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6・少年の正体と次への備え(典膳視点)

「……誰だ、あんたは」



 背後から声をかけてきたのは、アンネリーゼが『黎明の戦乙女』の祝福で救った獣人の少年だった。典膳がゆっくり振り返ると、紫色の双眸ににじんだ警戒の色は濃くなり、白い尻尾も膨らむ。



「ほう。わかるのか」

「姫様の声でしゃべるな。違うくせに」



 殺気立つ少年に内心舌を巻いた。今の典膳はアンネリーゼの身体を動かし、アンネリーゼの声で話している。アンネリーゼにはわかりやすいよう典膳自身の声で語りかけていたが、アンネリーゼの声でしゃべることもできるのだ。



 外見だけなら『アンネリーゼ』と変わらない。なのに出会ったばかりの少年が典膳の存在に気づくとは。



「姫様か。アンも惚れ込まれたものよ」

「アン?」

「おぬしの姫様の名だ。正式には、アンネ……」

「駄目!」



 少年は鋭く典膳をさえぎった。



「姫様の名前は姫様から教えてもらう。俺の名前も姫様にしか教えない」

「なぜ……ああ、そうか」



 長らくアンネリーゼの中でまどろんでいた典膳は、アンネリーゼの頭脳を通し、この世界の言語や常識を身につけている。その中にはわずかながら、獣人に関する知識もあった。



 獣人は二つの名を持つ。一つは通常の名乗りに使う通り名。もう一つは魂の本質を表す真名。こちらは名付け親か伴侶、あるいは特別に認めた相手にしか教えない。真名を知られることは、魂を掌握されるのと同じことだと考えられているからだ。

 そのあたりは言霊を信じ、仮名(けみょう)(いみな)を使っていた武士に通じるものを感じる。



 獣人にとって名は特別。

 通り名さえ典膳には教えたくない、アンネリーゼに真名を捧げたいというのなら、少年はあの少女にすっかり心を奪われてしまったのだ。



 無理もない。少年の下肢にはすらりとした長い脚が伸び、ついさっきまで切断されていたとは思えないほどだ。さらに痩せ衰えていた肉体も歳相応のしなやかさとみずみずしさを取り戻し、艶のある黒髪は絹糸のようで、妖しい美貌はなまめかしさすらしたたらせている。



 傾国。



 自然とそんな言葉が浮かんだ。一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾く。そういうとんでもなくたちの悪い手合いだ。見た目はアンネリーゼより少し年長程度だから成人はしていまいが、その歳でこの迫力とは。

 だから……少年がこんなところに囚われていた理由も、なんとなく察してしまった。



「ワシはおぬしの名なんぞどうでもいいがな、少年。ここに囚われておった理由は、姫様には内緒にしておくがいいぞ」

「何で……」

「姫様はおぬしが犬獣人か狼獣人だと思うておったがの。……まことは狐であろう?」



 獣人にはめずらしく高い魔力を持ち、容姿端麗な者が多いことから、観賞用や愛玩用として狐獣人は高値で取引される。特に美しく神秘的な毛並みの白狐は幻の種族として珍重されるのだ。



 抜きん出た美貌からして、少年は族長の一族に連なる者かもしれない。そんな者がなぜ侯爵領の片田舎の村に囚われていたのかはさすがの典膳も首を傾げるしかないが、アンネリーゼにとって奇貨となるか奇禍となるかわからぬ以上、しっかり釘を刺しておかねばなるまい。



「……なぜ、わかった」



 にじませた殺気がものを言ったのか、少年は毛を逆立てつつもあっさり認めた。青いな、と笑うのは心の中だけにしておく。



「まあ修羅場をくぐった者の勘のようなものだな。姫様にはわからぬだろうし、伝えるつもりもないゆえ安堵せよ」

「……」

「だがおぬしが白狐の獣人であることは明かしておくべきであろう。いずれ偽りが露見すれば、姫様の心証を損なうぞ」



 少年は真摯な表情でうなずいた。よほどアンネリーゼに嫌われるのが怖いらしい。果たして『黎明の戦乙女』の効果だけなのか、あるいは……。



「おぬしの大切な姫様は今、疲れはてて眠っておる。ゆえにワシが出てきた。厄介なやつばらを迎え撃つためにな」

「厄介な?」



 怪訝そうな少年に典膳は説明してやった。アンネリーゼが婚約者のダミアンに無理やり連れてこられ、置き去りにされるまでの一部始終を。

 話が進むにつれ、少年の身体から白い霧のようなものがたちのぼる。霧……いや、あれは炎だ。味方を温め、敵を容赦なく焼くという白い炎。



「殺す」

「おい待て」

「骨も残さずに焼き尽くす」

「待てと言うておろうに」



 首輪ごと鎖を引きちぎり、すたすた歩いていこうとする少年の肩を典膳は掴む。



「おぬしはダミアンの居場所を知らぬであろう」

「なら教えろ」

「教えるまでもない。……聞こえぬか?」



 少年は獣の耳をぴくぴくと動かし、はっとした顔になった。さすが獣人、気づいたらしい。



「あの大うつけの婚約者はアンが生きて、しかも親飛竜を倒したなどと知れば何をしでかすかわからぬ。アンが安らかに生きるためには、祝福を明かすのは信頼できる者のみにすべきだ」

「……俺も、そう思う」

「ならば話は早い。その力、貸してもらうぞ」

「任せて」



 少年はあでやかに微笑んだ。

短いですがきりがいいのでここまで。

次回は再びダミアン視点です。

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