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9・タダ飯の可能性

「眠っている……?」



 ではこうして動き、しゃべっている自分たちは何なのか。そしてここはどこなのか。今さらながらの疑問が湧いて出る。

 何もない真っ白な空間は、祝福に覚醒したあの空間に似ている。違うのは、時おり何かの風景を写し取った断片がよぎることだ。



「ここはワシの……何と言えばいいのか、まあ魂の内側のようなものだな」

「テンゼンの魂?」

「うむ。ワシはそなたの魂に陣借りしておる身ゆえ、そなたの魂の内側でもあるのだが」



 アンネリーゼは改めてあたりを見回した。時おりよぎる風景の断片以外、何もないがらんとした空間。これは典膳の魂なのか。それともアンネリーゼの?



「あの不思議な声は、テンゼンを魂の伴走者と言っていましたが、魂の伴走者とは何なのですか? テンゼンはいつから私の中に?」

「はっきりとはわからぬ。ただワシはワシの生まれた世界で武将として生き、あの時代の人間としては望外の穏やかな最期を迎えた。そこにいたるまでは、いずれ話すこともあろうが……心残りがなかったわけではない」

「心残り、ですか?」



 アンネリーゼは不謹慎にもちょっとわくわくしてしまった。あの窮地から自分を救い、すさまじい強さを見せた典膳の心残りとはいったい何なのか。きっととても壮大なことに違いない。



「……もう一度、タダ飯を食いたかった」

「タダメシ? ……それは?」

「そのまんま、人におごってもらうタダの飯のことよ」



 武将の心残りが……タダ飯?

 思わずしょっぱい顔をしてしまったアンネリーゼに、典膳は力説する。



「そなたはまだ若い、いや幼いゆえわからぬのだ! 自分の懐を痛めずに食らう飯のありがたさを!」

「は……、はあ……」

「飯といえば黙って食卓につけば出てくるものだと思うておるだろう。だがそれはまやかし! 飯とは本来、戦って勝ち取るものなのだ!」



 ちろり、と典膳はアンネリーゼを睥睨した。



「さもしいことを言うと思うたか?」

「い、いえ、そんなこと……」

「ワシが生きたのは戦国戦乱の時代、日本のどこでも争いが絶えなかった時代だ。……だが誰も好きで戦っておったのではない。食うためだ。明日の飯を食らうため、家族に食わせるため、死にものぐるいで戦っておった。ワシもその一人だ」



 典膳はその時代に『そこそこ』名を上げ、『それなりの』規模の領主にまでのぼりつめたそうだ。

 しかしある天下人によって天下が統一され、争いがなくなった後、もろもろの事情から得た領地全てを失い、天下人の家臣のもとに身を寄せることになったのだという。



「いや、何があったら領主がそんな事態に陥るのですか?」

「そこは話せば長いから、機会があればな」



 家臣は典膳を相応の禄で召し抱えようとしたが、典膳はその禄を付いてきてくれた臣下に分け与え、自分は臣下たちのもとを転々と世話になりながら暮らしたのだそうだ。

 そして目覚めてしまった。

 タダ飯の旨さに――!



「座って待っておれば次々と飯が並ぶ快感。注がれるがまま椀いっぱいの飯を平らげ、汁をすすり、魚をむさぼる悦楽。……アンにはまだわかるまいな」

「はあ……」

「あの日は釣りが得意な臣下が鮎を釣ってきてくれての。料理好きな臣下が料理して皆で食う予定だったのだが、さて行くかと立ち上がったとたん目が回り、何もわからなくなった。……おそらくあの時、ワシは寿命を迎えたのであろう」



 その死じたいに不満はないと典膳は言う。

 戦国の世を老人になるまで生き、畳の上で最期を迎えられたのだから。



「しかし、タダで食らう飯の旨さは忘れがたくてな。今一度食いたい、そんな未練を御仏が哀れんだのか……気づいたらここにおったのだ」

「私の魂の中に? ……私が貴族の娘だからでしょうか?」



 貴族の娘は幼いうちは両親に、結婚してからは夫に、老いてからは子どもに養われる。ある意味、一生タダ飯を食っていると言えるかもしれない。



「かもしれぬと思うておったが、今日わかった。そなたとワシの祝福があれば、ありとあらゆるタダ飯が食える可能性がある、ということに」

「タダ飯の……可能性……」

「考えてもみよ。そなたは死にゆく者なら誰であろうと、そう、王であろうとしもべに加え、ワシはしもべを赤備え並みの無敵部隊にできる」



 ――すなわち!

 典膳は鼻息荒く声を張り上げる。



「無敵部隊が、そなたのために命がけでタダ飯を食わせてくれるということだ!」

「な、何ですってー!?」



 タダ飯と命がけという言葉の乖離に幻惑されつつも、アンネリーゼの心はなぜか高鳴る。タダ飯が何だかとても素晴らしいものに思えてくる。食べたこともないのに。



「おそらく御仏はそれをご存知で、ワシをそなたの魂に導かれたのであろう」



 ありがたや、と典膳は手を合わせる。アンネリーゼもつられて合わせた。御仏とやらが典膳を導いてくれなかったら、アンネリーゼは魔獣に食い殺されていたはずだから。



「これまではそなたの中から外を眺めるのがせいいっぱいであったが、あの瞬間、突然そなたに語りかけ、動かせるようになったのだ」



 それはたぶん、アンネリーゼが生きることを放棄しかけたからなのだろう。あるいは典膳がアンネリーゼを死なせないと強く願ったからか。きっと両方だ。



「どうやら、そなたの身体が眠っている時ならこうして魂の内側で話せるようだ。人に聞かれて困る話はこちらでする方がよさそうだな」

「そうですね。私もそう思います」

「次に目が覚めたら、そなたはかの侯爵と対峙せねばならぬ。あれはなかなか手強そうだ。ぼろが出ぬよう、しかと対策しておけ」



 典膳が気を失うふりをしたのは、アンネリーゼに対策の猶予を与えるためだったのだろう。ありがたい。親飛竜を倒した後の記憶がないままでは、ダミアンの嘘が通ることはないにしても、相当怪しまれるところだった。



「マリウスおじ様ですか……」



 父ジークヴァルトの身分を超えた親友ではあるが、あまり詳しくはない。ジークヴァルト同様多忙を極める軍人であり、稀有な『大魔法使い』で、寒気を感じるほどの美形。知っているのはそれくらいだ。基本的に王都のタウンハウスで暮らすマリウスとは、ほとんど顔を合わせないから。



 典膳が表情を引き締めた。



「そなたの祝福は、おそらくそなたの父同様、そなただけが与えられた稀有なものだ。権力者ならば抱え込んで利用し尽くそうとするだろうし、それが叶わぬなら排除するであろう」

「……」

「ゆえに、祝福を明かすのは信頼できる者のみにすべきだ。侯爵がそれに値するかどうかは、そなたが判断せよ」



 そんなことを言われても、アンネリーゼにはわからない。信頼できるかどうかを、どうやって判断すればいいのか。

 アンネリーゼは今まで、誰とも深く関わったことがなかった。婚約者のダミアンすら。父に愛されない自分は、誰からも好かれなくて当たり前。ならば最初から関わらない方がいいと。



「そなたの人生はそなたが主将だ。陣借りの身のワシに口出しする資格はないが、一つだけ助言するなら……」

「す、するなら?」



 前のめりになるアンネリーゼに、典膳は笑った。



「舐められるな!」

「……っ……」

「舐められる前に殴れ。そうすれば相手は本性をさらす。そこを見極めよ。……そなたならできるはずだ。そなたはその手で親飛竜を討ち取ったのだからな」


典膳の経歴は多少脚色してありますが、ほぼ史実そのままです。

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あれ、あれれ? なんか風向きが変わってきたぞ いや、タイトル通りなんだけどさ タダ飯食べたいって、立派な大人が真面目な顔して言う事か?
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