第1話∶おとぎの話
むかしむかし、あるところに、世界を破壊しようとする魔王がいました。そんな魔王を討ち倒そうと、数々の勇気ある者が立ち向かいます。
ですが、魔王の力は強大で、戦士たちは返り討ちにされてしまいます。
そんなこともあるなか、ある村の心優しく、勇気ある1人の青年が、世界の人々のために立ち向かうことにしました。その青年は後に、人々の期待を背負う『勇者』と呼ばれるようになります………。
※※※
「来たか………勇者………」
「魔王………!いったい何を考えている…!」
「話し合いをしに来たのか?力で捻じ伏せにきたのだろう?」
魔王はゆったりとした動きで、勇者へと近づく。
………
「…来い、勇者ッ………」
勇者は剣を構える。
※※※
時は流れて…
「それじゃ…いってきます!」
青年は駆け足で家から飛び出す。
それに少し遅れてもう一人、家から出てくる。
「エール!忘れ物〜!」
少しヒステリック気味な、甲高い女性の声が聞こえてくる。
エールと呼ばれた青年はおぉ、と声を漏らし、大声を上げた女性に駆け寄った。
「ごめん…ありがとう!母さん!」
母さんと呼ばれた女性は、興奮し過ぎているエールの様子に、険しい顔をする。
「旅をしに行くんじゃないのかい?村の外にはたくさんの魔物がいるんだから…武器を忘れて行くなんて、ヒヤヒヤするよ」
その言葉に頭が冷え、ここで心配をかけるのはまずい、と落ち着きを取り戻す。
「夢にまでみた…!冒険の日々が始まるんだと思ってつい………」
しかしその言葉に、母親はますます険しい顔をし、溜息をつく。
「冒険ね………」
「そう!冒険!!街の依頼をこなして、強くなって!名を揚げる!それで、た───」
「魔王を倒しに…?」
「え…?」
エールは誰にも言うことのなかった目的を、突然母親に言い当てられ動揺する。
今も魔王は存在し、それに挑むのはどんなに危険なことなのか理解はしているつもりなのだが、反対をされ、止められてしまうのではないかという不安が頭を過る。
「村のみんなだって、エールが魔王を倒そうとしてるって、わかってんだ」
エールの母親は一度話を止める。そしてエールの様子を伺い、また話を続ける。
「最初は止めようかと思ったけど、このことを村の誰にも言わないから、意志は固いんじゃないかってね、そうだろう?」
エールの目的は村中に広まり村の全員が知っていた。
危険が伴い、心配であるが、それでもエールの気持ちを優先していたのだろう。
心配する気持ちを押し殺して、送り出そうとしてくれている事を理解し、エールは真剣な顔で小さく頷く。
「そうかい…!それじゃあ行ってきな!帰ってくるんだよ!」
そう言って満足そうに頷き、エールの背中を押す。
生半可な気持ちでは無いことを確認したかったのだろう。
エールは「わかった!」と言い村の出口へと進む。
村の出入り口付近では、村長をはじめとした村人達が出向き、口々に「行ってこい!」「がんばれ〜」「かませ〜!」「はやく帰ってこいよ〜」など、励ますような、ふざけたような言葉を送る。中には目が合うと力強い目で頷く村人もいた。
エールは村と、村の外の境目で足を止め、振り返る。
その動きに村人は皆、静かになる。
「それじゃあ〜みんな!」
元気で大きな声を出す。見送ってくれている人全員に聞こえるように。そしてさらに大きい声で───
「ありがとう!」
───まずは感謝を伝える。理解し、送り出してくれる。それがありがたかった。
そうして少し間を開け、今度は先程より小さい声で───
「行ってきます………!」
───小さくも力強い声で言った。その言葉に村人は皆、笑顔になる。
心地の良い、旅の始まる合図。
今日は日差しが強過ぎず、雲が空の形を創っているような日。
とても良い旅立ちである。
青年は振り返らずに進む。