表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮の妖狐は尻尾を見せない ~天仙公子のやり直し  作者: 朱音ゆうひ@8/5『桜の嫁入り』コミカライズ連載スタート
2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/62

38、二歳の公主、行方不明事件

 『(まつりごと)()すは、なお(もく)するがごとし』という言葉がある。韓非子という昔の思想家が言った言葉だ。

 

 政治をするのは髪の毛を洗うようなもので、少しは抜け毛があっても、よい毛を生やすためには必要である――少数の悪人を罰するのは、多数の良民を安泰にするためだ、という意味である。

 

 当晋国(とうしんこく)の人々は髪が長い。

 お風呂に入って髪を洗い、乾かすのも一苦労だ。髪だって抜ける。

 「大変でも、みんなお風呂に入ろうね! 朕も政治がんばるから! わっしょい!」と、当晋国(とうしんこく)の皇帝は呼びかけている。


 ――当晋国(とうしんこく)は、沐浴を推奨している国なのだ。


 そんなわけで、お風呂である。

 

 浴場は、いわゆる半露天だ。

 床が濡れていて滑りやすくて、油断すると転びそう。

 竹製の衝立てに囲まれた陶器のお風呂は、瑠璃に似た美しさだ。

 湯は透明で、濫家の治める東南地区から運ばせた『従化温泉』という炭酸泉。

 風が吹くと白い湯けむりが流されて、吹いた先に溜まる様子は、風情がある。


「さあ、大事なお仕事ですよ、みんな!」

「はーい!」


 侍女団が腕まくりして張り切る中、紺紺はハッとした。

 お仕事をがんばって『あの子、仕事するのね』と思ってもらう好機だ!


 紺紺は張り切った。


 まず、物をいっぱい運ぶ! 力仕事、得意です!

 

「はーいっ! 私、湯桶運びします! 拭き布もまとめて運びますよ~っ!」

「まあ。力持ちね」


 そして、湯に浮いたゴミや抜け毛を集めて捨てる。微妙に汚い感じがして嫌がられるお仕事だ。


「はーいっ! 私がやります! やりたいですーっ!」

「助かるわ。でも、そんなに楽しそうにする仕事かしら?」


 あとは、元気いっぱいの杏杏(シンシン)公主のお相手。

 

「私、公主様のお着替えをお手伝いします!」

「気をつけて! すぐ逃げちゃうから……あっ、公主様! 真っ裸で走っちゃいけませんっ!」

「捕まえました!」


 それに、妃の体を洗ったり按摩(あんま)したり香湯を塗るお仕事!

 

「私がお体を洗わせていただきます!」

「あなた、なんでもやりたがるのね。元気ね……!?」

「誰よ、あの子が仕事しないって言ったの。人の何倍も働くじゃない」


 雨萱(ユイシェン)と一緒になって彰鈴(シャオリン)妃のお世話をしていると、隣の陶器風呂で桃瑚(タオフー)妃が「ふーん」と見ている。妃のお膝には杏杏(シンシン)公主がいて、きゃっきゃと笑っていた。

 杏杏シンシン公主は「おかあちゃま、だいすき!」って目で桃瑚(タオフー)妃を見上げている。

 

「ねえねえ、ぎょかえん」

杏杏(シンシン)、お母ちゃんはぎょかえんちゃうで」

「かんじゃし」

「かんじゃしでもない」

 

 ほんわかとした母子の会話に、紺紺は自分の母を思い出しそうになった。

 そこに、彰鈴(シャオリン)妃が声をかけてくる。

 

「たくさんお仕事してくださってありがとう。疲れていませんか?」

「ぜんぜん疲れてません! 私はお仕事をすればするほど元気になります!」

「まあ。ふふふ……気を使わせてしまって、ごめんなさいね」

 

 彰鈴(シャオリン)妃は、紺紺がどうして頑張っているのかわかったのだ。

 申し訳なさそうな表情を見て、紺紺はやる気を増した。

 

「お任せください、彰鈴(シャオリン)妃! もう悪いようには言わせませんから!」

 

 紺紺が彰鈴(シャオリン)妃の脚を丹念に洗っていると、彰鈴(シャオリン)妃は丸薬入りの壺から一粒を飲み、「あなたもどうぞ」と紺紺に飲ませた。

 

彰鈴(シャオリン)妃、これは体身香(たいしんこう)ですね」

「ふふっ、正解ですわ。みんなで一緒にいい匂いになりましょう♪」

 

 体身香(たいしんこう)は、丁子、麝香、霊陵香、青木香、甘松、桂皮などを粉末にして練り、丸めた香薬だ。

 一日に十二個飲むことで、体臭が芳香になる。美容にも良いので、良家の子女は常備薬にしている者も多いのだ。

  

「侍女用の浴場もあるから、あとでお使いなさい」

「はい! ありがとうございます!」


 * * *


 お風呂の後は、宴会だ。


 東領は川や海の幸に恵まれている。温暖な気候で米の産地でもあるため、米を材料とした料理も多い。


 東坡肉(トンポーロー)(豚の角煮)、八宝菜、スープ入りの肉饅頭。

 粕漬けにした鶏肉の蒸し物に、揚げた麩とシイタケ、タケノコなどの甘辛煮。

 両面黄(かた焼きそば)に、 薄切りの餅炒めに、薄切りの餅炒め。

 真っ赤でつやつやの茹で蟹も!


「いい匂いー!」

「見た目も華やか!」


 紹興酒を飲み交わし、妃たちはいつしか夫談義や怪談を始めていた。

 自分たちだけでなく、料理を運ぶ侍女にも「飲めや食えや」と勧めての、賑やかな夕餉だ。

 

「主上は女好きでちょっとお馬鹿やけど、そこがええねん。わかりやすいのが信用できるっちゅーか。隠し事ばかりで本心がわからない殿方より、安心よ」

「そういえば、侍女が教えてくれたのですが、御花園(ぎょかえん)でお爺さんと幽霊さんが喧嘩してるという怪談があるのですわ」

「あっはは。なんやそれぇ。なんで後宮の御花園(ぎょかえん)でお爺さんと幽霊さんが喧嘩すんねん! ういー、ひっく」


 やがて、妃たちが立ち上がり、いそいそと外に出る。

 宮殿内の厨房から大皿盛りの蟹と五段重ねの蒸篭(せいろ)を運んできた紺紺は、「あれっ」と思った。


雨萱(ユイシェン)様。お二人はどちらに行かれるんです?」

「紺紺さん、そんなにお料理持って平然としてて、すごいわね……」

「私、ものを運ぶのが得意です!」

「そうなの。お妃様は、肝試しをすると仰せよ。たぶん無理だと思うけど」


 なんと酔っぱらった妃たちは御花園(ぎょかえん)で肝試ししようとしているらしい。

 しかし、宮殿の外側で門を守る宮正(きゅうせい)の宦官は、「許可できません」と妃たちに毅然とした態度だ。

 先日、皇帝が「宮正は皇帝の臣であり、妃の臣ではない」と言い聞かせたのが効いている。


「俺たちは主上の臣であり……、んっ? 小娘?」


 上級妃二人を相手に堂々と弁舌を奮っていた宦官が、ふと紺紺を見る。

 

「あっ、楊釗(ヤンショウ)様」

「ちょうどいい。会ったらこれをやろうと思ってたんだ。やる」

 

 楊釗(ヤンショウ)はそう言って、爪紅の小瓶を取り出して贈ってくれた。


「わあ、ありがとうございます」

「ふん。この前、俺の爪を褒めていただろう……!」


 頬から耳までを赤らめて顔を背ける楊釗(ヤンショウ)に、妃たちが「おやおやぁ?」「まあ!」とはしゃぎだす。


「むっふふ。顔が茹で蟹みたいやで、宦官さん? 好きなんか~? 惚れてるんか~?」

「いつの間にか贈り物をもらう仲になりましたの?」


 侍女も一緒になってきゃあきゃあと声を響かせて、延禧宮(えんききゅう)の門は大騒ぎとなった。


「ええい、妃の方々は宮殿内にお戻りくださいっ」


 楊釗(ヤンショウ)は、真っ赤になって吠えた。

 あっ、顔を手で隠してる。


 二人の妃は、扇で顔を隠すのも忘れて「ふぅぅん♪」「まあー♪」とニヤニヤしている。


「宦官が厳しくなってもうたーちぇー」

「まあまあ、そろそろ眠くなってきたなと思っていたところなのですわ。それに、あんまり人の恋路をお相手の目の前で弄っちゃいけません、くすくす……お兄様にもこれくらい可愛げがあればいいですのに」


 二人の妃が諦めた頃、事件は起きた。


「大変です。杏杏(シンシン)公主がいらっしゃいません……!」


 なんと、二歳の杏杏(シンシン)公主が行方不明になったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ