の糸は伸びなかった。

 伸ばした手から徐々に侵蝕し全身を覆う。


「ク、クソっ!」


 海渡は向かってくる虫を戦鎚で叩き潰す。

 それでも対処できない程、数が多い。

 海渡の身体に幾つも傷が付き始める。鎌鼬によって付けられるような傷が。


 ──────海渡は、夏に生まれた。

 夏ということもあり、魅力が海を渡って伝わってほしいと言う願いを込めて、海渡と名付けられた。


 海渡はゲームが好きだ。本も好きだ。物語が好きだ。

 どの物語も、感情移入し、熱中してしまう。

 だからよくお母さんに怒られてしまう。

 幼少期だけでなくつい最近も。

 ご飯だと呼ばれても、作品に夢中になり、声が届かない。

 夜に始めて、気が付くと外から鳥の鳴き声が聞こえることだってある。

 そうすると「また終われなかったじゃないか」と呟く。そのくらい、よくあることなのだ。


 学校の友人から、飼い犬が天寿を全うしたと聞く。

 家に帰り、その話を思い出し、胸が締め付けられ、泣いてしまう。

 また別の日、学校の友人から、部活の大会で優勝したと聞く。

 それはその場で友人を褒め讃える。地区大会で大袈裟だよ、と言われてしまうくらいに。


 海渡は感受性が強い。


 しかしこの世界に来て、顔見知りがいない中、つけ入れられることが無いようにそれを抑えて、信頼できる人を探していた。

 しかしどうも全員が腹を探り合っている。

 太郎は素なのか、取り乱していなさすぎる。あまりにも慣れすぎている。

 絵馬は駄目だ、太郎に全ての判断を任せている。

 優志は何を目指しているのか、こちらを見ているようで見ていない、恐らく眼中にない。

 何故だか知らないが、ついてくる男達は不満しか言わない。

 しかし、居なくなってほしいなんて思っていない。このクエストが終わったら、今よりも信頼できる関係になって帰る。そんなことができるかもと、淡い期待を抱いていた。


 海渡は、人以外の気持ちがまるでわからない。


 忠犬が何故、飼い主を待つのか。

 兎が何故、ストレスで死ぬのか。

 ただ、誰か人が泣くのなら、死ななきゃ良いなんて思っていた。

 当然、エールが連れ去られたのも、持っていたパンを与えていたのも、敵と馴れ合い、見逃されていたのも見ていた。


 海渡の動きが鈍くなる。もう、限界だ。

 青年は幻を見る。もう戻ることのできない、故郷の幻を。


「まだ終われなかったじゃないか…」


 神指(かんざし) 海渡(かいと)、ここに散る。


 そして数分後、エールが来る。

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