4、どっかん、どっかん(4)
霞幽の手紙には、『妖狐』という人外の生き物について書かれている。
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あなたは驚くと思うのですが、実はあなたのお母様は、人間に化けた妖狐さんです。
妖狐さんってわかりますか。長く生きたりして、強い身体能力や霊力を持つようになった狐さんや、その子孫です。
あなたのお父様は、妖婦の色香に溺れた残念な君主として、討たれてしまいました。お悔みを申し上げますが、復讐しようとなさっても世の中が荒れるだけなので、やめておいてください。
さて、『半分だけ妖狐さんの血を持つ』あなたには、術師としての才能があります。
例えば、人間からの供物や崇拝をもらうと身体機能と霊力が一時的に向上するとか。狐火や妖術を操るとか。
人間は、一流の術師であっても(人道倫理に背かない正攻法の術を使う限りは)せいぜい解釈の幅のある占いをしたり、おまじない程度の術を使ったりするのがせいいっぱいです。
なので、あなたはとってもすごい。
……のですが、その才能は、危険です。
ただの人間でも騒乱の種になりやすいのに、半分妖狐さんなものですから、とってもとっても危険なのですよ。……わかっていただけると嬉しいな。
そんなわけで、危険なあなたに、白家は選択を迫ります。
もしあなたが「今までの身分を捨てる」と誓うなら、私が後見人(保護者)になり、あなたに人間の術師としての人生を用意しましょう。
あなたの新しい名前も考えたのですよ。紺紺、というのです。子きつねさんっぽくて、可愛いでしょう?
大事に飼って、愛でてあげます。
ですから、どうか断らないでください。
桓温は忠実に仕事をする男ですが、根がたいそう善良なので、幼い公主を手にかけると罪悪感で心を痛めてしまうでしょうから。
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「……」
娘は、手紙を二度読み返して桓温に視線を向けた。
先ほど桓温は「我が主君」と言い、さも「責任者からの手紙です」という雰囲気だったが。
まさか、周囲にいる白家の兵士たちは十一歳の公子の指示で動いている?
おかしな話。
正直、妖狐だの破滅の悪女だの情報を詰め込まれても、頭がついていかない。
ただ、思い当たることもある。
贈り物をもらうと元気が出ることとか、先ほど指先に燈して爆発した火とか。
……自分は、普通の人間ではないのかもしれない?
娘は呆然と自覚を飲みこみ、傷付いて倒れている石苞や正晋国の兵士たちを見た。
さて、彼らはこの後、どうなるだろう。
自分が白家に逆らい、殺された場合は? そうでない場合は?
複雑な感情をひとまず胸の奥にしまいこみ、娘は未来を選んだ。
「わかり、ました」
「!? 公主様!?」
桓温が止めるより早く、娘は落ちていた短刀を拾った。
そして、ざくりと自分の髪を切ってみせた。
蝶よ花よと愛でられ、丹念に手入れされて褒め称えられた髪が、はらはらと血濡れた大地へと落ちていく。
「今までの私は、死にました。私は争いを望みませんから、安心してください」
こうして娘は白家に保護されて、『紺紺』という名を名乗るようになった。
『素性がバレないよう、あまり人前には姿を見せない方がいいかもしれません。教導の師(家庭教師)を派遣するので、別邸でお勉強して過ごしていただいてもよろしいですか?』
と言われ。
『わかりました』
と従順に答え。
白家の別邸に用意された屋根裏部屋で、ひたすらに人目を忍び、ひっそり、こっそり、引き篭もりがちに暮らすようになった。